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ディズニーと西洋美術 古代ギリシア・ローマ編2 ポンペイ

今回の記事は、ディズニーシーのエクスプローラーズ・ランディング(エリアとしての名称)、またの名をフォートレス・エクスプロレーション(アトラクションとしての名称)、の中のイリュージョンルームにある、絵画についての考察です。

筆者撮影 名前までは知らない方もいるかも知れませんが、
この要塞がエクスプローラーズ・ランディングです。

当ブログはアラビアンコーストのイメージが強いかも知れませんが、実はディズニーシーに入ってすぐの海に臨むエリア、メディテレーニアンハーバーや、その奥に広がるエクスプローラーズ・ランディングなど旧大陸がモデルとなったエリアを広く浅く考察しています。そしてこの記事ですが先日、舞浜千思万考会というBGS、アトラクション、パーク史などについて、議論・考察する会に参加させてもらったので、そこでの発表をこのnoteにも書いていこうと思います。

絵の説明

今回取り上げるのは、イリュージョンルームにあるこちらの絵です。(あまりいい画像が無かったので、次回インした際に撮り直してきます。)

筆者撮影
筆者撮影

こちらは、正面と左右の壁、天井、そして床に、計5枚の絵が描かれており、手前のレンズを通して見ることによって、5枚の絵が繋がり立体的な1つの絵が出現するという仕組みです。

この要塞、エクスプローラーズ・ランディングは、 私は原典を持っていないのですが、16世紀にスペイン国王カルロス1世から譲渡されたものであるという背景が公式にあります。しかしながら、このようなトロンプ・ルイユ、またはイリュージョニズムという技法はバロック美術に顕著に見られる特徴です。さらに、この絵のモデルとなった遺跡は18世紀に発掘が始まった為、史実に基づけば、この絵は後世に追加されたものだと考えられます。

噴火

まず、 画面左奥で火山が噴火しています。メディテレーニアンハーバーのエリア名を和訳すると地中海の港ですが、地中海で有名な噴火として、エトナ火山、サントリーニ島、そしてポンペイのヴェスヴィオ山が挙げられます。そのため、これらのどれかだろうと考えていたのですが、こちらのブログで、イマジニア(下記注参照)がポンペイであると発言していることを知りました。

ルネサンスの芸術の絵画の項目で、詳しく書かれています。が、素晴らしいブログですし、エクスプローラーズ・ランディングの概要も書かれているので、是非全篇目を通してみてください。当ブログでは、ポンペイのどこが、何がこの絵のモデルになったのか考えていこうと思います。

ディズニーでは、テーマパークのデザインや設計をする人々のことを、“イマジネーション(想像力)”と“エンジニア(技術者)”を組み合わせて、“イマジニア”と呼んでいるのです。

東京ディズニーリゾート・ブログより

余談ですが、公式にメディテレーニアンハーバーは南ヨーロッパだと明言しているにもかかわらず、英語の harbourでなく、米語の harborを使用しているのが少し気になりました。

公式サイトより
公式サイトより

中央の像

まず、 イリュージョンルームの絵画と、非常に似ている像がポンペイ遺跡のファウヌスの家と呼ばれる場所に存在します。

筆者撮影
筆者撮影 2018年8月

こちらの像の足元のタイルを見比べてみると、偶然とは思えないほど、カラーリングが酷似しています。

ファウヌスの家は、このファウヌス像が見つかったことからそう呼ばれていますが、実際はファウヌスではなく、ローマ神話のファウヌスと同一視された、ギリシア神話のサテュロスで笛を持っていたと考えられています。

イリュージョンルームの像は、ギリシア神話のヘーパイストス(ヘパイストス)、もしくはローマ神話のウゥルカーヌス(ウルカヌス)だと考えられます。彼は足が悪く不自然な姿勢を取っていること、槌を持っていることが特徴です。また鍛冶屋で、英語の volcanoの語源となったことからも、 プロメテウス山の麓に描く神としても適しているでしょう。

火山に触れたついでに、プロメテウス火山について少し書こうと思います。この火山の名前は、恐らくギリシア神話の火の神、プロメーテウス(プロメテウス)から取ったものでしょう。彼は神々から火を奪い人間にそれを与え、罰として山に釘付けにされました。

このように人間に文明など(プロメーテウスの場合は火)を与えた、神話や伝承上に登場する者は、文化英雄と呼ばれます。この文化英雄には他にも、ハワイ神話などのポリネシア神話に登場し「モアナと伝説の海」にも出演したマウイ、中米の神話に現れるケツァルコアトル、ククルカンなどが挙げられます。そのため、メディテレーニアンハーバーとロストリバーデルタの対比などをしてみても面白いかもしれません。

