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『ラークシャサの家系』第1話

◇「キダと七瀬」

 けっこう待たされるんだな。
住民票の転入届を出そうと、市役所の分所のようなところへ行ったのだが、本所へ行ってほしいと言われて来てみれば、

 そんな時、
「お前らー!ちゃんと働いてんのかー!!」
”ガッチャーン” ”キャー!”
なんだ?!丸坊主の男・・・老人?が暴れている。
「俺をこんなに待たせやがってっ!俺を誰だか知ってやってんのか!?」
誰だよおっさん。まぁ怒りたい気持ちは分かるけど、役所の職員や来ている人に当たってもね。しかも、確か、オレよりも後に来たでしょうが。
「俺はなっ!この辺りではなっ!ちょっとした顔なんだぞ!!坂井組の若頭に言ってもいいんだぞっ!!」
ますます誰だよ。しかも坂井組って市役所と何か関係があるの?
まぁでも、このままでは気分が悪いな。少し静かになってもらおう。
「おじさん、ちょっと静かにしない?オレもさっ、大人しく待ってるからさ、ね?」
「あぁん、誰だおまえ?殴られたいんか?」
「聞こえなかった?静かにして欲しいんだけど。子どもたちも怖がってるよ。」
「お前こそ聞こえとらんようだな」
そう言って丸坊主の男は、オレに殴りかかってきた。
その瞬間。
「うひっ!ぶべっ・・・あひひひひ・・・」
「ん?おじさん大丈夫?」
「ぼっ・・・でぼっ・・ばーあぁぁぁ・・・」
「あら、ちょっと刺激が強かったかな。」
少しだけ、この無礼で乱暴なおじさん?おじいさん?に幻覚を見てもらったんだけど、どうも脳みそのキャパを超えてしまったようだ。一瞬で壊れてしまった。
あれだけ言うから、もっと頑丈な人間かと思ったけど、大したことなかったな。
”だぁー・・・ぷぴぴぴぴ・・・”
まぁいいか、静かになったし、どうせ遅かれ早かれ、こいつらは死ぬんだし・・・
”243番でお待ちの方、2番窓口へお越しください”
「あっオレの番号だ。」


 オレの家には墓がない。だから墓参りをしたことがない。
幼い頃、死んだらどこに入るのかと両親に聞いたが、両親は笑っていた。

 オレの親族は葬式をしない。友達のお母さんが死んだとき、初めて葬式に参加した。なにか悲しい気持ちになった。
幼い頃、なぜ葬式をしないのかと祖父母に聞いたが、祖父母は笑っていた。

 オレの家には節分という行事がない。学校でこの行事に参加するときは、”福は内”だけ言って、”鬼は外”と言っちゃダメだと言われてきた。
幼い頃、その意味が分からなかったが、声変わりが始まる頃に、その理由を理解した。

オレたちは鬼なのだ・・・

 オレは広島県廿日市市(はつかいちし)で生まれた。オレが小学校に入る頃、父の都合で鳥取県の溝口というところへ引っ越した。溝口には父の両親、つまり、オレにとっての祖父母が住んでいた。家が近かったので、祖父母たちはよく遊びに来たが、幼いオレには、両親も祖父母も同じ世代の大人に見えた。祖父母のことを、町の外では、”おじいちゃん、おばあちゃん”と呼ぶなと言われていた。
 中学生になる頃、なんとなく事情が分かってきた。
その後、大学へ進学したオレは、しばらくの間を東京で過ごした。
卒業を控えたある日、両親も祖父母もオレの前から姿を消した。

 オレたちは30~40歳ぐらいで老化が止まってしまう。そのため、ある年齢を超えると、同じ土地に長く住むことができなくなる。人間たちは、オレたちが年を取らないことに気付き始め、色々な勘繰りをし始める。そうならないように小まめに引っ越しと転職を繰り返す。

オレたちは鬼なのだ・・・

 オレたちの一族は、2000年以上、ひっそりと生きながらえてきた。でも戸籍は?住民票は?と思うだろう。現代社会では、生きるためにたくさんの手続きがいる。ではどうやって?と思うだろう。
答えは簡単だ。その時代の統治者が長年にわたりオレたちを保護してきた。オレたちの持つ様々な能力と引き換えに、その時代の統治者もしくは統治組織が人知れずオレたち一族を保護してきた。
さしずめ今は、日本国内閣がオレたちを保護している。
言い換えると、オレたちは内閣に仕えているようなものだ。

2000年以上の時間をかけて、オレたちは人間と見分けのつかない外観を獲得した。

でも・・・オレたちは鬼なのだ・・・


「・・・ふぅ~・・・引っ越し初日なんですから、もう少しおとなしくしていただけませんか?キダさん?」
「あぁ・・・まぁ・・・でも、あのおじさんがさぁ・・・はい、以後気を付けます。七瀬参事官。」
「キダさんはいつもそうなんです。その度に後始末が大変で・・・わかってますか? はぁ~」
「もうそんなに怒んないでっ!君の母君はそんなに怒んなかったよ。」

 彼女は、オレたちキダを管理する一族で、七瀬という家のものだ。彼女の一族は、先祖代々1000年ちかく、オレたちを管理している。
七瀬は詳しく教えてくれないが、両親や祖父母の所在も知っているはずだ。
「それではキダさん、これが今回のご職業です。でこれが住民票で、これが免許証、それと一応、保険証も。」
「いつもすみませんねぇ。えっと今回の職業は・・・おっ!久しぶりじゃないの民間企業なんて?自動車部品のアルミ鋳造? 武蔵ダイカスト工業さんね。お仕事がんばっちゃお。」
「がんばるのは良いですけど、くれぐれも目立たないようにしてくださいね。」


◇第2話へつづく

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