![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/130670820/rectangle_large_type_2_08b17c00ce0336b31e1ea784071c0e61.png?width=1200)
ドキドキさせてくる幼なじみとひと冬のきせき。
久しぶりに国立競技場を訪れた。
全国高校サッカー選手権大会決勝が行われた1月8日以来私は足を運ばせた。
晴天と言っていいほどに雲ひとつない青空が拡がっている。
木のぬくもりに包まれたスタジアムはあの日の感動がまだ残っているようで私の心を震わせる。
当時の私はスタジアムの外見など考える余裕もなかったのでよくよく見ると8割木じゃん、といったような訳の分からない言葉を気づかぬうちに呟いていると隣にいる和から声をかけられた。
「アルノの感性ってほんと独特だよね」
「和も大概でしょ?」
意味もないような話をしている間にとうとう入口に着いてしまった。
「緊張してる?」と和がニヤけた顔で聞いてくるのでそれに対し私は
「まさか、壁という壁を乗り越えた私はもはやロッククライマーだから!」
と自信満々に言い返し、光の中へと歩いていく。
そう、壁という壁を乗り越えたのだから。
高校3年生の冬。
かなり冷たい風を浴びながら俺は学校へと歩みを進めていた。
すると横から「やぁやぁ、元気かい?」と陽気な声が聞こえてくる。
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幼なじみからのいつもの挨拶に対し俺は
「完璧っぽいだけなんだから、完璧ぶらない方がいいよ。」
と言った。
長年の付き合いというのは一定の所まで距離を詰める事が出来るが一定のラインの超えることが出来ない。
サッカーをしている俺からしてみればオフサイドみたいなものだと思う。
俺の気持ちは相手のディフェンスラインギリギリで動き回っている、そんな感じ。
考えごとをしていると幼なじみから多少の暴言を吐かれる。
「うるさいよ、フィールドの貴公子のくせに。」
ムカつく。
こいつは俺がこの呼び方をされるのをすこぶる嫌っているのを知ってて言うんだから余計に。
今すぐにでもちっこい頭をグリグリっとしてやろうと思ったがチョップで勘弁してやると変な鳴き声をあげていた。
「女の子にチョップなんてしないでしょ普通!」
と言ってやり返して来そうだったがやり返して来ない。
というのも俺の心臓病を知っているからだろう。
俺は幼少期から心臓病を患っており入院、退院を繰り返していた。
医者からは20歳を迎える頃に君の心臓は血液を送るポンプとしての役割を全う出来なくなると言われたのが3歳の時だ。
当時は3歳だったので事の重大さを分かっていなかったのか喪失感というものはあまり感じなかった。
その時の希望は隣の家に住んでいた唯一の友達のアルノとサッカーの試合を見ることだった。
少しでも練習したいと思い病室でサッカーボールを蹴ってよく怒られていた事を今でも覚えている。
しかし小学校入学を迎えた頃からどうして神様はこんなに理不尽なんだ。
なんで俺だけ。
と考え自暴自棄になったことも何度もあるがその都度アルノが助けてくれた。
そんな絶望の幼少期を支えてくれたアルノには感謝しかない。というか、好きになるなという方が難しいだろう。
綺麗な髪の毛、くりっとした目、ひよこのような唇、同世代の男子達からはいつも人気だった。
アルノは俺といつも一緒にいてくれるので同世代の他の男子に取られることは無かったがもちろん焦りもある。
なんせ先の短い人生なのだから俺が死んだ後、アルノが他の男とくっつくことを考えるとちょっぴりナーバスな気持ちになってしまうこともしばしば。
でもアルノを縛ることは出来ないので何も言えずに18歳を迎えてしまっているのだからヘタレと言われてしまっても仕方がないんだろう。
そんなことを考えながら歩いていると
「大丈夫?」とアルノが自慢の困り顔で俺の顔を覗き込んで来た。
そんな酷い顔をしていたのか、と反省して感じさせないように
「いつ見てもアルノの困り顔は可愛いよね。」
と自分の照れ隠しのために言うと
「もう....○○はほんとにずるい。」
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と顔を冬のせいなのか太陽のせいなのかは分からないが赤くして返してくるのだからとても可愛い。
そんなくだらない話をしながら学校にたどり着いた。
3年1組と書かれた教室に後ろの扉を開け入るとおはようと言った挨拶の声が聞こえてくる。
おはようと挨拶を返して席に座ろうとすると隣の席の和が声を掛けてきた。
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「相変わらず人気者だね。」
「美人マネージャーに言われても。」
「ちょっと!からかってるでしょ!」
和はサッカー部のマネージャーをしてくれている。
いつも練習にフルで参加出来ない俺を3年間サポートしてくれている。
もちろん、心臓病のことも。
和にはじめて心臓病のことを話した時はあまりプレーするのにいい気持ちを持ってくれていなかった。
あの時はアルノと俺と和で結構な言い合いをしたっけ。
結果的に3人とも仲良くなれたしそれはそれで良かったのかも。
そんなことを思い出しながら一限の準備を開始する。
チャイムが鳴り響き一限がはじまる。
現代文の授業だ。
先生が物語を読み始め、それを目で追う。
いつも途中で雑談を挟んでくれるのでとてもありがたい。
「オオクニヌシの伝説ってのがあるんだよ、知ってるか?」
「オオクニヌシは再生神話ってのがあってだな.......」
先生の話はあまり入って来なかった。
あることを考えてしまったからだ。
ふとした時人間という生き物は余計な事を考える生き物で
「俺、あと2年しか生きられないのか」
と思った。
頭では分かっていても。
理解はしていても。
突如となく襲ってくる喪失感。
あぁ、俺死ぬんだなって。
また、冷たい風が吹いた気がした。
「.........○.........○○!」
つい授業中にぼーっとしてしまった。
「明日試合なんだろ、大丈夫か?」
と先生には笑われてしまったが
「大丈夫ですよ、見ててください。」
と返した。
そう、明日は準決勝。
夢にまで見た国立の舞台。
神奈川県ということもあって他県の代表より場所のアドバンテージはある。
学校がはじまるのがはやいのに文句を言いたいけれど受験生のことを考えたら仕方ないのかもしれない。
アルノは受験、俺は選手権、俺達には俺たちの戦う場所がある。
アルノは一足先に軽音部を引退しているので心置きなく勉強に集中出来るだろう。
いや、強いて言うなら少しは俺のことも気にしておいて欲しいなと思う。
そんな思いでアルノの方を向くとバチッと視線がぶつかる。
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授業中、ましてや心臓の拍動する回数は限りがあるのにドキドキしてしまっている。
むしろ嬉しいことだ。
アルノとサッカーのことならいくら心臓が動いたっていいとすら思っている。
時間にして数秒しか目が合っていなかったはずなのに俺にはそれがとても長く感じた。
気がつくと多くの授業は終わっていて、まぶたの裏には先程のアルノの顔が焼き付いたままだった。
今何限が終わった?と和に聞くと
「6限だけど...頭大丈夫?」
と失礼な事を言ってきたので頭のてっぺんより少し前をぐりっと押してやった。
「痛いんだけど!?」
「ひゃくえだよ、リラックスしないと。」
と俺がちょっと憎たらしいような顔で言うと少し頬を膨らませてきた。
こういう所が同世代に人気の秘訣なんだろうな。
「てか、部活!早く行かないと!」
「たしかに、アルノー!帰りどうする?」
「学校で勉強しとくから終わるくらいに行くね。」
「わかった、ほら行こ?」
「はいはい。」
晴れていた空は少し曇っていた。
部活は県予選を勝ち抜き、選手権の本戦でもここまで順調に勝ち上がっている。
最近は心臓の方も悪い状態ではなく、試合にも制限時間付きで出ることが出来ていた。
一部からは「ガラスの天才」だとか「フィールドの貴公子」だとか呼ばれているが全く好きでは無い。
「○○、今日はどれくらい参加出来んの?」
チームメイトにそう聞かれた俺は
「全部参加するし試合も全部出る、明日は通過点だから。」
「やっぱ貴公子は言うことが違うね~」
「お前絶対今日のボール回しで殺す。」
「ちょっ?!ごめんって!」
チームメイトとも三年目、こんなふざけあいができるのも後三日しかない。
今を精一杯噛み締めよう。
ボール回しが終わり、連携確認のためにもゲームに入る。
その前に喉を潤そうとして飲み物を飲もうとマネージャーの所へ行くと和が他の部員にもドリンクを配っていた。
「はい、あ!○○はこれね!」
「ありがと。」
別に俺だけ贔屓してもらって特性ドリンクでドーピングしてるわけではない。
俺はエイリア石にも神のアクアにも頼らないけど、痛み止めには頼る。
効果が切れると痛いんだこれが。
でも、痛みは見せられない。
心配をかけたら試合に出れなくなるかもしれないし。
いつもこれが最後の気持ちで試合をやっているけどどうか今回は決勝が終わるその時までもってほしい。
その一心だけだった。
ゲーム前に顧問によって集められる。
「今日は明日のことも考えてプレーしろ。」
「立ち上がり10分で相手を潰せ。」
この言葉を聞くと心がアガる。
なんていうか、スイッチのような。
「はい!!」
監督は結構怖いことを言うけど結構好き。
ピーー!!という音が鳴り響く。
紅白戦のホイッスルが吹かれた。
俺のポジションはアンカー、ボランチと言った方がわかりやすいのかな。
アンカーって呼ばれる理由は船が錨を降ろして安定することから来てるみたい。
うちのチームはワンボランチなので言わばチームの心臓と言うべきポジションだろう。
自分的には最高に皮肉が聞いてると思う。
チームの心臓である選手が心臓病だなんて笑えてくるだろ。
運動量も多いし、俺にはキツくて身長も172とデカくはないけど一番俺の能力が発揮出来る実感もある。
そんなことを考えながら視界に入った情報を処理しているとボールが回ってきた。
ボディフェイントで相手を一枚躱し、逆サイドのウイングの選手の裏のスペースにボールを蹴る。
ボールは綺麗なスピンでウイングの選手のトップスピードを維持したまま足元に収まり、そのままディフェンスを置き去りにする。
うん、いい感じ。
調子も悪くない。
その後も特に問題なく調整を終えることが出来た。
またピーー!!という音が鳴り響く。
試合終了のホイッスル。
「今日はもう上がれ、明日に疲れを残さないように。」
「明日はスカウティング通りに行く、勝つぞ!」
「はい!!」
やっぱり監督の挨拶は締まる。
流石に帰るべきなんだろう。
とはいえ、後悔したくない。
チームメイトを見送った後、ひっそりと部室から移動する。
相手チームのビデオをもう一回見返しそうと思い、空き教室へと向おうとすると
「○○、まだスカウティングするの?」
やっぱり和にはバレてたみたい。
お目付け役だし。
「別に運動する訳じゃないんだ、良いでしょ?」
「うん、アルノにも伝えといてね。終わったら行くから。」
「うん。」
相手チームの弱点を1人で確認しているといきなり視界を何者かによって塞がれる。
「だーれだっ。」
こんなに可愛い声は一人しか知らない。
というか、間違えるわけが無い。
「やめてよ、アルノ。」
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「ちぇっ、ばれたか。」
悔しそうな顔をしながら君は言う。
放課後、教室に2人きり。
絶好の告白のシチュエーション。
いっその事今ここで気持ちを伝えてしまおうか。
「アルノ.........」
「なに、そんな改まって。」
「俺....アルノのこと...」
「うん....?」
バカか俺は.........それを言ってしまったらアルノを縛ってしまうだろ。
言い淀んでいるとアルノが
「ねぇ、私がなに?」
焦った俺は咄嗟に
「か、可愛いと思って!」
「ふぇぇ?!」
あれ?