像とヴェスヴィオ山の位置関係

次にこのポンペイ遺跡の像と、ヴェスヴィオ火山の位置関係です。Google マップで確認してみると、このような位置関係になり、イリュージョンルームの物と方角も一致することがわかります。

Google マップ より
Google マップ より

そして実際に、ポンペイ遺跡でも同じ様な方角にヴェスヴィオ火山が確認できます。

Wikipedia Commons より

このファウヌスの家は、ナポリ国立考古学博物館所蔵のアレクサンドロス大王のモザイクが発見された場所でもあり、後述する図のHの談話室(エクセドラ)に置かれていました。イマジニアもポンペイ遺跡を訪れていれば、高い確率で見ていると思います。

筆者撮影 2018年8月
Wikipedia Commons より

家の間取り

下の図は、ファウヌスの家の間取りで、左が南、右が北でヴェスヴィオ山がある方角です。

Wikipedia Commons より

Aの部屋が入り口、Bの部屋はアトリウムと呼ばれ、傾斜した屋根の中央に開口部(コンプルウィウム)があります。流れ落ちる水をファウヌス像の周りの水盤(インプルウィウム)が受け止め、その後貯水槽に貯められました。その奥、Dのタブリヌム(応接室)を挟んだGの部屋は、列柱廊(ペリステュリウム)に囲まれた庭(ホルトゥス)です。このような住宅はヘレニズム世界の影響を受けたもので、アトリウム・ペリステュリウムタイプと呼ばれました。ファウヌスの家にはKにも列柱廊(ペリステュリウム)がありますが、基本的には1つです。またポンペイ遺跡では、2階建ての建築も発掘されています。

以上を踏まえると、屋根がイリュージョンルームの絵画は屋根や壁が無く開放的過ぎるものの、アトリウムとペリステュリウムを足したものに見えてこないでしょうか。私はこのポンペイ遺跡のファウヌスの家がイリュージョンルームのモデルになった、もしくはモデルのひとつとなったと考えています。

筆者撮影

右上の建物

最後に1つ気になる点として、画面右上の背の高い建物があります。私のリサーチ不足かもしれませんが、このような建物の遺跡は特に見当たりませんでした。また、Google マップ上にもこのような建物は見当たりませんでした。とすると、この建物はイマジニアの創作と言うことになります。しかし彼らが理由もなしに、このようなものを描くとは考えられないので、なぜこの建物がここに存在するのかについて考えていきます。

この絵画に線を引いて見るとわかりやすいのですが、右上の建物があることで、作品のバランス、調和を取り、遠近感を強め、像の中心辺りに焦点が合うようになっているような気がします。

筆者撮影

こちらはレンズを通したものです。上部の梁や床の境目に線を引くと解りやすくなると思います。恐らく一点透視図法が用いられています。

筆者撮影

このように右上の建物には、遠近感を強化すると共に、観者が中央の像に注目するのを補佐する意図を感じられます。エクスプローラーズ・ランディングに本拠地を置く、冒険家、科学者、芸術家などから構成される学会、S.E.A. (Society of Explorers and Adventurers) にとって、もしかしたら、プロメーテウス/ウゥルカーヌスには特別な想いが込められているのかも知れません。

猛犬注意

ファウヌスの家から西に1区画離れた場所には、CAVE CANEM(カウェー・カネム)と書かれたモザイクがあります。直訳すると犬に注意せよとなります。

筆者撮影 2018年8月

このモザイク画は、ホテル・ミラコスタの壁や、

筆者撮影 2019年12月

もう潰れてしまったのですが、ローマのディズニーストアにもありました。

筆者撮影 2018年8月

最後に

ここまでご覧いただきありがとうございました!プレゼンの内容を記事にするだけなので短くなると思っていたのですが、書いている途中で気づくこともあり、かなり長くなってしまいました。次にディズニーシーに行ったときには、是非エクスプローラーズ・ランディングにも足を運んでみてください。次回は、アラビアンコーストの壁について書く予定です!

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西洋美術については、前回のnoteでも取り上げています!

参考文献

J. Hall, 1974, Hall‘s Dictionary of Subject and Symbols in Art, Avalon Publishing(高階秀爾監修, 1988, 西洋美術解読辞典 ー絵画・彫刻における主題と象徴ー, 河出書房新社)
陣内秀信他, 2005, 図説 西洋建築史, 彰国社
『特別展「ポンペイ」』(展覧会カタログ) 東京国立博物館他、2023年
千足伸行監修, 2000, 新西洋美術史, 西村書店
ロザーリア・チャルディエッロ「 ポンペイとヘルクラネウムの住宅建築」『特別展「ポンペイ」』(展覧会カタログ) 東京国立博物館他、2022年、221-226頁

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T.Kobayashi
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