File.06 この響きを現代、未来へとつなぐ 大塚惇平さん(雅楽/笙)
「雅楽」は、平安時代から千年以上の歴史をもつ日本の代表的な伝統芸能のひとつだ。おおらかなその音色は、神社や結婚式など特別なシーンで、一度は耳にしたことがあると思う。
大塚惇平さんは、大学時代にこの雅楽に出合い、人生がガラリを変わった。笙(しょう)という楽器にも魅せられて、自らも笙奏者の道を歩み始めた。
現代においては、「すばらしいけれど、ちょっと遠い存在」という印象の雅楽。日々の暮らしに溶け込む、「ふだん着」のような雅楽もあっていいんじゃないか。大塚さんはそう感じて、新たな試みにも挑戦している。
取材・文=田村民子(「伝統芸能の道具ラボ」主宰)
——雅楽というと、皇居内での宮内庁式部職楽部の人たちによるおごそかな演奏会のイメージがありますが、大塚さんはフリーランスとして演奏活動をされていますね。どのように、日々を過ごされているのでしょうか。
スケジュールは、月によっていろいろですが、土日に演奏会があって、平日は一般の方へのお稽古や楽器の調整などをしていることが多いですね。
仕事の軸になっているのは、神社などでの神前結婚式や行事での演奏です。演奏会は、神社仏閣やコンサートホール、アートスペース、ホテルなど、さまざまな場所で行っています。海外で演奏することもあります。
——笙は、天にのぼるような心地よい音色がしますね。不思議な形をしていますが、どんな楽器なのでしょうか。
分類でいうと管楽器で、十七本の竹を束ねて作られています。実際に音が鳴るのは十五本で、残りの二本もかつては音が鳴っていたのですが、楽器が日本化していく過程で使われなくなってしまいました。笙の形は、想像上のおめでたい鳥とされている鳳凰(ほうおう)が羽根を休めている姿と言われていて、東大寺の正倉院にも宝物として笙がおさめられています。
——どのようなしくみで音がなるのでしょうか。
竹の根元に、金属製のリードがつけられていて、息を吹き入れたり吸ったりすることで、リードが振動し、音が鳴ります。吹いても吸っても音が出るので、息継ぎの必要がなく、途切れることなく音を鳴らし続けることができます。
雅楽の演奏では、笙独特の和音のようなものを奏でて、演奏全体に流れをつくります。この音色は、古い時代には、万物が生起してくる時の響きだと考えられていたようです。
笙という楽器は、川のせせらぎや風の音、風を受けて樹木の葉がサワサワとたてる音など、自然のなかの音をよく聴いて、そういう心地よさを奏でるようにして作られたのではないかと思っています。
——大塚さんは、早稲田大学の第一文学部を卒業されていますが、そこからどのように雅楽、笙へと道がつながっていたのでしょうか。
もともと、プリミティブなものや声明(しょうみょう=僧が節をつけて唱えるもの)に興味があったんです。笙をはじめるきっかけになったのは、民間の笙の演奏者である宮田まゆみさん、田島和枝さんとの出会いがとても大きいです。
楽器というものは、モノとして存在をしていても、ヒトを介さないと音や響きが生まれないですよね。楽器を通して「そのヒト」が鳴っているともいえる。僕の場合は、宮田まゆみさん、田島和枝さんというヒトを介して、笙の魅力に開眼させられました。
そうした出会いがあってから、田島和枝さんに師事して、本格的にレッスンを受け始め、東京藝術大学の雅楽専攻に進み、笙だけでなく、琵琶、舞、歌なども学びました。
正覚寺開山400年記念祭 シルクロード コンサート 雅楽、箏、津軽三味線、北インド古典音楽とのコラボレーション
鎌倉のsalon de 酔鯨館にて
——古典的な演奏も多くされていますが、現代音楽や即興演奏、西洋の音楽などとの交流も積極的にされていますね。
宮内庁の雅楽のように伝統をきっちり守っていくことは、とても大切です。だけど、それとともに、「今という時代に受け入れられやすい雅楽」も必要なのではないかなと思うんです。伝統だけでなく、そういう今の生活にフィットするような、多くの人が日常的に聴きやすい雅楽もあるほうが、雅楽というものが次の時代に引き継がれやすくなるのではないか、そんな風に感じています。
——たしかに、古典的な雅楽の曲は特別感がありすぎて、日々の暮らしのなかで気楽に聴くという感じではありませんね。
笙で独奏できる古典の曲は、現在は6曲しか伝えられていませんが、現代では笙のための独奏曲も多く作られるようになりました。新しい表現がいろいろ試みられているんです。
笙という楽器が伝えてきた、感性みたいなものは、とてもおもしろいんです。もっと多くの人に、毎日の生活に近いところで、笙を聴いてもらいたいなと思っています。
——今は、コロナの影響で、ご自身の活動も大変そうですが、これからどんなことをやっていきたいと思われていますか。
このコロナ・パンデミックで演奏会をはじめ、社寺での演奏も中止になるものが多く、大きな影響を受けています。いつになったら終息するか、まだ先が見えませんが、しばらくは今までのような演奏会を行うことは難しいと思っています。
実は、以前から、笙の独奏曲を作ってみたいと思っていました。だから、この機会に曲を作り、それをきちんとした映像コンテンツに仕上げて、YouTubeで配信しようと思っています。遠い外国の人にも、見てもらいたいですね。
荻窪カルチャーセンターにて笙のレクチャーワークショップ
——感染が終息して、リアルに雅楽を体験してみたいと思った場合、どのよう演奏会から出かけるのがいいでしょうか。
雅楽の演奏会は、いろいろなものがありますが、最初は国立劇場が主催する演奏会に足を運んでみるのがいいと思います。年に数回開かれていますし、「大人のための雅楽入門」というような初心者向けの演奏会では、楽しい解説もついています。
そうして少し様子が見えてきたら、ご自身でアンテナを張って、小さな演奏会におでかけになってみると、また違った楽しさが発見できると思います。
ふつうの大学生だった人が、雅楽の演奏者に。しかもどこかの雅楽団体に所属するわけでもなく、フリーランスでやっている。大塚惇平さんの経歴を見て、いったいどんな人なのだろうと、その人生にも大きな興味があった。実際にお会いしてみると、仙人のような穏やかな雰囲気なのだが、雅楽というものを、とても広い射程でとらえていて、現代において自分がなにをすべきか、真摯に追求しているように見えた。
読者にいきなり自分の演奏会をおすすめはされなかったが、ご興味のあるかたは大塚さんの演奏会から足を運んでみるのも、よいと思う。
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大塚惇平(おおつか・じゅんぺい)
ボイスパフォーマンスの活動を通して笙の響きの世界と出会う。早稲田大学第一文学部卒業。音楽文化論を小沼純一氏に師事。田島和枝氏に笙の手ほどきを受ける。東京藝術大学音楽学部邦楽科雅楽専攻にて、笙、琵琶、右舞、歌物を専攻。卒業後は、笙、右舞、歌物を豊英秋氏(元宮内庁式部職楽部首席楽長)に師事。雅楽古典の演奏・研究をベースにしつつ、現代音楽や即興演奏、他ジャンルとの交流を積極的に行う。
公式サイト http://ohtsukajumpei.com/
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