あれれれれ?
これ咄嗟にやばいこと言っちゃったんじゃ?
やばい、なんか起きろ。
この空気を破壊する何か。
すると、ガラガラッと扉が空いた。
教室のドアが開いたその時、冷たい風が吹き込んで夕日が差し込んでくる。
「アルノ、○○帰ろ~」
「う、うん。すぐ行く。」
和に助けられた。
後で餌付けしとかないと。
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「ずるいよ...そうやって私の気持ちも知らないで....。」
ちょっとは期待したんだけどな。
○○の近くにずっといるのは幼なじみだからって理由が半分、もう半分は違うのに...。
いや、この気持ちは日に日に大きくなってきているな。
○○とは家が隣だったけど、すぐに仲良くなった訳じゃない。
○○は幼少期から体が弱かった。
入院退院を繰り返して3回目、ちょうど○○が退院した日に私たちは出会った。
「どうしておばあちゃんはギャンブルするの?」
「賭け事って楽しいものよ、アルノが大きくなったら一緒にやろうね。」
幼少期の私は好奇心旺盛ガールだったため、なんでも聞いて知見を広げようとしていた。
「あ、トカゲ!」
「ちょっとアルノ!」
「なに?」
「おばあちゃんそこのコンビニにお花摘みに行ってくるからそこでトカゲさんと仲良くしててね?」
「お花摘み...?」
「トイレよ。」
「あるの、了解しました!」
幼少期からトカゲとか爬虫類が好きだった私はトカゲに夢中で近づいてくる大人に気が付かなかった。
「お嬢ちゃん、お菓子あげるから一緒に来ない?」
「知らない大人にはついて行っちゃだめってままが言ってた!」
「ちっ.....いいから来い!」
腕を捕まれ、小学校入学前の女子が大人に勝てるわけが無い。
私...連れていかれちゃう....
怖くて叫べなかった私はしくしくと泣いていました。
するとそこへ
「おい、その子を離せ!」
通りすがりの○○が助けに来てくれたのです。
小さいながらに映画が好きだった私はこの時○○を白馬の王子様だと思いました。
「おい、お前みたいなガキ一人でどうにかなると思ってるのか?」
「くらえっ!」
○○がボールを蹴った。
小さい子どもの脚力で放たれたボールは大した威力は出ない。
しかし、弱点に当たれば話は別である。
「ぐぅ.........お前....反則だろ.....」
「逃げるよ!」
「うん!」
その時繋いでくれた手の温かさは忘れられない。
他の何よりも優しい。
恐怖をゆっくり溶かしてくれるようなそんな温かさ。
一緒に走っている時に感じた風すらも心地よい。
これが俗に言う一目惚れなんだなって後で思ったけど。
別にそれだけが○○を好きになった理由では無いけど、この出来事が私たちを繋いでくれたんだと今では思う。
俺とアルノと和でいつもの帰り道を歩く。
ふとアルノが口を開いた。
「明日、頑張ってね。」
「うん、アルノは見に来る?」
「もちろん、○○の晴れ舞台だし!」
「アルノ、なんかテンション高いね?」
たしかにそれは俺も思っていた。
「ちょっと昔のこと思い出してたの。」
「.........?」
「まぁアルノって変なやつだし、行こ。」
「だね。」
「ちょっと?!」
この3人の関係がずっと続けばいいな、なんて。
まず俺がリタイアするのに。
悲しくなってくるよな。
数分談笑しながら歩いて、分かれ道に着いた。
いつもこの分かれ道からは家庭菜園であろう黄色いチューリップ。
これもあと何回見れるのかな。
「じゃあ、明日頑張ろうね!○○!」
「うん、頑張るよ。」
「ばいばーい。」
和だけがあっちの道、俺とアルノはこっちの道。
歩き慣れたこの道もあと何度通れるのかな。
街灯、街路樹、でっかい家。
全部が俺の、
いや、俺たちの宝物。
俺たち2人はどちらからとかは一切なく、何となく。
何となくだけど2人で手を繋いで帰った。
次の日の目覚めはとても良かった。
「おはよ」
「おはよ、朝ごはん出来てるから食べなさいね。」
父はもう仕事に行っているみたい。
主食と果物中心の食事も親に感謝しなくてはならない。
ここまでサポートしてくれるのだからなおさら勝たなければ。
「学校までは行くんでしょ?」
「うん、そこからバス。」
「準決勝とはいえ、油断しないように。」
「あと、無理だけはしないようにね。」
「うん、そろそろ行ってくるよ。」
「頑張ってね!」
昨日のうちに準備したものをバッグに詰めて、ジャージに着替えベンチコートを着る。
「行ってきます。」
この学校までの道もあと何回歩けるんだろう。
冷たい風を受けながら学校までの道を歩く。
学校まであと数分と言ったところで声をかけられた。
「おはよー。」
和だ。
まだ目は起きてなさそうだけどメイクと髪の毛はしっかりしている。
「おはよ」
「体調は大丈夫?」
「うん、安定してるよ。」
「そっか、何かあったら言うんだよ?」
「なんか和はお母さんみたいだね。」
俺は少し笑いながら言った。
「お母さんか...」
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「なんか言った?」
「ううん、それより早く行こ?」
「そうだね。」
この時の和のほんの少し悲しそうな、儚い表情には気づいていないフリをした。
「あ、○○来た。」
「井上さんと来てるし」
「井上さんと?!」
チームメイトからは様々な声が聞こえる。
「あはは....」
和も呆れてしまっているようだ。
数分するとバスがやってきて
「もう出発するぞ。」
と監督が言った。
やはり監督は喋るだけで締まる。
バスに揺られている間も隣で和が俺のメディカルチェックをしてくれている。
「どう?異常ない?」
「うん、大丈夫そう。」
「そっか、ありがと。」
「ねぇ...」
真剣な顔で和が話しかけてきたので少し身構える。
「なに?」
「ううん...なんでもない。」
和が何を言いかけたのかは少し気になったけど、そんなことを気にしてる余裕も俺には無い。
今日勝たないと明日はないのだから。
バスが国立に到着し、次々とチームメイトがバスを降りる。
テンションがあがるやつもいれば、緊張するやつもいる。
特段、俺は気にすることなく監督の指示を待っていた。
緊張していては心臓に負担がかかるだけだ。
「1時間後にアップ開始するから、それまでに準備しとけよ。」
監督が言った。
「時間までどうする?私は準備で行っちゃうけど。」
和はマネージャーだから準備がある。
「俺は一人になってくる。」
正直、一人になりたいんだ今は。
「そっか、頑張ろうね。」
「うん。」
そう言うと和は他のマネージャーと一緒にどこかへと歩いていった。
和は優しいな。気にかけてくれて。
俺はスタジアム内へと入る。
まだ誰もいないロッカールーム。
みんなどこかへ行っているんだろう。
負けてここで泣く、なんてことは考えたくもないな。
そんなことを考えているとスマホの通知がなった。
アルノからだ。
試合、頑張ってね!
