暁の影(シャドウ)第八話“追う者の遺恨”
『暁の影』第8話 ノベライズ:母の告白と新たな敵
風鏡地区高等裁判所跡地にて
風鏡市の夜。静寂を切り裂くように、冷たい風が廃墟の間を吹き抜ける。
かつて正義を司ったはずの風鏡地区高等裁判所跡地は、今やただの廃墟と化していた。
藤堂凛は、その場にいた。
(なぜ、私はここにいる?)
捜査官としてではなく、ひとりの人間として何かを確かめるために、彼女はこの場所へ来た。
その時、奥の部屋から微かな声が聞こえる。
――セレナと、柚木桐子の声。
「……セレナ? なんで桐子さんと……?」
疑念が胸をよぎる。
その時、ある単語が彼女の脳裏に突き刺さった。
――「ミス・レディ」
時間が止まる。
その言葉を知っている。いや、知っていた――忘れようとしていた言葉だった。
凛の記憶
「……ミス・レディ?」
頭の奥深くに眠っていた記憶が、ゆっくりと目を覚ます。
それは、彼女が孤児院に引き取られる直前の出来事だった。
幼い凛の目の前で、誰かが母を“ミス・レディ”と呼びかけていた。
「あなたは……これから、彼女に託します。」
凛の母に語りかける女性。
優しく、でもどこか悲しげな声。
(あれは……誰だった……?)
彼女の頭の中で、すべてが繋がりそうになったその時――
狙撃
鋭い銃声が響いた。
「……っ!」
反射的に駆け出す。
扉を蹴破るように開けた瞬間、目の前の光景が凍りついた。
柚木桐子が、右肩を撃ち抜かれ、血を流しながら倒れていた。
「桐子さん!!」
凛は即座に駆け寄り、彼女の体を抱き止める。
セレナが驚愕の表情で立ち尽くしている。
「セレナ、奥に逃げたわ、追って!」
「でもミス・レ……桐子さんが!」
「わかってる!ここは私が引き受けるから!」
「……わかった!」
セレナはためらいながらも頷き、すぐに奥へと駆け出した。
母の告白
「桐子さん……しっかりしてください!」
凛は桐子の肩を押さえながら、必死に呼びかける。
だが、桐子の呼吸は荒く、意識が遠のきかけていた。
「……凛……貴女は……私のことを……恨んでいるでしょうね……」
「え……?」
凛の瞳が揺れる。
「私は……私は……二人の少女の運命を変えてしまった……」
桐子の声には、自責の念が滲んでいた。
「凛、私は……貴女の母親の資格がないの……」
「そんな事ないよっ!!」
凛の声が、裁判所跡地に響いた。
「私は貴女のこと、少しも恨んでなんかいない!!」
堰を切ったように言葉があふれ出る。
「貴女は私を……助けようとしてくれた……!!」
「母親の資格がない? そんなことないよ! だって、貴女は今もこうして私を守ってくれてる……撃たれたのに、それでも私に真実を伝えようとしてる……」
「だから……お願いだから、死なないで……!!」
新たな敵・浅倉京子
「感動的な親子の再会ね。」
冷え切った声が、二人の空間を乱暴に切り裂く。
凛はすぐに振り返った。
そこにいたのは、一人の女。
浅倉京子――20年前、美桜裁判で検事を務めた女。
「藤堂、貴女が知るべきことは、まだまだあるのよ。」
「…私の名を呼ぶな。」
凛の声は、冷たい怒りに満ちていた。
「……藤堂、20年前の日向美桜の裁判のこと……貴女はどこまで知っているのかしら?」
「……!」
「まあ、どうせ柚木桐子から何も聞かされてなかったでしょうけどね。」
セレナが姿を現し、京子と対峙する。
「浅倉京子……アンタ、いい加減にしなさいよ。」
「ふん、怪盗セレナ……貴女も藤堂と同じで、うるさい子ね。」
ぶつかる怒りと風嵐地獄
「絶対に許さない!!」
二人の体から風と雷の力が溢れ出す。
「……終わりよ。」
「風嵐地獄!!」
空間が激しく震えた。
「ダメっ!!」
血に濡れた床から、必死の叫びが響いた。
「浅倉を殺してはダメ!! 真実が永遠に……セレナ、凛!!」
桐子の、最後の力を振り絞った声だった。
冷静と捕縛
二人は我に帰る。
(しまった……!)
「……っ、京子、アンタを捕まえる!」
セレナが瞬時に体を動かし、京子の背後に回る。
「くっ……!」
凛がすかさず手を打ち払い、京子の腕をねじる。
「終わりだ、浅倉。」
カチリ――と冷たい金属音が響く。
「貴女を逮捕する……!」
「いいわ……でも、覚えておきなさい。」
「本当の黒幕は、もっと上にいるのよ。」
セレナと凛は目を見合わせ、緊張が走る。
(黒幕……!? まだ、何かが……?)
桐子の呼吸が荒くなり、再び床に崩れ落ちる。
「桐子さん!」
新たな戦いの幕が、ゆっくりと開かれようとしていた。