飼ってるハムスターは甘えてくる。
高校生活、すなわち青春。
そんな青春をぼんやりと感じながら夏を彷彿とさせる暑さを感じながら僕は教室を掃除していた。
「あっつ......」
まだ4月だと言うのに暑さを感じる2年目の春。
教室には夏のつまさきが足を踏み入れていた。
掃除を終えて、机の上の荷物を手に取り廊下を歩く。
誰もいない廊下で呑気に鼻歌を歌いながら歩いていると、突然曲がり角から出てきた小柄な女性と衝突した。
「わっ......!」
小柄な女性と俺はお互いに尻もちを着く。
「いてて......大丈夫ですか?」
そう言いながら女性が転んだ拍子にばらまいたプリントを拾い集めて渡す。
「大丈夫、それじゃあね。」
顔をよく見ると同じクラスの中西さんだったが、プリントを受け取るとすぐに行ってしまった。
自分も立ち上がろうとした所で携帯が落ちているのに気づいて、声をかける。
「中西さん......!」
「なに?」
「携帯忘れてるよ。」
地面の携帯を取って中西さんに渡そうかという所で画面が目に入る。
そこにはあるを。というXのプロフィール画面がうつっていた。
「え......?」
僕が何故こんな素っ頓狂な声を出しているかというと、あるの。という人は小説家。
1作目の「絶望の1秒前」という作品が新人大賞にも選ばれるようなすごい人だからだ。
「え?あるを。さんなの......?」
「うん、これ内緒ね。」
「いや!なんかもっとこう焦るもんじゃないの?!」
「ま、もうバレちゃったし。」
そう言って携帯を受け取ると廊下を歩き出した。
中西さんがあるを。先生だったとは......
そんな驚きをしまいつつ、帰り道を歩いた。
・・・
翌日、時間ギリギリで教室に入ると中西さんの机には人がいなかった。
執筆してるのか、はたまた取材に行っているのか。
小説家の仕事は全く分からないので想像しながら授業を受けた。
さて、帰ろうかといったところで担任に呼び止められる。
「おい、○○。」
「なんです?」
「お前、中西の秘密知ったんだろ?」
「まぁ......」
「じゃあ、このプリント達持って行ってくれないか?俺まだ仕事したいしめんど......やることあるし。」
今めんどくさいって言いかけただろ。は喉奥で抑える。
あるを。先生の作品には惹き付けられるものがあるので快くそれを承諾した。
「分かりました。」
先生から教えてもらった住所へ向けて歩みを進める。
学校から徒歩10分といったところで、指定の住所にたどり着いたが......
「でっか......」
俗に言うタワーマンションというやつで上を見上げても足がすくむ程の高さ。
急に行くのが億劫になってきたが、引き返す訳にも行かないのでそのまま大きな玄関へと入り317の部屋番号を呼び出した。
「はい。」
機会の奥から聞こえてくる中西さんの声。
「今日休んだからプリントを持って来たんだけど......」
「郵便受けに入れといて貰える?」
「広すぎてどこかわからなくて......」
「じゃあ上まで来て。」
ブツっと切れて玄関の扉が開く。
エレベーターで3階まで上がる時間に、イヤな汗をかくほど緊張しているのがわかる。
317号室の前で1度深呼吸をして、インターホンを鳴らした。
鳴らしてから数秒後、ドアガードをしたまま扉がゆっくり開く。
「わざわざありがとう。」
マスクをした中西さんが顔だけ覗かせて、手を出している。
「はい、これ。体調悪いとか?」
「ううん、起きれなかっただけ。それじゃあね。」
「あっ......」
玄関の扉は音も立てずに閉ざされてしまった......。
小さい中西さんの頭の上から少しだけ見えたインスタント食品達。
それを見てなんとなくほっとけなくなった。
その翌日も中西さんは学校に来なくて、またしても僕はそびえ立つタワーマンションの前で足をすくませていた。
また深呼吸をひとつして、317の前へと行きインターホンを鳴らす。
「また君?先生じゃないんだね。」
「先生も仕事があるみたいだから......」
「そ......」
この時の少し寂しそうな表情が脳裏に焼き付いた気がした。
「はい、プリント。」
「ありがと、君の目は綺麗だね。」
「へ......?」
「それじゃ。」
少しだけ音を立てて閉ざされた玄関。
帰り道は浮かれながら歩いたせいで、何も無いところで転んで手のひらを擦りむいた。
またその次の日もプリントを届けに中西さんの家へと向かった。
