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暁の影(シャドウ)プロローグ・Ⅵ“導きの護符 〜紗月と麻姫の再会〜”

列義尾山・山頂

夜明け前の冷たい風が吹き抜ける中、紗月は静かに立っていた。

手の中には、小さな護符。

かつて、幼い頃に受け取ったものだ。

「……もう何年経ったんだろ。」

風が木々を揺らす音の中、紗月は静かに目を閉じた。

「ふむ、お主、やはりここへ来たか。」

その瞬間、懐かしい声が響いた。

紗月が振り向くと、そこに立っていたのは甲冑を纏った美しき武将――麻姫だった。

変わらぬ姿、変わらぬ佇まい。

ただ、その瞳には確かに、幼い頃と変わらぬ優しさが宿っていた。

「麻姫……。」

「お主の気配が近づいてきたのでな、私もこうして姿を見せたのだ。」

麻姫は微かに笑い、手を後ろで組みながら紗月を見つめる。

「ふむ、久しく見ぬ間に、見違えるほど成長したな。」

紗月は苦笑しながら護符を見つめた。

「……成長、できたのかな。」

「ほう? そなたほどの者が、そのような言葉を漏らすとはな。」

麻姫は興味深げに眉を上げると、ゆっくりと紗月の隣に並んだ。

「聞こうか、何を迷う?」

紗月は少しの間、風に吹かれながら考えた。

「……私は、今まで自分の正義を信じてここまでやってきた。でも、母のために、って思っていたのに……気づいたんだ。」

「何に?」

「私は、母を助けられなかった自分を、ただ許せなかっただけなんじゃないかって。」

紗月は静かに目を伏せた。

「だから、こんなふうに誰かを救うことで、自分の罪悪感を誤魔化してただけなのかもしれない……。」

麻姫はしばし黙って紗月を見つめた後、ふっと笑った。

「何を戯けたことを。そなた、それを”誤魔化し”と呼ぶか?」

「え?」

「そなたが歩んできた道、それは決して”誤魔化し”などではない。己の弱さと向き合い、迷いながらも進む。それこそが”正義”ではないのか?」

紗月はハッとして、麻姫を見上げた。

「“正義”……。」

「そなたが何のために戦おうとも、誰のために剣を振るおうとも、心が折れぬ限り、その想いは真実のものとなる。」

麻姫は、紗月の手の中にある護符をそっと指さした。

「覚えておるか? そなたが幼き日に、私がこれを授けた理由を。」

紗月は護符を握りしめながら、懐かしい記憶を思い出した。

回想:幼き紗月と麻姫

「その護符はな、私が代々受け継いできたものでな。決して一目に触れてはならぬ代物……」

紗月は不思議そうに護符を見つめた。

「……そんな大事なものを、どうして私に?」

麻姫は少しだけ目を細め、静かに微笑んだ。

「それは、そなたが私にとって大事な存在でもあるからだ。だから託すのじゃよ。」

驚いたように紗月が麻姫を見上げると、彼女は少しだけ真剣な表情を浮かべ、優しく語りかけた。

「これは月でさえ知らぬこと。良いか? 決して晒してはいかんのじゃぞ。」

紗月はその言葉の重みを感じながら、そっと護符を握りしめた。

「……わかった。」

現在:紗月と麻姫

紗月は深く頷き、護符をしっかりと胸にしまった。

「……うん。覚えてる。」

「ならば、迷うな。そなたはそなたの道を歩めばよい。」

麻姫は堂々と立ち、凛とした瞳で紗月を見つめた。

「そなたが抱える罪悪感、それは決して恥じることではない。しかし、それを背負ったまま歩みを止めるのならば、私は容赦せんぞ。」

その言葉に、紗月は思わず笑った。

「……ほんと、昔から変わらないね。」

「当然だ。私は私、永遠にこの地におる者よ。」

麻姫は小さく笑い、空を見上げた。

「そろそろ行くがよい。藤堂の娘に遅れを取るなよ?」

「……うん。」

紗月は深く頷き、護符をしっかりと胸にしまった。

「ありがとう、麻姫。」

「ふふ、礼などいらぬ。それより、母上に会ったならば、私が健在であると伝えておけ。」

「……玲奈のこと、“母上”って呼ぶの、本当に昔から変わらないよね。」

「当然だ。私にとって、母上はただひとり。それは揺るぎようのない事実ゆえな。」

そう言い残し、麻姫はふっと姿を消した。

静かな風が吹き抜ける。

紗月は少しだけ空を見上げ、そして前を向いた。

「……行こう。」

駿河台で待つ、新たな戦いへ向けて。

夕陽の下、取り残された麻姫

「お、おい! 紗月……また、忘れおって。」

麻姫は小さくため息をつき、頭を軽く振った。

「私の好きな桑餅(旭丘の名物、桑の葉で包んだ中にあんこ餅がある)を置いていけ! 全く……我を忘れる癖だけは直らないのう。」

夕陽に映る紗月の背を見ながら、麻姫は途方に暮れていた……。

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