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アマテ・ユズリハ(マチュ)を自分なりに掘り下げて語る ~パーソナリティ編(前編)~【機動戦士Gundam GQuuuuuuX】

 これはマチュの魅力に脳を灼かれた人間の妄言です。
 マチュについて思うことを書いてたら2万文字を越えてしまったので、さすがに前後編に分けることにしました。
 この記事は前編です。

 そんなわけで先日、ジークアクス2回目を見てきました。1回目はただただ展開に圧倒されてしまいましたが、余裕を持って視聴してみると、やはり随分と印象が変わるものですね。パンフレット豪華版も買いました。

 あまりにも一般女子高生離れした激烈な行動力のせいで、かわいらしいと同時に一部でやれ狂犬蛮族だと散々なあだ名(まぁオタク特有の悪ノリっつーか、面白がって誇張されてる節もあるんだろうけど。シャアのアホ呼ばわりみたいに)を頂戴している彼女。
 ネタにマジレスと言われようが、私はとにかくマチュを狂犬呼ばわりする風潮には違和感があります。そのことに対する異議申し立ても、一つ前の記事でやらせて頂きました。

 とはいえ、視野狭窄に陥ってもいけない。もう一度落ち着いて見たら、私の固定観念も消えて、彼女のまた新たな一面が見つかるかもしれない。
 んで、今回2度目の視聴をして、改めて思ったのですが――

 やっぱあの子はさぁ!
 全ッ然!
 狂犬とかじゃねぇって!


 ……もちろん、映画見ての感じ方は人それぞれなので別に意見を押し付けたいわけではないのですけども。
 あまりにも決断力と行動力がブッ飛んでて一般女子高生離れしてるのは事実だし。

 というわけでマチュについて書きます。
 現時点で見たり聴いたりで手に入る情報を元に、外れてようが気にしない勝手な妄想を交えつつ、前後編にかけてマチュを掘り下げていこうという試みです。

 この記事【前編】は、彼女個人はどういった人間なのか、ニュータイプとしての彼女、などなどパーソナリティについて思うことをしたためさせて頂きます。
 


視聴2回目でマチュの印象が最も大きく変わった点

 彼女は劇中で軍警戦とクランバトル、2度の大きな戦闘をしています。
 2回目視聴で改めてそれらの戦いぶりを見て、特に印象が変わったのが

 ド素人の女子高生が慣れないモビルスーツの操作にひたすら焦り続け、
 ずっと冷や汗かきっぱなしで、いっぱいいっぱいな状況で、
 それでもどうにかこうにか必死で、ガムシャラに戦おうとしている。
 当然、傷つくのも死ぬのも怖くてたまらない。

 という点です。
 ここをしっかり確認できて良かった。やはり彼女は、やたらめったら人に噛みつくような狂犬ではないのではないか、という思いを新たにしました。

 そして現状のマチュは、自身がニュータイプであるということ、つまり他人と違う感覚で生きていることを全く自覚していないのもポイントです。

『何不自由無く裕福に育ったゆえに刺激に飢え、現状の閉塞感を打破したいと考えている、思春期真っ只中で反骨心溢れる未熟な子供』
と、
『常人を遥かに越える空間把握、他者の思考を鋭敏に察するニュータイプ能力』

 彼女は2つの要素を併せ持っているのです。
 こんな未熟な子供の精神でもって、フラナガン機関の首席ですら起動できなかったオメガサイコミュを起動できるほどの凄まじいニュータイプ能力を扱おうとしてるわけですから、見方によってはかなり危うい状況なんですよね。

軍警VSマチュ

 モビルスーツで暴れる軍警相手に「あいつらをやっつける!」と戦おうとするほどのマチュの激昂は、ニャアンを悲しませる軍警に対する義憤もあるのですが、厳密には積み重ねによって起こっていました。

