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綺麗な年上の先輩とひとりの後輩。




くすんだオーロラの隙間から光が指し、夏の嫌な暑さと共に瞼を開く。


時刻は起きる予定よりも30分ほど過ぎていて、脳の覚醒と共に焦りが心を揺らした。




「やばっ...!」



昨日から準備していた制服に袖を通し、洗面所で最低限の身なりを整える。



「行ってきます。」


仏壇の鈴を2回鳴らし、両親への挨拶を済ませると学校への道を駆けた。









空は万遍の笑みを浮かべていて、雲ひとつない晴れた表情。



暑ささえなければ清々しい気持ちで通学路を跳ねているが初夏の暑さは勉強のように逃げられない。



学校が見えて来て、スマホを確認すると時刻は8時20分。



勝利を確信してほっとしていると、後ろから何か頭の悪そうな声が晴れた空にこだまする。



「やばーい!!今日遅刻したら遅刻指導なんだけど!!」



その人は耳にイヤホンをして友達と通話しながら走っていた。


ふと学校の方を見て安心したのだろうか、スマホに目を落とした。



残り5メートル程になってもこちらを見ないでスマホを見ながら走っているので声をかけた。


「危ないですよ...?」



「へ......?」



時すでに遅し。


スピードに乗った彼女を止めることは不可能で避けようにも避けられない。




「わ...!」


少女漫画でしか見たことないような衝突。


ぶつかりながらも下敷きとなって彼女へのダメージを抑えることに尽力した。



「いてて...ご、ごめんなさい!」


「......いえいえ」



「ほんとにごめんなさい!この恩はいつか返します!でも急いでるので!」




頭に凄い情報量を叩き込まれ、俺は数分間その場に突っ伏していた。




普段女性とは関わらないので心臓も飛び跳ねていて、触れてしまった感じや鼻の奥に残る女性らしい香り。



それらはまるで金木犀のような1度知ると忘れられない香りで数分の間、頭を支配する。






「あ....」






手に擦り傷が出来ているのを確認したと同時に、学校が甲高く朝学活を告げる。




俺は重たい足と心に残った先程の女性を引きずりながら学校への少しの道を歩いた。
















朝学活が終わったことを確認して、先生と入れ替わりで教室に入ると案の定友達から声をかけられる。


「○○、足どうした?スラックス赤くなってっけど。」



「わ......マジじゃん。保健室行ってくるから言っといて。」



荷物を置いて保健室へ歩き出した。



血が出てることに気が付かないなんてよっぽどあの人のことを考えてしまったのだろうか。



いや、本当は久しぶりに感じた人の温かさのせいか。




そう飲み込んで保健室へとたどり着くと、失礼しますと言って戸を開けた。



「あ!さっきの!」



棚から勝手にバンドエイドを取っているさっきの女性。


俺に気づくや否やかなりの勢いで頭を下げてきた。



「この度は本当に......」


よく見るとジャージを着ていて、学年色を見る限り先輩だということが分かる。


「大丈夫ですよ、それに俺後輩ですから頭なんて下げないでください。」



「ほんとだ!後輩君だったんだ、ごめんね?」


「いえいえ、それより消毒液とバンドエイドってどこにあるか分かります?」


そういうと女性は棚からふたつを取り出した。


「もしかして......朝の......?」

椅子に座るように促され、平気で隣に座り心配そうに足を覗き込まれる。


ここで本当のことを言ったら気に病んでしまうと思い、嘘をついた。



「......ちがいます。」


「ひな、嘘つく人きらい」


むっとした顔で可愛く睨まれるので、同じく自白する。


「......朝の時です」


「やっぱり......足まくって?」


「自分でやりますから、大丈夫ですよ」


「今日午前中は保健室の先生出張だし、姫奈は一限の体育出ないから。素直にお姉さんに任せなよ」


言葉には言い表せない。



なんというか、懐かしい感覚。




久しく欠陥していた"何か"を埋めるような、そんな感じ。



素直にスラックスをまくって足を差し出すと、優しく消毒をしてくれた。



「君、名前は?」

自然な上目遣いに、少しドキッとする。


「次藤○○です。」


「私は岡本姫奈。よろしくね、○○!」



太陽のような笑顔は、俺の深いところまで届いて心を掴みかけられる。



怖いことから逃げるように、俺は話題をそらした。


「な、なんで岡本先輩は体育出ないんですか?」


そう聞くと足の処置をしながら先輩は視線を捉えてきた。



「姫奈って呼んでいーよ?」


「......お断りします。」