という文言と共に可愛い猫のスタンプ送られてくる。
昔、アルノに猫っぽいと言われたこともあったっけ。
アルノに ありがと、見ててね。と送り返すとそっとスマホを閉じた。
早めに着替えて、今日のことを頭の中でシュミレーションしておこうか。
気がつくとアップに行く時間になっていて、チームメイトから声をかけられる。
「そろそろ行こうぜ。」
「うん、今行く。」
頭の中でシュミレーション、なんて言っていたけど俺のまぶたの裏には昨日のアルノがまだこびりついていた。
ピッチに入ると心地よい風と日差しを感じる。
夢にまで見た、国立のフィールド。
入ってみると思っていたよりいつもと変わらない。
いつもの107m×71mの長方形のピッチ。
いつも通り。
いつも通りのはずなのに。
俺の心は燃え上がっていた。
全員でストレッチをしてパス、ボール回し、シュートの順番でメニューをこなしていく。
特に心臓に痛みも感じない。
コンディションもかなり良い。
万全の状態でやれる、そんな他の人にとっては当たり前の事でも俺にとっては嬉しかった。
「集合。」
監督の一言で試合前のミーティングがはじまる。
「再確認するが、相手のストロングポイントはコンパクトな守備陣形と少ない枚数で完結する縦に早いカウンターだ。」
スカウティングでもこれは研究済み。
「○○、今日はスタートからだがキツくなったらすぐに言え。」
「はい。」
なんだかんだ言って優しいところがある。
いや、人殺しになりたくないだけか。
「前半は横に振って走らせて守備を広げる。いいな。」
「はい!!」
メンバーチェックお願いします。
副審の方の一声でスタートのメンバーはチェックをはじめる。
「番号を言うので名前を言ってください。」
これには慣れない。
スタメンで出るなんてなかなか無いし、正直ウッキウキではある。
「14番。」
俺の番のようだ。
「はい、朽木○○です。」
この返事をするともうすぐに試合がはじまる。
アップの時は気が付かなかったが人も結構入ってきている。
アルノはどこにいるんだろう。
応援席の方かな、試合前に聞けばよかった。
音楽に乗せてピッチに横並びで入っていく。
主審の笛で礼します。という言葉と共に笛が吹かれ礼を二回。
前と後ろにする。
俺はちらっと応援席の方を見た。
いた。
ショートカットでマフラーに埋もれている幼なじみ。
試合前だと言うのに顔が緩んでしまいそうになる。
息を深く吸って。
吐く。
主審が笛を口にくわえ、息を吐く。
ピーー!!という音とともに
試合開始のホイッスルだ。
歓声とともにキックオフのボールが俺に回ってくる。
より一層歓声があがった気がした。
なんでなんだろうか、病気の事か。
メディアやインタビューはキャプテンに任せて何もしていないと言うのに。
そんなことを考えていても仕方無いし、相手のフォワードはプレスに来ているのでボールをサイドバックへと散らす。
サイドバックは前線へと蹴るフェイントをかけ、また俺へとボールを戻す。
それを逆サイドでも繰り返す。
味方の動き出しももちろん見えてはいる。
しかし、体はそうさせてくれない。
戦術的にも問題は無い。
それに。
このフィールドを支配する感覚。
自分がオーケストラの指揮者になったかのようなそんな感覚。
試合が動いたのはすぐだった。
相手を押し込んでいる展開が続いている中
前半3分、俺はペナルティアーク付近の高い位置で相手ボールを奪った。
「ヘイ!」
ボールを呼び込むフォワードを囮に使い、ワンステップでふわっとしたループシュートを放つ。
バックスピンをかけたシュートはキーパーがギリギリ指先で触るもののそのままゴールに吸い込まれた。
「しゃあ。」
スタジアム内がどっと湧く。
「ナイシュー!」
「美味しいとこ持っていきやがって!」
チームメイトからの手荒いけども事情を理解したような少し優しい祝福を受ける。
自陣のピッチに戻る前に自分たちの高校の応援席を見る。
試合開始前に見つけたアルノの方を見るとバチッと視線がぶつかった。
遠いので表情までは分からないけど喜んでくるているといいな。
そんなことを思っていたら気がつくと俺はアルノに向けて右手を突き上げていた。
ちょっとカッコつけすぎたかな、なんて恥ずかしくなりすぐ自陣に戻る。
ピーー!!というホイッスルで相手ボールで試合がリスタートする。
早い時間帯で先制点を奪うことに成功した俺たちは余裕を持ってプレーすることが出来た。
相手のカウンターも前線のプレスとセンターバックのおかげで機能していない。
コンパクトな陣形もウイングのスピードを恐れてか間延びしてしまっていて俺ものびのびプレーできている。
審判のホイッスルが吹かれた。
なんの問題もなく前半が終了した。
なんの問題も無い。
ハーフタイムのミーティングをするためにロッカールームへと戻る。
「はい、これ。」
いつも通り和からドリンクを貰う
「ありがと。」
「かっこよかったね。」
まだ前半なのになんで過去形なの?と聞き返そうとすると
「交代だ、○○。」
監督から声をかけられる。
「俺ですか?」
「あぁ、明日に向けて休んでくれ。」
「分かりました。」
俺の出番は終わりみたい。
たしかに俺が居なくてもどうにかなりそうだし、任せるとしよう。
後半のミーティングを抜け出して、和とメディカルチェックを行う。
心拍数チェックなどのために上裸になる時、最初は和は顔を真っ赤にしていたのに今はスンとしている。
そんな懐かしい思い出を振り返りながらチェックを受けていく。
「どう?」
「大丈夫、問題ないよ。」
和のその一声がいつも俺に安心をもたらしている。
ふぅ....と少し息を吐いて制汗シートで体を吹きながら和に疑問をぶつけてみた。
「試合の方に行かなくていいの?」
と聞くと、
「私の主戦場は○○のいるところだから。」
と言った。
その瞳の奥からは固い決意を感じた。
ここまで自分を助けてくれる人がいるのだからなおさら明後日は負ける訳には行かない。
もちろんチームメイトを信じているから今日は負けないという自信がある。
ロッカールームに備えられたプロジェクターで試合を見ていると味方が追加点を決めた。
「やったね!」
「うん、みんなならやってくれるよ。」
同級生達が頑張ってくれている。
自分の情けなさも少し感じる。
どうして俺の心臓はこうなのか、と考えてしまう。
気持ちが少し沈んでいると和が抱きついてきた。
愛を伝え合うようなハグではなく、相手を安心させるような包み込むハグ。
「なぎ...?」
おそるおそる和を呼んでみると
「大丈夫、大丈夫だから。」
と背中をトントンと優しく叩いてきた。
そんなに顔に出ていたのかと反省していると
「ていっ!」
と和に百会のツボを押される。
「やり返し~」
和にはメンタル面でも助けてくれて感謝しかないな。
和とリラックスしてロッカールームで待っていると試合が終了した。
2-0でうちの勝ちだ。
ロッカールームの入口でみんなを待ち構える。
「あ、○○!大丈夫か!」
「見たかおれのシュート!」
などの声が聞こえる中一人一人に丁寧に
「ナイスプレー。」
と言って労いのハイタッチをした。
心からこのチームで戦えてよかったと思うし、だからこそこのチームで優勝したい。
そう思える。
ミーティングはまとめて明日やるとのことなのでバスに乗って学校まで帰る。
ロッカールームを出てからバスまでの道で冷たい風が吹く。
「さっむ.......。」
日が当たる所では太陽の温かさも感じることが出来る。
「和、決勝の日の天気わかる?」
突然疑問を投げかけてしまうのは申し訳ない、と言った後に思ったが和は即座に
「晴れだよ。」
と言ってくれた。
「○○が天気を気にするなんて、雨でも降りそうだね。」
いたずらっ子のような顔で和が言う。
そんなたわいもない話をしながらバスに乗り込む。
安心からか疲れからかすぐに眠ってしまい、気がついた時にはもう学校についてしまっていた。
「ん.........」
「起きて、○○。」
「寝てた.....。」
「うん、おはよう。」
バスを降りなければ、そう思って立ち上がろうとすると
「おっと......。」
立ちくらみからよろけてしまう。
横にいる和が支えてくれなければ倒れていたかもしれない。
「大丈夫?」
和はそう聞いたが
「寝ぼけているだけだよ。」
と言い、帰路へと2人で一緒に歩いていった。
「今日、国立でプレーしたわけだけど、どうだった?」
和にそう聞かれた。
「いつも通りだったよ、歓声以外は。」
と言うと、
「夢の舞台だって言ってたのにドライだね?」
そう言われるとたしかにそうなのかも。
でも、こうして夢として掲げていた国立よりも3人で帰った通学路とかいわゆる思い出の場所の方が大事になってきている気がする。
あんなに夢見ていた舞台だったけどいざ立ってみると普通のピッチというかなんというか。
叶ってしまったらなんとも言い難い、そんな気持ちになった。
「別に、明日も試合するんだから。」
考えてたことをバレないように言葉を返すと
「それもそうだね、勝ってくれるんでしょ?」
いじわるな笑顔で。
さも当然かのように聞いてくるんだからタチが悪い。
「もちろん、目を離さないでね。」
俺がこう言うと和はなんとも言い難い表情で
「うん。」
と言った。
しかし、その後からはいつもの空気感に戻り談笑しながら帰路を歩いた。
分かれ道にたどり着いた。
いつもチューリップが見えるところ。
「明日、寝坊しないでよ?」
「しないよ、和こそ寝坊しないでね?」
「しないから!じゃあね!」
「うん、じゃあね。」
いつもの帰り道だけど、アルノはいない。
あの日からまぶたの裏にこびりついて離れない。
なんで?という疑問を抱えつつも帰宅した。
「ただいま」
「おかえり、ご飯出来てるからね。」
手を洗ってコートを脱いでから、2階の自室に戻って着替える。
部屋着はアルノから貰ったやつ。
ニシアフリカトカゲモドキのイラストが書かれているやつ。
これをなんでチョイスしたのかは分からない。
他にも部屋着はあったのに。
「ご飯、今食べない?」
と下から催促する声が聞こえたので
「今行く...!」
と返し階段を降りた。
いい匂いがすると思って腹の虫を抑えながら下に行くと俺を待ち受けていたのはカレーだった。
「パパもママももう食べたからね、明日は定期検診の日だから忘れないように!」
「うん、分かってる。」
「いただきます。」
そう言いながらサラダを先に食べる。
カレーが横にあるからか、サラダは一瞬で食べ終わりカレーを頬張る。
「うまっ...!」
はじめは綺麗に食べていたが少しするとご飯とカレールーを混ぜて食べた。
カレーを食べ終わり、風呂にも入った。
歯も磨いた。
あとは寝るだけ、となったタイミングでコンコンと隣の家から俺の部屋の窓にノックがあった。
「入ってもいい?」
「いいよ。」
アルノが窓から窓へ、移動してくる。
どんくさいアルノでも慣れればそこまでの怖さは無い。
「今日、かっこよかったね...!」
目をキラキラと輝かせて言うもんだから少し照れてしまう。
「あ、ありがと...。」
恥ずかしいので次の話題を提供しなければ。
「明後日は来れるの?」
「もちろん!決勝だもん...!」
これ、プレーしてる本人よりテンション高くないか?と思うくらい喜んでくれてるみたい。
アルノに喜んでもらえて嬉しいよ。
なんて口に出来たらな。
「あ、そうだ。」
「うん?」
「これを渡しに来たの...!」
アルノが取りだしたのはフェルトでつくられたトカゲ。
「これは...?」
「お守り、トカゲは幸運を呼ぶんだよ!」
「やっぱり、アルノは変わってる」
と笑いながら言うと
「頑張ったんだから○○も頑張ってね?」
と、ちょっぴり圧をかけて言ってくる。
「もちろん、アルノこそ目離さないでね。」
「もちろん!」
この時間が、空間が心地いい。
幼なじみ特有のあたたかい空気感。
気づいたら夢の中へと誘われていて、そこから起きるまで記憶は無かった。
「おはよ。」
「んぅ...あるの...?」
「昨日はすぐ寝ちゃうんだから。」
未だに状況が理解出来ていない。
同じ部屋にいた事は覚えている。
ただ横を見るとアルノが同じ布団を被っていた。
アルノの方を見るとキラキラした笑顔でこちらを見てくる。
脳が一気に覚醒し心臓がドクンと跳ねる。
「一緒に寝るのなんていつぶりだろうね...。」
アルノも少し恥ずかしそうにするもんだからこっちはもっと恥ずかしい。
そんな空気感の中、アルノが口を開いた。
「明日も来ていい?」
俺の短い人生を使ってしまうことを考えてか、少し申し訳なさそうなそんな感じ。
アルノに使うことは惜しまないのに。
「もちろん、毎日来てもいいのに。」
「..........」
俺が何気なく言った言葉にアルノは何も言わずに固まってしまった。
なんか間違えたか...?
