『ラークシャサの家系』第21話
◇「新しい関係」
斉藤和也と上野英が住んでいる南与野まで、ここからざっくり1時間半。このホンダバモスの全長1,645/全幅1,250/全高1,270(mm)という室内空間が、とても居心地の悪い拷問部屋のようだ。
”ボボボボボ・・・ボボボボボ・・・”
車内の緊張した空気と違い、茂木兄にチューニングされた名機ホンダB16Aは、ストレスなく快調に回っている。
オレと七瀬の”付き合っている疑惑”に加え、36年前、上野村に墜落した日航機には、井村明子の母、井村みどりこと、”バラモンのメツキ”と、生後4か月の娘が搭乗していたという事実。加えて、墜落直後、メツキと2匹のアチュートとの戦闘があり、その間にメツキの娘は行方不明になったまま。
「はぁ~気が重い。」
「なに?キダさん。溜息ばかりついていると幸せが逃げていきますよ。」
「あぁ・・・」
なんでそんなに強くいられるのだ、七瀬よ。この空気の重さと井村明子からの負のオーラを感じることができないのか?
「あ、あの。」
”ビクッ”
「あっ、な、なに?明子ちゃん。」
ビックリした。突然しゃべるなよ。井村明子。
「あの、姉?のことは、突然過ぎて全く実感がなくて、何も感じないというか、何かすごく他人事なんです。でも、母のことは少し別で、まだうまく整理できなくて、なんと言うか、母が悪いわけではないと思うんです。むしろ被害者のような。でも母がその飛行機に乗ったせいで、たくさんの人が亡くなったって考えると、母は加害者でもあるかもって。」
「それは考え過ぎよ。明子ちゃん。お母さまは、ただ娘を連れて飛行機に乗っただけ。それにあれは事故なのか事件なのか・・・だから、加害者っていうのはおかしいと思う。」
「七瀬さん、ありがとうございます。」
「うん。よくわからないのに、あれこれ悩むのはやめよ。明子ちゃん。」
「そうですね。では、よくわからないので、ここでお二人にはっきりしてもらいたいことがありまして。七瀬さん、キダさん」
「なに? 明子ちゃん」
「えっ?」
まだ納得してないの?井村明子。この子、意外としつこいんだ。
「七瀬さん、やっぱりキダさんのこと好きでしょ?」
「えっ?えっ、なんで?明子ちゃん。」
「わかりますよ。よーくわかります。その気持ち。でも何かが、七瀬さんの気持ちにブレーキをかけているというか、七瀬さんはキダさんを好きになってはいけないんですよね?家のルールとか、なんかそんな感じの規則で。」
「なんでわかったの?まぁ、だいたい、大枠で・・・そんな感じ。」
井村明子は、レーダー探知以外にも特殊能力があるのか? まぁ、レーダー探知の能力自体が、人並外れた聴覚と嗅覚によるものと考えると、他人の考えをある程度読むなんてことは、案外容易いことなのかもしれない。
「じゃ、キダさんのことは好きなんですね?」
「そりゃ、仕事のパートナーですから。」
「そういうのじゃなくて、Loveのほうで。」
「だから、さっきも言ったけど私たちはそんなことを言っ・・・」
「もういい加減、素直になりませんか?どうせ古いしきたりで、七瀬家は管理している鬼を好きになっちゃいけないとか、そんな感じのルールなんですよね? 私もキダさんのこと好きです。だからライバルですね? 私と七瀬さんは。」
「だから・・・」
「鬼を好きになると、何か罰則があるのですか?」
「昔はあったようだけど、今はあまり聞かない。どこの家にも似たようなルールがあって、罰則もあったみたい。」
「じゃ、七瀬さん、気にしなくて良いのでは? もう時代は令和です。古臭いこと言っていると、おばあちゃんにみたいって、キダさんに嫌われちゃいますよ。ただでさえ、ライバルはJKなんですから。」
