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恋するコラム「似顔絵に恋する」

2000-2002年ごろの井の頭公園

「似顔絵に恋する」
 
今まで似顔絵を描いて来た中で、どうしても忘れられないお客さんが2人います。
そのうちの1人の女性の話を書かせていただきたいと思います。
 
吉祥寺・井之頭公園でゴザを引いて描いていた駆け出しのころ。
串揚げやの「いせや」さんの階段がいつもの定位置で、ハガキ300円だったので、けっこう行列のできるお店でした。
その日は、夏真っ盛りの熱い午後。
静かに階段に座った女性は、黒髪のボブで、エキゾチックな顔立ちをした30代前半くらいの方でした。
「こんにちは」と顔を見上げた瞬間、そのあまりに強い眼差しにギョッとしたことを覚えています。
異様な強さ、と言ってもいいくらいです。
その女性は、サンプルのポストカードに目を通しながら、こちらをまっすぐ見てこう言いました。
 
「私。実は余命宣告されたんです。だから、今日は私の顔を描いてもらおうと思いました。こちらのサンプルの感じも素敵ですが、できれば、似顔絵屋さんの感じるまま、自由に私を描いてください」
 
デートスポットとも言える井之頭公園の軽やかな雰囲気と、ハートに溢れたサンプル似顔絵に囲まれて、あまりに信じられない言葉に、僕は大きな衝撃を受けました。
 
「はい。わかりました・・。精一杯描かせていただきます」
やっと返事を返して、深呼吸し、色鉛筆を持ちました。
 
それから、世界が変わっていくのがわかりました。
あれだけ賑やかな喧騒が一瞬で消え、時間が止まったと感じました。
どんどん集中力が研ぎ澄まされてきました。
それまで似顔絵を描いてきたプロセスや経験が全て消え、目の前の女性の表情に、青と赤が激しくぶつかる色彩が見えました。
そして、目の輝きの強さの中に、激しい葛藤と、諦念が見えたような気がしました。
それは、僕の「妄想」が浮かび上がらせただけかもしれません。
僕自身の心の表れだったのかもしれません。
 
何はともあれこの1枚には、今まで以上の誠実さが求められていました。
「自由に描く」ということの責任の重さ・・。
15分か、20分か・・。ただ懸命に描きました。
何をどう描いたのか、考えていません。
手が勝手に動くのに任せていると言いましょうか。
 
そして、完成しました。
左右対称の赤と青、それをつなぐ緑。水色。黄色の眼差し。
顔のラインをしっかりと描きながら、それでも目の前に見える女性とは違う似顔絵。
 
「こうなりました」。
 
女性は、その似顔絵を受け取り、じっと見つめました。
その眼差しは、一瞬、これまでになく強まったかと思うと、急速に光を失い、空虚な黒に変わりました。
 
僕は、汗びっしょりになっていました。
何か、とんでもないことをしてしまったのではないだろうか・・。
息を止めて、返事を待ちました。
 
女性は、ふっと顔を上げて言いました。
「ありがとう。嬉しいです。あなたに神様のご加護を。」
 
そして、すっと立ちあがり、公園の森に消えて行きました。
 
神様のご加護・・。
クリスチャンなのかな。
あれは、なんだったんだろう。
余命って本当だろうか。
あんなに凛としてるのに。
でもあの眼差しはなんだったんだろう。
果たして、あの似顔絵をどう思ったのだろうか・・。
 
一気に思考が駆けめぐって混乱しましたが、間髪入れず、次のお客様がゴザの前に座りました。
10代の初々しいカップルでした。
「デートの記念に似顔絵を描いてもらおうと思って!ねっ!」
 
その時の似顔絵こそ、「頑張って描いた」と言えるしょう。
全てが手のひらからこぼれ落ちそうで、それをなんとか拾い集め、思い出しながら、幸せいっぱいのピンクとハートを描きました。カップルにとっては唯一無二の時間なのです。それに相応しいように・・。
 
そうして描いていくうちに、現実の世界が、これまで以上に生々しく、鮮烈な色彩と音色を持って、再生し、立ち上がってくるような感じがしました。
歯を食いしばって、描き終えました。
似顔絵を見たカップルはとても喜んで、手を繋いで帰って行きました。
 
帰り道。
この世は無情だ、と思いました。
僕はこうやって絵を描いていくんだろうな。
学生時代に夢見ていたものとはだいぶ違うな。
これから、人生どうなるだろう。
でも、今日のことはきっと忘れないだろう・・。
 
そうして、15年ほど経った今も、あの夏の出来事は、僕の創作の原点になっています。
あの女性から、何かを渡されたのです。
今思えば、あの似顔絵は、その女性の魂の深い部分を傷つけたような気がします。
あれから何千枚も描いてきた今の僕が描くなら、きっと違う絵になったでしょう。
もっと人生全体を捉えた、視野の広い絵になっていたはずです。
 
当然ながら、僕は未熟でした。
今、に集中することで精一杯でした。
ただ、それでも「自由さ」を提供してくださったのです。
そして、あの瞬間、必死に向き合うことによって、かけがえのないものを得ました。
あの時の感覚は、魂に刻まれています。
 
きっとそういう出会いは、人によって、両親であり、恩師であり、パートナーであり、友人であり、ペットであかもしれません。
そこから、物語は生まれていくのです。
人生は始まっていくのです。
(おわり)

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画家・ペーの日記
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