64arts|特別展 昭和モダーン モザイクのいろどり板谷梅樹の世界(泉屋博古館東京)
昭和に活躍したモザイク作家・板谷梅樹(いたやうめき)の展覧会に行ってきました!
2024年9月29日に閉幕で、所蔵先も少なく個人蔵が多い、実物を見る機会が滅多にない作家で、ご紹介してもご覧いただく機会がなさそうで、すみません……。
ルーツは陶片
この展覧会は板谷波山記念館(茨城県筑西市)からの巡回展で、私は板谷梅樹の存在を記念館のチラシで初めて知りました。
板谷波山記念館
彼の父は陶芸家の板谷波山(いたやはざん)です。文様を浅く彫った薄肉彫(うすにくぼり)の素地に彩色したあと、艶消し効果のある失透釉(しっとうゆう)をかけて焼成する葆光彩磁(ほこうさいじ)という技法で、光が薄いヴェールに包まれたようなやきものを制作。陶芸家として初となる文化勲章を受章を受賞しました。
波山の生涯は、2003年に榎木孝明主演(妻まる役は南果歩)で映画化もされました。窯にくべる薪が足りずに「すまん」と言いながら建具を剥がして燃やすシーン、借金取り役で寺島進が出演していたのを覚えています。
その原案を手掛けたのが波山研究第一人者で恩師の荒川正明教授(まちゃあき)で、先生のゼミでは2008年より記念館の活動をサポートしています。
(筆者は西洋美術史のゼミ×2と荒川ゼミの授業を受けておりましたが、メインは西洋美術史です)
陶片の魅力
波山は気に入らない出来のものは全て割ってしまうという厳しい制作姿勢の持ち主で、窯の周辺には陶片(とうへん)が蓄積されていきました。
その陶片の美しさに魅了され、梅樹は陶片を使ったモザイク画をはじめます。
1933(昭和8)年の旧日本劇場玄関ホールの巨大モザイク壁画(1933年〈現存せず〉、原画:川島理一郎)で脚光を浴びます。工芸作家として帝展(帝国美術院展覧会)や日展(日本美術展覧会)、各種工芸会の美術展へ出品しながら、、帯留、ペンダントといった制作。、晩年は日展評議員を務めています。
陶片=割れた陶磁器のかけらを見ると、素地に使われた土の材質感、釉薬の重なりや厚みがわかり、面白いのです。
出光美術館には、日本や海外でつくられた多種多様な陶磁器の陶片を集めた陶片室があります。訪問の際には、ぜひ陶片の入った引き出しをたくさん開け閉めしていただきたいです。
優れた色彩感覚
展覧会の概要には「絵画や模様を表出した独特のエキゾチックなモザイク作品は、どれも清新な色彩と可憐な意匠にあふれています」とあります。
最下記の余談にある通り、モザイクというと金やはっきりとした色彩(彩度の高い色)のイメージでした。しかし、梅樹の作品をみると、くすんだ薄い色のピースの多用、異なる色調をもつピースの組み合わせを、効果的に使っていることに気づきます。
絵画的な風景描写
三井用水取入所は、神奈川県の相模川・道志川の合流地点にあった取入所(水道に使う水を取る施設)です。1887(明治20)年に誕生した日本初の近代水道に関わる施設で、現在は史跡となっています。
この巨大な作品(約3.7m!)、遠目でみたり印刷物でみたりすると、隣り合ったタイルの色が混ざって点描絵画のようにも思えます。
質感
強い光源に照らされたグラデーションの明暗で立体感を持たせるではなく、花や葉の一枚一枚、岩や山の起伏、流れる水のゆらめきを、3種類以上の微妙に色の違うタイルで表現しているのです。
タイルの大きさや形にも注目してみましょう。植物が群生する崖は大きく不規則な形で、建物が建っている土台の石垣は、細かい四角で埋められ、裾の広がった石垣の端もシャープです。
奥行き
手前の松は黒々として、奥の山々は淡い色合いになっています。この空気遠近法(遠くの景色を青く霞んで描いて遠近感を出す技法)の効果に加え、上流から下流に従ってタイルを大きくすることで、富士山から取入所にいたる遥かなる川の流れを表しています。
