『ラークシャサの家系』第7話
◇「県警の七瀬」
最近整備されたばかり綺麗な大通りと、新旧入り混じった閑静な住宅地。近くには、大手チェーンの回転寿司や焼肉レストランが立ち並ぶ。今では、全国どこでも見ることができる、埼玉県発のファッションショップもある。ずいぶんと住みやすそうだな・・・これが最初の印象だ。あの残虐なアチュートが、隠れているような街には思えない。
さて、まずは桜区西堀10丁目8X−XX、斉藤和也のほうだが・・・
”ガチャ、バーーン”
また、そんなに強く閉めなくても・・・
”ガチャ、バン・・・”
「カメラ付きのドアフォンか・・・オレじゃないほうが・・・」
「そうね・・・」
”ピンポ~ン!ピンポ~ン!”
”ピンポ~ン!ピンポ~ン!”
「居なさそうだな?」
「えぇ・・・でもアチュートならこの時間帯には居そうですけどね。」
”ガチャ・・カチャ、ザ・ザ・・・”
「?!」
「はい・・・斉藤ですけどぉ。」
(えっ居た!うまく言って玄関を開けさせろっ!)
「あっ斉藤さん?えぇと・・・えっと、あっ、わたくし、あひるプロダクションの方から来たものですが、少しですね、あひる坂46のファン代表としてお話を・・・」
”ガチャ、ドン!”
(開いた…)
「えっマジで!!いいですよ!いくらでも話しますよっ!!マジで!!」
転がるように、いとも簡単に外に出てきた。いかにもオタクといった少し小太りの男だ。とりあえず捕まえるが、拍子抜けするぐらい呆気ない。
「えっ!なに?なになに?このおじさんなに?ちょ・ちょっと怖い怖い。」
あっさり捕まえられたけど・・・
どう見ても、これは人間。匂いも人間。力も人間。
「どういうことだ?七瀬参事官。」
「斉藤さん、ちょっといい?私たちあなたに聞きたいことがあって。」
「えっ?どういうことですか?何が何だか全然理解できないですけど。」
「あひるっ子トレーナーの件で、少し聞きたいことがあるの?野川桜子のトレーナーを見せてもらえませんか?」
「あぁ・・・あれね。持ってない。盗まれたっていうか獲られた。山崎正っていうやつに。」
なにやら、急にテンションが下がった様子だ。先ほどの勢いはどこへ行った。
「えっ、どういうことですか?」
「あひる坂のライブで買って、すぐに山崎正に獲られた。」
「もう少し詳しくお願いします。」
「なんで?お姉さん、本当にプロダクションの人?お姉さんたちこそ何なんですか?まずはそちらから、ちゃんと名乗るのが礼儀でしょ?」
「はぁ?・・・七瀬、こいつやっちゃっていい?」
「なにを言っているんですか?ダメに決まっています。」
「はーい。」
仕事でなければ、力をチラつかせて、すぐに大人しくさせるのだが、今日は七瀬の言うことを聞いておこう。
「えっと私は、埼玉県警の七瀬です。こちらは・・・」
「オレは・・・その・・・なんだ・・・えっ?埼玉県警?・・・同じく埼玉県警のキダです。」
(事前に言っておいてほしいわ。こういうのことは…)
「えっじゃ警察手帳、見せてくださいよ!」
「あっ失礼しました。はい。埼玉県警の七瀬巡査です。」
「えっ本物の刑事?さんですか!?」
斉藤はなぜか大人しくなって、”捕られた”経緯を喋り出した。
「桜子様デザインのあひるっ子トレーナー、私にその購入権が当たったのは、まさに奇跡で、ここでこんな運を使ってしまったらと、逆にこの後の人生が不安になったぐらいです。で、春の限定ライブの物販で、いざ、その実物を手にした瞬間から、体中がその感動と責任感の重さでしばらく打ち震えておりました。」
「責任感?」
「桜子様がデザインした唯一無二の逸品。それを所有することの責任感、そしてそれを着る責任感、つまり・・・桜子様にとっての唯一無二の存在となる責任感・・・キダさんと言いましたっけ?この責任感が理解できないと?だから警察は・・・」
「あっはい・・・あっいえいえ!よーく理解できます。続けてください。」
なぜかこの種の人間は理屈っぽくて面倒だ。突然キレるやつもいるし、オレはあまり得意なジャンルではない。
「えっとどこまで話しましたっけ?あぁそうそう、そのトレーナーを手にした数分後、たった数分後ですよ!私がまだ一度も袖を通したことのない、桜子様デザインのあひるっ子トレーナーが、山崎正、率いるあいつらに・・・いとも簡単に・・・くぅ、無念・・・」
「えっと、それで盗まれたと?」
「強奪ですよ。あんなのは!」
「で警察へは?」
「警察はちょっと・・・」
警察に対して何かあるのか?斉藤は、警察という言葉に弱いようだ。
「キダさんちょっと。」
「ん?なに?」
「今、警察庁のデータベースを確認したら、これ彼ですね。」
「前科ありか、しかも盗撮、のぞき、痴漢未遂、なんだかなぁって犯罪だな。こりゃ警察って聞けば大人しくなるし、警察を毛嫌いするよなぁ。で、ついでに山崎正ってのはどうなんだ?」
「山崎正は登録されていないようですね。」
「ふーん。相当悪そうな奴っぽいけどな。」
数年前まで、斉藤は、大宮や、浦和地区で、いくつかの性犯罪(未遂)を繰り返し、その度に逮捕されていたことがあったようだ。最近は逮捕の記録はないが、今でも、どこか警察に対して後ろめたいところがあって、それが態度に出ていたようだった。
「それと、さっき私のこと”七瀬”って呼び捨てにしませんでした?」
「えっそう?覚えてないけど・・・」
こいつも面倒だ。
「斉藤さん、それでは私たちで被害届を作成して、県警のほうで事件として扱うようにしますけど?」
「いや、それなんですけど・・・私は彼に仕返しがしたくて色々と探ったんです。マンションや仕事場を調べて、あひるっ子トレーナーの奪還と、どうやって仕返しをするかを、日々ひたすら考えてきたのですが、ある日を境にピタッと彼の姿を見ることがなくなって、聞くところによると、誰も彼の居所がわからなくて、職場でも大変な問題になっていると・・・きっと天罰が下ったんですよ。それに、それに桜子様は・・・もう卒業しましたし・・・ですから今更、被害届というのは・・・」
「はぁ、それでよいのですか?」
「えぇ、それに私、今では、斐伊川天ちゃんが推しなので。」
「はぁ、そういうものですか。わかりました。それでは、あとで何か思い出しましたら、こちらへ連絡ください。」
「あっ刑事さん、この後は、まだ誰かに聞き込みへ?」
「えっ?なにか思い当たる節が?」
「いやっそういう訳ではなくて・・・だ・大丈夫です。」
「それなら良いのですが、ご協力ありがとうございました。」
オレたちは、中央区大戸6丁目○−○○、上野英のところへ向かった。
「あっもしもし英?さっき刑事が来て。うん。そう。トレーナーのことを根掘り葉掘り聞いていったよ。あのことは言ってない。英も言うんじゃないぞ・・・」