File.47 誠実に、貪欲に、「演劇」で勝負する 淺場万矢さん(俳優/演出家/プロデューサー)
淺場万矢さんは羽目も外せる華のある役者さんだ。それでいて、時折ただよわせるアングラな匂いや和の香りが、華やかさの下に隠れている侮れなさを感じさせる。所属する劇団柿喰う客の公演はもちろん、多彩な演出家の舞台で活躍している淺場さん。それらが稼働できなくなったコロナ禍だったが、自身が率いる演劇ユニット「時速8次元」(2015年旗揚げ)で新たな表現の可能性を見出しているようだ。
取材・文=今井浩一(ライター/編集者/Nagano Art +)—————————————
(写真上)『野外劇 三文オペラ』より
——淺場さんの役者としてのキャリアは「さいたまネクスト・シアター」からになるのでしょうか。
商業的な舞台出演は、さいたまネクスト・シアターに所属した20歳ごろからですが、芸能事務所での活動は中学2年生からで、演劇を始めたのは7歳のころです。地元が兵庫県宝塚市で、土地柄ミュージカルが盛んなんですよ。最初は地元のミュージカル劇団に入りまして、それ以来、なんらかの形で演劇を続けています。
——東京に出ていらしたのは大学入学時になるわけですか。
そうです。でも多摩美術大学の映像演劇学科で撮影を学んでいたんですよ。その学科は演劇だけではなく、映像や写真、空間表現、音の表現など幅広く学べるところだったんです。高校でも演劇科に所属していましたが、3年生の時に映画監督という夢もあって。大学では映像を学びながら、2年生のころに、さいたまネクスト・シアターのオーディションに受かりましたので、いわば二足のわらじを履いていました。大学は夜間部でしたので、昼に蜷川幸雄さんの指導を受け、終わってから大学で作品制作をしていました。
——蜷川さんのもとで一番の学びになったことはなんでしたか。
さいたまネクスト・シアターには6年ほど所属していました。私が蜷川さんから学んだのは、演技のことはもちろんですが、人としてのあり方です。実は私、周りが褒めてくれたこともあって、演劇に関してちょっと天狗になっていたんです。演劇ができればそれでいいと思っていたんですが、日常での会話のあり方、誠実さを持って演技をするということを叩き込まれました。蜷川さんの「自分のことを否定し続けながら、そして肯定し続けながら生きていくんだ」という言葉は今も心に残っています。演技よりも、人間として物事にどう立ち向かっていくか、生きる姿勢のことをいろいろ教わったのかもしれません。
——柿喰う客へはさいたまネクスト・シアターを退団した後に参加されたわけですか。
そうですね。『天邪鬼』(2015年)という作品を観たときに、俳優の身体と声の力、役者の魅力、戯曲の言葉の力がダイレクトに伝わってきて、「ここでやりたい!」と思ったのがきっかけです。何より、作品を通して演劇をめちゃくちゃ愛している感じがすごくわかって、この劇団のみんなのことが尊敬できると思ったことが大きかったですね。
柿喰う客「御披楽喜」(2019)
——俳優・淺場万矢という認識ではいるんですけど、ご自身としてはどういう生き方をしたいと思っていらっしゃるんですか?
マルチなクリエイターになりたいと思っています。いろんなことができるというのは散漫なイメージもあるかもしれませんが、今の時代は逆にいろいろとできることが当たり前になってきている。私で言うと、三味線や映像制作をやってきた経験など、できることを掛け合わせていったら、私にしかできない表現があると思うんです。だから何か一個で突き抜けていくよりは、興味が向いたことにはすべて挑戦したいですね。またそのジャンルごとに人のつながりが確実にできるじゃないですか。大好きな人たちを大好きなお客様たちに紹介していくようなことができればと思っています。
——淺場さんはこのコロナ禍でどんな動きをされていましたか。
2020年4月に、時速8次元で『新説・羅生門/蜘蛛の糸』という作品を発表する予定だったんですけど、それを延期したところから、柿喰う客の公演をはじめ、いろいろなものが中止・延期になりました。でもAUFさん、クラウドファンディングによるお客様の力などをお借りでき、なんとか演劇を継続できるようにしていただくことができました。だからこそ大変だ大変だとばかり言っていられないし、何かできることをやっていこうと気持ちを切り替えました。そうじゃないと応援してくださった皆様をがっかりさせてしまいますから。この時期にやったことと言えば、映像の学び直し、殺陣や乗馬などです。殺陣は剣を持つとソーシャルディスタンスが保てますし、乗馬も野外じゃないですか(笑)。それから劇団ノーミーツさんのオンラインのリモート長編演劇にも二度出演させていただいたことも、活動の大きな糧となりました。これからは撮影機材や照明をそろえたので、仲間を集めて、新しい映像作品もつくりたいと思っています。ただ、延期となった『新説・羅生門/蜘蛛の糸』の開催時期に関してはやはり決定が難しくて、もう少し先になる予定です。
——それはコロナの状況を見ている感じですか。
