卑近で最低な人の話(エッセイ風小説)
「募金をお願いします」
仕事終わりの帰り道、駅前の交差点に差し掛かる度、どこかしらの外国の女性からそう書かれた紙を見せられる。
その度に私は、お金もったいないな、と思って、無視する。
外では絶対に、大音量でパンクロックを聞くようにしている。
誰に声をかけられても無視できるように。
私は基本、私以外の人間が嫌いなのだ。
TSUTAYAに寄って、プライド高そうな同僚が勧めてた映画を借りて帰る。
実際にあった殺人事件を基にした映画らしい。
めっちゃ不謹慎じゃん、って言ったら、
「映画作る奴なんてみんな不謹慎なクズじゃ」
って言ってた。
めっちゃ開き直るじゃん。
でも見てみたら面白かった。
それにしてもあの同僚は、不謹慎な映画には寛容な割に、差別にはやけに怒る。
差別といえば、北海道で暮らすおばあちゃんは悪気なく差別用語を口にしていた。
戦中生まれだから仕方がないのかもしれないけど、たまにエグすぎて引いた。
夏になると、おばあちゃんはよく終戦間際の港で見た戦艦の話をしていた。
戦艦が、いくつもの戦闘機から攻撃を受けていて、戦艦が戦闘機を1つ撃ち落とす度、
「頑張れ」
と、見ていた皆で歓声を上げていたそうだ。
いやいや、人死んでるんでしょ、それ。
なにが頑張れだよ。
結局、戦艦は沈んで、その後に日本は負けた。
お国万歳幼女だったおばあちゃんは、85歳のいかついババアになり、
今ではスポーツの国際大会の試合中継を見る度に、
「ああ、日本が負けちゃうかも」
そう思って、途中で見るのをやめてしまう。
これも戦争の遺恨ってやつか。
単に私が邪推しすぎなだけか?
ツイッターを開いたら、駅前で話しかけてくる外人は詐欺だってツイートがRTされてきた。
私が毎回駅前で出くわすあの人も、詐欺か。
これまで散々無視してきた罪悪感が薄まった。
よくよく考えてみたら、あの人がどこの国の人か、私知らない。
どこかしらの外国であることはわかっても、実際にどこの国の人なのかは、見た目だけでは皆目見当もつかない。
これも差別にあたるだろうか。
あの同僚から「お前は無理解なレイシストじゃ」とか言われちゃうのかな。
なんでだろうな。
両親の愛が足りなかったわけでもなく、
何かに虐げられてきた訳でもなく、
何かこの世に不満がある訳でもなく、
しっかり恵まれた環境で育った癖に、
なんで私はこんな風なんだろうな。
でもそんな自分のことが、結構好きな自分がいる。
次の日、同僚に映画の感想を伝えた。
そしたらやけに感動したみたいで、
「映画をお勧めしたその日に見てくれたなんて」
と言われて、
「君はいい人じゃ」
と言われた。
当たり前だろクソボケが。
私がどれだけ頑張っていい人のふりをしてると思ってんだ。
こうしないと誰も私の存在を許さないって知ってんだぞ。
あとさっきから何だその語尾。
千鳥のノブの影響受けすぎだろ。
お前は一生相席食堂だけ見てろ。
自分がいい人になりたいのか、
悪い人になりたいのか、それすらわからない。
ただただ、現世に向いてない。
だから私は、隅っこで1人縮こまっていよう。
そんで1人でずっとブツブツ言ってよう。
こっそりこっそり、この世の全ての人への悪口言ってよう。
帰る途中、どこかしらの外国の女性が募金を要求しに来た。
何度見てもどこの国の人かはわからない。
2日連続で来るなよ、と思いつつ、私は無視して家路についた。
もうすぐ25度目の夏を迎える。
あと、好きなバンドの新譜が出る。
仕方ねえから生きるしかない。
まあでも、生きてたらそこそこ楽しいし。
結局のところ、大した不満はないんだなあ。
みつを。
嘘。
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