 まずは、難民居住区を無情に破壊しまくる軍警の暴挙に憤る。
 その前にカバネン有限公司へ向かう道すがら、マチュは難民達の暮らしを見ていました。ネノクニ駅は塾のために来るだけですから、こんなスラムには初めて近寄ったのでしょう。
 マチュはチラチラと彼らを見るものの、特別な反応はしません。貧富の差こそあれ、私と同じく彼らも彼らなりに今日を生きているフツーの人達なんだなと、そんな印象を持ったようです。もちろん、ニャアンを含めて。
 だからこそ、軍警の暴挙に対し素直に「ひどい!」と思えた。

 一方で、アンキーは軍警の破壊活動を見ながら「ジオンが勝ったからって何も変わらない。スペースノイドに自由なんて無い」と投げやりな台詞を放ちます。同じスペースノイドなのに恵まれているマチュは、こういう感情を持つ人もいるのかと、大なり小なり感慨を持ったでしょう。ともあれ、抱いた怒りの源泉は同じなのです。
 ならばとばかりに「戦わないの?」とマチュが問えば「軍警とやり合うバカがどこにいる!」という、最初から諦めてる大人な反応。一際強い反骨心を持つ子供のマチュは、どうにも納得しがたい表情。それでもまだ動けない。
 そこでついに決定打となったのが、隣に立つニャアンの、奴らをどうにかしたいが何も出来ない悔しさと、激しい怒りと、深い悲しみを噛み殺すような苦い表情でした
 生きるために已む無く犯罪にも手を染めねばならない、そんな貧しい難民達をさらに苦しめる暴挙。居ても立ってもいられず、マチュは義憤に駆られて走り出しました。

 まぁ、普通に考えりゃアンキーが正論ですよ。民間払い下げのポンコツザク一機で何が出来るというのか。
 しかしマチュは持ち前の反骨心と、そういう大人の分別を何も分かってない未熟な子供だからこそ戦場に飛び込んでしまいます。
 んで、案の定ザクでは勝てずジークアクスに目をつける。「あっちのほうが強そうじゃん」と。
 ここを1回目見た時は、あまりにも平然と他人のモビルスーツに向かって飛び出して強奪してしまったように見えて、さすがにこればかりは蛮族呼ばわりもやむなし……と思いました。

 でも、2回目を見た今の印象は違います。この時、マチュ側はほぼトドメを刺される寸前です。同乗するジェジーの制止も聞かず間髪入れずにコクピットを飛び出す彼女は、このままじゃやられる!どうにかしなきゃ!と必死に戦う術を求めて、『女子高生の精一杯』でどうにかしようとしていたのです。
 イヤイヤそうは言ってもお前、こんなの普通の女子高生の決断力じゃないでしょ……ごもっともです。
 そうです、彼女がただの女子高生だったならこんな凄まじい即断即決はできなかったかもしれません。これがのは、彼女がニュータイプだったからに他なりません。

 これらのシーンこそまさに、『後先考えない未熟な子供の精神』で『鋭い直感・先読み・空間把握というニュータイプ能力』を無自覚に行使できるために成立した、象徴的なシーンでしょう。

 「あいつらをやっつける」と覚悟を決めた時、傍にはそれを成し得る力モビルスーツがあった。
 しかしザクでは敵わず非常にまずい状況、今度はジークアクスを見つけるや否や、あっちのほうが強そうじゃんと直感的に即断。うかうかしてたらヤラれる。本来はエグザベ知らない誰かの所有物だろうとか、四の五の言ってられる状況じゃない。本来戦う気なんてサラサラ無い上にニュータイプでもないジェジーは、このマチュの一瞬の判断に至る思考を読めるはずもなく、いきなりワケ分からんこと言って飛び出ていく彼女に慌てふためくばかりです。ヤムチャ視点
 そしてマチュは駆け抜ける! 類稀な空間把握能力と、それに由来するアクロバティックな身体能力をフル活用して。それは恐怖心すら上書きしてしまうほどの絶対的な、常人オールドタイプには無いがマチュ本人にとっては当たり前の感覚。加えて、後先考えない子供だから。だからこそ「行ける!」と判断してあんな動きができた。後のアンキーが言うところの『間合いが分かってる』というやつです。