と考えているとアルノが布団を急に被った。
「顔赤いから...その...出来れば見ないでくれると助かります...」
俺はアルノを少しいじりたくなって
「へぇ...顔赤いんだ?」
と言って布団を剥ぎ取る。
中からはほんとに顔の赤いアルノが飛び出してきた。
それに驚いたアルノは変な鳴き声を出しながらうずくまってしまった。
なんだかどの行動も可愛く見えて、これが恋なんだなって。
恋、してるなって。
改めて実感した所で下から
「ご飯出来てるよー。」
という声が聞こえた。
2人だけの世界に誰かが入ってくるとなんとも言い難い空気感になる。
「わ、私も朝ごはん食べてくる...!」
と言ってアルノも自分の部屋へ帰った。
階段を下り、朝ごはんを食べる。
朝からミーティングがあるので準備しなくては。
急いで朝ごはんを食べ、歯を磨き、髪を整える。
「行ってきます!」
「検診は?」
「終わったらそのまま行く!」
ドアを閉め、はや歩きで向かう。
いつもの分かれ道のところで和が既に待っていた。
「寝坊しないんじゃなかったの?」
笑顔なのがちょっとムカつく。
「うるさい、早く行くよ。」
「はーいっ。」
和は本当は朝苦手なくせに、人に隙を見せない。
だからこそ和に隙を見せてもらえるようになった時は凄い嬉しかったな。
「あ、○○寝癖ついてるよ。」
「どこ?」
「もう、こっち来て。」
そう言うと櫛を取り出してヘアミストをつけながら直す。
歩きながらなのに器用だなと思ったけど和なら別に驚かない。
「はい、直ったよ。」
「ありがと、なぎ。」
「これで私と同じ匂いだね~」
え
頭がパニックになっていると
「同じのつけてるんだから、仕方ないでしょ?」
と言われた。
たしかにそうだ、たしかにそうだけど。
そんな言い方されるもんだからちょっとむず痒いというかなんというか。
その事に気を取られていたら学校に着いてしまった。
ミーティングってどこでやるっけ?と聞くと
「着いてきて。」と言われてしまった。
本当にいつも頼ってしまって申し訳ない。
扉を開けるともう既にみんなが待っていた。
「来た来た。」
もう和と一緒に来てることすらいじられなくなった。
事情を理解してくれているんだろう。
「よし、じゃあミーティングはじめるぞ。」
という監督の一言とともに一気に集中する。
それなりに集中していたせいなのか気がつくとミーティングは終わっていて、和に声をかけられるまで気がつくことが出来なかった。
「○○...?」
「ごめん、ぼーっとしてた。」
まるで時間が飛んだような、さっきまでのことは覚えているのに。
前の授業の時みたいに。
明日は決勝だし、そんなことを気にしている余裕も無かった。
「これから病院?」
「うん。」
「そっか、着いていくよ。」
「ありがと。」
2人で病院までの道を歩く。
「あんな所に変な花あったっけ、しかも蕾だし。」
「さぁ?」
そんなことを言っている間に病院についた。
慣れた手つきで受付を済ませ、検査の方へ向かう。
「一旦戻ってくるから、待ってて。」
と和に言い残し、検査に入る。
採血やらエコーやらレントゲン、CTなどこれも慣れたものだ。
「ただいま。」
「これから診察だよね。」
「うん。」
さっきの花の蕾を見た時から...いや、実はもっと前から嫌な予感がしていた。
嫌な予感を抱えたまま診察室へ行く。
不安そうな雰囲気を和にも感じ取られないように
「行こ?」
と笑顔で言った。
扉を開けたらただならぬ空気感だと言うのが分かった。
「どうでした...?」
と聞くと
「君の心臓が動いているのは奇跡だ。」
と言われた。
今いきなり心不全になるかもしれない状態で明日を迎えられるかどうかも分からないらしい。
身構えていた。
身構えていたはずなのに。
心に刃物を刺されたように。
希望が砕け散る音がした。
和の方を見ると顔がぐしゃぐしゃになっている。
俺もひどい顔をしているだろう。
「君はどうしたい、このまま病院にいるか、サッカープレーヤーとして最後を迎えるのか。」
「君は長くここにいるからね、私たちは君の意見を尊重しようと思う。」
「ありがとうございます...」
俺が選んだのは
後者だった。
親には病院側から連絡してくれているらしい。
帰ったらなんて言われるかな。
「○○...」
「まだ泣いてるの?」
「そういう○○だって...」
いつも死と隣り合わせだったのに、いざ死にますと言われるとここまで来るものなのか。
「なぎ。」
和はまだ泣いている。
俺は人目もはばからず抱きしめた。
「私は○○と優勝したかったし...これからも一緒にいたかった...」
「ごめんな。」
「○○...」
「くっついたまんまでもいいから、とりあえず歩こう。」
「うん...」
「明日、絶対に行くから。」
「明日までは...和と優勝するまでは死なないよ。」
そう言って和の頭を撫でてやった。
それでも泣き止んでくれない。
「なぎっ」
「なに...?」
「ひゃくえ!」
そう言ってひゃくえのツボをグリっと押してやった。
「もう...こんな時にリラックス出来るわけないでしょ?」
ふふっと少しだけど笑ってくれた。
気がつけば分かれ道で、日も沈みはじめていた。
「明日、絶対にここで会おう。」
「約束だよ...?」
「うん、指切りしよっか。」
「指切りげんまん嘘ついたら...○○の部屋、アルノと散策するからね。」
「わかったよ...。」
ちょっとだけ嫌なことを言われたけど、こういう優しさも和のいい所だと思う。
「あ、最後に。」
「なに?」
「アルノには言わないで欲しい。」
「......わかった。それが○○の判断なんだね。」
「うん。」
「じゃあ、また明日ね!」
「うん、また明日。」
和が見えなくなるまで手を振って、その後家に帰る。
一人で歩くこの道も、いよいよ片手で数えられるくらいしか歩けないんだと思うと悲しい。
やっぱりだめだ。
一人になるとだめだ。
目の前がぼやけて、まだ現実を受け入れられていない自分が出てきてしまう。
やっとの思いで視界をクリアにし、家の扉を開ける。
「ただいま。」
「おかえり...!」
俺の家のキッチンでエプロンを付けて料理をしているのはアルノだった。
「母さん達は?」
「私の家にいて○○を集中させてあげようってさ。」
あぁ...気を使ってくれたんだなって。
感謝してもしきれない。
「そんなことより、アルノ料理できるの?」
今はこの時間を楽しむだけだ。
「失礼な、私の得意料理を作って上げてるんだからね?」
アルノの得意料理、はじめて聞いた。
「なんだろう、カップ麺とか?」
「黙って待っててくださーい。」
待つこと数分、アルノの「できたよ~」という声と共に料理が運ばれてきた。
「じゃん、親子丼...!」
かなり美味しそう。というかアルノのドヤ顔がちょっと面白い。
「ぷっ」と吹き出してしまうとアルノが
「まぁ、食べて見ればわかるよ。」
とまだドヤ顔を続けるので「いただきます。」
と言って食べてみることに。
「んまっ...!」
「どうだ!見たか~」
アルノも自慢げで嬉しそうだった。
「食べさせてあげようか?」
とノリノリだからか聞いてきた。
からかっているつもりなんだろう。
でも、それすらも愛おしく、嬉しく感じる。
「じゃあ、お願いしようかな。」
「え...まじ...?」
「うん、まじ。」
もうちょっと煽ってみようか。
「恥ずかしいの?」
「で、出来るし!」
こうやっていじっぱりなのも可愛い。
「あ、あーん...」
「あーむっ...うん、美味しいよ。」
真っ直ぐアルノの目を見て、伝えた。
「あ、ありがと...」
照れてる。
そんなアルノに食べさせてもらって、全部食べきった。
「お風呂入る?」
と言われたのでアルノは?と聞くと
「私はもう入ったよ。」
と言われた。
風呂に入っても考えるのはアルノのことばかり。
死ぬかもしれないこと。
明日決勝があること。
そんなことよりもアルノのことを考えている。
「出たよ。」
「ドライヤーやってあげる、おいで?」
「ありがと。」
ブオーンと大きい音を出しながらドライヤーを使ってアルノが髪を乾かしてくれた。
人に頭を触られるのってなんだか気持ちよくて、ゾワッとする。
「はい、終わったよ。」
心地よい時間はあっという間でお互いに何も無い時間が出来てしまった。
「○○、はやめに寝る?」
明日試合だから、気を使ってくれているんだろう。
それでもアルノとの時間を無駄にしたくなかった。
「ううん、アルノと話したい。」
「うぅ...じゃあ○○の部屋行こ。」
ちょっと恥ずかしがっているのか、すぐに移動して行ったアルノを追いかけて俺も二階の自室へと向かった。
俺の部屋につくとアルノは我が物顔でベッドに座った。
「ほら、隣座ってよ。」
アルノに手招きされて広いベッドの真ん中に座った。
「昨日ぶりだね。」
アルノはそう言うけど、俺は昨日のことよりも今を目に焼きつけることに必死だったので
「一緒に寝るなんて久しぶりだったよね。」
と言った。
「○○の腕の中、結構落ち着くんだ。」
ちょっと恥ずかしそうに、嬉しそうに言うアルノが可愛くて思わず抱きしめた。
「アルノ...」
「○○…」
長年の幼なじみの雰囲気と初々しい雰囲気。
その二つが混ざっている。
「○○。」
「なに?」
「私ね、○○のこと…」
何を言われるかはなんとなく雰囲気とアルノの表情で想像できた。
でも、それを言われてしまったら余計にアルノを傷つけることになる。
そう思った俺は咄嗟にアルノの唇を奪った。
