東京アダージョ:鳩を売る I
序
ここには、2つの昭和の過去形の話が交錯しております。1万字近くなるので、2編に致しました。そして、BGMは末尾にございます。
東京アダージョ:鳩を売る
どうあぐねても、不幸を背負った時間の動きは止まらない。中学生の頃、月曜は、全校朝礼があった、それは、吐く息が白くなる頃だった・・・
なぜ、鳩を売るのか?
吐く息が、白くなる朝、自分にはいい奴だが、少しワルで小柄の河田(かわだ)が、また、今日も、小声で言った。
「ちいちゃん、こないだ、買ってくれって、言ったよね」
「えっ」
「あの鳩ね、2匹で250円を、2匹を125円で、いいよ。」
「あれかぁ・・」 「ちいちゃんだったら、さぁ、それで売ってやってもいいよ。」
「うちのおかあちゃんが、なんちゅうかぁ・・・」
「じゃ、100円で、、どう、、、、頼むよ。いいじゃん。100円、今、持っているんだろぉ」
「少年ジャンプ、買うから・・・」
「今だけだぜ、伝書鳩だし、遠くから離しても、うちに戻ってくるんだ。今日中なら・・・、今日中ならいいからさぁ」 「伝書鳩、あぁ、、何度も聞いたよ、けど、なんでさぁ」
「鳩が、かわいそうじゃん。ちいちゃんならさ、な・・・な、頼むよ」
「だったら、河田が飼えばいいんじゃん、毎日、同じことを言うよな」 朝礼が終わって・・・ 「で・・・今、決めたんだけれど、あげるよ、今日、夕方には、鳩と鳩小屋を持って行くよぉ、ちいちゃんなら、絶対に可愛がるしさぁ・・」
「でも、おかあちゃんが何て言うか・・・」
・・・・・
河田と友だちになったは、自分が、風紀委員をさせられていたからだった。
学内の規律で、いつも問題を起こし、自分は河田に頼まれて、その内容を聞いて、担当の先生に、一緒に謝りに行ったことからだった。
自分に人格や人望がある訳ではない、それは、その役割の風紀委員だったからだ。
・・・
ただ・・・・それから、もう、河田とは会う事はなかった。 それは、河田が学校に来ることは、なかったからだ。
・・・
入所
数日して、学年委員(その中学校では、学級委員以外に、その学年の委員が構成されていた)の峯田が、自分ともう1人の女子の風紀委員の水窪さんに「あの万引き野郎、また、少年院に入ったらしいぜ、まただよ。また・・」
「・・・」
「笑うに笑えないよな、な、風紀委員さん」と、言って笑った。
その時、突然、口数の少ない風紀委員の水窪さんが言った。
「それ、少年鑑別所じゃないの、河田くんだけが悪い訳ではないわ、ねえ、ちいちゃん、そうでしょ・・」
「うん・・・」
その後も、その廊下の隅で、だいぶ長い時間、河田の事で、その風紀委員の水窪さんと話していた。
河田が、少年鑑別所だか、少年院へ行く、その日の鳩の話をしたら、泣き出してしまった。 それは、河田のやさしい一面を見たからだ。
その水窪さんも、やさしい心の持ち主なのだろう。 そして、今わかったことは、寡黙そうに見える彼女は、スィッチが入ると、思ったよりあまりにも、雄弁であり強硬なところがあった。
バレンタインデー
区立の、この中学校の卒業式の後、すぐ、お父さんの海外転勤で、お母さんの実家のある、関西の女子大の附属高校に行くという。 そこには、おばあさんもいるので、一緒に暮らすそうだ。
「で、ちいちゃんのお誕生日はいつ?」
「えっ、11月7日だよ・・・」
「そうだ、こないだ、授業で、先生が、ロシア革命記念日の話の時、それは聴いたわ、、ちーちゃんの誕生日ね。それで、私は、いつだと思う・・・驚くかも知れないわよ」
「えっ、わかんないよ、えっと、、今日とか」
「ちがう・・・1月1日なのよ、おめでたいでしょう、頭もそうなの・・」いつもの感じで、まじめに話している。 「ハハッ・・」いつものまじめな表情で話す、そこが可笑しかった。
「だから、いつも、誰にもお祝いは、された事もないわ、お正月と一緒にされて・・・それに、これからは、見知らぬところで、女ばかりの世界で・・はぁ~、いやになる・・・」
「あっ、いや、それは、いろんな出会いの機会はあるんじゃないの・・」
・・・・・
「ねぇ、ちいちゃん、今後でいいんだけど、うちで、お祝いしてくれない」「えっ、だって、女の子がいっぱい来るんでしょう・・・ぼくはいいから」「誰も来ないのよ、2人で、ケーキと紅茶だけよ、母が用意しとくから、いいわよね」
「ええっ・・でも、やめとくよ」 ぼくをにらんだ後、遠くを見て、涙を浮かべたので・・ 「あっ、、いいですけど」とすかさず、言わない訳にも、いかなかった。
結構、積極的というより、考えてみれば、以前から、マウントはいつも取られていた。
そして、結局、その2月14日には、水窪さんの家で、水窪さんのお母さんと3人で、チョコレートケーキを食べることになった。
そこで、海外の生活もあり、水窪さんのお母さんは、外国でのバレンタインデーのことや、デザートのグレープフルーツを横に2つに切って、丸くお砂糖の山を作ってスプーンですくって食べるようにと出してくれた。
うちのお母ちゃんと違い、やさしい笑顔の方だった。
その後、散歩に行くことになり、水窪さんの住む公務員の官舎の上にある神社に行くことになった。
家を出る時、「階段が急なので、手をつないでやって」と、水窪さんのおばさんに耳元で言われた。
いよいよ、その階段のそばに来ると・・・水窪さんは、「危ないから手をつなごう」と言った。 そして、ヒモのついたミトンの手袋をとって、手をつないできて、「ちいちゃん、手、冷たいね」と言った。
これは、もしかして、水窪さんと、水窪さんのおばちゃん、いや、お母さんに、事前に、相談されているような気がした・・
「心の温かい人は、手はみんな冷たいよ・・・」と言うのが精一杯だった。
これは、決して、モテてる訳ではなくて、水窪さんは、自分自身にとって、扱いやすい男の子なら、誰でもいいのだろうと思っていた。
女子校に行くと男の子と付き合いもないと思い込んで、身近な自分にいろいろ、言っているのだけなのだろう。
まだ、蓼食う虫も好き好き、だったら、いいのかも知れないのだが・・
神社に着いたら、まずは手を合わせて拝んでから、本殿へ登る木の階段に座って、「手をだしてごらん、暖めてあげる」と言って、自分の冷たい両手を両方の手袋を肩にぶら下げて、握りしめてくれた。
物言いが、まるで、自分の母親のようだ。
そのまま、しばらく、微動だしない静かな時間が続いた。
目をつぶっている。
近くで、小鳥が鳴き声が聞こえる。
春が近いのだろうと考えていると急に、「ちいちゃん、いつも水窪さんって呼ぶのね・・それいやだっ」
「だって名字でしょ」
「恵子ちゃんって、呼んでよ。私だって、みんなと同じに、ちいちゃんって呼んでるのに・・・」
「うん」
「それから、今日のこと、誰にも、秘密にしてね」
「うん・・」
その時だった、急な神社の階段を誰かが上がってきたと思ったら、水窪さんのお母さんだった。
自分と目が合うと、ニッコリと笑顔で、うなずき、また、階段を降りていった。
東京アダージョ:鳩を売る、卒業の頃 II に続きます。