 ……が。
 『後先考えない未熟な子供の精神』で、『鋭い直感と先読みと空間把握というニュータイプ能力』を無自覚に行使してしまった結果、とても大変なことになってしまいました。

 なんか強そうなモビルスーツを手に入れたはいいけど、動かし方なんぞまるで分からないのです。自分から飛び出してけ宇宙の彼方で乗り込んだくせに「どうしたらいいの!?」と焦りっぱなし。
 すると何故かオメガサイコミュが起動し、専用の操縦桿 アームレイカーが降りてくる。「なにこれ……手の平!?」とマチュは冷や汗かいて怯えるように困惑。
 敵の攻撃を受ければ思わず悲鳴を上げ、操縦桿を手放して顔を覆ってしまう。自分の肉体なら縦横無尽に動かせるのに、モビルスーツではそうもいかない。軍警もナメてかかるほどの、完全なるド素人の様相でした。
 
 しかし、この後は宇宙で窮地に陥った際に『キラキラ』を目撃。オメガサイコミュを介して「よく分かんないけど……なんか分かった!」状態になり、その瞬間から、まるで人が変わったかのように凄まじい戦闘力を発揮し、軍警を蹴散らしました。

 終わって息が上がる中、彼女はつぶやく。
「やっつけちゃった……」
 ざまぁみろやっつけてやったぜ!なんて達成感も満足感もありません。とにかく必死で無我夢中に戦った結果……まるで自分が何をしたのかさえ分かっていないような様子でした。
 そこにあったのは、他者の苦しみを目の当たりにして、最低最悪の状況でも今の自分にできる精一杯(+無自覚なニュータイプ能力)で必死に抗おうとした、一人の勇気ある(ちょっとありすぎた)女子高生の姿です。
 
狂犬の姿か? これがよ……

 さらに付け加えると、帰宅後の描写です。
 マチュは軍警戦後、普通に帰宅して、家でグラタンを食べ、母・タマキと何気ない会話をして、風呂入って寝たようです。
 あんな下手したら死ぬバトルした後によく平然とメシ食えるなこの女子高生……という印象を抱いた方も多いと思います。
 ですが改めて見てみると、この時のマチュ、明らかに意気消沈して上の空なんですよね。本当は思うところある心境だけど、何をしていたかバレるわけにはいかないし、優しい母親の前では何とかいつも通り振る舞おう……と思った結果が、あの悶々としたローテンション状態だったんじゃないでしょうか。
 事実、母親の視線が無い風呂場では、今日起こってしまったことの重苦しさにジト目でメチャクチャ参っていました。これは寝て起きて、翌日の学校までずーっと引きずってしまうほどの重さです。「勢いでエラいことしちゃったなぁ……」っていう気持ちと「クランバトル、断ったらヤバいよなぁ……」っていう進退窮まる状況ですね。義憤に駆られて後先考えず突っ走った結果、こんなエラいことに。

 軍警戦はあくまでやんごとなき事情があったから戦ったのであって、クランバトルなんて違法でヤバげなものには全く参加したくないのです。何だかんだでマチュは育ちがちょっと良いだけの庶民だから。
 ですが(なぜかシャアをキッカケに)キラキラのグラフィティを思い出してソッコーで前向きになっちゃうわけですね。何故そこまでキラキラに惹かれるのか……それはニュータイプでない我々には一生分からない感覚なのでしょう、と言ったら身も蓋もないか。

クランバトル

 クランバトルどころか、マヴ戦のノウハウすら一切知らない状態でバトルに参加したマチュ。一度は軍警にも勝てたし何とかなるっしょ、それより早くキラキラ見たいなぁ~、くらいの甘すぎるマインドだったんでしょう。シュウジ&赤いガンダムという心強いマブの存在も、彼女の楽観的な勝利ビジョンにかなり寄与していたと思います。

