マクガフィン殺人事件
「皆さんをここにお招きした理由は他でもない、鮫島さんを殺害した凶器の正体が分かったからです」
集まった面々の中で、広がっていくざわめきが目に見えるようであった。
「いったいどんな凶器を使えばあの密室で殺人ができたというんだ?」
「そういった疑問を持たれるのも当然のことでしょう。なにせ、あんなものを凶器として選ぶなんて前代未聞のことですからね」
「し、しかしだね…」
中年の男が眉をひそめながら探偵の独壇場を遮った。
「皆も見ただろう、鮫島のあの無残な姿を。いったいどんなものを使ったらあんな残酷なことが…」
言い終わるか終わらないかといったところで誰かのすすり泣きが聞こえ、その言葉の続きはうやむやになる。
「たしかに不謹慎ながら、凶器の正体に好奇心をそそられないと言えば嘘になってしまうがね」
沈黙を破ったのはスーツに身を包んだ青年であった。
「僕たちがこれだけ屋敷中を調べまわってもその痕跡すらつかめなかった凶器の正体が、君にはわかったというのかい?」
もちろんです、という言葉とともに、探偵は全員を見渡した。
「私のたどり着いた結論なら、全てに説明がつきます」
「聡明な皆さんなら当然ご存じかと思いますが、犯人はなんとマクガフィンを使って鮫島さんを殺害したのです」
波紋のように一瞬の沈黙が走った。
そのあとには「まさか」とか「嘘だ」とか、そんな言葉がどこからともなく湧き上がっては消えていった。
「だ、だってマクガフィンって言ったらよ、ほら、犯人がそんなもの持ってたら誰か気付いてもおかしくなかったんじゃないのか?」
声を荒げたのは鮫島の友人でもあったいかにも気性の粗そうな男だ。
「誰も危険だって思わなかったのかよ!」
「そ、そうよ、その通りだわ!あの優しかった鮫島さんを殺すのにまさかマクガフィンを使うなんて!」
「奥様の言う通りでございます。まさかこの屋敷の中にマクガフィンが持ち込まれていたなど、想像するだけで恐ろしいことです!」
「しかし実際は、犯人は誰にも悟られないようひそかにマクガフィンをこの屋敷へと持ち込み、何食わぬ顔で皆さんと過ごしていた。そしてわずかな隙を見計らい、マクガフィンを使って鮫島さんを殺害した、というわけです」
「じゃあ探偵さんよ、アンタは鮫島がマクガフィンを食事に混ぜられて殺害されたっていうのかよ」
何人かが、えっ?というような表情をした。
「そ、そうだよな、マクガフィンを飲ませるなら食事に混ぜるのが一番自然だもんな。ということは、料理人のアンタが怪しいんじゃないのか」
「め、滅相もない!私が料理にマクガフィンを混ぜて鮫島さんを殺すなんて、そんな…」
「全くだわ、マクガフィンを混ぜてもバレない料理なんて、そんなものここに来てから一度でも出されたかしら?」
「そりゃお前、マクガフィンを混ぜてもバレない料理って言ったらあれだろ、例えばカレーとか、風味の強い…そういう…」
「でもそう言われてみれば、確かに昨日の晩マクガフィンに似た鳴き声を聞いたような…」
全員がまさか、という顔で一斉に発言者の方を向いた。
「そ、そうか?俺は昨日早くに寝たから覚えてないが…」
「確かに、あの時変な音がしたなとは思ったけど、まさかあれがマクガフィンの鳴き声だったとは夢にも…」
「で、どんな鳴き声だったんだ?」
「そ、それはほら、口では表現できないというか…」
「とにかくだ、探偵さん。犯人がマクガフィンを使って鮫島を殺害したというのなら、具体的にどうやったのか教えてもらわないことには話が始まらないな」
そうだそうだ、と、口々に探偵への非難にも似た声が上がっていく。
「でも皆さん、マクガフィンの使い方と言ったら一つしかないでしょう?」
しかし、探偵のその一言でまたしても沈黙の空気が部屋に蔓延した。
「まあそうだよな、マクガフィンだもんな」
「いや、まさかそれが真相だったとは。さすがは探偵さんだ」
「確かにそれなら何から何までつじつまが合いますからね」
一転して、人々の表情は安堵のそれへと変化する。
もはや事件は解決したも同然、という空気が早くもあたりを包んでいた。
ただ一人、首を傾げた女の子を除いて。
「ねえママ、マクガフィンって何なの?」