「んっ...」
「ん...」
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「○○...?」
アルノが紅潮した顔で○○を見つめる。
そんな顔をされたら男子高校生にはどうすることも出来ない。
ましてや、明日死ぬかもしれない○○に選択の余地は無かった。
「○○...」
「アルノ...」
お互いがお互いを求めて、愛し合う。
二人の間に心の距離は無くても、「好き」とはどちらも言わなかった。
そしてその夜、俺たちは泥のように眠った。
朝、アラームの音で目が覚めるとアルノは目を覚ましているものの、○○にくっついていた。
「おはよ...。」
なんだか照れくさいような挨拶。
「おはよ。」
俺もそんな感じだった。
とはいえ、あまりゆっくりもしていられない。
アルノが下に降りた後に着替えて、準備をした。
準備が終わり次第下に降りると、テーブルには試合前のいつものメニューが置かれていた。
「はい、召し上がれ。」
おそらく、人生最後の食事。
それがアルノの手作り。
母さんも粋なことをしてくれる。
一口一口、一瞬一瞬を噛み締めながら橋を進める。
「どう?」
「美味しいよ、世界で一番。」
「そ、そう...」
アルノは照れていたけど、俺は恥ずかしさもなくなっていた。
全てがこれで最後。
そう思う度に出発の時間が来るのを拒んでしまう。
一生この時間が続けばいいのに。
その一生が短いくせに、そんなことを考えてしまう。
「ごちそうさまでした。」
「お粗末さまでした。」
「そろそろ行く?」
アルノにそう聞かれると
「あと10分で行くよ。」
と俺は返した。
あと10分。
あと10分しかない。
そう思うと気づいたらアルノを呼んでいた。
「アルノ...!」
「なに?」
アルノの返答の後、すぐにアルノを抱きしめた。
「なんだよ...甘えんぼかい?」
「怖い...」
意識せずとも口に出てしまった言葉。
それでもアルノは
「そっか、よしよし。」
と頭を撫でてくれた。
深くは聞いてこない。
これもアルノの良さだ。
俺もアルノとの最後のハグを精一杯噛み締めた。
アルノを抱きしめていたがとうとう出発の時間が来てしまった。
名残惜しいけど、最後のハグの時間も終わりを告げた。
温もりがなくなる瞬間、ふと涙が出そうになる。
でも、アルノの前では極力弱さは見せないように振舞った。
「じゃあ、行ってくるね。」
その言葉とともに俺はアルノを目に焼きつける。
「うん、頑張ってね。」
「優勝して帰ってくること、いい?」
「うん。」
そんな会話をして、玄関まで見送ってもらう。
そして最後にもう一度だけ唇を奪った。
一秒にも満たない一瞬だったけど、二人の間には永遠に感じるようなひと時だった。
「じゃあね。」
「うん、じゃあね。」
俺は見えなくなるまでアルノに手を振ったし、アルノも見えなくなるまで手を振ってくれた。
この道を歩くのも、本当に最後。
今考えると、やりすぎちゃったな。なんて思ったり。
でも、どうせ最後なんだから許してほしい。
頭をアルノに支配されていると、いつもの分かれ道で和と会う。
「良かった...」
「言ったでしょ、約束って。」
「うん、じゃあ行こっか。」
「うん。」
和にも高校に入ってからは結構支えられたな、なんて思っていると
「優勝、できるかな。」
なんて和からの一言。
「信じて、俺を。」
真っ直ぐ和の目を捉える。
「うん...」
和は耐えられなくなったのか違うところに視線を移してしまう。
「じゃあ、約束しようよ。」
「約束...?」
「うん、絶対優勝してくるから。」
「出来なかったら...?」
「うーん...私のお願い、一つ聞いてね。」
「なんでも?」
「うん、何でも...。」
「まぁ、優勝するから関係ないけどね。」
ちょっとバカにしたような表情を和に見せると、なんだか悲しげな表情を見せた。
その後も談笑をし、学校にたどり着いた。
まだ、俺の心臓は機能している。
止まるな。
動け。
そう願ってバスに乗り込む。
バスが出発しても、景色を見ることは無かった。
ずっとまぶたの裏に焼き付いているアルノを思い浮かべていた。
ずっとだ。
そうしているうちに、バスは国立へ到着した。
監督の指示通り、着替えてウォーミングアップの時間まで待つ。
ロッカールームでは昨日のスカウティングの確認がされていた。
でも、俺はずっとアルノから貰ったお守りを見ていた。
耳には一切作戦は入ってこなかった。
アップがはじまった。
幸運な事に、まだ心臓は動いている。
鼓動もまだはやい。
パスにシュート、いい精度で出来ている。
病院で言われたことは嘘だったのか、と言われても不思議じゃないレベルだった。
でも、試合前にメンバーチェックをしている時なんとなく感じた。
なんとなく、なんとなくだけど。
最後の試合の予感がした。
いや、してしまった。
急に泣きそうになる気持ちを抑えて、ピッチに入る。
円陣もあまりしっかり出来ていない。
そして、試合開始のホイッスルは吹かれた。
ピーー!!という音と共に俺のスイッチが入った。
マイボールからのスタートだったので俺にボールは回ってきた。
俺は最後の試合という予感からみんなとボールを回しはじめた。
パスをするごとに、そいつとの思い出をなぞる。
センターバックのこいつとは、バー当て対決したな。とか
インサイドハーフのこいつとは結構息合うんだよな。みたいな
試合中だと言うのは分かっているけど。
なんとなく、みんなも俺との思い出をなぞっている気がして。
必死でパスを回したし、必死でボールを奪った。
どこかでアルノも見ているんだから、恥ずかしいところは見せられない。
どうせなら死んだ後も語り継がれて欲しい。
そんな気持ちで最後のサッカーを楽しんでいた。
前半終了間際、ベンチ側のサイドで相手がボールを持った。
俺は相手が蹴り出してスペースにドリブルして行くボールを外へ蹴り出した。
いや、正確に言えばパスをした。
ボールはたしかにタッチラインを割った。
しかしボールは和のところへ届いた。
「○○...」
今までの感謝をこめたつもりだが、これでも足りないくらい感謝している。
そして前半終了の笛が吹かれた。
心臓はまだ、動いている。
0-0の状態が続いているが、決して状況が悪いわけは無い。
ピッチからロッカールームに戻ろうとすると和が涙目でこちらを見ていた。
何も言ってくるわけではない。
ただじっと涙を堪えてこちらを見ていた。
ハーフタイムもミーティングをする。
改善点を伝えられ、それを取り組む。
俺はトイレだと嘘をついて、アルノに連絡していた。
「どの辺にいる?」
と聞くと、すぐに既読が付き
「こっちの応援席の前から7列目だよ。」
「わかった、ありがと。」
あまり長居してもミーティングに参加できないので戻る。
ロッカールームに戻ると和が
「アルノでしょ?」
と聞いてくる。
「なんで分かったの?」と聞くと
「女の勘。」らしい。
ミーティングをして、後半までの間もアルノを探すために誰よりもはやくピッチに戻った。
ピッチでアップしているメンバーに声を掛けるフリをして、応援席を見渡す。
たぶん、ベンチに入れなかったチームメイトの後ろあたりなんだろう。
そうやってアルノを探していると一瞬、違和感を感じる。
自分のリズムが狂うような、そんな感じ。
これは試合終了まで持つかわかんなくなってきたな。
ふぅと息を吐いて、目を閉じる。
瞼の裏に焼き付いたアルノのことを考えていた。
次に目を開けた時、俺は応援席のアルノを見ていた。
あれだけ見つけられなかったはずなのに。
これも最後だからなのか。
ゾロゾロとチームメイトと相手がピッチに戻ってくる。
最後まで集中しよう。
と声をかけているけど俺も最期まで集中しようと思う。
もう一度円陣を組み、声をかける。
チームメイトにも、チームにも助けられたな。
なんて思ったりしているうちに、輪は解かれスタートのポジションに着いていた。
主審がホイッスルを吹く直前、アルノの方を見た。
遠いけれど近いような、不思議な感じ。
物理的な距離はあるけど、心の距離は無い。
遠いけれどアルノと目があった。
目が合った瞬間、これまでのアルノとの思い出を振り返った。
やばい、泣きそう。
一瞬が永遠のように感じた。
ピーー!!という主審のホイッスルの音が無ければ死ぬまでこのままだっただろう。
後半もかなりタフな戦いだ。
前半と同様、お互いに決定機という決定機を作り出せずゴールまでが遠い。
俺もパスを供給したり、相手を潰したりしているけどいかんせん試合は動かなかった。
気のせいか、心臓の鼓動も少しずつ、緩やかに弱まってきている。
まだ気のせいだと思いたいのは、俺に生への執着があるからだろうな。
そんな中、勝負が動いたのは後半17分だった。
比較的、高い位置でボールを貰った俺は何かに導かれるようにしてドリブルを開始した。
味方も相手も少し虚をつかれたような反応で対応が後手に回っている。
一人を重心の逆をつき躱すと二人目をシザースで躱す。
ペナルティエリアに侵入し、ゴールから20°くらい。
普段ならここで走り出しているフリーのフォワードを使うし、味方も来ると思っているだろう。
でも俺はシュートを選んだ。
くるぶしの真ん中でボールを押し出すように放つ。
いつもとは違う蹴り方で打ち出されたボールは回転せず、綺麗な無回転でゴールへと迫っていく。
無回転と言えば不規則な軌道のイメージを持つかもしれないが、本当に芯を捉えた無回転は横には動かない。
