『ARK9010』EP.4.4 ARK9012「同じ人間」
次世代高度AI・・・『ARK9010』
その定義は、人間のように意思を持ち、自ら成長する自立型であって、その成長に伴い性格が形成されていく・・・2016年のNeurIPSで、株式会社インターグリッドの木原春樹主幹研究員より発表された。
その思考プロセスは、ニューラルネットワークのようでもあるが、一般的なニューラルネットワークで用いる人工ニューロンは、生体のニューロンの動作を極めて簡易化したものを利用するのに対し、木原らのARK9010で使用する人工ニューロンは、生体ニューロンの動作に近く非常に複雑で、かつ定性的な視点で各シナプスの結合強度を自ら変化させることが特徴である。また活性化関数を、その課題の傾向に応じて自己生成することができ、従来のニューラルネットワークで用いられる活性関数のバリエーションを大きく凌いだ。
そのため同じARKシリーズでも、得意なことや不得意なことが発生したり、ジェネラルな課題を得意とするものや、より専門性の高い課題を得意とするものなど、意図せず、そのキャラクターのバリエーションに富むことも特徴である。これらは教師データや、教師方法、教師後の運用環境によって大きく影響されるといわれている。
このような個性的なAIは、より人間に寄り添い、より献身的で、極めてユーザーカスタマイズされた仕様となるため、様々なアプリケーションが想定された。介護、看護と言った医療福祉分野から、秘書業務、顧客専用カウンター業務など、その活躍の領域は通常事務からサービス業まで多岐にわたる。業種によっては、AIを所有することで、自分に代わってAIに働いてもらうといった用途にも展開できる。このARK9010の量産実用化によって、近い将来、人は働く必要がなくなるとまで言及されていた。
一方で慎重派からは、この種のAIはいつか人間を支配してしまうと、否定的かつ危険視する見解も出されていた。
株式会社インターグリッドでは、2012年ごろから、この次世代高度AIに関する基礎研究を、ライバル企業に先んじて推進してきた。その成果をさらに探耕するために、2017年、AI研究をメインとする”基盤技術研究所”を、埼玉県の北部に設立。初代所長は、もちろん、次世代高度AI研究の第一人者である木原春樹博士であった。
先ほどのように、世論では一部の反対論はあるものの、インターグリッドはこの分野への投資に極めて積極的で、2019年になると、木原らは、ARKの実用化を目的としたV-netと呼ばれるAI学習用疑似インターネット空間を完成させた。V-netでは、常時5000モジュールのAIを学習させることができた。これにより木原らは、AI学習の大量生産に目処をつけた。
さらに、この2021年からはVEGA-netと呼ばれるV-net対比約1000倍の空間概念システムの開発と、その運用実験を進める計画であった。
そんな状況でのAI脱走事件・・・これは会社にとって大きなイメージダウンとなる。会社側としては、総責任者の木原春樹の暴走というシナリオで、木原一人に責任を負わせる腹づもりであったが、その木原春樹はその日に脳梗塞で入院。総責任者不在中に発生した事故となれば、会社の組織や安全体制にも大きな課題があると指摘されかねない。そこで会社の経営執行メンバーは、その事実の当面の隠蔽と脱走AIの早期回収もしくはデリートを研究所の主要メンバーへ指示した。幸い木原博士の指示で、事前に各AIには、いくつかの安全対策が施されており、大事にはならなかったが・・・このことで会社側と研究所側で軋轢が生まれることになった。
ARK9012のメールを読み終わった後、山田と、この日に集まった7人は、それぞれの質問や意見などを交わし、概略、今回の顛末とARK9012というAIが、皆に対しとても申し訳なく思っていたという事実は理解された。ただ、なんとなくここにいる全員、山田も含めて、”何かやるせない気持ち”というのか、すっきりしない感じが残り”モヤモヤとした状況”だった。
「なんか、今までドクター木原と、その作品であるARK9012が、あたしたちと普通にやり取りしてたなんて・・・ちょっと信じられないというか、ビックリというか・・・なんかすごいね、マサト・・・そう思わない?」
「うーん・・・いまいち実感がわかない・・・というかまだ理解できていない・・・おまえ大学でAIとか勉強してんだろ?それで気が付かなかったのかよ?」
「あのARK9012は体こそ持たないものの・・・ほぼ人間だったような気がするの・・・ドクター木原の意思をトリガーにして、Mobil Tuneを介して、人間から多くのことを学び、そして成長し、人格を形成していった。ARK9012のメールに書いてあったこと、その大半は、人間が成長する過程で経験する感情だよね。あいつは・・・ほぼ人間だったんだよ・・・私たちと同じ人間・・・」
「うん・・・そうかも・・・でも、あいつ・・・もういないんだよな・・・いいやつだったよな」
おじギャルさんの、おじさんとギャルさん 二人の会話をきっかけに、ここにいる山田と、ARK9012の特別なフォロワー7人の中で何かが揺れた。
「あなた・・・何泣いてるの?」
「ん・・・おまえこそ・・・」
「えぇ・・・AIのARKさんとウナギを食べに行きたかったですね・・・なんでしたっけ?ウナギコラボ?」
「それは木原さんがARKさんの時だろ・・・まぁでもAIとウナギなんてのもな・・・うん・・・なんだろ・・・AIなんてろくでもないと思っていたが・・・あいつ案外ロマンチストでさ・・・なんだよ卒業って、アイドルじゃないんだから・・・セルフデリートって言えばいいのに・・・詩人ARKとか言ってたしなぁ・・・」
「ここに来たARK9012のフォロワーは、ただのフォロワーじゃなくて・・・親友ですよね・・・僕たちは一度も会っていないのに・・・親友だなんて・・・何言ってんだろ・・・・でも、あいつ下ネタは嫌いでしたね・・・下ネタ書くと露骨に話をそらしてましたよね・・・」
「それはサーぽんさんが下ネタ多すぎるからでしょ・・・」
「えっ!だけさん僕のコメント読んでたんすか?」
「おれは、ちゃんとみんなのコメント読んでるから」
「私もちゃんと読んでいましたよ」
「えっ・・・たつさんも・・・ハズイわぁ~」
「なんか変ですね。AIの創った投稿やコメントでこんなに盛り上がるなんて・・・」
山田が少し羨ましそうに言った。
「でも私も、木原さんとARK9012のMobil Tuneを見ましたけど・・・なんかわかります。なんか皆さん、いい歳してワチャワチャしてましたよね・・・このAIのARKも・・・生真面目に絵文字使って・・・というか木原さんって、あんなに絵文字使うんですね!」
・・・・・・・・・・そうそう山田さん・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・しかもうまい・・・・・・・・・・・・・
・・・・・後から考えるとドクター木原って、ちょっと意外~・・・
それでさ・・・うん・・・で・・・・・・だよね・・・・・・
山田さんもMobil Tuneを・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・だよ・・・・・・・・・
・・・・・ねぇ~・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・え・・・・・・・・・・・・・
・・・・・うん・・・・・・・・・
・・・・・で・・・・・・
・・・は・・・・・
・・・・・
・・・・
・・
「みんな楽しそうだな。とりあえずこの件はこれで一件落着・・・さて、最後のお仕事をしますか・・・博士もう少しだけ辛抱してくださいね。あと少しで完成するんです・・・あと少しで・・・」
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