「はい・・・ってなんなのよ。勝手に人の気持ちをばらした挙句、自分も告白して、ライバル宣言して・・・今まで悩んでいたのバカみたい。」
「七瀬さん、私だって、あの日・・・キダさんが七瀬さんの部屋に泊まった日から、あれこれ色々考えてしまって、自分の気持ちも整理できなくて、私なんかより、絶対、大人の女の七瀬さんのほうが、キダさんにお似合いだから、ちゃんと諦めようって、でもやっぱり諦められなくて。」
「私だって。もしキダさんと夫婦みたいになれたらって・・・でも一緒に暮らしたとしても、私だけが歳を取っていって、どんどんおばあちゃんになっていく・・・キダさんはずっと今のキダさんのまま。そして最後に私だけが先に逝って・・・キダさんは別の女性と一緒になって、私のことなんか忘れてしまって。そんなの悲しすぎるし、そんな思いをするのなら好きになんてならないほうが良いのに、でもやっぱり好きで・・・だから、自分の中でちゃんとケジメをつけようって、自分に言い聞かせて、新しく彼氏も作って、それはそれで、今まで上手くやってこれたのに。ここにきて明子ちゃんの存在が何か引っかかって。しかも捜査に協力するってなって、そうすると、キダさんと明子ちゃんは、いつも一緒にいるってことになるでしょう? そんなことがとても気になったりして。結局、彼氏とも別れることになって、そのごたごたで会議に遅刻する羽目にはなるし。ほんと、私バカみたい。」
「えっと。すみません。お二人とも、オレの気持ちはいかがでしょうか?」
『ちょっと今は黙っててもらえますか?!』
なに?!二人同時に・・・
「だいたい、なんで鬼なんて、しかもクシャトリヤなんて好きなったんだろ? ぱっと見は、筋肉質のただのオジサンなんだけど。ね? 明子ちゃん。」
「ですね。ほんとうに。まぁ私は筋肉フェチなんで、そこが良いんですけどね。でも、なんだか少しだけですけど、スッキリしてませんか?」
「えぇ、ちょっとね。まぁ、とりあえずライバルってことだけど、当分、決着つける必要はないのかもね? 人間、半鬼、そして鬼、それもクシャトリヤの三角関係なんて、そもそも人間の価値観に当てはめる必要なんてないのかも。」
「それってどういうことですか? あと、さっき、寄居のアパートのところで、七瀬さんとキダさんは、男女の関係に絶対になり得ないって言ってましたけど、アレもどういういうことなんですか?」
「あぁ、そのことねぇ。この三人の関係に決着をつける必要がないってことの理由みたいなものなんだけど・・・要は、クシャトリヤって、そもそも生殖能力がなくて、つまりそういった行為をするというか、するためのパーツもないし、したいという欲求とかもなくって、だから人間の男性とは違って、面倒くさくないっていうか、まぁそうならない?って感じで・・・なんか、その感じわかる?明子ちゃん。」
「うーん。なんとなく?。でもやっぱりぃ、ちょっとよくわからないかも。恋人同士になるのなら、ちゃんと決着つけたほうが良いように感じますけど。そんな感じではないってことですか?」
「そうね、ちょっと違うな。今まで通りのような関係が一番楽って言ったほうが近いかも。まぁ色々経験すると分かるよ。JKさん。」
「うーん。ますますわかりにくいんですけど。まぁ七瀬さんが良いっていうのなら、この三角関係でも・・・」
「うん。じゃ、私と明子ちゃんはキダさんのことを好きってことで。ライバルだけど仲間って感じで。キダさんは、私と明子ちゃん両方とも平等に接するように!いいですか?」
「七瀬参事官、明子ちゃん。今まで通りで良いってこと?」
『はい!』
”そろそろ目的地の桜区西堀10丁目8X−XX 斉藤和也宅です”
「さっ明子ちゃん、キダさん。仕事だよ!」