寛容な街を考える。アートコミュニケーションディレクター小山田裕彦の実践
《テキスト・アーカイブ》
日時:2021年6月2日18:30~
場所:柏の葉アーバンデザインセンター
(〒277-0871 千葉県柏市若柴178-4 柏の葉キャンパス148-4 東京大学柏の葉キャンパス駅前サテライト103)
HP:https://www.udck.jp/
6月2日に行われたART ROUND EAST定例ミーティングでは、加盟団体の一つである「柏の葉アーバンデザインセンター(UDCK)」を訪問した。UDCKは「柏の葉キャンパス」駅から徒歩1分の場所にあり、開放的なウッドデッキと街の情報を伝える掲示板、大きな緑色の「UDCK」のロゴが目印。アートコミュニケーションディレクターを務める小山田裕彦さんから、今年で設立15年目を迎えるUDCKのこれまでと、コロナ禍での展望、そして小山田さんの活動理念について、話を伺った。
今回のミーティングも、コロナウイルス感染拡大防止のため、ART ROUND EAST会員とZoomを繋ぎ、対面とオンラインを併用したかたちでの開催となった。
UDCKは公・民・学の連携拠点
UDCKは、2005年のつくばエクスプレス(TX)開通に伴い誕生した「柏の葉キャンパス」駅を中心に、周辺地域のまちづくりを行政や民間企業・大学などが連携して行うための拠点として開設された、日本で最初のアーバンデザインセンター(UDC)だ。06年11月に開設されて以来、まちづくりのための研究や企画のコーディネート、情報の受発信を担っている。
UDCは、公・民・学の連携プラットフォームとして構想され、「課題解決型=未来創造型」によるまちづくりを方針に掲げており、今では日本各地に22拠点が展開している(21年4月現在)。Kが柏の葉を示すように、それぞれの地域の頭文字をUDCのあとに付けたUDCQ(アーバンデザイン会議九大)やUDCY(アーバンデザインセンター横浜)などが各地で誕生しており、UDCKはまちづくりの大きな流れを生み出した、地域デザインの発信地とも言える場所だ。
未来を見据えたまちづくり
UDCKがまちづくりを行なっている場所は、TX開業前にはゴルフ場などとして利用されてた千葉県柏市北部「柏の葉地域」。大規模な街の開発を進めるためには、街の未来の構想計画やデザインガイドライン、地域の価値を作り上げ発信するプロモーションなどが重要となる。そして、それらのまちづくりに伴う課題を解決するためには、未来を見据えて様々な事業を計画し実行する主体同士の綿密なコラボレーションが必須となる。そのための連携組織の必要性を提唱したのが、UDCKの創設者で初代センター長でもある故・北沢猛東京大学教授(当時)だ。
新たな街の構想にむけ、柏市・三井不動産・東京大学・千葉大学など7つの構成団体による共同運営を基本に、千葉県・柏市まちづくり公社・ワコールアートセンターなどの公共団体・専門機関とも協力体制を構築。ゆるやかで柔軟なネットワーク型の任意団体として、公・民・学の協力体制が整備された。
UDCKは、「先端知を活かすスマートシティの具現化」「良質なアーバンデザインの推進」「生き生きとしたコミュニティの形成」という3つの活動の柱を掲げている。これら3つの活動について見ていきながら、UDCKの全体像を俯瞰していこう。
有機的なつながりを生む街
1つ目の「先端知を活かすスマートシティの具現化」については、次世代モビリティの実験や住宅用の野菜栽培装置の開発など多岐にわたる実証実験が行われてきた。2つ目の「良質なアーバンデザインの推進」については、柏の葉エリア全体のデザイン戦略や、屋外広告物など景観に関する協議を行い、新しい街の仕組みづくりが行われている。3つ目の 「生き生きとしたコミュニティの形成」では、まちづくりの担い手を育成するための講座や、将来を担う子どもたちを地域ぐるみで育てるピノキオプロジェクトなど、ひとりひとりが主体的に街に関わる機会を創出してきた。
これまで未来を見据えて様々な活動を展開してきたUDCKだが、その根底にあるものは「人とのネットワーク、技術のネットワーク」だと小山田さんは話す。公・民・学が連携したUDCKだからこそ、各大学の研究者や行政担当者、企業同士をいち早く引き合わせることができる。実験都市として、アイデアをプロジェクトに発展させるのも早く、実験中のフィードバックも早い柏の葉は、各主体が有機的につながることで「話が早く進むから、面白い」と、街の強みを分析した。
去年からのコロナウイルスの感染拡大によって、多くのイベントは中止を余儀なくされた。そんな厳しい環境の中でも「街を創造する拠点としての思考回路は動き続けている」と力強く語った。加えて、新たな動きとして、コロナ禍でも開催できる形で15周年記念イベントを企画している。「過去の写真展ではなく、未来の写真展のようなワクワクするもの」と企画を説明する小山田さんの表情は明るい。また15年という節目を、住民によるまちづくりの実践型プロジェクトのスタート地点と捉え、「みんなのまちづくりスタジオ」を開設。柏の葉のまちづくりを住民主体で推進できる仕組みづくりが加速するなど、コロナ禍にもかかわらず、UDCKでは様々な活動が活発に行われている。
