1/100000000の殺人
「犯人は安木さん、あなたです」
「はは、何を言ってるんですか探偵さん。こんな状況で僕が殺人を犯せるなんて大した想像力だ。小説家にでもなったらいかがですか?」
一瞬は驚きの表情を見せた安木ではあったが、どうやら相当の自信があるらしく、突然の名指しにも慌てふためく様子を見せない。
探偵は構わず先を続けた。
「では、この事件を最初からおさらいすることとしましょう」
安木も、それ以外の者も、全員が息を呑み探偵の言葉に意識を向ける。
「皆さんも知っての通り、この屋敷には東館と西館があります。そして犯行を行うには、被害者の寝室がある東館に泊まっている必要があります。昨日届いた脅迫状のせいで、深夜にはどちらもすべての出入り口が厳重に閉鎖されていたわけですから。そうですね管理人さん?」
「は、はい…間違いなく…」
管理人の男が弱弱しく口を開く。
「部屋の割り振りはランダムに行われましたから、犯人が東館に泊まるかどうかは二つに一つの確率だったというわけです」
探偵が指でピースサインを作る。
「そして次に、被害者は食後に薬を飲む習慣がありましたが、朝食・昼食・夕食のどの食事の後で飲むかはいつも適当だったそうです。今回は運悪く、犯人が睡眠薬とすり替えたものを夕食後に飲んでしまった結果殺害されてしまったわけですから、これは三つに一つの確率となります」
「ついでにこの屋敷には四匹の番犬がいましたが、そのうちの一匹は見た目の凶暴さに反してとても人懐こく、そのことを知っている者には番犬の意味が無いそうですね。その犬が偶然にも犯行当日に被害者の寝室を担当することになってしまったのは、四つに一つの確率です」
「おまけに、被害者の一夫さんは家族にすら見分けのつかない五つ子の一人でした。ですから、彼らを見分けられない安木さんが一夫さんを狙って殺害できるのは、五つに一つの確率だったというわけです」
「そういえば、今回招待されているのは一夫さんの弟、浩二さんが選んだ方達だけだそうですね。サイコロで一の目を出した人だけを招待するなんて、なんともギャンブル好きな浩二さんらしい。だから、そもそもこの屋敷に招待される確率が六つに一つとなるわけです」
「でも、聞いたところによると被害者の一夫さんがこの屋敷で寝泊まりするのは日曜日だけですから、これは七つに一つの確率ですね」
「忘れちゃいけないのがこの屋敷の仕掛けです。一夫さんの部屋にたどり着くには庭園の迷路を通過する必要がありますが、その構造は時間帯によって変化します。昨日挑戦したとき、実際にクリアできたのは僕たち八人のうち一人だけでしたね。だから今回初めてこの屋敷に泊まった安木さんが時間内に犯行を行えたのは、およそ八分の一の確率ということになります」
「ここが今回の動機となるポイントですが、一夫さんの金庫には安木さんが過去に行った横領の記録が保管されていました。ですから、安木さんは一夫さんを殺害した後で金庫からそれを盗み出す必要があったのです。あの金庫は数字四桁を入力するタイプのものですから、その組み合わせは0000から9999まで、ちょうど一万通りあることになります」
「待てよ、ということは犯人が一夫叔父さんの部屋の金庫を開けるためには、ものすごい幸運でもないといけないんじゃないのか」
「ええ、2×3×4×5×6×7×8×10000分の一で、一億分の一以下の確率ということになりますね」
「いくら何でも、ありえないわ!」
話を聞いていた一夫の妻がヒステリックに声を荒げた。
それに追従するように、安木も反論を重ねる。
「そうですよ、僕にいくら動機があったと言っても、奥様の言う通りそんな低確率を引くことが可能だとでも言うんですか?それとも…」
わずかな沈黙ののち、安木の唇が曲がる。
「それを可能にするトリックがあるとでもいうのならば、ぜひお聞かせ願いたいですね」
「なに、簡単なことです」
「何だと…?」
ここで初めて、安木の動揺が誰の目にも明らかになった。
「考えてもみてください、一億分の一なんて実際大した数字でもないんですよ」
「推理小説はこの世に一億作以上あるんですから、一作くらいまぐれで成功する殺人があってもおかしくないでしょう?」
安木は、力なくうなだれた。