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『ラークシャサの家系』第11話

◇「バラモンの姫」

 井村明子を、この捜査メンバーに加えるって、簡単に言いますけど、素人で女子高生でお嬢様、半鬼といえども、人間扱いの個体をどうやって?
 ねぇ、みどりさん? 七瀬さん?

 翌朝、武蔵ダイカスト工業、応接室。
「あなたが井村明子さんですね?昨晩、七瀬さんと一ノ瀬さん、それとメ、いや、お母さまのみどりさんから連絡がありました。私がこの会社の責任者で指宿と申します。」
「はじめまして、井村明子です。よろしくお願いいたします。」
「今、何人か紹介したい方々がいるので、お呼びしています。少々お待ちください。」
「指宿さんは、」
「なんですか?」
「あっ何でもないです。すみません。」

 朝一で、オレ、茂木兄妹、鴛海の4人が社長に呼び出された。捜査の進捗状況を知りたいのか? それとも、昨日のメンバー追加事件の事情徴収か? メンバー追加事件の件は、他の3人は知らないしなぁ、なんだろ?

”トントン”

「失礼しまーす。」

”ガチャ”
”ドタドタドタ・・・”
”ペタペタペタ・・・・・・・”

「えっ?」
「?」
「?」
「う~・・・」

「なんで明子さんが?っていうか明子ちゃんって呼んでいいよね?」
 作業服を着た井村明子。ちょっと新鮮だ。大人っぽく見える。オレの横では、なぜか茂木紗々がすごい顔でうなっている。

「はい・・・えっと、今日からこちらで職業訓練の実習を行うことになりまして。」
「そういうことか。実習ね。うまいこと考えたなぁ。えっ!社長これ誰のアイデア? 社長ってことは、まずないだろなぁ。」
「キダさん、悔しいけど私のアイデアではなくてですね。一ノ瀬 参事官のアイデアです。」
「ふーん、一ノ瀬って知らんけど。で、職業訓練は良いけど、明子ちゃん受験は?今年、大学受験でしょ?」
「はい、キダさん。実は先日、推薦入学の合格連絡があって。」
「おぉーそれはすごい。おめでとうー。じゃもう余裕だね。」
「キダさん、独り占めでおしゃべりするのは、いい加減にしてさ、僕たちにも紹介してもらえませんかぁ?」
 少し拗ね気味の鴛海。全く興味のなさそうな茂木さん。そして、なぜか、うなっている茂木紗々。

 ずっとタイミングを見計らっていた指宿社長に、ようやくターンが回ってきた。
「みなさん、朝のお忙しい時間に申し訳ございませんね。こちらは井村明子さん。大宮聖心女子高校の3年生です。本日より2週間ほど、当社、武蔵ダイカスト工業で、卒業前の職業訓練実習を行っていただきます。実習職場は開発課となります。では井村さん、挨拶をお願いいたしたします。」
「みなさん、おはようございます。それとはじめまして。私は井村明子といいます。大宮聖心女子の3年です。卒業前の職業訓練プログラムで、今回、武蔵ダイカスト工業さんでお世話になることになりました。色々とご迷惑おかけすることもあると思いますが、精一杯頑張りますので、よろしくお願いいたします。」
「おおー!!」
「?」
「ゔぅー・・・」
 鴛海、喜びすぎ。茂木兄、興味なさすぎ。茂木紗々・・・うなりすぎ。

「それでは僕たちも自己紹介するね。僕は、鴛海。主にコンピューターを使う仕事がメイン。ネット検索とか画像解析とかがプロ級です! 」
「はい、鴛海さんですね。よろしくお願いいたします。」
「で、このおじさんは茂木さん、茂木さんは、機械、電気、何でも来いの設備屋さんなんだけど、ガチオタクでヤバいです。」
「茂木です。”もぎ”ではなくて”もてぎ”です。」
「はい、茂木さん、よろしくお願いいたします。」
「それでこっちは、茂木さんの妹で紗々。”あほ”みたいに材料に詳しい。なんか難しい機械でなんでも分析しちゃうけど、基本コミュ障でヤバいです。」
「・・・よろしく」
「よ、よろしく・・・お願いいたします。」
「はい、次! すでにお互い知ってるようですが、このでかいのはキダさん。まだ入社したばっかりで、仕事らしい仕事はしていません。たぶん、この先もずっと仕事らしい仕事はしないと思います。以上!」
「鴛海さん?もうちょっと言い方があるでしょ・・・」
「でさっ社長!明子ちゃんは何するの?僕のアシなんてどう?」
「えーとですね。却下です。さっ冗談はさておき、井村明子さんを捜査のメンバーに加えます。これは内閣府からのお達しです。」
 指宿のおっさん、この辺りの切り替えの巧みさはさすがだ。
「社長、オレはだいたい経緯を理解してるけど、この3人は全くもって理解不応だろう。ちゃんと説明してやってくれ。」
「そうですね。本来、そこは内閣府の参事官である七瀬さんのお仕事なんですが、その七瀬さんが、まだこちらに来ていないようなんです。」

”コンコンコンコン・・・・・”
慌ただしい?ヒールの音?

