暁の影(シャドウ)第一話・裏“追う者の正義”
月光美術館の前にパトカーが並び、赤いライトが夜の闇を照らしていた。周囲を取り囲む警官たちは緊張感を漂わせながら配置につき、警備態勢を整えている。その中央に立つ黒髪の女性、藤堂凛は美術館の全景を鋭い眼差しで見据えていた。
「怪盗セレナ……今度こそ逃がさない。」
低く抑えた声に、決意が込められている。
「警部、この配置で本当に大丈夫ですか? あの怪盗はどこからでも侵入してきます。」
部下の七瀬瑛美が不安げに尋ねるが、凛は冷静にうなずいた。
「彼女の行動パターンは予測済みよ。正面入口と地下通路は厳重に封鎖済み。今回は屋上からの侵入も視野に入れて配置を強化したわ。」
手にしたタブレットには、美術館内外のセキュリティ配置と警官たちの動きがリアルタイムで表示されている。
「それに、美術館の警備システムは特注品。あのセレナでも突破するのは容易じゃない。」
言いながらも、内心では警戒を緩めることはなかった。彼女はこれまで何度もセレナに裏をかかれてきた。その度に、あと一歩のところで逃げられてしまう。それが、凛にとって最大の屈辱だった。
「今回ばかりは、絶対に逃がさない。」
胸の奥に宿るその思いを再確認しながら、凛は部下たちに指示を飛ばした。
数十分後。
「侵入者がホール内に確認されました!」
無線からの報告に、凛は素早く反応した。
「やはり来たわね。全員配置につけ!ホールに向かうわ!」
凛は手にした拳銃を確認しながら、美術館内に足を踏み入れた。目標は中央ホール――そこに保管されている「紅蓮の宝珠」だ。通路を駆け抜けながらも、彼女は冷静に頭を働かせていた。
『セレナ……あなたの目的は何? なぜ?何故ここまで危険を冒す?』
一度も言葉を交わしたことのないセレナの行動に対し、いつも凛は疑問を抱いていた。ただの怪盗にしては動機が明確すぎる。それは、単なる犯罪者とは異なる「正義」を秘めているようにも思えた。
しかし、それでも彼女を捕らえなければならない。それが凛の職務であり、信念だった。
ホールに到着した凛は、まさにガラスケースの前で紅蓮の宝珠を手にするセレナの姿を目撃した。赤いスカーフがゆっくりと揺れ、彼女の銀髪がホールのライトに照らされている。
「止まりなさい、怪盗セレナ!」
その声にセレナが振り返る。軽く口元を歪める彼女の笑みには、余裕が漂っていた。
「藤堂警部、いいタイミングね。」
「あなたの逃げ道は全て封じた。もう逃がさない。」
凛は拳銃を構え、警官たちに取り囲むよう指示を出す。だが、セレナはその状況にも怯える様子はなかった。
「逃げ道なんて最初からいらないのよ。」
そう言った次の瞬間、辺りに閃光が走った。
「くっ……!」
凛は思わず目を覆った。視界が回復した時には、セレナの姿は既にホールから消えていた。無線が騒がしくなる。
「屋上に向かっています!追跡します!」
「全員屋上へ!」
凛はその言葉を待たず、既に全速力で走り出していた。
屋上に辿り着いた時、夜空に飛び去るセレナの赤いスカーフだけが残されていた。
「また逃げられた……。」
悔しさが胸を締め付ける。凛は歯を食いしばりながら、暗い夜空を見上げた。
『次は必ず捕まえる。正義は決して揺るがない。』
静かな決意を胸に、彼女はその場を後にした。