ボールは相手のキーパーが枠外だと思うクロスバーの少し上まで上昇し、そこから急激に落ちゴールネットを揺らす。
かなりのボールスピードだったため、一瞬会場は静まり返った。
そしてワンクッション置いてから割れんばかりの歓声が挙げられた。
思わず俺は自分たちの応援席の方へ駆け出していた。
「すっご!」
「プスカシュ賞レベルだろ!」
「しゃぁ!」
チームメイトが走り込んでくる。
他のチームのように俺に覆いかぶさったり出来ないのでハイタッチ。
そのやり方に温かさを感じる。
自陣のピッチに戻る前に、アルノの方を確認した。
親指を立ててグッドポーズをしている。
それにそぐわないように涙目にもなっている。
アルノが泣きそうだと俺もちょっと来るものがある。
俺の中でアルノの存在が大きくなればなるほど、死を実感させてくるんだから。
残酷な話だよ。
本当に。
そこからのプレー中は緩やかに鼓動が弱まるような
命をゆっくり燃やしていくような感覚。
後半43分、相手の選手が右サイドでボールを持った。
味方がが一人躱されカットインし、左足でシュートを放つ。
そのボールはセンターバックの選手に当たり、ふわっとペナルティエリアのギリギリ外の相手選手の元へ。
俺はすかさずプレスをかけた。
相手選手はダイレクトでシュートを打とうとしていたので俺は手を後ろに組み、ブロックしようとした。
相手選手は俺のブロックがあっても少し遅れたのでシュートを打てるコースはあったのに俺の顔を確認するとパスを選択した。
結果的にパスを受けた相手選手がシュートを放ち、キーパーが弾いてコーナーキックになった。
相手選手の顔を見る限り、俺の心臓を避けたのだろう。
だが、それをされるのを俺は許せなかった。
「なぁ、今シュート打てたんじゃないのか?」
相手に試合中に話しかけることなんかないけど今だけは別。
「……」
相手は黙り込んでしまっていた。
とても優しくて、良い奴なんだろう。
「気、使わなくていいよ。」
「ユニフォームを着てピッチでプレーしてる時点で、いつ死んでもいい覚悟は出来てるから。」
実際、この試合中も死ぬかもしれないし。
段々鼓動は弱くなってるし。
その言葉を受けた相手選手は申し訳なさそうに
「すまん...失礼な行為だったな...」
と詫びてきたので俺は
「いいよ、最後までしっかり戦おう。」
と言い、握手を交わした。
相手のコーナーキックを味方がクリアした所でアディショナルタイムが発表された。
電光掲示板には5分の文字。
「はぁ...はぁ...」
呼吸も不自然に荒くなり、意識も少し朦朧としてきた。
明確に死を感じる。
それでも、最後まで倒れる訳にはいかなかった。
後半49分からもう50分にさしかかろうかという時間。
もはや気力だけでフィールドに立っていた俺は
明らかにおかしかった。
緩やかに燃やしていた命ももう燃料を切らしはじめていたし、
いつ意識が無くなっても
心臓が止まってもおかしくなかった。
朦朧とした意識でまわりを見るとベンチでは交代の準備が進められていた。
もう、ラストワンプレーかといったところで
相手選手と俺、なんとも言えない位置にボールがこぼれてくる。
浮腫んだ足を正真正銘最期の力を振り絞って動かし、ギリギリのところでボールをクリアする。
ボールを応援席側に蹴り出した...いや、パスをしたところで主審の笛が吹かれた。
相手との接触で倒れ込んだ俺はそのままホイッスルの音を聞いた。
俺の心臓はそれに安心したように止まった。
脳からは快楽物質が溢れ、緩やかに人生を振り返る。
思い出されるのは色んな表情のアルノ。
![](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/130669970/picture_pc_c4a5d14432a62996717f1c5a47b9d46c.png?width=1200)
俺の先の短い人生を彩ってくれた笑顔。
悔いはない、なんて思っていたけれどアルノのことを考えるたびに
死にたくない。
そう思ってしまう。
一番の心残りは
アルノに直接好きと言えなかったこと。
あぁ...もう何も考えられなくなってきた。
視界もぼやけている。
次、もし出会えたなら...その時は...アルノに好きって伝えたいな。
そして1月8日、18歳で俺の人生は幕を閉じた。
フィールドには冷たい風が吹き込んでいた。
今朝彼を家で送り出した時からいや、その前の日くらいから。
私は○○に少しの違和感を感じていた。
だからこそ何も言わなかった。
試合に出ていても前半はそんな素振りなかったし、
心配無いのかなとも思っていたけど
後半、少しずつ○○の動きがおかしくなった。
心配して見ていたけど、止めることは出来なかった。
なんだろう、なんとなくだけど。
目に焼き付けないといけないと思った。
泣きそうになりながらも○○から目を離さなかった。
点を決めた時も、辛そうな時も、どんな時でも。
試合終了直前、○○が外に蹴り出したボールは一直線に私に向かって飛んできた。
少しだけ強さのあるボール。
運動神経が壊滅的な私には取るのは難しいだろう。
でも、これだけは取らないといけないと私の本能が言っていた気がした。
ボールを取る。
そして、○○との思い出が頭の中を駆け巡った。
死ぬと分かっていたのに、私に多くの時間を使ってくれたこと。
それがなにより嬉しくて。
○○が優勝した瞬間だと言うのに、私の脳内は○○との思い出で埋まっていて他のことを受け付けなかった。
ホイッスルが鳴り終わった後、急に現実に引き戻された。
○○との思い出がプツンと切れる感じ。
先程からの嫌な予感。
でも、目を離さないと約束した。
○○の方を見る。
試合終了の笛が吹かれたというのに、○○が起き上がらない。
その瞬間。
あまりのショックなのか。
自分の心に穴が空いたような感覚になったからなのか。
私は気を失った。
「あれ……ここは……?」
気がつくと私は誰もいない国立のピッチにいた。
辺りを見渡して見ても誰もいない。
「だーれだ。」
辺りには誰もいないはずだったのにその声とともに視界を塞がれる。
普通なら怖いことなのに、そんな感情には一切ならなかった。
それどころか、聞いたことのある優しい声。
涙が止まらなくなった。
顔もぐちゃぐちゃだろう。
それでも声を出さずにはいられなかった。
「○○...!」
「アルノ、顔ひどいよ。」
なんておどけて言う君。
「だって...」
「アルノ。」
真っ直ぐ見つめてくる○○。
この時、わかった。
○○は死んだんだって。
誰かに言われた訳でもないけど、○○を見ててそう思う。
だったら最後の時間を過ごす相手に私を選んでくれたこと。
それを無駄にはできないと思った。
そこから○○と色んな話をした。
核心には触れない。
思い出話。
話していくうちに止まらなくなった。
そうすると○○が
「アルノ...そろそろ...」
聞こえないふりでもしていたかった。
そのくらい大切な時間が終わってしまう。
それでも、笑顔で見送ってあげたかった。
「○○...またね。」
溢れそうな涙を何とか抑え、笑顔で○○に言った。
「うん...またね。」
○○も私と同じような顔。
でも、二人とも笑顔で。
目が覚めると私は病院にいた。
「アルノ...起きた...?」
和がそばにいてくれたみたい。
「アルノ...○○は...」
和も言いにくそうにしてた。
「分かってる。」
もう知っていたのもあるし、口に出されるのが怖かった。
和の方を見ると目は腫れていてとても悲しそうな顔をしていた。
それでも、瞳の奥には希望を失っていない。
「アルノにね、相談があるの。」
こんな時、和の話を聞いてあげれるのは私しかいないからもちろんだ。
「なに?」
「○○の事なんだけど...まだ諦めたくない...。」
私は耳を疑った。
死んだ人間を生き返らせることなんてできるのか。
「えっと...七つの玉を集めるつもり...?」
「まさか、そんなふうに見える?」
「まぁ...手段を選ばなそう。」
「もう...」
和は普通に可愛いので女の私も羨ましいなってどんな表情でも思う。
「現代文の先生が言ってた、オオクニヌシの伝説覚えてる?」
詳しくは覚えていない。受験生にとって授業ほどどうでもいいものは無いから。
「それが何かあるの?」
「オオクニヌシの伝説はね、人が生き返る伝説なの。」
それを言われた瞬間、病院というのも忘れて大きい声を出してしまった。
「詳しく教えて...!!」
「ちょっ!病院だって!」
取り乱してしまった。
「ごめん...でも...!」
「まぁ、気持ちはわかるよ。」
「でも、先生はそれしか知らなかったみたいだからさ。」
「行こっか、出雲大社。」
いきなりの言葉に頭が追いつかない。
「えー!?」
「だから病院だって!」
要するに、和の話によるとオオクニヌシの伝説は人が蘇るものということしか先生は知らなかった。
だからオオクニヌシに聞きに行こう!ということらしい。
行動力が凄まじい、でも私ももちろん行く。
もう一度○○に会うために。
「そうと決まれば明日、行くよ!」
「飛行機は?」
「もう取った。」
和のこういう所は見習わないとな。
気を失っていただけの私はすぐに退院。
○○の遺体は
和と私のお願いで少しの間保存してもらうことになった。
よくこんな訳の分からないお願いを聞いてくれたと思う。
○○の両親のためにも、私たちは出雲大社へと向かった。
翌日...