小山田さんがUDCKと出会うまで
今回話を伺ったUDCKアートコミュニケーションディレクターの小山田さんとは、どんな人物なのか。これまでの活動から、その人物像に迫る。
小山田さんは鹿児島県生まれ。鹿児島大学を経て、東京ディズニーランドの入場管理のシステム作りや、基本設計の日本仕様への再設計、園内の配送や在庫管理の最適化などの仕組みづくりを行ってきた。愛知万博では博覧会全体の方向性の立案や、日本のロボット開発推進と先端テクノロジーの展示企画の設計・運営に従事した。その後、元同僚からの誘いがきっかけとなり、UDCKへ参加したという。現在UDCK以外では、建築設計事務所の取締役に就いている傍ら、五年前からは種子島宇宙芸術祭の事務局長として活動している。
数多くの経歴を抜粋してみたにも関わらず、活躍が多岐にわたっている。UDCKの全体像を掴みづらいのと同様に、小山田さんの全体像を掴むことも難しい。小山田さんは自身とUDCKの活動について「何をしているの?と聞かれることがよくある」と打ち明けたうえで、笑みを浮かべながら「よくわからないほうがいい」と話す。UDCKのことを「秘密結社」と冗談交じりに呼びながら、「秘密結社的に密かにしっかり準備をし、ある日突然『うわ、こんなのやってたの!』と、人を驚かせるようなことがしたい」と活動の背景を語った。カタイ「お役所」のような場所にはない魅力が、「よくわからないもの」には宿るようだ。
ディズニーや万博の設計・運営など、大規模の仕組みづくりや驚きを与える事業を行っていた小山田さんにとって、UDCKでの地域づくりは、これまでの活動とどこか共通点があったのだろう。UDCKへ誘われたのは「愛知万博よりも面白い仕事はなにかないかなー」と、次の楽しみを探していた時期。そんな中での「新しい街を作るんだけど、現場に入ってくれる?」という元同僚の言葉が、小山田さんを導いたのだった。
柏の葉とUDCKの魅力
東京大学や千葉大学がキャンパスを構え、実験都市としての性格が強く出ている柏の葉について、小山田さんは「新しい街だからこそ、なんでもやれそうな街だ」と話す。最近の日本をとりまく印象について、ワクチンや五輪の件を例に挙げ、「完璧じゃないとダメだという雰囲気がある」と指摘。寛容性が失われていると話し、柏の葉との雰囲気の違いを強調した。UDCKは、ちょっとやってみましょうか、実験なのでダメだったらやめます、という姿勢で様々な試行錯誤ができると振り返り、実験都市らしい寛容さがこの街の魅力だと話した。
UDCKに持ち込まれる相談ごとの中には、全く前例がなく、誰に相談すればいいかわからないような案件も多い。UDCKは、様々な専門家とつながりを持った団体だからこそ、素早い連携で解決策を模索できる。UDCKの役割について、「物事をリードはしないが、ファシリテーションして後押しする」と話す。前例がないからこそ未来を見据えながら、ともに考える存在としてプロジェクトを支える。小山田さんは「UDCKのことを頭脳だとは思わないが」と前置きしたうえで、「外からの情報に対して反射的に、素早く反応できており、例えるなら中枢神経のような役割なのではないか」とはにかみながら答えた。
また、小山田さんはUDCKについて、 「ここにはプロフェッショナルはいない」と話す。持ち込まれたプロジェクトはUDCKのネットワークによってコーディネートされたのち、それぞれのプロフェッショナル集団によって研究や運営が実施される。「プロではない」という言葉の裏には、中枢神経として素早く情報を伝達し新たなコラボレーションを生み出す、UDCKの矜持が感じられた。
わかりずらいものをわかりやすく
小山田さんは、UDCKでの自身のミッションについて、「カタイことをやわらかく」することで新しい発想を促したり、「街の中に質の高いコミュニケーション」を生み出したりすることだと語った。その思いの背景には、街なかで行われている実証実験や研究が、街に住むの人々に受け入れられ、理解されていることが重要だとの思いがある。研究者や技術者は、一般の人には分かりづらい言葉で物事を語り、自分の専門分野に固執してしまう。しかし、それでは街の人々に理解してもらえず、協力も得られない。そうなると、実験都市としての寛容さも失われかねない。そういう危機感がある。
小山田さんは、街で行われているプロジェクトに対して住民の理解を促すためのイベントを「街と人のインターフェース」と捉えている。「カタイことをやわらかく」、難しい科学技術などをデザインやアートの力でわかりやすく言い換え、子供でもわかるように説明することで、地域住民は楽しみながら理解できるようになる。また、そこから生まれた自由な発想で、おもしろいディスカッションが行われると、カタかった研究者や技術者も刺激され、アイデアがさらに発展する。小山田さんにとって、その瞬間は「たまらない」のだという。
