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可憐な先輩との禁断の恋模様



敷居の前で両足を揃え、左足から大きく踏み出す。


「失礼します」


今日は部内での個人戦。


男女共に1位には顧問からアイスをくれるので、先輩や同学年もやる気が入っている。


肩周りや肩甲骨のストレッチをしていると、桃のような香りが入口付近から鼻をぬけた。


「失礼します。」



入ってきたのは井上先輩。


誰が言い出したかは分からないけど1個上の学年ではマドンナと呼ばれているし、それに相応しい全てを持っている。


「......」


ふとぼーっと目で追っていると、軽く睨まれた。



俺はストレッチを再開し、頭の中でイメージトレーニングをし始めた。









                              ・・・


「じゃ、俺はまだ学校残るからはやく帰れよ。」


コンビニには1位になった俺と井上先輩が残され、それぞれが桃とみかんのアイスを食べている。


「......ねぇ、誰もいないよ?」


「ですね、和先輩」



隠れて付き合っている俺達は人前では赤の他人になる。


本当は俺達だって堂々としていたいし、高校生のカップルが行う青春と呼ばれることだってしたい。



しかし、出来ないのには大きな障壁がある。



「はぁ...恋愛禁止じゃなきゃ良かったのに。」



「仕方ないですよ、前の先輩方がいざこざあったみたいですし」



俺たちの弓道部では部内恋愛が禁止されている。




それでも和先輩からの猛アタックで1か月前から付き合いはじめた。




「○○のアイスひと口ちょーだい?」


突然の先輩からの提案に、少し身構えてしまう。


付き合っているとはいえ、未だカップルらしいことも出来ていない。


そんな状態でこのやり取りはハードルが高い。


「ほらはやく、溶けちゃうじゃん」


「......分かりましたよ」


先輩の方を極力見ないようにし、アイスだけを差し出す。



「ん~美味しい!私のもひと口あげるよ?」


「い、いいです......!」


思わずそっぽを向いて、先輩が食べていないところのアイスを頬張る。


「照れちゃって、かーわいっ」




「うるさいです......こういうのはじめてなんですから......」



はじめての彼女がこんな綺麗でしかも先輩だとは誰が思っただろうか。




その日は振り回されながらアイスを食べ終え、すぐに家に帰った。












                              ・・・







翌日の昼休み、俺は友達と飯を食べていた。



「おい○○、どうしたんだよぼーっとして。」


「ん?あぁ、いやなんにも。」


廊下が少しうるさくなって気を取られていた。



「やっぱ部活忙しいのか?」


「んーまぁまぁ」


「でもいいよな、井上先輩と同じ部活で。羨まし」



返答に困っていると、教室の扉が開く。



「○○君いる?」


井上先輩が扉を開けて教室に来た。


呼び方は外向きの呼び方なのでおそらく部活の連絡。



「あ、いたいた。今日のミーティングの場所2年2組に変わったから。」



「分かりました」


「じゃあね」




みんなからの羨ましがられる視線を背中に受けて、背中が痛い。



友達からも少し睨まれる。


「お前、鼻の下伸びてるけど好きなの?」


「は?!好きじゃないし!」


「ははっ、お前付き合えないんだもんな。」


何気なく放たれた"付き合えない"という言葉。



その言葉が頭の中で何度も巡る。



巡る度に付き合えないは"釣り合わない"に変わっていって、よりマイナスな気持ちになった。



でも、その言葉を咀嚼することは出来なくて何度も飲み込めず吐き出す。




気づけば部活中にまでその思考は引きずられていた。






上手く会を保てず、的に矢が当たらない。


「......」


部員からも先生からも心配されて、部活の時間が終わったあとも矢を放った。



井上先輩からも心配そうに見られる。



いつもなら逆に見てしまうけど、今日は視線を逸らした。



「○○、出る時鍵閉めてな」


「はい、すいません」



無理言ってひとり残り、何度も何度も迷いを断ち切るように矢を放つ。



