雪の女王とありのままのフェミニズム
ゆみちゃんが何度かアナ雪2の解釈にまつわるブログを書いていたので、触発されて私もアナ雪で書いてみようと思いました。
アナ雪2は観てないのでアナ雪1の話…もっと絞ってLet It Goの話にしておきます。
「アナと雪の女王」がなんとなく、『強い女』を描き出そうとしたなにやらフェミニズム的な作品である、というのは割と広く伝わっているんじゃないでしょうか。Let It Goに見るフェミニズムの話なんてどうだろう。
ところでフェミニズムといえば、最近こんなツイートがTLに流れてきました。
引用の引用になってしまって誠に恐縮なんですが…。上野先生、流石に言い得て妙です…。
「自分の中にあるミソジニーと戦」うというのはフェミニズムの中でもすごく大きなテーマだなと思っています。何故なら男尊女卑的な価値観に育てられてきた心なので、我々自身ミソジニ的でない筈はなくて、敵は自分の中にも存在するから。フェミニスト的でいて、且つ自分を愛するのって結構大変です。それ自体ファクターとして矛盾しているけれども。
エルサのLet It Goはその点を鋭く指摘した楽曲なんじゃないかなと。
Let It Goは曲調も明るいし、歌詞も一見明るいけれども、エルサが切迫した悲しみや苦しみを誰にも頼らずに独りだけで乗り越えようとする曲で、実は結構内容としては暗めなんだろうなと思います。
まるで「ありのままのすがた」を受け入れようとするポジティブな歌詞に見せ掛けているが、「ありのままの自分だと迷惑がかかるから世間から離れなければならない」という前提は据え置きでした。「既存の型に嵌れない強い自分=悪」というのが当時のエルサ本人の価値観なわけです。「仕方ないからこのありのままの”悪い”姿でも生きていられるように世間から離れよう」という発想、と言ったら少し言いすぎでしょうか。
※余談:日本語歌詞にこのネガティヴさが余り反映されなかった事実は当時ツイッターなどのSNSで話題になりました。私も「口の動きが歌詞と合うようになってる!!」とかいう細部のこだわりよりも、「作品のメッセージ性を損なわないようにする!!」というのが先じゃね?と思いました。例えるなら【カレー作るのに肉は忘れたけど隠し味のりんごにはこだわった】って感じですかね。優先順位間違ってる感がすごかったな。でも歌詞の翻訳って難しいからあんまり強いこと言えない気もします。実際「ありのままで」のキャッチ―さは凄かったし、それはそれでフェミニズム的メッセージだったとも言えなくはない。英語版の想定してたメッセージとは全然違うけれども。※
という訳でLet It Goの対訳を一番だけ試行してみます。エルサが己の中にあるミソジニー(自己否定)を随所に吐露する歌詞。
The snow glows white on the mountain tonight (今夜は山に雪が降り積もり)
Not a footprint to be seen (足跡のひとつも見えない)
A kingdom of isolation (まるで孤独の王国)
and it looks like I'm the Queen (私がその女王のよう)
The wind is howling like this swirling storm inside (風はこの心の嵐のように轟く)
Couldn't keep it in (力を留めておけなかった)
Heaven knows I tried (でも頑張ったの)
Don't let them in (誰も引き入れてはならない)
don't let them see (見せてはならない)
Be the good girl you always have to be (いい子でいなさい いつでも必ず)
Conceal, don't feel (隠さなければ 感情さえも)
don't let them know (知られてはいけない)
Well now they know! (もう知られてしまった!)
