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そのアート作品は「新たな解釈を提示している」か?


アート作品にとっての生命線は「新たな解釈を提示しているか」

映画に限らず、個人的なアート作品を鑑賞する際の評価基準として、「新たな解釈を提示しているか?」を重要視している。

特に、誰もが知る著名なアーティストやアート作品をテーマにした映画の場合、単なる伝記や解説ではなく、映画監督や脚本家による「『新たな解釈を提示する』ことがメインテーマーとなっているか?」が、非常に大事な要素だと考えている。

例えば、2023製作/2024年公開の映画「ナポレオン」は、過去にも多くの同じテーマの作品が存在し、世界中の誰もが知る歴史的偉人をテーマにした映画だ。

巨匠リドリー・スコット監督はこの映画の中で、戦場では即断即決の英雄としての姿の裏で、妻に振り回され続ける夫としてのナポレオンを描いた。
そこには、どんな偉人も家庭では判断に迷い続ける人間味あふれる普通の男だという新たな解釈を提示していたように感じた。


映画「ナポレオン」

映画「ボレロ」

そして、映画「ボレロ」。
この映画も、作曲家ラヴェルがどのようにしてこの誰もが知る名曲を生み出していったのかについて、監督独自の視点で新たな解釈を提示している点、そしてその新たな解釈の表現としての映像が非常に興味深い作品に昇華していた。

ラヴェルの先進的な発想が生んだ普及の名作「ボレロ」

「好きな作曲家」には2種類ある。
楽曲作品が好きな作曲家と、その人の生き様や考え方が愛すべき作曲家だ。

自分にとってのラヴェルは、どちらにも該当するが、それでも最も歩んだ人生に惹かれる作曲家の筆頭だ。

例えば、ラヴェルのピアノ協奏曲は、数多あるクラシック音楽の中で一番に思い出す「最も心揺さぶられる」作品だ。
しかし、ラヴェル自身の生き様は、彼のどんな素晴らしい楽曲よりも強く激しく心を揺さぶられてしまう。

常に半歩先を進む天才だったジョゼフ・モーリス・ラヴェル

若い頃からピアノ演奏の実力は突出していた。
しかし、「半歩先」を行く男が生み出す作品は、伝統主義一辺倒のパリ音楽院では全く評価されず、若き天才はなかなか作曲家として正当な評価を得られなかった。

自分の描く未来の音楽に揺るぎない自信を持つラヴェルは、そんな保守的な権威と決別し、自ら音楽協会を立ち上げ、新たな音楽の可能性を追求し続けた。

そんなラヴェルの最高傑作と言えるのが「ボレロ」だ。

・最初から最後まで同じリズムの繰り返し
・最初から最後まで1つのクレッシェンドのみ
・メロディはたった2つのパターンのみ

新たな楽器も次々と生まれた時代、どんどん複雑化していくばかりのクラシック音楽の潮流から離れ、音楽の本質を追求するかのような単純明快なルールで構成された「ボレロ」は、誕生から現代まで最も演奏される作品のひとつとして時代を超えた名作として君臨する。

時代の半歩先を行く天才が生み出した名作は、流行に押し流されることなく時代性を超越し、常に先を走り続けることができるという見本のようなアート作品が「ボレロ」という曲だ。


工業化という加速し続ける荒波に乗って

時代は大戦間の束の間の平和な時。
「戦争に勝つ」ために工業化を推し進めた各国は、その技術を応用することで製品の生産性を飛躍的に伸ばし、急激な発展を遂げていた。

それまで手作業で作っていた製品がどんどん機械化された。
工場はどんどん大型化し、そこに巨大な最新鋭の機械が次々と導入されていった。

24時間体制で動き続ける機械は明るい未来の象徴であり、そこで奏でられる機械音は豊かな社会を連想させるリズムとなった。

ラヴェルは、そんな最新鋭の工場で稼働する機械が放つ半永久的なリズム音から「ボレロ」を着想した。

つまり「ボレロ」は、発展し続ける1920年代を音で表現したアートであり、人間を幸せにするであろう工業化を賞賛した音楽だ — というのがこの映画の解釈だと捉えることができる。

しかし、工業化を推し進めるだけでは、人間は幸せになれなかった。
ラヴェルの期待を裏切るように、人は工業化の発展によって更なる殺戮兵器を製造し、そこで生み出された戦闘機や原子爆弾が多くの命を奪っていった。

今、私たちは機械音を聞いても幸福感は感じない。
それは、工業化するだけでは、人は幸せにはならないことを歴史的に知っているからだ。


ラヴェルはすでに人気作曲家だったにも関わらず、自ら志願し、第一次世界大戦に臨もうとした。
当時の規定に満たず、従軍することができなかったラヴェルは、それでもトラック輸送兵として前線に向かい、自国のために戦う意志を見せた。

それは何よりラヴェルがフランスを愛し、何より平和を愛する男だったからだと考える。
終戦後、作曲家として「ボレロ」を世に送ったのも、工業化が音楽を楽しむ平和な世の中を作ってくれると信じていたからだろう。

しかし、そんなラヴェルの願いも叶わず、ラヴェルの死の2年後、再び世界は大きな戦争に突入し、第一次世界大戦以上の戦闘機が戦線に注ぎ込まれ、甚大な被害をもたらした。

「ボレロ」を聴く私たちはラヴェルの幻想の世界を生きている

そんな愚かな戦争から80年。
「ボレロ」は映画となって、私たちにラヴェルが生きた時代の人たちが夢見た豊かな社会への心からの願いを思い起こさせる。

私たちはスマホひとつで、いつでも「ボレロ」の世界に没入することができる。
「ボレロ」が奏でるリズムを聴きながら目を閉じると、ラヴェルが思い描いた豊かな音楽で満たされた平和な世界が目に浮かぶ。
しかし、音楽を聴き終わって目を開いて見える現実の世界は、ラヴェルの時代よりもさらに高度に機械化された兵器による殺戮が、今なお世界のあちこちで起こり続けている。

理想的な未来は、いまだ「ボレロ」の中の世界だけの幻想でしかない。



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