10987K1D−3
一瞬の沈黙。
その時何が起こったのかすぐに理解できず、声も出せず、もう触れてこそいる電源スイッチを押し込むこともできず、ただその場で汗だけが顎から膝の上へと落下運動を行なっていた。
まるで世界中で僕だけが時を止められてしまったみたい。
そうして一点に連続して落ちた冷たい汗が、やがてズボンの布から素肌に到達する。
ヒヤッとした感覚が全身に伝わり、鳥肌とともにハッと我に帰る。
何か聞こえた気がした、でも聞き間違いかもしれない。
今もこうしてなんの音も発していないんだから。
それにさっきまで聞こえていたどこかの人たちの声は全部「こちら●●」「応答をお願いします」そんな風にまるで戦争映画で見たことのあるトランシーバーのやり取りみたいな言葉を発していた。
だけど今聞こえた気がした言葉はもっと普通な感じ。
友達と話す時みたいに聞いたことのあるような言葉だった。
きっと昨日友達と話した時の記憶が、今の緊張や夜で少し眠くなっているのとかで蘇ってきて、今ここで聞こえたように感じたんだ、きっとそうだ。
「ねエ、聞イてるンでしょ?チャんと繋ガってるヨネ?」
雑音をまとってまた大きな声が聞こえてきた。
やっぱりさっきのは聞き間違いなんかじゃなかったんだ。
それにきっと聞き間違いだと決めつけようとした僕の思惑を知って、狙って話しかけてきたみたいなタイミング。
そう言えばこれまでの人と違って、この人は誰かを意識して明確に話しかけて来ている。
もっと言うと僕という存在を認識した上で、そして僕がこの声を聞いていることを察知して”僕に”話しかけている。
そのことに気づいて僕はさらに鳥肌を立てた。
一体どういうことなんだ、そして一体誰なんだ。
でもこうして怖がっていても仕方がない。
聞いている人間がいるということには気づいているみたいだけど、僕がどこの誰だかはきっとわかってない…はずだ。
それに相手に僕のことを喋らなければいい。
最悪パパに話せば助けてくれる。
そう自分自身に言い聞かせ、僕は恐る恐る声をかけた。
「も、もしもし」
また訪れる一瞬の沈黙。
汗がじわっと腕を覆う。
何が起きているんだろう、もう混乱して状況も掴めない。
「アあ、やっパりちゃんト繋がっテタ、もう少シで諦メルとコだっタよ」
馴れ馴れしい口調、何者なんだろう、もしかしてこの機械で話しかけてくる人みんなこんな感じなんだろうか。
「キみはどこの生命体?587R4Xかイ?」
「き、君こそ誰なんだ?どこの人」
また一瞬の間が空く、こちらの声が届くのに時間がかかっているのかもしれない。
「アはハハはははは、なるホどわカッタワかっタ!」
馴れ馴れしい口調がさらに明るく陽気に笑い声をあげる。
よくはわからないけど、僕が嘲笑われたような気がして腹が立った。
「なんだよ!突然笑ったりして、お前おかしいんじゃないか!?」
また少し時間をおいて相手が喋り始める。
「いヤ、怒ラセてしマったのナラ謝るヨ、ごメンゴめン」
まだその声に笑いをかすかに残しながら、でもこの人は真面目に謝っているみたいでもあった。
「イや君が”ヒト”と言ったカラ10987K1Dの生命体ダとワカッたんダよ。自分たチノコとを”ヒト”とそウ呼ぶのハ宇宙の中デモ君タチだけなンだ」
僕の頭の中をほとんど引っかからず言葉が過ぎ去っていく。
言っていることが全然理解できない。
宇宙?109…なんだっけ?ヒト?そう言えば生命体とか言ってる?
「あ、モシかしてボクの言ッタこトが全くワカってなイのかな?君はなン才?」
「ぼ、僕は9才だけど…」
あっと思った、答えてしまった。
自分のことを話さないと決めていたのに、あまりに相手が馴れ馴れしくて、友達と話してるみたいに口が軽くなってしまった。
「そッカ、10987K1Dの9年か、ソうシタらボクとあんマり変ワンないネ!ボクの星でいうト27年のコトダよ、惑星ノ位置カンケイが複雑で早イカら進ミが早いんダ」
声の主は言葉を続けた。
「10987K1Dだとブンメイが高くまで達シテいナいから、9才だト何が何ダカって感じだヨね、ウーん、チょット待っテわカリヤすク説明すルね」
そういうと黙り込んでうーんうーんと唸り始めた。
本を開きページをめくる音、PCのキーボードを叩くような音、何やら調べているようだ。
少し待っていると意外な言葉が返ってきた。
「まア、わカりやスクいうとあレダ、ボクは宇宙人とイウこと二なるかナ」
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