File.15 ふれあう「場」を作り、伝統を作り、続ける 西川古柳さん(八王子車人形)
東京の八王子に「車人形」という、不思議な名称の芸能が伝承されている。人形芝居というと、三人で一体の人形をあやつる「文楽」が有名だが、「車」がつく人形とは、いかなるものか。
海外公演にも多く出かけ、人形芝居の指導で日本各地を飛び回っている西川古柳(こりゅう)さんに、八王子の稽古場で話をきいた。
取材・文=田村民子(「伝統芸能の道具ラボ」主宰)
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(写真上)『Shank's Mare 膝栗毛』より
——まず、「八王子車人形」とは、どんな芸能なのか教えてください。「車人形」の「車」というのも気になります。
八王子車人形は、江戸時代から伝わる人形芝居で、一人で一体の人形を動かして、お芝居や舞踊をする芸能です。八王子を拠点としている西川古柳座が継承していて、私は五代目家元という立場になります。この八王子車人形は、その貴重性を認められて、国の選択無形民俗文化財(正式名称:記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財選択一覧)にも選ばれています。
「車」ですが、人形についているんじゃないですよ(笑)。人形をあやつる人が、「ロクロ車」という車輪のついた小さな箱のようなものに腰掛けるんです。だから「車」。あやつる人の足と人形の足を合体させて動かします(と、箱型の車をみせてくれる)。
人形の手や頭、それから目や眉なんかも、一人で動かして、人形全体の動きを表現していきます。どんな風にやっているかは、息子の西川柳玉(りゅうぎょく)が動画を作っているので、そちらを見てもらうとよくわかると思います。
人形の大きさは、だいたい120センチ前後。重さは、人形にもよりますが、3キロくらいで、重いものだと10キロくらいになるものもあります。
——息子さんも継いでおられるのですね。
柳玉という名前は、いずれは古柳になるという印でもあります。平成30年に柳玉を襲名し、兵庫県の淡路島にある「淡路人形座」で1年間修業をして、八王子に戻ってきています。今、24歳です。やはり名前を継ぐということは、責任が出てくるところもありますので、長く芸を継いでいくためのよい仕組みであるとも感じています。
——柳玉さんの動画は、映像作品としてとても魅力的で、やはり新しいメディアには、若い人の感覚が必要だと感じます。話は戻りますが、人形を一人で動かすことのメリットはなんでしょうか。
車人形だと文楽の三人遣い(さんにんづかい:3人で1体の人形をあやつること)のように、特別な舞台装置が必要ないんです(注:三人遣いの文楽では、人形の足が床より高い位置にあり、宙に浮いているので、舞台前面に足の下を隠す板のような大道具が必要になる)。だから、ほかのジャンルの舞台芸術とのコラボもやりやすくなります。
それから、三人遣いだと、たとえば登場人物が5人いたとすると、動かす人は15人必要になる。でも、車人形は5人。つまり、少人数で公演ができるんです。うまく動かすしくみを合理化してあるのですが、逆に言うと、三人遣いのような繊細な動きができないところもあります。
——車人形と三人遣い、それぞれ異なる魅力があるんですね。古柳さんは、専業でこの活動をされているとのことですが、具体的にはどのように過ごされているのでしょうか。
公演活動は、地元である八王子の行事参加のほか、自主公演を2回くらい、若手の公演を2回くらい。それから、海外にも1976年くらいから出かけていて、現在までに40カ国以上で公演しています。年にだいたい5回くらいでかけています。
人形技術の指導をしている時間も多くて、全体の三分の一くらいを占めています。日本の各地には、その土地に根ざした人形芝居がたくさんあって、そういうところへ出かけて行って、人形の動かし方などを教えています。
——子どもへの指導も熱心ですね。
地元の八王子の小学校には5、6校ほど、定期的に出向いて指導をしています。結構、長くやっていますよ。教えた子どものなかから、本格的にやる人が出てきたりして、うちの座員になってくれている人もいるんです。子どもに教えるということは、車人形を見てくれる「客層を作る」ということにも、つながっていきます。
人っていうのは、まったく知らないものは、なかなか関心がわかないものです。でも、一度でも見たり、さらに触ったりしていれば「あ、これ知ってる」となって、「じゃあ、行ってみようか」となる。未来にこの芸能を伝えていくために、最も必要な活動だと思います。
八王子の子どもたちだけでも、全員、車人形のファンになってもらう、くらいの意気込みでやっています。
——どんな演目があるんでしょうか。
伝統芸能ではおなじみ『三番叟(さんばそう)』や安珍清姫(あんちんきよひめ)伝説を下敷きにした『日高川入相花王(ひだかがわいりあいざくら)』もありますし、落語を題材にしたもの、それから『雪女』などのオリジナル作品と、全部で60演目くらいレパートリーがあります。2015年には、ニューヨークでアメリカの人形遣いと合同で新作『Shank’s Mare 膝栗毛』を上演しました。
『三番叟』
『Shank’s Mare 膝栗毛』
——新しいことにもたくさん挑戦されていますが、これからやっていきたいことはどんなことでしょうか。
この八王子の稽古場は、先代家元である父が1988(昭和63)年に作ったものです。こうしてリアルな「場所」があるから、みんなが集まれる。ありがたいことです。八王子の子どもたちも、ここがあるから集まれるし、今はやめてしまった子も、ふらっと戻ってくることもできます。
だから、私の代で車人形の専用劇場が作りたいと思っています。そうすると、もっと公演ができますし、車人形を専業の仕事にできる人も増える。それに、子どもたちのいい居場所になると思うんです。なんとか実現させて、地域に根付いた伝統芸能のモデルケースにしたいと思っています。
インタビューの途中、「保育園でずいぶん勉強させてもらったんですよ」と古柳さんが言った。保育園で公演をすると、面白くなかったら、小さなお客さんはすぐに横を向いてしまうそうだ。忖度しないお客!に古柳さんは、真摯に向き合い、楽しませる「見せ方」をしつこく研究してきたという。
お客さんを楽しませる研究を怠らないこと。これは、どの分野にも共通する大切な姿勢で、伝統芸能は、特に考えなければならない点だと思う。
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西川古柳(にしかわ・こりゅう)
八王子に160年以上続く、国の選択無形民俗文化財である伝統人形芝居『八王子車人形』の五代目家元。幼少より祖父(三代目)父(四代目)に指導を受け、23歳で文楽研修生として三人遣いの操作も学ぶ。1987(昭和62)年よりスウェーデン国立人形劇団、スウェーデン人形劇学校で車人形の指導にもあたっている。1976年から海外公演を始め、現在までに40か国以上で公演、2015年11月にはニューヨークで現地の人形遣い(トム・リー)と合同で新作『Shank's Mare 膝栗毛』を発表。
公式サイト http://kurumaningyo.com
FaceBook https://www.facebook.com/n.koryu
YouTube 八王子車人形西川古柳座
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YouTube 人形遣い西川柳玉
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