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File.29 福祉を掘り下げ、アートを切り拓く 櫛野展正さん(アウトサイダー・キュレーター)

櫛野展正さんはアウトサイド、いわゆる周縁にいる人たちの表現を扱って仕事をされている。主に「クシノテラス」という拠点(現在ギャラリーとアートスクールは休止中)を中心に、作品の紹介、販売など幅広い活動を行なっている。肩書きはアウトサイダー・キュレーター。それはすさまじい取材力で、人間の本質にある表現の底力を私たちに届けてくれる。その活動やきっかけについてうかがった。
取材・文=水田紗弥子(キュレーター) 

——クシノテラスの活動のご紹介をお願いします。

クシノテラスは2016年から始めた活動で、広島県福山市にアートスペースがありました。アウトサイダー・アートと呼ばれる、独学で表現活動を行う人達の表現を発表する場所として機能しています。
活動内容は、展覧会の開催、ツアーの開催、全国各地のまだ評価されていない表現者の方々を紹介して記事を書いたり、取材に出かけたりもしています。海外のアートフェアに参加して作品を販売するということもやっています。

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画像2広島県福山市にある「クシノテラス」(ギャラリー運営は現在休止中)

——以前は福祉施設で働いていたとうかがっています。

櫛野:もともと、2000年に福祉施設の職員として働きはじめました。その時から障害がある方に、アートをサポートすることをやっていたんです。例えば、なにか障害の弊害で、こだわりで壁を力強くひっかくという人がいたら、じゃあ段ボールに力強くひっかいてみよう、などその人に応じた画材を考えたり、行為をサポートしたりしてきました。

——独立をされるきっかけは?

きっかけはたくさんあるんですが、ひとつが埼玉県の障害者の方のお宅に作品を借りたとき、重度の障害のある方のお父さんから、「君たちがお祭り騒ぎしているだけだろ」と言われたんです。作品をお借りして、謝礼を支払って、展示をしたところでその人の人生が一変するわけではない。いわゆる搾取の問題に直面したことはきっかけのひとつかもしれません。
また、働いていた施設では、施設外の人たちの作品の売買は難しく、そもそも「障害」とは異なるヤンキーや死刑囚の展覧会を行うこと自体も困難で、独立を考えるきっかけになったと思います。「福祉」をずっとやってるつもりなんですけどね。

——櫛野さんにとっての「福祉」とはどういうものですか。

「福祉」と聞くと、「お世話をする」とか「おむつを替える」というイメージか一般的ではないかと思います。福祉は英語で「Welfare」「Well-being」と言いますが、日本語に訳すと「よりよく生きる」って意味なんです。生き方を探求する学問だと思っていて、実は「福祉」の仕事ってクリエイティブなんです。

——見ているほうが「よりよく生きたい」と思わされるのが不思議です。

僕が取材した人たちは、皆さん「人生に後悔はない」と言われます。ご家族と離別したり、自然災害や病気など、人生の節目に制作を始めている人がすごく多いんですよ。そういうときには、ひきこもったり、自殺しそうになったりすることもあり得ると思いますが、皆さんは表現することで生きる力を取り戻している。
自分の人生を考えたとき、どこかに後悔があると思うんです。僕らは他人の意見に流されている生き方をしている部分があって、一方で彼らは自分だけの評価軸を持っている。もちろん誰しもがそういう生き方をできるわけではないんですが、「そういう生き方もありだよね」という提案を、作品紹介を通じてできればいいなと思っています。

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画像3『櫛野展正のアウトサイド・ジャパン』(東京ドームシティGallery AaMo/2019)より。左の壁に並ぶのは流木や発泡スチロールなどの廃材でつくられた仮面(酒井寅義)

——さまざまな活動を展開していますが、アートフェアにはどのように参加されているのでしょうか。

20年ほど前から続いているアウトサイダー・アートフェアには、2020年1月から参加しています。1月がニューヨーク、10月がパリで年に2回開催されていて、コロナ前の1月には実際にニューヨークへ滞在して、作品を売買することができました。10月は初めてオンラインで開催されました。
現代アートのフェアに比べたら規模は小さいですが、国内では、アウトサイダー・アートが販売に結びつかないので、販路が広がるということもあります。どちらかというと作者の経済的自立を助けたいと思っています。もちろん作品を売りたくない方も中にはいらっしゃるので、全て本人の意思を尊重しています。

——本人の意図を尊重したいとのことですが、美術の評価軸に乗せることへの葛藤もありますか?

施設で働いていたときから障害のある人の表現活動をサポートしていましたが、その多くが絵を描いたことも、表現活動もしたことがなかった人ばかりでした。でも、画材を手にして描きだすと、海外の展覧会に招待されたり、海外の画廊と契約したりする人たちも出てきました。
施設のなかで障害のある方が、脚光を浴びる姿を横で見てきて、「果たして本当に良かったのか」と考えることもあります。アートワールドに投入してしまった感は否めないとは思っていて、僕はそのことを自覚しています。作家意識がない人たちの表現をすくい上げて発表するということは「搾取」と隣り合わせなので、その辺はすごく慎重にならないといけないと常に思っています。

——たくさんの活動のなかで、特におもしろいのがツアーだと思いました。

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コロナ以前は、展覧会よりもツアーに重きを置いて、旅行会社と合同企画で全国各地の制作者のアトリエや自宅を訪問していました。これも「搾取」からどう解放するかということから、絞り出した答えです。そもそも美術館という機能自体が、無理やり現場から作品をひっぺがえして展示するという特権階級の文化じゃないですか。特にアウトサイダー・アートの場合は、家全体を改築している人もいて、現場で見たほうが刺激が強いのに、ホワイトキューブの中に入れると魅力が半減してしまいます。加えて、展覧会をしても、遠隔地だと作者は見に来れない状況を解消したいと考えました。そこで、僕がアテンド役になって、こちらが旅芸人のように全国各地に出向くようなツアー形式を考えたんです。各地から参加者が集まって、沖縄や青森では1泊2日でツアーをしたり、関東でのツアーも行ったりしました。ツアーでは、美術館では味わうことのできないリアリティやエネルギーが伝わります。表現者にとっては、直接参加者と対話することで評価もわかり、社会との接点になると思いましたね。できることなら今後も続けたいです。

櫛野さんは、noteやtwitterでも精力的にさまざまな表現者を紹介している。そんな彼の活動自体がアーティストのようでもあると感じて始めたインタビューだったが、根底には人々がよりよく生きるための活動なんだなと確信した。
冒頭の紹介で、「周縁」という言葉を用いたが、それでは社会や美術の中心とはどこなのだろう? あるいは「福祉」とはなんなのだろう? 櫛野さんの活動の一端に触れるだけでも、さまざまな疑問が生まれてくる。

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櫛野展正(くしの・のぶまさ)
「鞆の津ミュージアム」を経て、2016年4月アウトサイダー・アート専門のスペース「クシノテラス」を開設。既存の美術の物差しでは評価の定まらない表現を探し求め、全国各地の取材を続ける。主な展覧会に『櫛野展正のアウトサイド・ジャパン展』(東京ドームシティ、2019)。主な著書に『アウトサイドで生きている』(タバブックス)、『アウトサイド・ジャパン 日本のアウトサイダー・アート』(イースト・プレス)。アートポータルサイト「美術手帖」にて『アウトサイドの隣人たち』を連載中。2021年よりアーツカウンシルしずおかのプログラム・ディレクターをつとめる。

クシノテラス公式サイト http://kushiterra.com/
Twitter https://twitter.com/kushinon

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