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越えられなかった壁。あの時の一言。
ガチャのクラシカルカメラを見ながら、「あの時あの壁を越えられてたら・・」と想いを馳せていた。人生には何度かそんな壁がある。
今回は、「あの時の一言」編。
僕は20代のころ、表参道246沿いにあるカメラショップにバイトしていたことがある。鹿児島から出てきた唐芋青年は、都会の垢抜けた生活に憧れていた。学生時代にカメラの勉強をしていたこともあり、写真で食っていけないかなぁと模索していたのだ。
そして求人雑誌anで、「私たちとおしゃれに働こう!カメラ好き集まれ」という文言に惹かれて、そのカメラショップを面接した。
まず、研修期間1週間。バイトスタッフは僕と同世代の男女だが、下北沢カジュアルだし、髪型がソフトクリームみたいにアーティストだし、でかいメガネをかけていた。俗にいうカメラ女子ってやつだ。
圧倒されていた。すでに薄毛になりかけていた髪を懸命にワックスで立てて、僕もカメラやってました!風情を出す。大学時代の暗室にこもって、睨み顔ばかりのポートレートを焼き付けていた黒歴史など、お首にも出さず。
通常は、ネガを数時間でお客様にお渡しできるのだが、そのショップには「超特急コース」なるものがあった。会計でそのコースを指名されると、スタッフ同士で、とある「儀式」が行われることをバイト初日に知る。
ネガをラボに渡すスタッフは、こう叫ぶのだ。
「ワンワンちゃんー!お願いします!!」
意味がわからない。
どうやら、1(ワン)ということで
一番早いってことなのかもしれないが、もう忘れてしまった。
その超特急コースは、1時間に2-3組やってくる。その度に、元気な笑顔と、(今ワタシ、東京で輝いてる!)という自負心で、
「ワンワンちゃんー!お願いします!!」
と、叫ぶのだ。
初日で心が折れたことは言うまでもない。田舎者には、、無理だった。それに、黒歴史の歪んだ青春の心が邪魔をした。
言え!言うんだ!ここで東京デビューするんだ!!
と、必死に奮い立たせても、小声でしか言えない。そんな僕を、バイトリーダー(でかいメガネ)女子は、優しく見守っている。そうそう、ワタシもそうだった、みたいに。
結果、1週間で辞めた。
無理だった。あそこでワンワン!と叫べば、何か大事なものを失うような気がしたからだ。(今にして思えば、そんなくだらない大事なものなんてさっさと捨てるべきだった)。
あの場であの一言が言えたら。人生は間違いなく変わっていた。そして、バイト仲間と表参道の洒落たカフェで、将来のクリエイター話などに花を咲かせ、未熟な創作論などを議論し、飲んで笑って、UKロックなどを歌って、恋愛でもしてたんだろうな。ああ、羨ましい。
越えられなかった壁があった。でも、その壁は本当に越えたほうがよかったのか?。その先、地獄ってこともあるのかな。嗅覚が、そっちじゃない、ワンワン!じゃないと言っていたのか。わからない。壁はその先にいかないとわからないと当時は思っていたが。結局、遠回りして、元通りの路上生活さんだったんだろう。
47歳。今なら言える。
ワンワンちゃん!!お願いします!!どうか!おじさんの青春もう一度!!
ワンワン!ワンワン!
そうして、今日も犬の絵を描いている。因果なものだ。
おしまい。
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