KIN40の日に思うこと
2023年3月14日は、私の使う占術・マヤ暦ではKIN40という、
260日周期の中でも40番目という日でした。
マヤ暦と出会ってからもうかれこれ25年は過ぎている、
と気づいたのだけれど、本当に本格的に学び始めたのは30代前半。
その時は、派遣の事務をしていたのだけれど、
ちょうど8年目くらいで上司が栄転となり、
後から来た上司と合わな過ぎて人生で2回目に病みそうになっていて、
たまたま毎日のように通っていた図書館で
「フラワーエッセンス」なる本が目に留まり、このままでは病んでしまう!と、藁にも縋る思いで扉をたたいたのを覚えている。
一度軽くでも病んだことがある人は、(今の人は知らないけれど)、
まだ鬱とかうつ病という言葉が蔓延していなかった頃の経験者は、
自分で「あ、そろそろやばいな……」と分かると思う。
そんなわけで、数回フラワーエッセンスなるものを受け、
「本当の私とは??」みたいなことに向き合うきっかけがあり、
そこからパステル画を習ってみたり
(このパステル画が結構大きな気づきというか、
自分と向き合うには凄く大きかったのは後に思う事)、
エンジェルカードなるもの
(今は創始者が信仰の関係でおかしなことになっているが、
カードに罪はない……)と出会い、
物足りなくてタロットに移行して、さらには占星術も学び、
薬膳も学び、その先で【マヤ暦】に再会した。
その当時は、
タロットと薬膳の両方で一緒になった年上のおばさま(というには失礼か)とフェイスブックで繋がっていくことになり、
そこでたまたま広告として流れてきたマヤ暦の
1dayコースなるものを知らされ、
思えばかなり強引に、その1日の講座に行くことになった流れがある。
確か19歳位の時に「13の月の暦」というノートだったかな?
銀河のノートとかいうものに出会ってはいたし、
それまでもどうしてかマヤ文明とかアステカとか、
あのあたりが凄く気になって、
良く図書館に籠って本を読み漁っていたっけ。
30過ぎて、そのマヤ暦の学びに出会い、自分の性質などを知ったときに、凄く凄く、「あぁ、なるほどね」と腑に落ちた事もあり
(その前に占星術でも腑に落ちていたわけだけれど)、
1day講座の後に、さらに上の資格講座があるとそのおばさまに急かされ、どうにかお金を作り、学び始めたという経緯がある。
金が絡むと人は急変するということも学んだのだがw
その、次の講座(上級講座)の時に、
モニター鑑定で3人誰かにセッションをせよ!という課題があって、
その時にセッションさせていただいたのが、
冒頭のKIN40の女性だった。(前置き長いなwww)
確か、その時に習っていたタロットの講座で出会い、
なんだかすごく惹かれて、
良くランチしたり話をしたりしていた少し年上の姉のような人だった。
モニターセッションも確か1人目に受けてもらった記憶がある。
とても緊張していたけれど、
彼女の素敵な「にかッ」と笑う笑顔と
「誰だって最初は緊張するよ」
「間違えたって大丈夫だよ!」
という言葉で吹っ飛んだ思い出も。
そんな彼女はKIN40 で、紋章としては「黄色い太陽」という人だった。
(太陽の紋章もウェイブスペルも同じ黄色い太陽という事)
ヨガの先生として動き出したところ、ということも聞いていて、
モニターが終わったら是非個人レッスンでも!なんて
話も盛り上がっていて。
そうこうしているうちに、彼女は結構人気の講師になっていた。
(そして私はまだ学び途中で、そんな彼女が眩しく、
いいなぁ~と少し離れたところから見ていた)
お互いに忙しく過ごし、いつでも会えるからいいか、
なんて思っていたら数年過ぎていて。
その間に私は色々あってフェイスブックは削除したり、
鑑定は縮小して文章の仕事をしていたりしていた。
さらに少し経過してふとそういえばどうしているかなぁ??と思いついて、
凄く久しぶりに探してみたら、彼女の投稿は更新されないまま。
でも、ご主人の投稿が目に入り、
どうして彼女の投稿が途中で止まっているのだろう……??なんて
不思議に思っていたら、
何と会っていない間に病魔が巣食い、すでに亡き人になっていた……
あんなに素敵な笑顔で、
本当に周りをパッと照らすかのような明るい笑顔で、
にカッ!!!と笑う彼女。
いつも楽しそうに笑って、何でも受け入れてくれて、
どんなことも前向きに捉えていた彼女。
あの笑顔もあの優しさも、もうこの世に無いの???
信じられなくてしばらく呆然としてしまった。
ご主人になんとか連絡してみると、彼女の眠る場所なども教えて下さり、
でも、そこに行ってしまうと彼女の死を認めてしまうようで、怖くて、
今だ出来ていない。
彼女が好きだった場所も、私の住んでいるところの近くなのだけれど、
そこにも怖くて行けないでいる。
いつか行けるのかな。
そろそろこんな文を書いているということは行けるかな。
KIN40が巡るたび、必ず思い出す人。
この日だけは、相性が悪い日ではないのに、
どうしても心ここに非ずになってしまうんだよね……
そして、あの日あの時、彼女にモニターセッションしていなければ、
私は今もマヤ暦で鑑定なんてしていないな、って今でも思う。
いつか。
なんてないかもしれない。
また会える
なんてないかもしれない。
やりたい事、会いたい人がいるならば、
今動こう。できることをして行こう。
ずっと、なんてないのだから。
それを考える日が私にとってのKIN40の日。