私たちは飛行機で出雲縁結び空港へと行き
そこから直通のバスで出雲大社へと向かった。
はじめてきた出雲大社は圧倒されるような雰囲気だった。
しめ縄が特徴的だというのは知っていたけどなんか凄い。
太いしおいなりさんみたい。
そんなことを言ったら怒られてしまうかもしれないけど。
「本殿、あっちみたい。」
和が教えてくれた。
二人ともはじめて来たのに一直線に本殿を目指す。
あんまり観光客っぽくないまわり方。
観光なんかより、私たちには大切なことがあるから。
本殿にたどり着いた。
「いくら入れるのがいいんだろ...?」
和に言われてたしかに、と思った。
「5円とか...?」
二人で悩んでいると
5円でいいよ。
とどこかから声が聞こえた気がした。
5円を賽銭箱に投げ入れ、二礼二拍手一礼をする。
二礼
二拍手
一礼
神様、○○を生き返らせる方法をどうか教えてください。
この動作を行った後、目を開ける。
目を開けると私たちは真っ白な空間にいた。
「なにここ?!」
「わかんないって!」
二人で慌てていると後ろから
「やぁ。」
という声。
振り返ってみると私たちと同じくらいのとても綺麗な青年が立っていた。
「あの...誰ですか...?」
「私は大国主、君たちは私のことを心から呼んだから招待してみたんだ。」
「えぇ?!」
「神様...ダメ元だったのにいたんだ...」
「ふふっ」
オオクニヌシさんは私たちを見て笑った。
本題に入らなければ。
「あの、人を生き返らせることって出来るんですか?」
私は恐る恐る聞いてみた。
ただでさえ奇跡が起こっているのだが、ここを否定されてしまっては何も意味が無い。
少し身構える。
「できるよ。」
オオクニヌシさんがそう言った。
「ほんとですか...?!」
和と私は抱き合って喜んだ。
また○○に会える。
そう思うだけで心に温かい風が吹いた。
「でも、簡単な事じゃないよ。」
神様の言う、簡単じゃない。
かなり心に来るものがあるけど、可能性が0じゃないなら私たちはなんだってやる。
「生き返らせたいものの魂を49日以内に見つけて、ここに連れてくること。」
「そうすれば生き返らせてあげるよ。」
「じゃあ、頑張ってね。」
そう言うとすぐに私たちは本殿に戻された。
「魂ってどうやって探すんだろう...」
「たしかに...」
「それでも...」
方法がわかった以上私たちはいてもたってもいられなくなった。
そうと決まれば探すしか無い。
その日はすぐに帰って○○との思い出の地を回ることにした。
翌日の朝からは学校、○○の家、そして国立競技場へと行く。
その予定だった。
しかし次の日、私には理解できないようなことが起きた。
「和、はやく○○を探しに行こ...!」
と私は言った。
「○○...だれ...?」
嘘だ。
信じたくなかった。
でも、和はこんな所でふざけるような子じゃない。
「な、なんでもない...。」
とりあえずネットで○○の事を検索してみる。
優勝したんだから出てこないなんてありえないし。
「朽木...○○...っと。」
私は検索ボタンを押した。
「......」
しかし出てきたのは他の人ばかり。
○○の存在自体が消えてしまっている。
信じたくはなかった。
○○が消えてしまうなんて。
なにより和が忘れてしまっていることが私は辛かった。
それでも諦める訳には行かない。
二月二十六日までに○○を私一人で見つける。
その事しか頭になかった。
国立競技場、学校、○○の家、病院など多くの○○と縁がある場所を探した。
そもそも見えないものを探すなんて無理な話だけど行動するしか無かった。
「これでいいの?」
オオクニヌシが○○に尋ねる。
「いいんです、これで。」
「彼女は?」
「神様の力で忘れてくれないのならどうすることも出来ないでしょ。」
「それもそうだね。」
オオクニヌシは○○に笑いかける。
とても冷たい風が吹いた。
私はどこを探せばいいのかも分からずに日本全国を探し回っていた。
和に
「受験、大丈夫なの?」
と言われたけど
「うん、大丈夫...!」
和は私を気にかけてくれるけど、それどころではなかった。
それでも移動時間は勉強したしそれなりに時間もかけていた。
そして迎えた。
いや、迎えてしまった二月二十六日。
私は出雲大社にやってきていた。
精神はボロボロで○○に会いたい。という一心でここまでやってきたけど限界を迎えはじめていた。
ご飯もろくに食べられていなかったし、体調もあまり良くない。
そのせいか、あまりまわりを見れていなかったので通行人とぶつかってしまった。
「ごめんなさい...」
「おい、ちょっと待てよ。」
怖い人に絡まれてしまった。
私の味方はここには誰もいない。
「なぁ、お礼してくれよ。」
と言って、私の腕を掴む。
「離してください...!」
そう言っても聞いてくれる相手では無い。
映画とかをよく見ていただけに、悪い想像ばかり働いてしまう。
私、終わったな。
どうせ酷い事をされるなら、○○と同じ所へ私が言ってしまえばいいんじゃないか。
そんなことを考える。
「おい...着いてこい!」
男はそう言うと私を引きずって歩く。
やっぱり私は○○と一緒にこの世界を生きたい...
涙が出てきた。
助けて...○○...
すると突然、傍らの草むらから猫が飛び出して来て、私を掴んでいる男の腕に噛み付いた。
「いってぇ...この!」
男は猫に仕返しをしようとするが当たらない。
華麗に攻撃を躱し、引っ掻く。
どこかで見たような。
私はここで逃げることも考えたけど心がここから動くことを許さなかった。
足がすくんでいるとか、怖がっているとかそういうんじゃなくて。
この猫から目が離せなかった。
なんせ私の昔の思い出とそっくりなのだから。
冬なのに温かい風が吹いた。
すると男は猫を怖がったのか逃げていった。
「くそっ...!」
猫はほっとしたのか地面にぐでーっと倒れ込んだ。
私は猫を抱き上げた。
「にゃあ...」
あれ...
なんでだろう...
