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『ラークシャサの家系』第13話

◇「かくしごと」

 オレも一応クシャトリヤ。一周目の若造だが、それでも戦士の端くれだ。近くに鬼がいることぐらいはわかる。
「明子ちゃん大丈夫?ほら!キダさん気を付けてよっ!」
緊張感のない七瀬の声。鈍感な奴は幸せだ。
「七瀬さん、キダさん、大丈夫です。離れていきました。」
「私たちに気付いたのかな?ほら!キダさんどうなんですか?」
あいかわらず緊張感がない七瀬。
「あぁ、なんとなくだが気づいたのかもな。ただ、相手に戦意はなかったような気もするけど。」
「私もそんな気はしましたけど、ちょっと自信が・・・」
「とりあえずは安全ということですね?」
「はい。どんどん離れていきます。仮に戻ってきても、私がわかりますから安全です。七瀬さん」
「さすが金棒ちゃん。それでは、役場へ行きましょう。アポは取ってありますので。」

”ブーン・・・ブーン”

 村役場と聞くと何故か木造の古い建物を思い浮かべるが、空調の効いた立派な鉄筋コンクリートの建物で、玄関は当たり前に自動ドア。辺鄙な田舎町なのに、ずいぶん立派な建物だ。各課への案内もわかりやすいし、待合所も広く、とてもきれいだ。働いている人たちも笑顔を絶やすことがない。オレの住んでいる自治体の・・・まぁいい。

「私、内閣府総務課の七瀬と言います。本日16時に、広報の山野さんとお約束させていただいたんですが。」
「はい。内閣府の七瀬様っ。承っております。すぐにご案内をっ。」
 受付のお姉さんは緊張気味。こんな時、七瀬の肩書は、とてつもなく威力を発揮するが、それが裏目に出ることもある。

”コツコツコツ・・・”

「こちらでお待ちくださいっ。」
 3階にある、ずいぶん立派な応接室に案内された。普段、誰が何に使うのだろうか。この村はずいぶん潤っているようだが・・・

群馬県多野郡上野村
 上野村(うえのむら)は、群馬県の南西部(最南端)に位置する、多野郡に存在する村。群馬県で最も人口の少ない自治体かつ(平成27年6月1日現在)、関東地方の島嶼部(伊豆諸島・小笠原諸島)を除いた最も人口の少ない自治体である。
 日本国政府が推進した「平成の大合併」に対して「合併しない宣言」を出した。山間にある過疎地域であるが、2005年に上野ダム・東京電力神流川発電所が完成し、固定資産税の税収が増加したのに伴い、2006年(平成18年)度から2012年(平成24年)度まで地方交付税の不交付自治体となった。
 村域南部には、1985年(昭和60年)8月12日に発生した日本航空123便墜落事故の現場である御巣鷹の尾根(高天原山)があり、事故当時は上野村消防団が人家のない地域の捜索・救助活動に当たった。当時は無名だった尾根を「御巣鷹の尾根」と命名したのは、元村長の黒澤丈夫である。また村内の楢原地区には、納骨堂や事故に関する展示施設を有する「慰霊の園」がある。
出典(一部抜粋): フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
※ARK9024編集

 道中、アークに調べてもらった。ダム以外大きな税収はなさそうだが、それよりも、あの墜落事故の現場だったとは知らなかった。あれから40年ちかく経ったこともあり、当事者ではないオレたちの中では、あの事故は完全に風化していた。この村では、今でもあの事故とちゃんと向き合っていて、毎年、事故の起きた8月12日に慰霊式が行われている。

”コンコン”
「失礼します。」
”カチャ”