そんな呼び方をしてしまうと、仲良くなってしまうかもしれない。


そう考えていた時、保健室の扉が開いた。


「あ、姫奈じゃん。絆創膏1個くれよ」


男の先輩が入ってきて、先輩に言う。



「あんたは姫奈って呼ぶの許可してない!これ持って帰って。」


絆創膏を投げつけると、先輩は男の先輩を追い出した。


「誰にでも呼ばせてるのかと思ってました。」



「そんなわけないでしょ。○○はお詫びも兼ねてとくべつ。」


可愛いという感情が心を支配して、そのままに体を操る。


「じゃあ、姫奈先輩って呼びますね」


「それでよし!仲良くなりたい人にしか呼ばせないんだから」




保健室の記入シートの緊急連絡先を未記入のまま机に置いて姫奈先輩との会話を続けた。


「......へー、家姫奈と近いじゃん!」



「そうなんですか。」





そこから数ヶ月、会った時には喋ったり授業をサボって保健室に行ったりして本当に姫奈先輩と仲良くなってしまった。



本当に良いのだろうか。


大切な人はいなくなってしまうのに。











                             ・・・





ある日の朝、いつも通りに通学路を歩いていると後ろから声をかけられた。



「○○じゃん、おはよ」


今日は少しテンションが低いみたいで眠そうにしている。


なんだか足も少しおぼつかなくて心配。


少しふらふらして車道に出てしまいそうになった。


「危ない......!」



手を取ってこちらに引き寄せる。


「ごめん......あんまり寝てなくて......」


「ちゃんと寝ないとだめですよ。」



「今度バレエの発表会があってさ、色々見直したりしてたら遅くなっちゃって......」



手を離そうにも離しづらい。


それに気づいたのか、姫奈先輩は腕に抱きついてきた。



「じゃ、これでがっこーまでいこ?」


小悪魔みたいに微笑んで、ほんのり赤い顔でバカにしてくる。


「な、なんでですか?!」


「慌てちゃって......かわいーじゃん」



「そういう事じゃなくて.....!」




ひっつき虫を慌てて取ろうとしても取れない時のように、離れる気配が無い姫奈先輩。



もう抵抗を諦めてそのままほっておいた。




「ていうか、バレエやってたんですね」


くっつかれていると、変なことを考えてしまいそうで他のことを口に出す。



「うん、発表会見に来る?」


「......俺そういうの行ったことなくてなんにも分からないんですけど」


「だいじょーぶだよ、なんとかなるから。それに○○に姫奈は凄いんだぞってとこ見て欲しいじゃん?」



くっつきながら顔を覗き込んで来て、目が弓なりになるほど万遍の笑み。



断りきれるはずもなく、素直に首を縦に振った。















                             ・・・




発表会の当日。


思ったよりも大きい会場に、こちらまで緊張してしまう。


受付を済ませ、用意された席に座る。


深く腰掛け大きく息を吸い、吐く。



周りの人や雰囲気を気にしないように心を落ち着かせる。



時間になると眠れる森の美女が開幕した。




スタートから目まぐるしい展開。


オーロラ姫役の姫奈はなめらかな足運びや手のしなやかさから、素人目でも凄さを感じた。



セットがある訳では無いのに、後ろに音楽団がいる訳でも無いのに。



表現力で世界観に引き込まれ、曲はオーケストラに聞こえた。



あまりの表現力に、数分で終わったように感じてしまうほどの没入感で気が付くと周りから拍手が鳴り響いていた。














発表が終わると、姫奈先輩から外で待ってて!と連絡が来た。



姫奈先輩を待っている間、それまで持っていた姫奈先輩への感情が弾け始める。





明るい性格、笑顔、優しさ。







どこの思い出を切り取っても、頭の中は自分が避けてきた感情が顔を出す。



王子役の人と仲良く話していたことからは目を背けつつ、先輩とのトークを開く。








すると目の前を暗闇と温かさが支配した。


「だーれだっ。」


「やめてくださいよ、姫奈先輩」



「へへ......ごめんね、遅くなって。」


「いえいえ、むしろ打ち上げとかは良かったんですか?」



他にも人が居たわけで、発表を終えたら集まろうとかなりそうなもの。


仲も良さそうだった。




「あー......べ、別の日だから!」


「ならいいんですけど」




まだ明るい帰り道を歩き、商店街を通り抜けるところでいい匂いが香った。



「コロッケ......美味しそう......」


姫奈先輩はかじりつくようにコロッケに目線を奪われている。


「食べます?今日のお礼に出しますよ」


「ううん、今日の摂取カロリー超えちゃうから」