「あれ、手のひらどうしたの?」
はじめて中西さんからされた質問に嬉しくなって、少しテンションが上がる。
「な、なんにもない所で転びました!」
「そんな嬉しそうに言うなんて、変わってるね。」
はじめて見ることが出来た中西さんの笑顔。
目を奪われているとプリントを催促される。
「プリントは?」
「ご、ごめん......はいこれ。」
「ありがと、それじゃあね。」
相変わらずドアガードはされているものの、知らない人から知り合いくらいに昇格した気がして。
心が跳ねながら帰路を歩いた。
それから1ヶ月程、放課後中西さんの家へ通った。
ドアガードをしてはいるものの、少しずつ話をしていくうちに話す時間は伸びていきこの時間も業務から楽しみへと変わっていった。
そんなある日、またプリントを届けに行った日の事。
いつものようにインターホンを押し、中西さんを呼び出すと変化が起きた。
「あれ、ドアガード忘れてるよ。」
「実は調子乗ってお菓子焼き過ぎちゃって......良ければ食べていってよ。」
とても魅力的な提案だけど、本当に大丈夫なんだろうか。
「大丈夫なの?」
「う、うん。」
いつもの落ち着きが感じられないし、目も泳いでる......というか溺れている気がする。
家の中は綺麗で洗面所で手を洗ったあとは真っ直ぐリビングへと歩いた。
色々と気になるものはあるのだが、ひとまずどこにいたらいいのか分からず立ち止まっていた。
「ソファ座ってて、持っていくから。」
促されてソファの端に座る。
カヌレを手に持ってソファの橋に座る中西さん。
その姿は少し震えているようにも見える。
「中西さん、無理してない?僕帰るよ。」
何があったか分からないけど、多分あの状況で無理することなんてない。
ソファを立って中西さんの前を通ろうかといったところで腕を掴まれる。
「待って......」
「中西さん......?」
「......君と......向き合いたいの。」
僕はソファにもう一度腰を落とし、中西さんと文字通り向き合う。
「無理に前を向かなくていいんだよ。」
そう言うと中西さんは数十秒黙り込んだ後、すっと右手を出してきた。
「握手。」
そう言われたので僕も右手を出して握手する。
「よろしくね、えっと......」
「木山○○だよ。」
「よろしく、木山くん。」
「よろしく、中西さん。」
「私、いらなかったじゃん!」
突然部屋の奥から美人がスタンガンを持って歩いてきた。
「瑛紗が居なかったら木山くんを家にいれるなんて無理だし......」
「あ、この人おかひなの幼なじみじゃん。」
そう言ってこちらをじろじろ見てるくるのは隣のクラスの池田瑛紗さん。
幼なじみの姫奈は変に有名人だからバレるのも無理は無い。
「スタンガン......だよね?」
「なかにしに変なことしたら気絶させようと思って。」
友達を大切にしてるし、お互いに親友なんだと少しのやり取りで分かる。
「てか僕、邪魔者じゃない?」
「はぁ......木山○○君に説明してあげようじゃないか。」
どこからともなく取りだしたメガネをかけ、池田さんが説明を始めた。
「なにこれ。」
「さぁ。」
中西さんもあんまり分かっていないみたい。
「まず、○○君はなかにしが学校に行ってない期間ずっとプリントとか持ってきてたよね?」
「うん。」
「1ヶ月くらい経つのにずっとドアガード越しって言うから、なかにしがちょっとでも前のこと気にしないようになればなって思って。」
前のこと。やっぱり何かあったんだ。
「だから、君は邪魔者じゃなくて主役なの。」
「なるほど......」
「ちなみに、カヌレは私が作ったから。なかにし料理出来ないし。」
「いけだうるさい。」
池田さんの催促もあるかもしれないけど、中西さんに決意があるからこうやってドアガードを開けてくれたんだと思うとなにかしてあげたくなった。
「あの......もし嫌じゃなければなんだけど......家事しに来ようか?」
自分も一人暮らしなため、家事スキルはある。
中西さんは執筆活動もあるだろうし、料理出来ないらしいし。
少しづつ前を向いてくれればいい。
「木山君がいいなら.....お願いしようかな。」
「大丈夫?」
「うん、嫌になったら言うから。」
そう言っていたずらに微笑む中西さんが夕日に照らされて眩しく見えた。
それからというもの、中西さんは学校に来ず僕がプリントなどを届けたり課題を提出したりしていた。
