おくりもの
遠い昔の出来事か
それとも未来の夢なのか
孤独も知らず
痛みも知らず
苦しみも知らず
光と平和に満たされた処
その意味を知るべく
この世に生まれ出
やがて記憶の彼方へ霞む世界を
繋ぎ止めることも叶わない
孤独を知り
痛みを知り
苦しみも味わい
光と平和の意味を知る
そしていつかまた
満たされることを願う
12月ともなれば、クリスマスや大晦日、そして正月の準備で世間はにわかに活気を帯びる。まるで1年の帳尻を合わせるかのように躍起になるのだ。今年の年越しはどんな風に過ごすのだろうと新年に想いを馳せる。
そんなイベントラッシュの幕開けとなるクリスマスは、特別な日として家族や恋人、知人や同僚などそれぞれに思い思いの時を過ごしたいと思うのも無理はない。願わくば、ほんのひとときであってもぬくもりに満たされ、幸せの中にありたいものだ。そして想いを込めたプレゼントを大切な誰かに贈るのだ。
子供たちには解りやすいように玩具やケーキ、いつもとは違った食事のメニューを通じて平和や愛情…そして幸福感が届けられる。食卓を囲む家族はその幸福感を共有することができるだろう。
恋人たちにはプレゼントを通じて、あるいは共に過ごす時間通じて幸福感を共有することになる。
しかし、そんなおくりものが届かない人もいる。社会や環境、境遇…幸福を実感できる要素も一定ではない。
がんばって、がんばって、がんばっているのにまるで前に進めない。這い上がろうともがくほどに深みへと引きずり込まれてゆくような日々。共に過ごす家族も恋人もなく、ただ仕事をこなすことで精一杯の日々…。
あるところに若者がいた。若者は宴会やイベント用の雑貨を販売する会社の営業をしていた。お得意さん回りの日々に大きな不満はなかったが、夢のような時間を演出するはずの仕事は地道で大きな変化に出会うことはほとんどなかった。
彼にも未来はある。それは本人にも解っていた。しかし、その未来がどんな色なのか、どんな手触りなのか、どんな味なのか…全く想像できない。そればかりか明るい未来であるかどうかさえ検討もつかなかった。
年の瀬も迫る街中を若者は集金に回っていた。幸い年内に済ませなくてはならない仕事は最後の集金を一件残すばかりである。そして街のにぎわいを横目に街角の貸衣装の店を訪ねていた。
こぢんまりとした店内にはクリスマスや年末年始のイベント用の衣装が所狭しと並べられている。ただ、商品がいささか時代を感じさせるものがほとんどのためか、客の姿はなかった。古い衣装のにおいをかき消すようにコーヒーの香りが漂っている。
店の奥には白髪で豊かなひげを蓄えた店主が真っ赤なサンタクロースの衣装を着たままうたた寝していた。
我に返った店主はまだ夢の余韻を追うような表情のまま顔を上げた。
「寒かっただろう。コーヒーでも飲んで行きなさい。」
店主はコーヒーサーバーのコーヒーを温め直して若者に差し出した。
若者は軽く会釈してコーヒーを受け取ると一口すすりながらつぶやくように言った。
「師走はサンタクロースも忙しい季節ですね。」
ふと、店主が目を輝かせ意味ありげに笑ったような気がした。
「キミは、サンタクロースを見たことがあるのかね?」
質問の意味を捉えられずに冗談を言ってみる。
「あ、今見てます…。」
すると店主は笑って言う。
「キミはなかなかピュアな好青年だと思っていたが、洞察力も素晴らしいものを持っているようだね。」
「いや…そんなことは…。」
照れる青年を嬉しそうに見ると悪戯っぽい目をした店主が言った。
「そうだねぇ。子供たちだって本物のサンタクロースを見たことのある子は少ないだろう。」
若者は笑って言う。
「そうですよね。ボクも不思議には思っていましたが、子供の頃にサンタクロースの姿を見たことはありませんでした。」
ストーブの上のヤカンがシュンシュンと音を立て始めた。外は寒いのに貸衣装店の店内は暖かい。それは穏やかな時間のせいかもしれない。
「じゃあ、キミはサンタクロースはいないと思うかね?」
若者は少し考えてみせて答えた。
「ボクにはわかりません。いると思っていれば、いるのかも知れません。ボクが見たことがないからと言っていないとは限らないですね。」
店主は遠くを見るような目になって言った。
「キミは賢いな…。」
店主はしばらく黙って思案しているようだった。そして意外な言葉を続けた。
「…ワタシもそろそろこの店を閉めようかと思ってね。」
「え?そうなんですか?」
「ん~…最近はお客さんもめっきり少なくなったしね…」
寂しげな横顔はどこか満足げにも見える。
「そうでしたか…ウチの社長にも報告しておきます。長いおつきあいなんですよね。」
「ん~…そうだなぁ。ずいぶんお世話になったなぁ。」
集金と言っても大した金額ではなかった。それが最後の取引になるのだ。
「これからどうされるんですか?」
若者が訊ねると店主は悪戯っぽく微笑むと言った。
「これから…か。さてどうするかな?」