単調を避ける色遣い
梅樹は日本のステンドグラスの先駆者・小川三知のもとで ステンドグラスを学んでいたそう。こうした飾箱や装身具の金属(鉛?)も、タイルの色味を邪魔せず、ツイストした線が良いアクセントになっています。
渋めの色味と光の当たり具合でわかりにくいですが、グレーがかった青緑色のタイルだけでなく、赤いタイルも微妙に違う色合いのものが不規則に使われています。
単調になりやすい連続模様だけに、精緻すぎないタイルの形とムラのある色は味わいがありますね。
背景の黒とカラフルな花々が異国風(なんとなくスペインっぽい)ですね。
花は丸い粒の飾りがついたり、太めの縁取りがついていたりと、かなり意匠化(デザイン化)されています。
こちらの多色遣いは、花びらや葉の一枚一枚を際立たせるためでも、光による色の明暗のためでもありません。濃淡が入り混じった色遣いは「立体感をもたせる」「リズミカルな印象」とまでは言い過ぎかもしれませんが、平面的にならず生き生きとした感じを与えます。
多彩な花々が伸びやかに咲く複雑なデザインにも関わらず、配色やモチーフの大小のバランスが取れていますね。非常にまとまりのある構成で、窮屈にならず伸び伸びと、しかしきっちりと画面に収まっています。
令和でもカワイイ色の取り合わせ
急に感覚的な小見出しになりましたね。
いまは昭和レトロがブームですが、普段の鑑賞体験でも、現代の感覚に近い色彩の作品に出会うことがあり、驚くことがあります。流行のサイクルなのか普遍的な魅力なのか。
左端のパステルカラーのピンク・水色・クリーム色といった「ゆめかわ」な色、左から二番目のブドウ色と水色・モノトーンの落ち着いた色の組み合わせなど、古臭さを感じさせないセンスの良い配色です。
現代のファッションに合わせるなら、大ぶりのイヤリングに仕立てたいですね。
ヌーヴォーの父、デコの息子
会場には父・波山のやきもの、その妻で日本画家に師事していたまるの絵、兄のやきもの(梅樹は五男)も展示されていました。
波山(1872-1963)は中国の陶磁器のほか、当時ヨーロッパで流行していたアール・ヌーヴォー様式(1890-1910年頃)を研究し、梅樹(1907-1963)のステンドグラスやモザイクにはアール・デコ様式(1910-30年頃)の影響がみられます。(今回の波山作品にはアール・ヌーヴォーらしさは見られませんでした)
自然からインスピレーションを得た有機的な曲線が特徴のアール・ヌーヴォーと、機械文明や産業と結びついた幾何学模様や流線型を多用するアール・デコ。
同時代にヨーロッパから世界に波及した芸術動向が、陶芸家の波山とモザイク作家の梅樹、ふたりの作風にも結びついているかもしれませんね。
(余談)モザイクとは
モザイクは、さまざまな石やガラス、貝殻などを貼り付けて模様や図像を浮かび上がらせる技法です。複数の色のピースを大量に使うため費用も人員も時間もかかりますが、日光による褪色や湿気によるカビ発生のリスクが低く、耐久性が高いため、紀元前から教会や邸宅の建築装飾として使われていました。
西洋美術史では、東ローマ帝国(ビザンツ帝国、395-1453年)に表れたビザンツ様式(4〜15世紀)の特徴のひとつに挙げられ、ハギア・ソフィア大聖堂(トルコ・イスタンブール)やサン・ヴィターレ聖堂(イタリア・ラヴェンナ)の壁画が代表例です。
古代ギリシアや古代ローマの教会では金ピカな背景にキリストや聖人たち、天使の像、イスラム教のモスクでは白・青・黄色といった色鮮やかなタイルで幾何学模様を描きました。
現代でも、写真を募集して巨大なモザイク画をつくる企画がありますし、花畑や田んぼアート、ピクセルアートも、モザイクの派生と言えるかもしれませんね。