「はじめまして上野村広報課の山野です。遠いところまでよく来ていただきました。」
 感じの良さそうな青年だ。最近の公務員は、こういったポロシャツなど、カジュアルな服装で働いているところが多い。
「お電話で失礼しました。内閣府の七瀬です。よろしくお願いいたします。それでこちらは、私のアシスタントの2人で、キダと井村と言います。」
「はじめまして。」
「はじめまして、よろしくお願いいたします。」
「井村さんはずいぶんお若く見えますね。あっこれはセクハラになっちゃうかな?」
「あっ私、高卒の新入りですので。それで・・・」
「へぇ、じゃちょっと前までJKだったんですかぁ。あっこれもセクハラになっちゃうな、いかんいかん。」
 前言撤回。よく見たら、この山野という男、爬虫類が眼鏡をかけたような、感じの悪い男だ。しかも無駄に賢そう・・・
「山野さん、それではよろしいでしょうか?」
 七瀬、ちょっと怒ってるな。
「経緯はお電話でお話ししました通りで、その・・・この冊子に記載されている”道人さま”についてお教えいただきたいのです。」
「あぁそうでしたね。えっと、まぁ村の守り神みたいな空想の生き物で、役場の広報で企画して、勝手に想像?妄想かな?書いてますよ。なにぶんこんな田舎で娯楽らしい娯楽もありませんし、話題提供の一環でやってます。ですから、お電話でも言いましたけど、わざわざ来ていただいてお話しするようなものでは・・・」
「それにしても、この害獣情報の数字と、道人さまが行方不明の時期との整合性とか、調べさせていただくと、ずいぶんと長い期間続けておられて、しかも設定がかなりリアルですよね。私には、道人さまと名付けられた何かが、実際にいるように感じるのですけど・・・」
「七瀬さん、害獣の件はたまたまですよ。そこに道人さまのエピソードを加えただけで。それに、長い間続けていることや設定のことを、私に言われましてもねぇ・・・私が担当になった時には、すでにそうなっていましたので・・・そもそも、そのことと、道人さまが実際にいることと、何か関係があるんですか?七瀬さんは、道人さまが実際にいることに、とても固執なさっていますが、何か思い当たることがあるとか?」
「いえ、そういう訳では。ただ単に内閣府の文化企画として取り上げてみようと・・・それでお話しを・・・」
 七瀬の回答が、いつになく歯切れが悪い。山崎正の件は、公安より3県警には緘口令が敷かれている。山野は、それに心当たりがあるのだろう。七瀬に鎌をかけているような感じだ。狭い上野村、警察が入山したとか、何かを回収しているぐらいの情報は、役場に簡単に入って来るだろう。

ん?ちょっと待て。こいつ、山崎正の件を知っているな?!

 こいつ、何かを隠している。いくら上手く言い逃れても、体温の上昇や、それにより発散される独特の匂いは、オレにでもわかる。
 井村明子はどう見る?
 おもむろに井村明子のほうを向くと、彼女もオレの意図を理解したのか、軽く頷いた。
「山野さん、よろしいでしょうか?」
 とりあえず、適当に話を変えて、早く終わらせよう。
「どうぞ。えっと・・・キダさんでしたっけ?」
「ずいぶんと潤っているというか、村で企画した事業がどれもうまく言っているようですね。最近では道の駅を移転されて収益をずいぶんと出されたとか?もともと人気のあった道の駅を、わざわざ移転するという計画には、県側から相当な抵抗があったと聞いていますが、結果的に利便性が良くなり、さらに人気が出たと聞いています。上野村には敏腕プロデューサーでも雇っているのですか?なんて・・・」
「ははは、その手の話ですか。別にそんな凄いプロデューサーを雇っているわけではなくて、役場の職員が、みんなで考えてやっているだけですよ。」
「へぇそうなんですか。それならなおさらすごいですね・・・」
 これも嘘だ・・・

 ほぼ状況証拠はそろっている。あとは少しづつ距離を縮めてあぶり出すだけだ。そんなに急ぐ必要はないだろうが、なんなら今夜あたり、あの2匹を殺ってしまって、この仕事を終わらせてしまっても良い。オレにとっては、この村と、あの2匹のアチュートとの関係なんてものはどうでもよくて、早く終わらせたいだけで・・・オレは終わらせたいのか?殺しがしたいのか?

 その後、上野村の生い立ちや墜落事故の時の状況、「平成の大合併」の時の村長の勇ましさなど・・・まぁアークが事前に調べてくれた程度の話を、山野からひとしきり聞かされて、この面談は終わった。

「特に収穫らしい収穫はなかったな?七瀬参事官。」
 皮肉っぽい言い方でからかってみた。まぁオレにとっては、十分過ぎるぐらいの成果だ。これで動ける。
「キダさん、概ね想定内です。勝負は今夜。一気に仕掛けますよ。これだけ状況証拠がそろっています。ターゲットもこの村に潜伏しているようですし、今夜で片づけてしまいましょう。」
 七瀬は、いたずらっぽい表情でこちら見て言った。
「えっオレが言うのも変だけど、ちょっと乱暴じゃないかい?」
「キダさん、以前も言いましたけど、アチュートは駆除されるべき存在なのです。アチュートであるのなら駆除します。明子ちゃん、ここに潜伏している鬼はアチュートなんでしょ?」
「はい・・・以前、寄居で感じたものと同じです。」
「ほら。ですので今夜、仕掛けますよ。キダさん、いいですか?」
 考えていることは、そんなに違わないが、”駆除”とか”されるべき存在”とか・・・なんかニュアンスは違う。まぁ・・・殺れと言われれば殺るのがクシャトリヤ。

そう、結局、オレたちは鬼なのだ・・・


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◇第14話へつづく

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