しかし、会も保てず間もバラバラ。


当たる訳もなく、矢は横に逸れた。



「○○......」


帰ったはずの先輩が、再び弓道場に帰ってきた。


「はは.....当たらないですね」


こんな時でも先輩の顔を見れずに、そっぽを向いてしまう。


「今は無理して笑わなくていいから、なにがあったか分からないけどずっと変だった......」


痛いところを突かれて、心がぎゅっと締め付けられる。


「べつにそんなこと......」


「私にも言えないの......?」


あぁ、助けようとしてくれてるのは分かってるのに。


「少なくとも、和先輩には言えません」


「なんでよ.....私も力になりたいの......」


そんなことが言いたいんじゃないのに。



「和先輩には俺の気持ちなんて分かりませんよ......!」


彼女、ましてや先輩にあたって更衣室に逃げ込んでしまった。


「はぁ......」


こんなことをしたら、別れるんだろうなの典型。


こういうことがあったから部内恋愛も禁止だったのかな。



それでも先輩にはもっといい人がいて、やっぱりサッカー部のエースとかと付き合うべきなんだ。



思ってもないことを涙と共に無理やり飲み込んで、制服に着替える。






男子更衣室の扉を開けると、横で和先輩が体育座りをしていた。


「あ......」


「なんでこんな所に......」


「○○が...悲しそうな顔してたから」


返答に困って他所を向き、頭をかいていると手を引かれる。


「どこ行くんですか......」


「いいから。」






手を引かれてやってきたのは女子の部室。


「ここ入っちゃ行けないんじゃ......」


あの決まりがあるからか、特例の場合以外は部室に入ることも禁じられている。


「いいから」


中に入ると荷物を置くことを促され、綺麗にされたマットの上に座らされた。



「ん。」


両手を広げて、笑顔を見せる先輩。


ハグをご所望なのか、こちらをじっと見つめてくる。



さっきまで色々あったのに、と迷っていると痺れを切らした先輩が飛び込んできた。



「わ.....!」


突然感じたはじめての感触、そして鼻を抜ける桃のような香り。


全てのことがはじめてで、何も考えられなくなる。



それでも思考をしたい。


「は、離れてくださいよ...」


「○○が言ってくれるまで離れないから」


いとも簡単に心のパーソナルスペースを無視してくる先輩に、隠すのもバカバカしい。


俺は心の扉を開けて、先輩を1度引き離した。



「先輩に直接は言いづらいですけど......俺、先輩と釣り合わないなって.....」



下を向いて話していると、両手で頬を挟まれ目線を合わせられる。


「○○は私の事好き?」


眩しいほどの笑顔から、目を背けられない。


「......好き」


「ならいいじゃん、はい終わり」


「いやそれとこれとは......」


「りょ、両思いなんだからいいの......!」


耳まで真っ赤な顔で言う先輩。



目は伏せていても手は広げている。


恐る恐る抱きつきに行くと、頭を撫でられた。


「やっとカップルらしいことできたね......」


愛おしそうに可愛いと言いながら何度も頭を撫でてくるので、ペットかなにかだと思われているのかもしれない。


「可愛いって......褒めてるんですかそれ......」


「そういうところもかーわいっ」


もちろん男なのでかっこいいと言われたいし、かっこよくありたい。


なのに手のひらで弄ばれるかのようにかわいいと言ってくる和先輩。


ちょっとだけ拗ねてしまって、思わず言葉が漏れた。



「......ばか」


「あ、なまいきだぞ~」


驚いてはいたものの、すぐに人差し指を腕に突き刺してくる。 


「つんつんしないでください」


「ふふっ、だいじょうぶ。ちゃんとかっこいいよ、○○は。」


微笑んで言う先輩に少し見とれた後、自分でもちょろいなと思った。


「そ、そんなんで許すほどちょろくないですから......!」



「ふふっ、はいはい。」




2人の未来は帰りの夜空に見えたカウスアウストラリスのように輝いていた......


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