彼の芝犬 〜ショートシナリオ
昔書いた試作シナリオ。「窓」を効果的に使う、がテーマでした。「窓」というと「裏窓」とかサスペンス映画が思い浮かんであれこれ試行錯誤したけど、結果的に恋愛ものになった。読み返すとなんか上滑りしていて冷や汗が出ますね。蒼井優さん主演の邦画「百万円と苦虫女」のラストシーンが好きで、こっそり再現しています。
■登場人物
葉山涼子(31) 翻訳家
楠本誠一(28) 会社員
藤崎 恵(24) 楠本の後輩
田中澄江(54) 涼子の隣人
■本文
○都内某所・交差点・全景
車通りの激しい交差点。
その一角に新緑豊かな公園がある。
公園の隣には五階建てのビジネスビル。
○同・二階・オフィス横のラウンジ
壁の時計が12時半を指している。
連なる自動販売機。
休憩用のテーブルとイスが並び、人々がくつろいでいる。
採光用の大きな窓から柔らかい日差しが差し込んでいる。
そばには観葉樹。
楠本誠一(28)が窓際で外を眺めている。
窓からは公園が見える。
楠本はベンチに座る葉山涼子(31)を見つめている。
涼子は一匹の柴犬を連れている。
コーギーを連れた田中澄江(54)が涼子に近づき話しかける。
涼子が澄江に気を取られた隙に
柴犬がリードをつけたまま交差点の方へ走り出す。
楠本「あっ、危ない!」
涼子は柴犬の様子に気づかない。
楠本はとっさにラウンジを抜け出し、階段を駆け下りていく。
窓からは涼子が慌てた様子で辺りを探している姿が見える。
その脇を楠本が全速力で駆け抜けていく。
○桜台公園・側道
公園の側道を柴犬が駆けていく。
必死で追いかける楠本。
柴犬が交差点に飛び出す直前、楠本がダイビングキャッチでリードをつかむ。
ダイブした勢いで派手に転げる楠本。
楠本「セ、セーフ!」
楠本、腹ばいのまま安堵の声をあげる。
涼子「ごめんなさい! 大丈夫?」
追いついた涼子は息を切らしている。
楠本「は、初めまして!」
楠本が振り返る。
涼子の目線が楠本から柴犬の鼻先へと移動する。
涼子の表情が陰る。
目線の先に電柱。
電柱の足元には花が添えられている。
○同・ベンチそば
ベンチに座る涼子と楠本。
涼子が楠本の怪我を手当てしている。
楠本「ほんと、もうなんともないですって」
楠本、絆創膏を持つ涼子の手を申し訳なさそうに押し戻す。
楠本の鼻の頭がすりむけている。
涼子「だって、その鼻……ふふふっ」
涼子、楠本を見てたまらずふきだす。
楠本「そんなにおかしいですか?」
楠本、困惑して涼子を見る。
涼子「ごめんなさい、笑ったりして。痛かったでしょ?
あんなダイブ見たの初めて。
……でも助けてくれて本当にありがとう」
涼子、改めて楠本にお辞儀をする。
楠本「この交差点、交通事故が多いんです」
楠本、交差点を振り返る。
涼子「……」
涼子、楠本から目を離して顔を伏せる。
柴犬の頭を撫でながら、
涼子「まだあんまりなついてなくて」
楠本「……あの、最近ですよね? ここに来るようになったの」
涼子「え?」
楠本「窓から見えるんです」
涼子、楠本が指差す窓に目を向ける
楠本「昼食の後、あの窓から外を眺めてるとちょうど、
犬を連れた涼子さんがベンチに座って。それでつい……」
涼子「盗み見してたの?
へぇ、楠本君、見た目は爽やかなのにそんな趣味あるんだ?」
涼子、いたずらっぽく楠本をにらむ。
楠本「そ、そんな言い方しないでくださいよ」
涼子「(楽しそうに)冗談」
楠本「あの……よかったら、また会ってもらえますか?
俺、あの窓で待ってますから」
楠本、真剣な表情で涼子を見つめる
涼子「……それって脅迫?」
涼子、目をぱちくりさせて楠本を見る。
○原島ビル・二階・オフィス横のラウンジ
壁の時計が12時半を指している。
熱心に窓の外を見つめている楠本。
涼子が犬を連れて現れる。
楠本の表情がぱっと輝く。
楠本、急ぎ足で階段を降りていく。
その様子を見ている藤崎恵(24)。
窓の外では涼子と楠本がベンチに座り、楽しそうに話し込んでいる。
恵、窓から二人を眺めてため息をつく。
○桜台公園
公園の時計は12:40を指している。
柴犬を連れた涼子が一人ベンチに座っている。
そこへ恵がやってくる。
恵「あの、今日は来ないと思います、彼」
恵、遠慮がちに涼子に話しかける。
涼子「え?」
恵「朝、お客さんに呼ばれて出てったきりで」
涼子「あなた、もしかして恵さん?」
涼子、微笑で返しながら立ち上がる。
涼子「楠本君、褒めてたわよー。
とっても気の利く後輩がいるって……」
恵「そんな……、よくご存知なんですね。
……私には何も話してくれないのに」
恵、つぶやいた後、笑顔を作って、
恵「あ、すみません。ちょっとうらやましくなっちゃって……」
涼子「え?」
恵「窓からお二人が見えるたび思うんです。
ほんと、お似合いだなあって」
涼子「はは……そんなことないって」
恵「いっつも楽しそうな顔してますよね?