これからの時間をどう生きることを思い描いているのだろう。まだ人生経験の少ない若者には想像すら出来なかった。外に見える通りには雪が降り始めたらしい。店主が差し出した温かいコーヒーを飲みながらしばらく足早に店の前を横切る人たちを眺めていた。
「実は…ここでいただくコーヒーが楽しみだったんですよ。」
どんな形であれ、別れというものは寂しい。店主も別れを惜しむように若者を送り出す店の前まで出てきた。いつの間にか小さなプレゼントを手にしている。店内にあったクリスマスツリーの飾りつけだろうか。
「これを持っていきなさい。明日の朝には君のものになるだろう。」
「え?いいんですか?明日の朝まで開けてはいけないんですね。ありがとうございます。楽しみです。」
店主は微笑みを見せると言った。
「あぁ。元気でな。またいつか会おう。」
「はい…またいつか。お元気で。」
若者は後ろ髪を引かれるような思いを抱えたまま店を後にすると人ごみの中へ紛れて行った。
その日の仕事を終えた若者は帰りのスーパーで弁当を買い、一人暮らしのアパートへ帰った。電子レンジで弁当を温め直し、インスタントのみそ汁にお湯を注いで、テレビを眺めながらこの一年の出来事をぼんやり振り返って眠るまでの時間を過ごした。友達から連絡が来ることはほとんどなかったし、自分からしようという気持ちも持たないようになっていた。みんなそれぞれに忙しい日々を過ごしているのだから自分が入り込む余地はないだろう。彼自身も自分のことで精一杯だと感じているのだから。
「さて、風呂に入って寝よう。」
誰に言うわけでもない。ひとり言のようにつぶやいて風呂へと向かう。長湯するわけでもないが、一日でもっとも開放的な時間である。
彼は、風呂から上がってしばらくすると疲れた身体を冷たい布団の中へ滑り込ませた。貸衣装店の店主にもらったプレゼントを枕元に置くことにした。そして寝返りをうつ間もなく眠りの中へ沈み込んでいく。
どれくらい時が過ぎただろう。彼は何かの気配を感じた。
部屋は暗いままで彼自身は布団に入って仰向けに寝ている。遠く砂嵐のような音が聞こえる。そして身体に触れる空気の層に異質な感じがする。彼は激しく振動する微細な粒子に包まれているようだった。その粒子には実体がない。ゆえに痛くも痒くもない。身体が動かないのは疲れが残っているからだろうか。意識も不明瞭で眠っているのか起きているのか解らない。世界はどんよりとした液体のように歪んでいた。
「これは夢なんだろうか。」
そんなことを考えたが、暗い部屋でひとり布団で眠っているなどという味気ない夢があるだろうか。
ふと、それまで感じていた異質な空気感とは別に足下の方に何かの存在を感じた。まるで漆黒の闇が電磁波を発しているかのように巨大な存在感の塊である。
ふいに名を呼ばれる。
低く響く声は、脳を通じて彼の芯に語りかける。それまで眠っていた彼の心眼がカッと開き、全身でその声を受け止めようとしていた。不思議と恐怖はなく、ずっと昔から知っている幼なじみのような親近感すらあった。彼は少し腕を上げてみた。すると上げた腕をつかまれて引っ張られるような感覚があり、上半身を起こされたような気がした。ところが身体は何も変わらず仰向けに眠っている。つまり、彼は上半身だけ実体の身体とは別に起き上がったのだ。何が起きたのか把握できない。
相変わらず恐怖感はなく、不明瞭な意識のままで手をつかんだ相手と対峙している。
「パワーをあげよう。」
不思議に思いながらも差し出した手に何かが手渡された。
形のないおくりもの。
大きな綿毛のようで霞のようにつかみ所のないおくりもの。
いつの間にか相手の気配はなく、彼は何事もなかったかのように布団に眠っていた。ただ、翌朝目覚めてもこの出来事を覚えていた。
「…パワーって何だろう?」
まるで新しい人生の始まりの朝のような気がした。
おくりものには形がない。
それは仮の形をしているに過ぎない。寒い季節だからと手袋やマフラーだったりするだろう。いつも仕事で頑張っている人にはネクタイや靴だったりするかもしれない。形はそのおくりものに込められた想いの仮の姿である。
贈る人の想いや贈られる人の想いがその意味を決める。その重さは一定ではなく、時の経過によっても変化するものなのだ。
枕元に置いたプレゼントの包みはいつのまにかなくなっていた。
貸衣装店はまもなく閉店したのだろう。それから話題に上ることもなく社長も憶えていないという。もしかしたらそれも仮の姿だったのだろうか。
人生は小さな出来事の積み重ねであり、それはまるで複雑な迷路かあみだくじのようでもある。道を選んだ時に見えていないだけで辿るべき道は決まっているのかもしれない。
けれど、彼はパワーが何であるのか解らないままにそのおくりものを信じようとした。本物であるかどうかをその身を以て確かめようとしているのである。
ほんの小さなきっかけが彼の人生に何をもたらすのだろう。
人生はおくりもの。その力を確かめるため。
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