「今日何がいいかな?」
「親子丼がいいな。」
このように最近は要望も言ってくれて、少しは信頼されてきたのかと思ってしまう。
あれから更に1ヶ月が経ち、距離も縮まってきたところで中西さんから声をかけられた。
「木山くん、ちょっといい?」
「うん、掃除は後でやればいいから。」
少し改まってソファに座る僕達。
「私ね......ハッピーエンドが苦手だったし書けなかったの......」
少しづつ呼吸が荒くなる中西さんの背中をゆっくりと撫でた。
「大丈夫、大丈夫だよ。」
「うん......」
「中学の時に彼氏がいたんだけど......そいつは浮気してたの。」
「でもそいつは私が浮気したって言いふらして......友達もそうじゃない人もみんなが私を軽蔑した目で見て色んなこともされたし......ご飯とかも食べられなって......眠れなくなっちゃったりして.......」
「もういいよ。落ち着いてゆっくり深く呼吸しよう。」
もう一度背中をゆっくり撫でる。
中西さんから話してくれたことにとても大きな意味があって、信頼してくれてるのと同時に守っていかなきゃいけないと思った。
「でも......最近はハッピーエンドも少しづつ受け入れられるようになったの。」
「そっか......。」
あまりの嬉しさに少し目頭が熱くなる。
「学校、少しづつ行こうかな......」
中西さんの口から不意に溢れた言葉。
すぐに池田さんをここに呼び付けた。
池田さんは来るなり中西さんに飛びつく。
「なかにしー!!」
「わっ、ちょっと!」
池田さんも色々責任感じてたのかな......
「あの時いけだがくれたラムネ、結構心の支えになってたよ。ありがとう。」
「なかにしぃ......」
池田さんの涙腺も崩壊しだして、つられて中西さんの涙腺も崩壊した。
みんなが落ち着いた頃にはもう夜ご飯の時間。
僕は3人分のオムライスを作った。
「木山くん、スペック高すぎる!美味しい!」
池田さんに褒められて、悪い気はしない。
「いけだ、木山くんは私のだからね。」
「あら。」
中西さんの思わぬ発言に僕も体温が一気に上がって持ってたスプーンも止まった。
池田さんは少し小馬鹿にしたような表情で中西さんを見ている。
「......」
中西さんはハムスターのように頬にオムライスを貯めてもぐもぐしていた。
「ハムスターみたいでかわいい......」
先程、感情がジェットコースターに乗ったみたいに揺さぶられたので感情の三半規管も弱くなってしまってたのかもしれない。
とても恥ずかしいことをぼそっと言ってしまい、恐る恐る中西さんの顔を見ると、こっちを可愛く睨んできていた。
「ふん!」
「いてっ!」
机の下で踏みつけられたのを見て、大爆笑の池田さん。
その日は久しぶりに笑い声が響き渡っていた。
翌日、池田さんと中西さんの家の前で待っていると制服に身を包んだ中西さんが降りてきた。
「い、行こ......」
「うん、行こっか。」
久しぶりの学校なので、中西さんは保健室へ。
僕と池田さんは教室へと向かった。
帰りも一緒に帰るため、授業中もソワソワしてしまう。
6限のチャイムが鳴り、池田さんは部活のため中西さんが来るまで教室で待つ。
教室に自分以外に誰もいなくなったところで中西さんが階段を上がってくるのが見えた。
そろそろかと思い準備していると、逆方向から担任が入ってきた。
「あ、木山良かったな。」
「何がですか?」
「お前、1年の時井上のこと好きだって言ってたから中西の所にプリント持っていくのめんどくさいし嫌だっただろ?」
「早く辞めたいと思ってたところで中西が学校来てよかったな。」
その瞬間、僕の中でなにかが崩れる音がした。
中西さんは教室とは反対方向へ走り出してしまったのを見て、僕も咄嗟に追いかけた。
「中西さん!」
中西さんの足は遅くて、すぐに追いついて手を取った。
「離して......離してよ!」
中西さんは僕が取った手をこれでもかとぶん回して離そうとしてくる。
「他人なんて信頼するんじゃなかった......期待するからこうなるんだ......」
「中西さん!聞いてよ!!」
中西さんは聞く耳を持ってくれそうにない。
「木山くんも私を裏切るんでしょ......はやく私の前からいなくなってよ!!」
それどころか、せっかく前向きになれたのに過去のトラウマがもう一度再燃してしまっている。
「中西さん、大丈夫。大丈夫だから。」
