暁の影(シャドウ)第七話・裏“緑に紡がれる真実”
ミス・レディとの初対面
風鏡市の静かな夜。指定された場所は、「風鏡地区高等裁判所跡地」と呼ばれる廃墟だった。セレナはその巨大な廃墟を前に慎重に中へ足を踏み入れる。
「ここでいいのよね……?」セレナは通信端末を握りしめ、深く息をついた。
ミス・レディが「直接会いたい」と言ってきたのはこれが初めてだった。セレナにとってそれは不安と期待が入り混じった瞬間でもあった。
建物の奥へ進むと、薄暗い光が見えた。その光の中に浮かぶ一人の人物の影。セレナはその顔を見た瞬間、驚きに目を見開いた。
「……貴女が、ミス・レディ?」
そこに立っていたのは柚木桐子だった。セレナにとって顔馴染みの人物であるが、ミス・レディの正体だとは思ってもみなかった。
「初めましてと言うべきかしら、紗月さん。」柚木は微笑みを浮かべながら穏やかに言葉を続けた。「いや……今は『セレナ』と呼ぶべきね。」
「どうして貴女が?」セレナは疑念を隠さず、強い口調で問いかけた。
ミス・レディの告白
柚木は少し黙り込み、裁判所跡の壁を見つめた。そこには古びたプレートが残り、「風鏡地区高等裁判所」と書かれている。
「私は、20年前の日向美桜裁判で裁判官の一人だった。」
その言葉にセレナは息を飲んだ。
「美桜……母の裁判を……貴女が?」
柚木は小さく頷いた。「そうよ。私は当時、若くて何も知らなかった裁判官の一人だった。無罪を主張したのも私だけ。でも、それだけでは美桜さんを救えなかった。」
「それで『ミス・レディ』を?」セレナの声には冷たさが滲んでいた。
「その通りよ。」柚木の目には深い後悔の色が浮かんでいた。「美桜さんの冤罪が確定した瞬間、私は自分の無力さに打ちのめされた。そして、彼女が亡くなった時、その責任が自分にあるのだと痛感した。」
セレナの目が鋭くなり、堪えていた感情が抑えきれなくなる。
セレナの叫び
「貴女は真実から逃げているだけでしょ。ミス・レディと名乗っていたのも、貴女がこの事実から背を向けていた単なる偽善者!」
セレナの声は震えながらも、次第に怒りがこもり、叫びへと変わる。
「私は貴女(ミス・レディ)の事は決して許さない!いち裁判官が何故私に接触したの?結局貴女だってやってる事は同じじゃない!母を救えなかった事から逃げているだけじゃない!」
セレナは涙を堪えきれずに声を詰まらせながらも、怒りを隠さずに続ける。
「でもね……そんな貴女に従っていた理由……何だと思います?」
一瞬だけ沈黙が流れる。セレナは涙を流しながら声を張り上げる。
「…母の命を奪い、私たちの人生を引き裂いた真実にたどり着くためには、貴女の知っている全てが必要だった!それしかなかったから……!」
涙が頬を伝うのも構わず、セレナはさらに声を張り上げる。
「母の苦しみを無駄にしないために!私自身の手で、真実を掴むために!私は、私は貴女を利用するしかなかったの!!」
その場に響き渡るセレナの叫びは、怒り、悲しみ、そして決意が入り混じったものだった。
柚木桐子はその叫びを黙って受け止める。彼女の表情には、深い後悔と罪悪感が浮かんでいた。
「……その怒りと悲しみを忘れないで、紗月さん。」柚木は静かに呟いた。「それが貴女を母の真実に導くはずよ。」
次の手がかり
セレナは深い息をつき、拳を握りしめる。
「……で、次はどこに向かえばいいの?」セレナの声には鋭さと冷静さが混じっていた。
柚木は小さくため息をつきながら答える。「風鏡市よ。検事の浅倉京子が、秘宝を追って動いているわ。」
「浅倉京子……」セレナはその名前を反芻し、心に刻みつけるように呟いた。
「彼女もまた、貴女の母を陥れる計画の一端を担った人物よ。」柚木の声は冷静だが、どこか悲しみを帯びている。「風鏡市での動きを追えば、次の秘宝に繋がるだけじゃない。美桜さんを苦しめた過去の真実にも一歩近づけるはずよ。」
セレナは立ち上がり、柚木を振り返った。「わかったわ。行ってくる。」
「セレナ。」柚木は呼び止めるように声をかけた。「必ず真実に辿り着いて、あなた自身の答えを見つけて。」
セレナは背を向けたまま小さく頷いた。
ラストシーン
セレナは出口に向かいながら、ふと足を止めて振り返った。
「ミス・レディ、ううん柚木さん……私はもっと真実を知りたい、辿り着きたい……答えがわかった時が私達、怪盗セレナの最後なのかな……」
柚木は少し微笑みながら静かに答える。
「それは私からは答える事はできないわ。だってそれを知る事ができるのは……紗月、ううん……怪盗セレナ、貴女が解決していくのよ。」
その言葉を胸に、セレナは風鏡市での新たな戦いに向かう決意を固めた。
次回へ続く