また、次の時代を担う子どもたちを対象にした「ピノキオプロジェクト」(2008年グッドデザイン賞)について、小山田さんは、「子どもたちや関わる大人たちが街を使い倒せるようになる訓練」として企画しているという。そこには、なにかを実現するためにはどのようなことをすればいいかを理解し、行動できる人を育てたいという小山田さんの思いがある。これは、UDCKに持ち込まれる前例のない課題を前に、回答を模索する姿勢と重なる部分がある。
ピノキオプロジェクトでは、アーティストを講師として招き、ワークショップ形式で社会を体験しながら「地域との交流」や「体験による気づき」を促す。小山田さんは、「アーティストというのは、発想が突飛で、まったく新しい視点で物事を捉えられる」と話し、「その驚きの感覚を、子どもたちには大切にしてほしい」と願いを語った。
次世代を担う子どもたちについて、今後育みたい理想の姿を聞くと、「リーダーとしてプロジェクトを導くのではなく、ファシリテーションをしながら、人々を後押ししていく人」を挙げた。「例えば、」と小山田さんは切り出す。「みんなで駅前の広場でキャンプファイヤーをしよう!と思ったら、そのやりたいことや夢は、何が大事なの?そしてどんな書類を提出すれば実現できるの?そもそも街の人にとって有意義なの?と、自分の頭で考えられる人になってほしい」。自ら主体的に街と関わり、多くの人と協調しながら街を使い倒すことで、街が更に面白くなる、と小山田さんは期待をにじませる。
寛容さは現場が育む
小山田さんの活動に通底するのは、「寛容さ」というキーワードだ。これまでの経験から、「現場でしか見えてこないものがある」のだという。一方で昨今の世の中を眺めると、現場の人々の実際の意見を知ろうともせずに頭ごなしに批判する姿が目に映る。寛容さが失われているように感じるという小山田さんは、UDCKのプロジェクトを通して多くの人に、現場の重要性に気づくきっかけをつくろうとしている。
現場では、他者と会って、直接話を聞く事ができる。また、言語化できないことも、現場で感じることができる。現場というのは、相手の言葉をしっかりと受け止める場であり、言葉からこぼれ落ちてしまった内容を汲み取る場でもある。現場へ赴き、相手と対話することは、昨今の閉塞感が漂う社会に対して提示された、一つの解決策かもしれない。
小山田さんの未来予想図
小山田さんの今後の目標について話を聞くと、「宇宙」と「田舎」を挙げた。「宇宙に行ける時代に宇宙に行かないなんてありえない」と鼻息荒く語ったが、その思いは、これまでの経験で鍛えた未来を見据えた発想力に裏打ちされていた。宇宙が日常の中に含まれた未来では、宇宙旅行や宇宙結婚などが一般的になるかもしれない。そうなると、「宇宙カメラマン」や「宇宙牧師」などの需要も高まる。そういった未来予想を立てながら、宇宙へ行くための方法を探しているそうだ。宇宙エレベーターが完成すれば、宇宙旅行は1週間以上の長旅となる。そうなると現在の大型客船のように、エレベーターの中には様々な娯楽であふれるはずだ、とも予想。「宇宙落語家なんてのも出てきそうだ」と冗談交じりに語った。
もう一つの目標は、田舎での居心地のいい場所づくりだという。地元鹿児島の里山を管理しながら、どういう場所が居心地がいいのか、「未来の田舎」を考えていきたいという。「あまりにも居心地がいいと、働かなくなるから」と笑いを交えつつ、居心地がよくメリハリもある生活の条件を探るのだそう。人生100年時代の中、小山田さんの夢はまだまだ尽きない。
まとめ
未来の街を模索するUDCKの姿は、未来の社会を担う子どもたちの理想の姿と重なっているようだった。柏の葉で育った子どもたちは、UDCKの背中を見ながら大人になる。15年前に誕生した街は今日も、未来を担う子どもたちの成長を静かに見守っているように感じた。
小山田さんの語った、「なんのプロフェッショナルでもない」という言葉。それは裏を返すと、分野にとらわれない好奇心と大胆な発想力で、様々な人的・技術的ネットワークを構築することができるということだ。公・民・学の連携にとって最も重要な要素は、小山田さんの謙遜の言葉に凝縮されているように感じた。
(文:久永)
ART ROUND EAST(ARE;アール)とは?
東東京圏などでアート関連活動を行う団体・個人同士のつながりを生み出す連携団体です。新たな連携を生み出すことで、各団体・個人の発信力強化や地域の活性化、アーティストが成長できる場の創出などを目指しています。
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