僕が出来る最善の手段。
それは何よりも安心を与えること。
中西さんを抱きしめて、背中を撫でる。
「.....」
多分、中西さんは感情がぐちゃぐちゃになって喋らなくなった。
「中西さん、先生が言ったことは気にしなくていいんだよ。」
「でも......」
「確かに1年の時は井上さんが好きだったけど、2年生になってからは違うよ......それに中西のところに行くのは楽しみだったんだ。」
「そんなこと言って......安心させてから裏切るんでしょ?」
やっぱり、心に染み付いたトラウマというのはなかなか消えない。
それでも、安心を与えなくちゃならない。
「僕は中西さんが好きだよ。だから絶対に裏切らない。」
「嘘なんでしょ......?」
中西さんは泣いてるし、感情が入り混じりすぎていた。
「嘘じゃない、僕の目を見て。」
「中西さんが1番わかるでしょ......?」
○○の目は軽蔑するような冷たい目なんかではなく、全てを包み込むようなあたたかく綺麗な目だった。
「もう分からないよ......!」
そう言って僕を振り切ると中西さんは廊下を走っていく。
しかしその歩みも廊下を曲がろうかという所で止まった。
「アルノ、逃げちゃだめ。」
そこに立っていたのは部活に行ったはずの池田さんだった。
「いけだ......」
「忘れ物取りに戻ってみたら色々聞こえたけど......アルノはちゃんと向き合ったの?」
「向き合った結果がこれだよ!もう何を信じたらいいか分からない......」
中西さんはぐちゃぐちゃになりながらも言葉を発し続ける。
「木山君と他人、なかにしはどっちを信じるの?」
「わたしは......」
「答えは出てるんでしょ?上手く言葉にしようとしなくていいから。じゃ、木山くん頼んだ!」
そう言って池田さんは部活に戻っていく。
とにかく不安定な中西さんに安定を与えながら今日はそのまま家まで送り届けた。
次の日、土曜日だったのにも関わらず中西さんから連絡が来てお家に行くことになった。
インターホンを押すのにも、久しぶりに緊張する。
押して数秒、すぐに中西さんは出てきた。
「おはよ、入って。」
どうやら昨日のことは今のところ大丈夫そうだ。
「それで、なんで僕呼ばれたの?」
「えっと......冷静になって昨日のこと思い出してみたんだけど......」
「うん。」
あんまり思い出さない方が良いけど、本人の中で消化出来たのなら良いのかな。
「木山くん、私の事好きって言ってたよね......?」
「え......」
いや!確かに言ったけど!!そこじゃないでしょ!!!
「礼儀として返事しようかなと思って......」
「う、うん......」
昨日勢いに任せて言ってしまったことに、今更後悔が止まらない。
そして、とても恥ずかしい。
「私の気持ちが落ち着くまで......待ってて貰えますか?」
「え.....え?!?!」
てっきり、過去のこともあるし振られるもんかと思っていたため大きい声が出てしまう。
「まだ全部に踏ん切りついたわけじゃなくて......」
「大丈夫、ゆっくりでいいからね。」
とにかく、安心させてあげることだけに今は全力を尽くしていこうかな。
あれからまた数ヶ月がたって、付き合うことになった僕達。
アルノの家に入り浸っていた僕に突然アルノが
「私、木山くん無しじゃ生きられないみたい。」
と言って付き合い始めた。
「よし、書けた......」
「お疲れ様、マカロン作ってみたから良かったら食べて。」
「マジ?!○○天才!!」
「はいはい。それでどんな感じなの?」
「私の2作目はハッピーエンドだよ。」
その言葉を聞いただけで目頭が熱くなる。
「そっか......」
「題名は飼ってるハムスターは甘えてくる。にしたよ」
「そんな可愛いやつ書いたの?」
アルノにしては珍しいので結構びっくりした。
「ううん、ことわざを少しもじってみたの。」
「ことわざ......?」
「まぁそんなことよりマカロン食べようよ、○○!」
「そうだね、アルノ。」
アルノがモチーフにしたのは、○○とアルノの物語であることに○○は気づくことはない。
2人の人生の道標は、タワーマンションの3階に入る西日によってどこまでも照らされていた......。
fin.........
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