【北海道開拓の思い出】#13 座棺と火葬
穂別の富内を出たのは2日の昼頃だった。汽車と連絡船で2晩目、4日の朝早く入善の駅で降りた。強くはないが雨が降っていた。雨具の用意などなかった。何を着ていたのか覚えていない。それでも私は父の後をついて歩いていると、自転車で蓑とわらをかぶった人に行き会った。父は通り過ぎたが私は菊松さんだとわかって、父に菊松さんだよと云った。菊松さんもすぐ自転車を止めて、子供連れだから違うと思ったと云っていた。それから一緒に本家まで行った。ものすごく大きな家だった。もうたくさんの人が座っていた。初めて見る光景だった。
すぐ御勤めが始まる。私は父の横へ座ったが、とにかく眠い。父に何度も起こされた。出棺の時、蓋を開けて見せて下さった。その時は座り棺だった。祖母は鼻血をながしていた。父は喜んでおる、よかった、よかったと云って鼻血を拭いていた。このことは今も鮮明に覚えている。その頃は火葬場なんて無く、家の畑の隅のほうで火葬にした。私もやれと云われて、稲を束にしたものに火をつけて投げた。昭和19年10月4日、私6年生の出来事。