 しかし、蓋を開けてみれば現実は甘くなかった。

 相手は戦い慣れしているようで、一般兵の教本に忠実なマヴ戦を展開。マチュは一方的に翻弄され、手も足も出ない。モビルスーツ同士の戦いに来ておきながら「鉄砲なんて聞いてない!」などと舐め腐った台詞まで吐く始末。
 中継を見ているポメラニアンズも頭を抱えるほどの、誰がどう見てもド素人の戦いぶり。軍警を追いやったあの実力はどこへ行った?
 一応、シャリア・ブルは被弾してないことを評価しています。キラキラに触れていない状態の、平常時マチュのニュータイプ能力であっても回避運動くらいは完璧にこなせる、マチュの非常に高い素養(とジークアクスの高性能)が窺えます。

 しかしそれも長くは続かず、とうとうマチュは恐怖のあまり凍りついてしまう。

「なんでこんなことしてるんだっけ……」
「私……死ぬ……?」
「シュウジ、どこ……?」
 

 キラキラがまた見たいなぁ。戦えばまた見られるかなぁ。
 そんなあまりにも甘ったれた感覚で参加した場所で、昨日まで普通に女子高生やってた自分が、まさか死ぬなんて露ほども思っていなかった。
 子どもの浅知恵で、後先考えずノコノコやって来た結果がこれ。
 己の死がよぎる、絶体絶命の危機。その時、

「近くにいるよ」

 一瞬の内に、シュウジとニュータイプ同士の交感が行われる。二人だけが共有する感覚の中では、時間も距離も、衣服すらも隔てる物は何も無かった。
 ついに軍警戦でのキラキラの時と同じくマチュ覚醒
 敵のワナにかかったと見せかけて、放たれたヒートホークの射線に敵機を誘き寄せて倒す、同じニュータイプのエグザベとシャリアですら瞠目するほどの鮮やかな戦術によって勝利を掴みました。
 この時のマチュも軍警戦の時と同じく、初めてのクランバトルで勝ったことが自分でも信じられない様子でした。

二段階覚醒?

 とまぁ2つの戦いを見て分かる通り、マチュはキラキラに触れた瞬間あきらかに覚醒して戦闘能力が向上します。彼女に、ナメた奴はぶちのめす戦闘狂のようなイメージを抱くとすれば、このあたりに原因があるのでしょう。かわいらしい女子高生が急に覚醒してしかも手斧で敵機を撃墜する様は、インパクト大きいですからね。スパロボで絶対ゲッターチームに気に入られるやつ
 でも少なくとも今は、オメガサイコミュがあってやっとモビルスーツを動かせてるに過ぎません。まぁ正史ガンダムでシャアが『ニュータイプ能力があっても、基礎的な力が無ければ無意味』的なことを言ってますから、シンプルな反射神経も寄与してはいるんでしょうけど。

マチュの核たる要素『反骨心』について

 前回の記事で私はマチュという少女を、

イズマ・コロニーという閉塞環境と、その支配体制に対する反骨精神に依って立つ『自分』という図太い1本の軸を持ち、それゆえに流されることなく迷いなき決断と行動ができる少女。
ムカついたら何にでも噛みつくわけじゃなくて、己の理念に反する敵をきちんと選ぶ分別くらいはあるはず。

