ほかの女の子と話してたらマドンナ彼女に嫉妬されました。
朝、誰もいないグラウンド。
暑さを少し感じる季節に自主的に朝練する人なんていない中、俺はマーカーを置いてドリブル練習をしていた。
視線を上げて足元を見ないようにし、ボールをコントロールしてマーカーをかわしていく。
時計を確認してもう少しで終わろうかと言うところで、ひまわりのようなあたたかさが後ろからふわっと香った。
「おはよ、○○。」
彼女の和が武道場の方からひょこっと出てきて、声をかけてくる。
「学校で下の名前で呼んでいいの?」
「まだ誰もいないからバレないし......こっちの方が嬉しいでしょ?」
可愛らしい笑顔で言う和に目を奪われて、ドリブルを乱してしまう。
「あ......」
ボールは和の方へと転がって行ってしまった。
「井上さん、パス。」
「もう......いじわる......」
少し拗ねながら蹴り返してくれたボールはシクラメンの花壇の方へといってしまった。
「ちょっ?!」
花壇に入ろうかというギリギリでボールに追いついて、何とかシクラメンを助ける。
「ごめん......」
少なからず責任を感じているのか俯いてる和。
まだ幸いにも人の姿は見えないので、和の頭を撫でて機嫌を取る。
「和、放課後はそっち行くからね。」
「うん......」
今度は別の理由で俯いているのが可愛くてさらにいじわるしてしまう。
「和も井上さんより和のが嬉しいもんね、ニヤニヤしてるよ。」
「うるさい......」
マドンナの和とサッカー部の俺。
もちろん付き合ってることが周りにバレれば冷やかしだったり色んなことが起こるため隠した。
それでも朝はグラウンド、放課後は弓道場と誰もいない時間にはひっそり会っている。
「そろそろ人来ちゃうから......私行くね。」
「うん、また後で。」
和の小さくなっていく背中に寂しさを覚えながらも、マーカーを片付けて部室へと戻った。
教室に入ると咲月が話しかけてきた。
「あ、デカブツ。」
「チビじゃん、おはよ。」
騒いでいる咲月が何かを思い出したかのように目を見開いた。
「あ、そういえばあんたのとこにまた姫奈来てたよ。」
「......まじ?」
「マジ。」
姫奈というのは別のクラスの人で前に1度振ったことのある子、まだめげずにアタックしてきている。
手を焼いているのだが和との事は隠しているので断る決定打が無い。
「はぁ......」
「まぁ......頑張って。」
犬猿の仲の菅原がこう言うんだから周りから見てもそうなんだろう。
憂鬱な気持ちと放課後の自主練が楽しみな気持ちのふたつを抱えて昼休みまでの授業を受け流した。
4限終了のチャイムが鳴り、弁当を出して友達の元へ向かおうとすると教室の前の扉から岡本が侵入してきた。
「○○くーん!!」
「げ......おかもと......」
「げってなによ。姫奈とお昼食べよ?」
「いや、友達と食うから。」
そう言って友達の方を見ると全力で横に首を振っている。
いくら岡本に絡まれるのがめんどくさいからって薄情だと思う。
「はぁ......」
「ねぇ、食べよ?」
「たまには食べてやんなさいよ。」
菅原の横からの助言、周りの空気感に完全に気圧されて岡本とお昼を食べることになってしまった。
和には罪悪感しかない......バレたら拗ねるとかいう話じゃないからなあの甘えんぼは。
「ほら、姫奈のたまごやきあげる~」
「いや、いい。」
「なんで?!食べてよー!!」
「ちょっ!押し付けてくんな!」
・・・
なんだか昼休みに入ってから隣のクラスが騒がしい。
「ねぇ美空、なんの騒ぎ?」
「サッカー部の○○君と姫奈ちゃんがお昼食べてるんだって、気になるの?」
「え......?!」
驚いた拍子に椅子を倒してしまった。
「和もこういうの気になるんだね?意外~」
「美空うるさい、ちょっと御手洗行ってくる。」