きっと、つらいことなんか何にもないんだろうなあって
……私なんか、こんなに頑張ってるのに、全然相手にしてもらえなくて」
恵、うつむいて鼻をすすりだす。
涼子「……そっか。なんか……ごめん」
涼子、気まずそうに足元を見つめる。
恵「本気なんですよね?」
恵、目に涙を浮かべて涼子を見る。
涼子「(恵を見て)……?」
恵「もし本気じゃないなら、私……」
恵、涼子をにらみながら泣き声になる。
そこへ楠本の声。
楠本「あれ、どうしたの?」
楠本が二人のもとに駆け寄ってくる。
恵「せ、先輩……」
恵、慌てて涙を拭う。
恵「何でもないんです。ただ世間話を……」
恵、楠本から顔を背ける。
楠本「え? でも……」
楠本、鼻をすする恵に視線を向ける。
涼子「あ……私、もう行くから」
涼子、立ち去ろうとして、
涼子「そういえば、楠本君に言い忘れてたんだけど、
この子の飼い主、私じゃないんだ」
楠本も恵も怪訝な表情。
楠本「……え? じゃあいったい誰の?」
涼子「……彼氏のなんだ。私の」
楠本「(呆然と)……」
涼子「彼、今留守で、しばらく預ってて……」
涼子、楠本から目をそらす。
涼子「だから、もう……ごめん」
涼子、二人を残して公園を出て行く。
○原島ビル・二階・オフィス横のラウンジ
壁の時計は12:20を指している。
覇気のない表情で窓の外を眺める楠本。
恵が近づき、手作りの弁当を差し出す。
恵「先輩、今日もコーヒーだけで……少しは食べた方がいいですよ」
肩を落とす楠本。ため息が漏れる。
窓から見える公園にコーギーを連れた澄江が現れる。
楠本の表情がピクリと動く。
楠本「……あの人」
楠本、急いで階段を駆け下りていく。
○桜台公園・ベンチそば
澄江に走り寄る楠本。
楠本「あの、涼子さんのお知り合いですよね」
澄江「……失礼ですけど?」
澄江、楠本を見て身構える。
楠本「すみません。僕、楠本といいます。
涼子さんの友達なんです。あの柴犬を連れた」
澄江「ああ、涼子ちゃんの!」
楠本「あの、涼子さんが連れてた柴犬の飼い主って……」
澄江「あなた、聞いたのね? そうなのよ。
涼子ちゃん、健気に振舞ってるけどねえ」
澄江、生きいきと話し出す。
楠本「え?」
澄江「あら、聞いてないの? もう半年くらい前になるんだけど、
彼、交通事故で亡くなってね。ほら、あそこ」
澄江、交差点の電柱を目で指し示す。
電柱の足元には花が添えてある。
楠本、電柱を見て唖然とする。
楠本「り、涼子さんは……?」
澄江「彼の部屋に越してきてワンちゃんの世話をしてたんだけどね
……一週間ほど前かしら? 近いうちに部屋を引き払うって聞いたけど
……そりゃあつらい思い出だもの」
楠本、両手で澄江の肩をつかみ、
楠本「彼女、どこにいるかわかりますかっ?」
○同・側道
楠本が全力で走り去っていく。
○同・入口
公園の時計は12:30を指している。
柴犬を連れた涼子が公園に入ってくる。
キャリーバッグを引きずっている。
涼子はベンチの前で窓を見あげる。
窓の向こうに人影はない。
涼子「……いるわけないか」
涼子、淋しげにつぶやく。
風になびく髪が表情を隠す。
くるりと踵を返すと、すがすがしい表情で公園を出て行く。
■課題のまとめ
・20~30代のすれ違いの恋愛を書こうと思って。
・犬を小道具的に使ってみた。
・ト書きが多すぎる。
・セリフが凡庸すぎる。
・涼子の人物像が非現実的。
恋人死んだ現場近くで笑顔でいられるのかっていう。
・視点がぶれてる。
ラストを涼子にしたかったので主人公は涼子にしたんだけども、
視点が楠本寄りになってしまった。