さっきとは違う涙が溢れてきた。
「にゃ...」
私は確信し、この猫を抱えて本殿へと走った。
「はぁ...はぁ...」
体力は無いけど、そんなこと関係ない。
私には○○に無理やり付き合わされた体幹トレーニングで鍛えられた筋肉がある。
やっとの思いで本殿にたどり着くとすぐさま財布から5円を取りだし、賽銭箱へと投げる。
二礼
二拍手
一礼
目を開けると、オオクニヌシさんが居た。
「久しぶりだね、アルノちゃん。」
急に名前で呼ばれたものだからびっくりした。
「お久しぶりです。」
「今日までが○○君の魂の審判の締切だけど、見つかった?」
「はい、ここにいますよ。」
私は自信満々に先程の猫を指さした。
「ただの猫だけど?」
「この猫に○○を感じました。」
「絶対にです。」
私は念を押してオオクニヌシさんに言った。
オオクニヌシさんは神様のくせに、いたずらっ子のように
「じゃあ、違かったら死ぬ?」
と言った。
私はそれに動じず
「はい、命でもなんでもあげますよ。」
と言った。
「はぁ...凄いね、人間の愛は。」
そういうと猫に憑依していた○○がスっと猫から幽体離脱し、アルノ達の前に現れた。
「○○...!」
私は○○に抱きつきに行った。
が、触れない。
「触れないよ、俺は魂だけの存在なんだから...。」
○○は少し泣きそうな顔で言った。
「じゃあ、約束通り○○君のこと、生き返らせてあげる。」
「ほんとですか...!」
「うん、記憶も元通りにするよ。」
そうだ、記憶だ。
「なんで○○の記憶を消したんですか?」
オオクニヌシさんに聞いた。
「それは...私じゃなくて○○君の口から聞いた方がいいんじゃないかな。」
私の頭の中には疑問がいっぱいだった。
「ていうか、なんで俺たちの名前知ってるんです?」
すると○○が話題を変えた。
たしかにそれも気になっていた。
「あぁ...もうバラしちゃってもいいかな。」
そういうとオオクニヌシさんは人間の姿へと変わった。
「え!?」
私たちは二人で声をあげて驚いた。
「ははっ」
それもそのはず、オオクニヌシさんは現代文の先生に姿を変えたのだから。
「なんで...?」
「私、人間好きだしなにより○○君、不憫だったからね。」
「元々、なにかしてあげたかったんだ。」
「雑談で仰ってたのも...そういう事だったんですね。」
「うん、私がそのまま生き返らせては他の神が納得しないからね。」
オオクニヌシさん、いい人だったんだ。
いや、いい神様だったんだ。
「じゃあそろそろ君たちを向こうの世界に返すよ。」
「えっ、俺の体は...?」
○○が少し焦って言うと、
「作り直しておくよ、今度は健康な体をね。」
そう言ってこの世界から元の世界に戻される。
その前に
「あ、待った。」
「記憶もいい感じにいじっておくからね。」
オオクニヌシさんがそう言うと本当にいつもの世界に戻された。
目を開けると、○○の部屋にいた。
横を見ると○○もいる。
私たちは二人で抱き合った。
「アルノ...ありがと...」
「ううん...」
私たちは泣いて、泣いて、もう部屋の中で雨が降っているんじゃないかってくらい泣いた。
少し落ち着いたところで私達はスマホを確認した。
日付を見ると3月8日。
オオクニヌシさん、飛ばしすぎだよ。
なんて思ったけど、どうやら私の受験も終わらせてくれていたらしい。
ありがとう、オオクニヌシさん。
聞くか迷ったけど、私は○○にある疑問を問いかけた。
「なんでみんなの記憶を消したの?」
「俺は、アルノと和に迷惑かけたくなかったんだ。」
「死んだ人間が生き返るかもわからない、そんなアバウトな事で高校三年生のあの時間を使って欲しくなかったし。」
「それに...その...」
○○が言い淀んだのを、私は逃がさなかった。
「なに?」
「このまま生き返ったら...アルノに依存しちゃう気がして...」
「アルノに振られたらやって行けないというか...なんというか...」
は?
私は呆れすぎたせいで思わず
「は...?!」
と大声を出してしまった。
「私が今更他の男のところに行くと思ってるの?」
私の気持ちは伝えようとしていたし、そんなことを言われたら少し怒ってしまう。
「言っとくけど...好きって伝えようしたら口塞いできたの○○なんだからね...!」
「それはアルノが俺に縛られないように...」
「そんな言い訳聞きたくない...!」
私はぷいっとそっぽを向いた。
これで○○から気持ちを伝えてくれなかったら本当に怒る。
私がそっぽを向いてわずか数秒、○○は私の顔をムギュっと持ち自分の方を向けと言わんばかりに目で訴えてきた。
「にゃにすんだ。」
上手く喋れない私。
それをバカにするように
「ふふっ。」
笑ってくる○○。
すると急に彼の瞳が私の目を捉えてきた。
「ねぇ...アルノ。」
「好きだよ。」
私は待ちに待ったその言葉を言われ、目頭を抑えようとした。
でも○○が私の顔を優しく潰しているので溢れてきてしまう。
言えなかった言葉。
言わせて貰えなかったその言葉。
そして、待ちに待った言葉。
今の私たちを止められるものはない。
「私もす...」
私も好き、そう言いかけた所で○○が唇を奪ってきた。
「もう...ずるいぞ...!」
「へへっ」
○○の笑顔。
裏表のないこの笑顔が見れるのも久しぶりだし、許してあげてもいいかな。
「俺、アルノの彼氏になれたんだよね...?」
子猫のような目で不安そうに聞いてきた。
ナチュラルあざといじゃん。かわい。とか思ったけど
「私はもう○○の彼女だけど。」
と返してやった。
色んなことがあったけど、とりあえず明日は卒業式らしいからコンディションは整えておきたい。
いっぱい写真を撮るのに浮腫んだりしたら嫌だから。
「○○、一緒に寝よ?」
○○は奥手だから、私から言ってあげないと。
「寝よっか、おいで?」
たまにこういうことやってくるんだからずるい。
「ずるい...!」
そう言って彼の事をポコっと殴ってみる。
「アルノなりの愛情表現?」
とか言ってくる。
心臓が健康になったからこうやってじゃれ合うのもはじめて。
十数年一緒にいるのにはじめてのことを経験出来るなんて。
ムカつくから、○○の腕の中に飛び込んだ。
「私のこと、離さないでね?」
「うん、ずっと一緒だよ。」
○○の心臓の音を聞きながら。○○の腕の中で私は寝た。
目が覚めても、まだ私は○○の腕の中にいた。
「ほんとに離さなかったんだ。」
これ以上抱きついていると好きが溢れて事故ってしまいそう。
「○○、起きて。」
「ん...おはよ...」
目を擦りながら頭を撫でてくる。
「ほら、私自分の部屋戻るからね?」
「待って。」
○○に引き止められ、振り返ると
「目つぶって。」
なんだろう、まさか...?
「ねぇ、せめて歯磨きだけでもさせてよ。」
私が言い終わる前に○○の用事は終わったみたい。
「まつ毛に埃ついてたよ、ほら。」
そう言って埃を見せてくる。
私は恥ずかしくなって逃げるように自分の部屋へ窓伝いに帰った。
朝ごはんを食べ、洗面所で支度を整える。
卒業式だし、○○の彼女になったし、ちょっぴりメイクを頑張った。
支度を終えて○○のことを玄関の前で待つ。
するとすぐに○○の家の扉が開いて、○○がやってきた。
「この道も思い出深いよね。」
○○が何となく言った言葉にノスタルジーを感じているといつもの分かれ道に着いた。
「おはよ、二人とも。」
和はもう待っていて、笑顔で私たちを迎えてくれた。
「聞いてよ、○○がね?」
朝のエピソードを和に話してやろうと思ったけど
「ちょっ!アルノ!」
○○は照れ屋さんだからやめてあげるか。
「イチャイチャしちゃって。」
和は可愛いのに彼氏が出来ないんだから、そんなこと言われてもだよ。
なんて口が裂けても言えないけど。
和にバレないように私たちはどちらかともなく手を繋いで学校への道を歩く。
卒業式。
私たち二人にはぽっかりと記憶がない期間があるからあっという間だった。
それでも長ったらしい話を聞き、それっぽい歌を歌う。
卒業証書をもらって、担任の話を聞いたあと私たちは現代文の先生を探した。
職員室で聞くと、体調不良できていないらしい。
今度挨拶に来ようか、と二人で話して和と合流する。
「写真撮ろうよ!」
和が言い出したのがなんか可愛くて、仕方ないな~と照れ隠しで言った。
「嬉しいくせに。」
○○に核心をつかれた。
「うるさい!はやく撮るよ!」
「嬉しかったの?」
「ほら、和までいじってきたじゃん...!」
二人して...
「○○、撮ってよ。」
「たしかに、デカいし。」
「じゃあ撮るよ、はいチーズ。」
後で見て思ったけどこの写真、青春すぎるんだよね。
いつ見ても思い出が...特にこのひと冬の思い出が蘇ってきて。
学校にいられる時間もそろそろ終わりを迎えてしまう。
帰り道はいつもよりゆっくり歩いた。
三人とも口に出すのは悲しくなるから出さなかったんだと思う。
いつもの分かれ道に着くまでに和が泣き出したりして、ちょっぴり大変だったけど
絶対にまた三人で会う。
そんな約束をして和とは別れた。
分かれ道から見える家のところには5本のバラが置いてあって、温かい風に吹かれていた。
「二人きりだね...。」
○○がそう言うから変に意識してしまう。
○○は高校を卒業したらサッカー選手に。
私は大学生に。
私たちの進路は全く違うけど、同じ方向を向いている気がする。
家に帰って夜ご飯を食べたあと、○○の部屋に遊びに行く。
これもいつもの流れ。
卒業祝い!とか言ってお寿司を食べすぎたせいでちょっと眠たい。
「○○は夜ご飯なんだった?」
「肉、美味しいやつ。」
お腹いっぱいのはずなのによだれが出そう。
「あ、そうだ。」
何かを思い出したかのように○○はこっちを見る。
「アルノ、そろそろ誕生日だよね。」
「うん、もう18歳になっちゃうよ。」
「ちょっと早いんだけどさ。」
「うん。」
なんだろう、祝ってくれるにしてははやいし。
「俺と結婚してくれる?」
そう言って○○はポケットから指輪を取り出した。
「......」
理解が追いつかない。
頭が情報を処理出来てない。
この間付き合ったばかりなのに。
「はやいと思うけど、これからも俺の隣はアルノがいいんだ。」
○○がそう言うから私の涙腺はあっという間に破壊された。
泣き止むまで優しく抱きしめてくれて
契約金を使って買ったのかなとか思うと可愛い。
「あの...返事は...」
「○○は私がいないとだめだから、おばあちゃんになっても一緒にいてあげる。」
そう言うと○○も泣き出してしまった。
それを見て笑うアルノ、その左手には指輪が嵌められていた。
指輪のダイヤモンドよら眩しい二人の未来には温かい風が吹き始めている。
fin............