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30年の追憶と、空白の3年[読書記録]

「読んでみなよ。」と身内に手渡された本。

分厚くて、質素な雰囲気を漂わせる表紙

恥ずかしながら私は、普段文庫本ばかり読んでいる。とてもではないが、正直読む気が起きなかった。

勿体ない精神で、読み進めた。

気づいたら、読了していた。驚いた。
これほどまでに美しい物語があるだろうか。

私は、この本に出会えて、心から良かったと思っている。

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「存在のすべてを」
著:塩田武士

個人的評価
☆☆☆☆☆

おすすめしたい人
・心があたたまる、愛のある作品を求める人
・普段短い小説ばかり読んでいる人


あらすじは以下の通り

平成3年に発生した誘拐事件から30年。
当時警察担当だった新聞記者の門田は、旧知の刑事の死をきっかけに被害男児の「今」を知る。
異様な展開を辿った事件の真実を求め再取材を重ねた結果、ある写実画家の存在が浮かび上がる――。
質感なき時代に「実」を見つめる、著者渾身、圧巻の最新作。

出版社内容情報より

補足すると
長編であり、主人公が切り替わる連作中編?とも取れる構成。現場を担当する刑事、新聞記者、被害男児と関係のある女性など…数人の主人公がいることも本書の魅力である。

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※ここから先、感想になります。確信をつくネタバレはありませんがすべてご自身で楽しみたい方はご注意を。




サスペンス等、事件を描いた物語は
多くの場合その事件の過程に焦点が当てられる。
しかし、この物語は過程というより
「事象」そのものがすべて描かれている。

つまり、事件に直接でも間接でも関わった人や環境が事細かに綴られているのだ。

事件と言うと
謎を辿る楽しさ、を見出す人も多いと思う。

しかし、私はこの物語を
もはや娯楽としての創作ではなく

第三者として、当時の誘拐事件を知っているこの世界の人間として

こんなことがあったのだという話を
聞かせてもらっている

そんな感覚に呑み込まれていったのだ。

かつてない感覚だった。

もちろん、我々を巻き込むような内容や描写など一切ない。
それでもそう感じさせる
現実味隅々まで届く濃密さ が文章に表れており、私は感銘を受けた。


また、私はこの物語をハッピーエンドと捉えたい。

登場人物は皆何かしらの形で救われているからだ。(誰がどのような結末を迎えたのかは書かないが…)

前述の通り、当てられた焦点は事件発生→捜査→解決、という過程ではない。そしてもはや、言い方が良くないが犯人の事情などどうでもよいのだ。犯人について描かれた情報はあるにしても薄く、あまり重要視されていないのだと思う。

誘拐事件からの30年を通して、「空白の3年」を通して

確実に皆何かを得て、変わっていると私は感じた。
この変化が本当に美しく、鮮やかであると思う。

何が起きたのか、読んでいない人はぜひ感じてみてほしい。


P.S.
この物語の軸となる「写実画」
全く知識がなかったが、これを機に観に行ってみたいと感じた。
文章からも感じられる写実画の繊細さに大変興味を惹かれた。
いつか美術館で見ようと思う。



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