 と考えました。
 やはり彼女を語るにあたって、『反骨心』は絶対に外せない要素だと感じます。
 なぜ、あれほどまでに彼女は反骨的な少女に成長したのか。

育った環境のせい

 マチュは外交官の母と共に暮らし、住んでる家は官公庁の払い下げ。イズマ・コロニー有数のお嬢様学校へ通わせてもらえるなど、棄民政策にルーツを持つ宇宙移民者としては、ずいぶん恵まれた不自由無い生活を過ごしています。そもそもイズマが属するサイド6そのものが中立地帯で、政財界の大物達の家族なども住んでいる裕福な宙域です。正史ガンダムと違って、争いの火種と成り得るホワイトベースが立ち寄ることもありません。
 そんな場所ですから、マチュは一年戦争とは縁遠い環境で幼少期を過ごしたと思われます。戦後の一時期、ジオンに占領こそされていたようですが、戦火は味わっていません。
 ニュースや動画サイトを通して、戦争情勢やギレン総帥の演説を目にすることくらいはあったかもしれません。しかし、基本的には対岸の火事とでも思って興味無かったはずです。それは、一年戦争の英雄であるシャア・アズナブルの情報をWikipediaで見ても、『変なマスク』なんて無関心極まりない感想しか漏らさなかったことからも窺えます。

 そういったサイド6での平穏が、彼女の反骨と閉塞感を大きく育てたのでしょう。何不自由無い生活だからこそ、退屈で刺激も無い。
 外の世界で何が起こっているのかを知らないから、無邪気に憧れていられる。まだ彼女は世間知らずで、あまりにも子供です。

彼女がニュータイプだから

 物語の途中から、マチュは明らかにニュータイプの片鱗を見せ始めます。
 では、いつニュータイプに目覚めたのか。
 ニャアンとぶつかってキラキラした時? ジークアクスに初めて乗った時?
 私は『本編よりかなり小さい頃から』だと思っています。いっそ、生まれた時からかもしれない。
 という根拠が、マチュが抱き続ける閉塞感と反骨心です。

 そんなもんかな~と思いつつ不思議だったのが、マチュは生まれた時からスペースコロニー育ちのはずなのに、遠心力による擬似重力を偽物だと感じ、本物の宇宙や海に強い憧憬を抱いているということでした。
 生まれた時から17年間その環境で過ごしてるのに、なんでそこまで偽物感を感じるんだろう? 彼女は『本当の重力』がどんなもんか知らないし、頭上にどこまでも突き抜ける青空が広がっているという光景も、せいぜい動画や書物の知識などでしか知らないはずなのに。

 一方で彼女はそういった偽物や、自身を抑圧するモノ達への閉塞感・反骨心を常に抱え、行動に表しています。

  • コロニーの擬似重力を『私達を押さえつける』と表現したり。

  • 『空が足の下にある』コロニーという偽物の閉塞環境に逆らって逆立ちし、それを諌める教師の声をガン無視したり。

  • 初対面で気が立ってる半グレ達には目もくれず「宇宙そらって、自由ですか?」なんて言ってみたり。

  • ポメラニアンズに子供扱いされると例のジト目かわいいで若干イラッとしたり。

  • そして、弱者を弾圧して支配しようとする軍警に抵抗したり。

 これらを『マチュも思春期だから』の一言で付けてしまうのは容易いですが、それにしたって随分と破天荒です。

 その理由が、『彼女がすでにニュータイプだから』なのでしょう。
 空間把握能力が人より優れているがゆえに、生まれた時からずっとイズマ・コロニーに閉じ込められているような、ひときわ強い閉塞感を感じているのです。
 
そこは自然に似せているようで、明らかに人工的に再現された違和感の数々で満ちた場所。マチュは幼い頃から、それらを極めて高い感受性で受け取り続けてきたわけです。
 ひょっとしたら、そのニュータイプの能力で(特に運動関連)色々なことが何となく上手くこなせてしまう、そういった感覚もまた、より日常の退屈感と閉塞感を高めていたのかもしれません。
 そんな感覚を抱えたまま、それを分かち合えない人々の中で10年以上生きてきたとしたら。次第に反骨心も大きく育つ。そこに思春期特有の万能感(あんまりこの言い方好きじゃないんですが)だとか、成長期ゆえの悶々とした想いが重なれば尚のことです。
 こんな環境から出ていきたい、本物の宇宙(そら)へ飛び出したいと思うようになるのはあまりにも当然の帰結。自由を渇望するような破天荒娘に至るわけです。