「いってらっしゃ~い」
もちろん私は気が気じゃなくなって○○のクラスまで来ていた。
「ちょっ!押し付けてくんな!」
「姫奈が作ったんだよ?食べてよー!」
傍から見たらカップルに見えるようなことをしてる2人。
○○は確かに嫌がってるように見えるけど、振り払うようなこともしていない。
「......」
私は目の前で起きてる事を見ていられなくなって、すぐに自分のクラスへと戻った。
・・・
姫奈との攻防をやっと終えて、5限、6限は昼休みでどっと疲れが溜まったからか睡魔と格闘し続けた。
船を漕ぎだそうかという所で6限が終了し、部活へと向かう。
合う人合う人に昼休みの岡本との話をされるくらいなのでもちろん和の耳にもこの話は入っているはず。
人に聞かれれば聞かれるほど、和に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
あまり練習にも身が入らなくて少し顧問に怒られた。
その度に気落ちしてしまう。
練習が終わり自主練の時間、いつも通り弓道場へと向かった。
いつもより足取りは重たいし、はじめて行くのが億劫になってしまっている。
「あ、○○。」
弓道場に着くと袴に身を包んだ和が出迎えてくれた。
「和......その......」
顔を見れないで俯いていると和に顔を掴まれる。
「私の事見てて。」
その一言を置いて、和は練習に戻っていった。
いつものような綺麗な所作。
思わず息を飲んでしまう。
練習中に放たれた矢は全て的に命中し、命中する度に瞬きを忘れてしまった。
「○○、泣いてるの?」
和に少しおどけたように言われて、自分の目から涙が出ていることに気づいた。
瞬きをしないでいたからだろう。
「その......ごめん......」
「私は○○が私の事大好きなの知ってるよ。」
「なぎ......」
袴姿のまま近づいてくる和。
後ろにまとめていた髪のゴムをするりと取った。
向日葵のようなあたたかい香りがこちらまで届いて胸の奥まであたたかい気持ちになる。
「でも......ちょっと嫉妬したかな。」
そう言って正面から胸に飛び込んできた。
「わっ......!」
いきなりの事で和を支えきれずに後ろに尻もちをついてしまう。
「和......付き合ってること、言った方がいいかな。」
「その方が岡本も諦めると思う。」
言い終えて和の方を見るといたずらっ子のような笑顔をこちらに向けている。
「○○の気持ちは嬉しいけど、どっちかがこれ以上に傷つくからだめ~」
そんな言い方で言うことではないのに、和の笑顔に雰囲気が和む。
「でも、ちゃんと嫉妬はするから。はやくぎゅってして。」
「袴着てるとスイッチ入るかと思ったけど、甘えんぼのまんまなんだね?」
「甘えんぼに甘えんぼって言われたくないし。」
2人とも素直になれないのが未だに初々しいのかも。
数分間くっついた後、和は制服へと着替えに行った。
付き合ってから割と経つというのに、まだドキドキするし慣れない。
深呼吸をして落ち着こうにも和のあたたかい香りが離れない。
ドキドキを抑えられないでいると制服に身を包んだ和がやってきた。
「お待たせ、帰ろ?」
スカートをふわっと翻して裾を持ち少ししゃがんで、舞踏会のようなお辞儀をしてくる。
「なにそれ。」
「昨日見たアニメでやってたの、どう?」
「可愛い、お姫様みたい」
「そ、そこまでもとめてない......」
顔を赤くした和と○○。
どちらからともなく手は繋がれる。
そしてすかさず和は腕に抱きついてきた。
「甘えんぼじゃん」
「今日は○○のせいだし。」
重なった2人の影は満月の光に照らされ伸びていく。
満月はダイヤモンドのようにいつまでも光り輝いていた......。
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