Let it go, let it go (どうにでもなってしまえ)
Can’t hold it back anymore (もう隠しておけないから)
Let it go, let it go (もう我慢しなくていい)
Turn away and slam the door (背を向けて、扉を閉めてしまおう)
I don’t care what they’re going to say (誰がなんと言おうと気にするものか)
Let the storm rage on (嵐は荒れ狂うべく生まれつくもの)
The cold never bothered me anyway! (私は寒くたって平気)
”Turn away and slam the door!”なんか結構ガッツリ「己の世界を閉ざしてしまおう!」という発想ですよね。どう見ても「えっ悲しい!」ってなる歌詞でした。
”Let the storm rage on” の storm(嵐)は、エルサの能力が露呈したことで生まれた悪い噂や王国の混乱の事かも知れないし、荒れ狂うエルサの能力そのものの事かもしれないです。どちらにせよエルサ自身、本人の能力がとりもなおさず「悪」であるという価値観に基づいて歌っています。
特に最後のThe cold never bothered me anyway!は「少しも寒くないわ!」というよりも「私は寒くても(孤独でも)平気!」「寒さ(孤独)には慣れてるわ」という強がりなメッセージが強いような気がします。
Let It Goという曲の中で、エルサは周りのジャッジメントから遠く離れることによって「自分だけは自分を受け入れてあげよう」と努力します。二番のサビ前の”No right, no wrong, no rules for me! I'm free!(ルールなんて関係ない!私は自由!)”なんかは純粋に自分を受け入れようとするポジティヴな歌詞だけど、
ラスサビ終盤の”The perfect girl is gone!(優等生の私はもういないの!)”などに「能力を隠すのが善であり、ありのままでいるのは悪である」という、嫌っても嫌っても拭えない価値観が吐露しているように見えます。勿論「既存の価値観の”優等生”なんかもう知らない!」という意味にも取れますが、「優等生じゃなくなった私は皆から離れなきゃ」と「迷惑をかけないようにしよう」とする姿勢を見ると実際のところ『the perfect girl』はこの時点では健在のようです。実際この後訪れたアナにアレンデールが冬になってしまった事実を告げられたエルサの城は内側(エルサの内面)に向かってとがり(自己嫌悪)、ひび割れるような音を発していたように記憶しています。
「自分を認めてあげるためには自分を認めない価値観から遠く離れること」というのも大事なポイントだったのかなと思いつつ、
アナ雪は実はエルサ自身がエルサの「ありのまま」を嫌っていたのをどうにかしてあげられたのはエルサ自身を認めてくれるアナの存在だった、というプロットの運びだったように思います。
自分を否定する強大な既存の価値観と戦うには、先ずその価値観を供給する者から離れること。しかしその価値観に育てられた自分の中にも同じ価値観が宿ってしまっている。だから自分の中にある既存の価値観(自己嫌悪)とも戦わなければならない。且つ、自己嫌悪から逃れるには自分一人だけでは不可能。既存の価値観と戦うには、それと反する自分を受け入れてくれる存在の傍に行って、その価値観を学んでいかなければならない、みたいな。
「既存の価値観」に育てられた身でありながら「既存の価値観」と戦おうとすると本当にやること多いわけです。例えるなら、なんていうか、邪悪な吸血鬼の末裔が邪悪な吸血鬼と戦う旅に出るんだけど、自分もそりゃ血の味は好きで、だけどそれが倫理的に間違ってるからしんどい。みたいな。
「アナ雪」、現代のミソジニを内に抱えるフェミニストの道のりそのまんまの話だったんじゃないかな。
-まとめ-
自分を受け入れる、というのは「悪くてもかまわない」とか「美しくなくてもいい」とかいう、<完璧じゃなくてもいい(諦め)>がゴールではない
「この力が素晴らしい」「あなたはあなたの完璧を目指していける」「これが私流の美しさ」という、<新たな、唯一無二の完璧を目指そう!(希望)>みたいなモノの筈。
エルサはLet It Goで前者を、Show Yourselfで後者を経験していきます(私の知っている限りではですが)。
別にエルサがめっちゃ強い女王様だからとか、女が主人公だからとか、恋愛が全てではないところを描いたから、とかではなく、「己の中の古い価値観との戦い」を、ステージ別に描いているというところ。
これがアナ雪がフェミニズム的である最大の所以かなと思います。歌作る人って本当にすごいなあ。
byさつき
P.S. エルサの第二ステージである「Show Yourself」についてはゆみちゃんが書いてくれています↓