 空間把握能力に限って言えば、学校での逆立ちぱんつ丸出しからのプール飛び込み、ニャアンと接触した際に鳥居に飛び乗った軽業、ザクからジークアクスへ駆け抜けるアクロバティックといった、非常に優秀なフィジカルにも遺憾なく発揮されています。あまりにも思い切りの良い行動の数々といい、とにかく常人オールドタイプとは感覚が大きくズレていることが明らかです。
 ただのヤンチャ娘であればそこまで問題は無かったでしょう。なまじニュータイプなんて力を持っていたがために反骨心はより大きく育ち、その反骨心を満たすためにニュータイプの優れた感覚が使われてしまう……そんな悪循環が、彼女の心にはあるようです。

とはいえ彼女は基本的に育ちが良い

 ただ、そんな彼女の反骨心も、むやみやたらと誰かに噛みつくため発揮されるものでもないのだと思います。
 そう思った理由があります。

機動戦士GundamGQuuuuuuXキービジュアルより
機動戦士GundamGQuuuuuuX MATERIALSP23より

 キービジュアルでは、強気な目つきをしたマチュが(おそらく敵というか、抑圧の象徴であろう)軍警ザクの残骸の上で、淑やかさのカケラも無い不遜な座り方をしています。いかにも我が強い、反骨心むき出しな感じです。
 一方、MATERIALSのP23に描かれた、映画を見る3人のイラスト。マチュはきちんと脚を閉じて座っています。2回目視聴でコレ買ってこのページ見た時、正直すこし驚きました。アナタこんな座り方できるんですか、って。
 こうして友達同士でいる時――わざわざ何かに反抗する素振りを見せなくても良い、のびのび自分らしくいられる場所では、こんな淑やかにもしているんですね。他人にぱんつ見られようが微塵も気にしない娘だと思ってた。やっぱ根は育ちが良いということか。
 むしろシュウジはもっと足閉じなさい。それオッサンが嫌われるやつだぞ。 

マチュはオシャレ

 マチュはオシャレです。
 制服の上着のセーターはわざわざ学校指定でないモノを着て、耳には赤い月のピアス。髪も黒髪を赤に染めてる疑惑があります。襟足だけ黒いですし、母も黒髪ですし。ついでに名前やイズマ・コロニーのネーミングや雰囲気もろもろ、明らかに日系ですからね。
 マチュの学校の校則は分かりませんが、普通に堂々と登校していますし、生徒の裁量でこれくらいは許されてるのでしょう。さすがにマチュが常に反抗的すぎるので改造制服まがいの行為は黙認されているなんてことは無いと思いたい。
 とはいえマチュの性格を考えると、これらはただのオシャレというよりは、やはり反骨心の発露と見たいところです。現実の少年少女も、ファッションでアピールなんて誰でも当たり前にやることですからね。
 マチュは上半身オーバーサイズめ、下半身は生脚を出すという『ルール』がアートワークスには描かれています。おそらく竹さんの個人的なルールだとは思いますが、マチュ自身のファッションセンスでもあると考えたいところ。

 で。マチュについて特にネタバレ禁止だった頃よく話題になるのが、5倍のエネルギーゲインと言われる胸部です。制服時は平坦なのに、実は脱ぐとそれなりに大きいというジオン驚異のメカニズムを内蔵している着痩せ体質。
 その事実と上半身のファッションセンスを照らし合わせると、マチュは体のラインが出るのを嫌がる娘なのかも、とも思えます。まぁ、年頃の少女なら大体そうなんじゃないかという気もしますが。
 あえてカルバンクラインのようなスポーティなデザインの下着ブランドを選んでいるのも、そういうフェミニンさを抑えたい気持ちからなのか。シンプルにオシャレで気に入ってるからなのか。いくら運動神経抜群だからって、そこだけ単に動きやすいものを選んでるとは考えにくい。

 何にせよ、小柄な子がぶかぶかなオーバーサイズを着てるのは素直に可愛いと思います。隣りにいるニャアンがスラッとしてるから余計に。ファッションにも自分らしさ、こだわりを強く反映させている我の強さ、マチュのこういう所ホント好きですね。