そうです、そうです。クラウドファンディングで支援してくださった方の中には東京以外に住まわれている方も多くて、東京で見ることを前提にしてくださっているんです。より安心して来ていただけるタイミングにしたい、そう考えるとなかなか決められません。時期に関しては本当に安全になってから、現時点では2022年の春を予定していますが、まだどうなるか不安はあります。私だけではなく、劇団を運営されている皆さんはお客様第一だと考えているはずです。お客様のことを考えたら、客席も100パーセントは入れられないという判断になるし、感染症対策がどれだけできているかをめちゃくちゃ考えますし、出演者の検査も検温も当然やります。でもどれだけやっても心配なものは心配なんです。そういう意味で私個人として主催公演はまだ打てません。みんなが元気でなければ演劇は楽しみきれないし、だって元気になってもらうための演劇じゃないですか。
——そんな状況下で形にしたのが『曲馬団の女』という一人芝居の配信公演でした。
AUFさんのおかげで『曲馬団の女』を上演させていただけたこと、公演を一つ打てたこと、作品を一つ生み出せたことは私の中で大きな意味を持っているんです。これからも頑張るぞという気持ちにさせていただいたという意味で大変ありがたかったと思っています。人情話なので、今の時代に足りていない情を感じたという感想をたくさんいただけました。この作品を選んだことも、配信でお届けしたことも間違いじゃなかったですね。
「曲馬団の女」
——どんな作品ですか。
初演は2018年、実は岩手の刑務所での慰問公演として立ち上がった企画でした。私を応援してくださる方に刑務官の方がいらっしゃって、その方のつながりで「刑務所で公演を」とお声がけいただきました。原作は講談で、盗みを働いたり香典泥棒をしてしまった女性が温かい家族に触れて更生していくという、愛情にあふれた話です。柿喰う客主宰の中屋敷法仁さんがこの話を一人芝居でやってみたいと前におっしゃっていたのを思い出して、脚本と演出をお願いしました。これまで岩手と静岡の刑務所、それから中学、高校でも上演させていただきました。そういう意味では限られた場所でしか上演していなかった作品です。
——背景のある作品だったんですね。
はい、そうなんです。中屋敷さんに相談させていただく中で、私の団体で上演したいということ、三味線の音色をプラスしたいとお伝えしました。それで東京藝術大学音楽学部出身で力量のある岩田桃楠さん、中原正人さんと共演することができました。愛着のある作品でしたし、一般の方には見ていただくチャンスがなかったので、この機会にやらねばという使命感のようなものもありました。配信会場も、語り芸にゆかりのある場所をと、浪曲の寄席である浅草の木馬亭からさせていただいたんですよ。
——8次元としてはそういう作品をやっていく?
そうですね。社会貢献と構えるわけではありませんが、学校公演、刑務所公演も継続してやっていきたいんです。それから古典の文学を演劇にする、日本の文化を掘り下げて表現していくことは課題として、これからも継続してやっていきたいと思っています。そして普段、演劇に触れていない方にこそ見てほしいと思いますね。そこから演劇に興味を持ってもらうという流れをつくることはすごく価値のあることだと思いますし、今後もチャレンジしていきたいと思います。
——コロナ禍は吸収する時間もあったということですが、今回は淺場さんもご自分を見直す時間になったようですね。
演劇は同じクオリティを安定して繰り返す良さもあれば、毎回毎回お客さんの息遣いを感じながらのコミュニケーションで成り立っているものでもあります。私はそれが演劇の一番の魅力だと思っていますし、小さいころから観客としても、そういう思いで観てきました。それはほかの芸術では味わえないもの。その感動は私が生きていく上で糧になったし、一番大事にしていきたいものだからこそ演劇がやめられないんですよね。
淺場さんと話していると、どん欲さを感じる。――欲をむさぼる。すごい言葉だ。なんとかならないものか。でもそこから役者としての業が生まれていくのではないかと思う。業の薄い役者なんて面白くない。でもただ業が深いばかりではなく、蜷川幸雄という巨匠にガツンとやられているところがまた、いい。面白い。淺場さんにしかできない掛け算、浅場さんと観客の掛け算。どんな答えが出るか、楽しみだ。
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淺場万矢(あさば・まや)
兵庫県宝塚市出身。7歳から俳優として活動を開始。以降、蜷川幸雄、白井晃、維新派の松本雄吉など、さまざまなジャンルの演出家の作品に出演。蜷川幸雄主宰のさいたまネクスト・シアターに初期メンバーとして6年間在籍。現在は中屋敷法仁率いる劇団「柿喰う客」にも所属。俳優活動と併行して、2015年より演劇ユニット「時速8次元」を立ち上げ、企画公演を実施。演出家、プロデューサー、三味線奏者、作詞・作曲家としても活動している。近年の主な作品に【舞台】柿喰う客『ねずみどろぼう』(21)『夜盲症』(20)、時速8次元『新説・蜘蛛の糸』演出・出演(20)、DULL-COLORED POP『マクベス』マクベス夫人役(19)、東京芸術祭『野外劇 三文オペラ』ポリー役(18)【映像制作】『夜盲症』スピンオフ作品『Your Moment Show』(20)、『新説・羅生門』『曲馬団の女』プロモーション動画(20)、【作詞・作曲・演奏】新橋アスティルビル「アスティルサウナのテーマ(男の楽園編)」。『新説・蜘蛛の糸』の無観客公演映像をnoteで販売中。
note https://note.com/maya_asaba
時速8次元公式サイト https://www.8jigen.com/
劇団柿喰う客公式サイト http://kaki-kuu-kyaku.com/