”ガチャっ!!”
「ごめんなさいっ!!完全に寝坊しました!!申し訳ございません!!」

 七瀬・・・おまえ、すっぴんだし、なんかシャツがすごいことになってる。
「まぁまぁ七瀬さん、ちょっと落ち着いて。一旦、化粧室にでも行って身なりを。」
「大丈夫です。これで大丈夫・・・」
 応接室の壁にかけてある、やや大ぶりの鏡に、ぼろぼろの七瀬が写っている。鏡に映ったの七瀬と、現実の七瀬の目が合った瞬間、両方の七瀬は、ガス欠のスポーツカーのように、急激に元気がなくなった。
「指宿さん、ごめんなさい。ちょっと化粧室へ行ってきます。」
「どうぞ。」
 優しそうに笑う指宿だが、今の七瀬にはその表情が一番つらいと思う。
「七瀬さんて、いつもあんな感じなんですかぁ?なんかいい大人が痛いですねぇ。」
 明子ちゃんの言い方は、なぜか嬉しそうというか、上から目線というか、少し勝ち誇った感じ。一応、オレは七瀬のパートナーでもあるし、普段から色々世話にもなっている。ちょっとだけあんな格好の七瀬は可哀そうなんで、あえて否定してやった。
「いや、違ったと思うけどな。」
でも、否定になってなかったかもしれない。

「はい、それではみなさん集まりましたね。井村明子さんのメンバー加入の件は、私、七瀬から説明させていただきます。指宿さん、それでよいですね?」
「どうぞ。」
 状況が少し違うが、七瀬も、指宿に負けず劣らず切り替えが巧みだ。
「こちらの井村明子さんは、お父様が人間、お母さまがラークシャサ、つまり半鬼です。」

 七瀬は、井村明子と今回の事件との関係性、つまり、彼女が合成写真について隠そうとしていた理由や、この事件に2体の凶暴な鬼が関わっていることを、彼女が予めわかっていたこと、そのことを理由に、鬼たちから襲われるのではないかと不安がっていること、そして捜査メンバーとして一緒に活動するほうが、鬼たちから彼女を守りやすいし、そのほうが捜査が捗る可能性があることを説明した。

「七瀬氏、井村明子が、捜査に協力しているほうが安全ということは理解したがぁ、ただ、そのほうが我々にとっても有難いというのは、今一解せんのだ。そこを少し集中的にご講義願いたいっ!」
 茂木兄は癖の強い性格だが、その考え方は非常に論理的でシンプルだ。しかもIQがとても高いらしい。良い研究者の素質でもあるらしいのだが、気になった事柄に対しての執着心は恐ろしく、納得する答えが得られるまで調べ続ける。逆に納得できれば話がとても早い。
「そうですね。明子ちゃんは、鬼の行動を把握できる能力を持っています。つまり、あの2匹のアチュートが、今どこに居て何をしているのかがわかるのです。これは私たちの捜査に多大な貢献をすると考えられませんか? おそらく内閣府はこの点を評価したのでしょう。」
「うーん。それが本当であれば、その能力は我々にとってとても有り難い。しかしそんな能力は聞いたことがないが、いったいどんなカラクリで?」
「通常、半鬼は鬼の親から、身体的優位性を引き継ぐことが多いようです。つまり人並外れた走力、跳躍力、腕力、場合によっては、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚といった五感であったりするようです。例えば、五感の中でも、聴覚や嗅覚だけが、何らかの理由で極端に優れており、それらがまるで高性能センサーのように正確に働き、他の鬼から発せられる特殊な信号や、匂いを感知できたら・・・明子ちゃんにはそんな能力があるようです。明子ちゃんのお母さまから聞いたんですが、過去にも同じような能力で、鬼の行動を把握できる半鬼がいたらしいです。」
「ん?井村明子の母親?そ、そうだ井村明子の母親は、どの階級の鬼なのだ?これは私の個人的な興味であるので、指宿氏はじめ内閣府の人間、もちろん井村明子にも答える義務はないが。」
「明子ちゃん、指宿さん、どうしますか?」
「七瀬さん、私は別に隠すことではないと思います。それで少しでも、私に対する理解が深まるのであれば。」
「まぁ明子さんが良いと言うのであれば、私には止める権利はございません。」
「そうね。私も指宿さんと同意見です。明子ちゃん私から言っていい?」
「どうぞ、七瀬さん。」
「明子ちゃんのお母さまは”バラモン”です。」
「”バラモン”でありますかっー!」
 茂木兄の態度が急に変わった。
「で、バラモンの姫様は今後どのようなお仕事を?」
「指宿さん、そこはどう考えていますか?」
「七瀬さんとキダさんのサポートを、と思いまして。お二人に索敵能力のある明子さんが付けば、鬼に金棒です。明子さんどうでしょう?」
「私、金棒になりますよ。キダさん。」
「ん?」

「それでは親睦会は日を改めて・・・よろしいですか明子さん?」
「はい、社長。」
「・・・マジ?また親睦会やるの?」


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◇第12話へつづく

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