 パンフレットやクリエイターズトークの情報からするに、どうもマチュのファッションは竹さんの裁量に任せてる部分が大きいようですね。竹さんは架空のブランドを設定し、マチュはそこの服を好んで買っているイメージだとか。ニャアンが変装のための制服すらマトモに調達できないのとは大違いです。
 マチュパンの文字の真実については分かりませんでしたが、竹さんがいつか語ってくださることに期待しましょう。

そのオシャレは誰のためなのか

 これは後編で詳しく触れる部分なのですが、マチュは我が強く『不特定多数の他人からどう見られるか』をあまり気にしていない節があります。
 学校では、大勢の生徒の前でぱんつ丸出しになることを躊躇しませんでした(これは女子校だからってのもありそうだけど)
 お風呂シーンでは、外が気になって窓を開けるも、全裸の上半身を隠そうともしませんでした。植木鉢君のファインプレーが光る。
 他にも、いろいろ見えようが一向に構わんと言わんばかりの堂々とした座り方をしてみたり。

 そういう態度を鑑みると、彼女は他人に可愛く見られたいとか、流行に乗ろうとかよりも、まず自分がどう着飾りたいかでファッションを決めてるんだろうなぁ。自分はこうありたい、という自己の想いの発露。上述した竹さんの『ルール』がマチュ自身のものでもあるのなら、その辺も納得がいきます。
 もし、そのルールを曲げることがあるとしたら。例えばシュウジが「(ファッションはよく知らないけど)これマチュに似合いそう」とか言い出して、マチュはその場では何となく言葉を濁すけど、後日さりげなくそっちに寄せてるようなことがあったら……?
 これはシュウマチュクラスタが熱くなるな。

マチュとクラゲ

 彼女のファッションや小物(マグカップやスマホケースなど)には、『クラゲ』モチーフがよく用いられています。
 少なくともコロニーに自生してる生物ではないでしょう。食用にさほど適さない、毒の危険もある生物をわざわざ優先して宇宙に持ち込む必要性は薄いですからね。
 ところでマチュは本物の宇宙もそうですが、『地球』にも憧れがあるようです。ニャアンにワナを仕掛けた際、『地球の歩き方』を持ち歩いていましたからね。地球の『本物』の動植物にも興味があるのでしょう。
 では、何故その中でも『クラゲ』なのか。単にマチュがクラゲをかわいい生物だと思ってる、でも良いのですが、ここはちょっと妄想を広げてみたいところ。

 マチュがプールに飛び込んだ際の独白で、「もちろん、本物の海も」と最後に付け足しています。わざわざ「もちろん」で区切る辺り、海にも強い憧れがあるのかもしれません。キラキラに触れる際、泡音が聞こえるという意味深な演出もあります。
 スイスイと素早く泳ぐイメージの魚類と違って、クラゲはふよふよと漂っています。波にまかせて、あてどなく。
 それはまるで、暗い無重力の宇宙そらを漂う宇宙飛行士のように。
 海と宇宙、2つの憧れるイメージをくらげに見たのかもしれません。だとすれば、好きなものに一途なマチュのこだわりが、小物にまで見て取れるようです。
(ここまで書いてふと思ったんですけど、あの時マチュが着衣で飛び込んだのは反抗心もあったんでしょうけど、わざと動きにくい着衣をすることで、ふよふよ漂う感覚を得たかったのかもしれませんね)

 今後、ジークアクス以外のモビルスーツ――水泳部の機体に乗るなんてことがあったら面白そうですね。さすがにクラゲMSはいないし、宇宙で水中用機体に乗るなんて冒険王ガンダムかって話ですけど。
 限り無く有り得ないとは思いますが、機体越しにでも『本物の海』を体験できたら、彼女も満足するでしょうか。
 マチュ、ハイゴッグだよ。ハイゴッグ、マチュだよ。


 ここからは後編、【関係性編】に続きます。
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