「なんかごめんなさい」


「ううん、ひなが雰囲気悪くしちゃったね」


ちょっと申し訳なくなると、急に姫奈先輩は俺の手を取った。



「公園!行くよ!」


「ちょっと!」


雰囲気を察したのか、手を取って走り出した。



公園に着くと、ベンチに座らされる。


姫奈さんは俺の真横、肩が触れる程の距離に座ってきた。



「あの......近いんですけど......」


「照れちゃって、かわいいんだから」


俺は照れを隠すようにピーチティーエードを飲み、その後に整理した言葉を述べた。



「今日、本当に凄かったです。」


「えーありがと!嬉しい」


にこにこで喜んでくれる姫奈先輩に支配されそうになるのをグッと堪えて、言葉を続けた。



「本当に今日は来れて良かったです。その......す......何かお礼させてください」





焦りから、蓋をしていたものが開いてしまいそうになった。




思い出せ。大切にしていた人はどうなった。



俺にはだめなんだ。




「じゃあさ、1つ聞かせて?やだったら答えなくていいからね」


あ。



この時、何を聞かれるのかは何となくわかった。




「保健室の......緊急連絡先のとこってわざと......?」



「......」


俺は首をゆっくり横に振る。


そうすると姫奈先輩は俺をあやす様に抱きしめた。



「ひな......気づいてたの......あの時。でも見て見ぬふりしちゃって......」



そんなことを気にしてくれるなんて、心の綺麗な人なんだな。




「ごめんね......○○......ひとり辛かったよね......」


久しぶりにこじ開けられた涙腺の蛇口は錆び付いた気持ちごと涙となって流れた。












「その......変なとこ見せてごめんなさい......」


「ううん......ごめんなさいは姫奈の方だから......」



姫奈先輩が謝るなんて絶対に違う。


そう思って、名残惜しいけど姫奈先輩から離れてもうひとつ提案してみる。



「あれは俺が悪いんでちゃんとお礼したいんですけど......」



姫奈先輩は俺から少し離れると、勢いよく抱きついてきた。



「○○、ひなと付き合って?」


「......」


付き合って?


ツキアッテ?



頭の中でぐるぐる回る心理に到達しない言葉。



やっとの思いで飲み込んでもなお、訳が分からない。



「姫奈先輩、知ってますか?付き合うって好きな人同士がすることですよ?」


「こら、バカにしすぎ。姫奈が○○のこと好きなんだから○○次第じゃん。」



思わず舞い上がってこちらからも抱きしめる。


が、その後にすぐ手を緩めた。



「俺が大切だと思った人は......事故で遠くへ行っちゃいました......だからダメなんです。」



1度離れてちゃんと目を見て思いを伝えると、姫奈先輩は優しい顔をして自然に上目遣いで微笑んだ。




「姫奈は○○の気持ちを聞いてるの、その事は今置いといて?」



「......好きですよ......姫奈先輩のこと......」


「えへへ......知ってたよ」




また抱きついてくる姫奈先輩。


でも問題は何一つ解決していない。



「でも......俺は......」



「姫奈が○○の世界で1番大切な人になるから、大切にするんだよ?」




いつの間にか退路はお姫様に塞がれて、母さんたちにも後で報告しなきゃな。



「......大切にしますね」



「それでいーの」







しばらく抱き合って、帰ろうとしたところで姫奈先輩は俺の家に来たいといった。



「○○の親御さんに挨拶しなきゃ。」



そう言っているので拒むわけにもいかない。



家に招き入れると、手を洗いすぐさま仏壇に向かった。



「○○のこと、姫奈が大切にします。見守っててください。」


横で聞いていて嬉しさと同時になんだか恥ずかしくなる。


恥ずかしさからか冷蔵庫から水を出して、ふたつのコップに入れて持っていく。



少し落ち着いた所で、姫奈先輩が口を開いた。



「ところでさ、王子様役の人とは何も無いからね?」



煽るような視線が少しムカつく。


「別に、妬いてませんケド」



「素直にな人には彼女になった先輩がお泊まりしていってあーげるっ」



爆発寸前の火山のようにもう笑う寸前の姫奈先輩。


気持ちかプライドか。


プライドはあっさり負けて、癪だが先輩に言った。



「ちょっとだけ妬いてました......」


「かわいーねぇ、姫奈の王子様は」




2人の間にはあたたかい雰囲気が流れている。




○○の部屋の裁縫セットの針は、心做しか全て折れているようだった......

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