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平塚市美術館「こどもたちのセレクション」エピソード12

 平塚市美術館「こどもたちのセレクション」のルポシリーズ、ここから展示室の第3章です。3章は、数は上位でないけれど「湘南ならではの作品・学芸員さんの印象に残った作品・私自身、子どもたちとの思い出が深い作品」で構成しました。(調査の詳細は以前の投稿にございます)(写真は、今回の展覧会とは別な機会に撮影した「手を繋いで鑑賞していた時」のショットです)

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●住んでいる土地の景色は、私たちの心に、知らず知らず記憶されている

 美術館の展覧会は、大きく分けて、他所から作品を借りた作品を展示する「企画展」と、館が独自に収集した作品で構成する「所蔵品展(収蔵品展)」があります。(所蔵品を持たずに運営する館や、所蔵品のみで展示する館もあります)
 市立や県立の美術館は、その地域にゆかりのある作家さんや作品の収集にも力を入れていることが多く、所蔵品展は「その美術館の方向性」を知り、地域の個性や歴史を知ることができる楽しさがあります。

 が! 私自身そのことに気づいたのは、このように鑑賞会を手がけるようになってから。ついつい「看板作品」のある、華やかな企画展を好んで観ていました。所蔵品展は、ちょっと地味めな印象ですが、観覧料も安価ですし落ち着いてすごせますし、案外いいものだなぁと思います。

 作家さんは各地を旅しながら制作したり、転居する方も多く、「ゆかりの地」が結構あります。また、作家の幼少期や父母の生家をゆかりとする美術館もあり、各地で所蔵品を拝見すると「この作家の作品がここにもあるんだ!」と意外な繋がりを発見できて楽しいです。

 さて、平塚市美術館さんは湘南ゆかりの作品を収集されています。「富士山」が描かれた作品もいくつか所蔵されています。

・松尾敏男『裾野暮色』(2004年 171.1×363.0cm 彩色・紙)
 (平塚市美術館さんの「所蔵作品データベース」で画像を見ることができます)
 https://jmapps.ne.jp/hiratukabi/index.html

 大きな屏風の作品です。山の形は、一面に暑く広がる雲海の上に出た部分が描かれており、私たちがイメージする典型的な富士山の形より、少し平らに感じます。

 この山を見て子どもたちは富士山ってわかるかな?と感じる形なのですが、「ふじさん!」と意気揚々と声を上げます。

 平塚市美さんでの鑑賞ツアーに参加する子たちは、湘南に住む子が多く、日頃から富士山を見慣れています。1~2歳の子には、お散歩で「ふじさん見えるね」と声をかける親御さんも多いかと思います(私も子どもとそうしていました)。朝から夕方まで、どの時間も空の色と相まって美しく、季節ごとの変化も美しい。

 他の地域で鑑賞会を実施した際、山の絵を見ると、その土地の山の名前が出てきたことがありました。その時、ああ、子どもは見慣れた土地の景色を心に留めているんだなぁと気づきました。

 私たちの感性は、無意識のうちに、環境によって形成される。当たり前なんですけど、そんなことに気づいた「山」のお話。

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・本荘赳『残照』(1943年 151.5×454.2cm 油彩・紙)
 (平塚市美術館さんの「所蔵作品データベース」で画像を見ることができます)
 https://jmapps.ne.jp/hiratukabi/index.html

 子どもと鑑賞すると、何か言わなきゃいけないんじゃないか、働きかけないとと変なプレッシャーを感じることもあります。でも「何も言わないでじっと感じる」ことが、鑑賞の原点として大事な時間なんじゃないかなと思います。

 きょうだいを連れて大人1人でご参加の場合、1人で複数の子どもと鑑賞するのは大変です。そんな時は、ご家族から離れられそうなお子さんに私たちが付き添うことがあります。

 この作品は、きょうだいでお越しだった、下の1歳のお子さんに私が付き添って鑑賞しました。

 手を繋ぐと、スーッとこの作品の前に連れてきてくれました。
 そしてじっと観ます。
 子どもの背丈で見ると、画面が神々しく輝き、広がって見える感じがします。
 時折、子どもの顔を見ると、その子自身がなんだか神々しかった。
 何か言葉をかけるのが憚られ、今、その子が作品と向き合って感じている時間の邪魔をしてはいけないな、そんな思いになりました。
 手を繋いだまま、ちょこんと立って、身じろぎもせずお話もせず、2人で見続けました。

 誰かと、ただ黙って同じ作品をみて時を過ごす。そういう幸せもあるなぁと、しみじみ感じた日でした。

 もしその子がこの絵の前に連れてきてくれなかったら、この作品をここまでじっくり観なかったと思います。画面も大きいですし、池の花菖蒲を描いたという具体的なテーマはあるのだけれど幻想的で、見れば見るほど不思議な気がしてくる作品です。

 この作品は、紙に油絵の具を使って描くという、制作された1943年当時としては結構チャレンジングな技法で描かれています。学芸員さんによると、発表当時は物議を醸し、右二扇のみ開いた状態で展示され、他の部分は閉じられていたのだそうです。一部だけ見せるって、そんなのあり~?!

 本荘赳さんの作品はなぜか子どもたちが着目することが多く、前回の2015年「赤ちゃんたちのセレクション」展では、油彩と日本画の花の絵を2点、展示しました。作家さんのチャレンジ精神が子どもたちに伝わっているのかしら!?

(本稿は美術館ご担当者様に確認いただき掲載しております)


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