人中の魚 #1
インタビューNo.11。当時の担当刑事 加藤隆史 寂れたテーマパークにて そこはかとなく不気味さを醸し出した人だった
「おはようございます加藤さん。本日はよろしくお願いします。」私は手を差し出した。加藤は私の目を怖れるように覗き込み、一瞬躊躇してからそれに応じた。そして突如狂ったかのように捲し立て始めた。
「よろしく、伊次真君。私が最後に担当した事件について聞きたいのだったね?であればだ、君は話の中で何度も私が狂っているんじゃないかと疑うだろう。だが今から私が話すことは、私が見たままの真実だ!いいかね!私はありのままの真実を報告したが一蹴され、挙げ句の果てには精神に異常ありと、署内で飼い殺しにされた!しかし!私は真実を追い求める者だと自負している!そのあとにも私独自で事件を調べ続けた!だからこそだ…私だけがあの事件の全容を知っている!」
私は彼の出で立ちから狂気じみたものをーそして僅かな違和感をー感じ取っていたが、彼の言葉に押され、頷くことしか出来なかった。
「…では一旦整理しましょうか。前提として私の追っている事件とあなたがかつて担当した事件の間にはいくつかの…いや、全く同じ事件だと言ってもよいほどに共通点があります。」
「ああ、ああ、もちろん知っているよ!ニュースはみていたからね。」
「はい。もし現場にいた人しか知り得ないような事があれば教えて頂こうと訪ねた次第です。まあとても期待できるご様子ですが…」
彼は確実にイカれているし、邪険に扱えば何をされたものかも分からない。誰が見てもそう思うだろう。だがリスクを取らなければいけない…それほどまでにこの事件の調査は難航していた。
「ではまず1点目、期間の長短はあれど、失踪者は全員2度目の失踪であるという事ですね。」
「ああそうだね、彼らはかつて一度姿を消している…だが再び生まれた街に戻ってきている!写真や誰の記憶とも一致しない顔と完璧に一致する記憶とDNAを持ってね!」
私は少し安堵した。この狂人と取り合う時間が無駄なものでは無いと感じられたからだ。
「ええそれが2点目ですね。整形した記録なども一切存在しない…そして18人もの人間にそれが共通しているという異常、全員が闇医者にかかっているのだとしたらあまりにも正当な一致ではありますが…」
「だがそれもありえない…そう言いたいのだね?」
「はい。多くの医者の意見を聞きましたが、少なくとも写真からは整形痕などは確認できないと言うものでした。それに骨格レベルで変形しているものもいます。挙げ句の果には失踪直前には顔が変形していたと話すものまでいる始末…」
「まるで彼らが粘土のように顔を弄くれるというのならありえない話でもないかもしれないがね…」加藤はまるでそれこそが真実のように満足げに頷き、持参した水筒の水をコップに注いだ
私は突然の狂言に面食らったが、その言葉が妙に引っ掛かった。確かにーあまりにも素っ頓狂な考えではあるがーそうであれば辻褄が合う。狂言と一蹴するのはどうしても理性が許さなかった。
ふと、コップに溜まった水に目がいった。明らかに淀んでいる。加藤は私の訝しむ視線に気づいたようだった。
「どうしたんだい?そんな視線で私をみて」
私は意を決して質問した。
「…いえ…水が淀んでいるようでしたので…」
「何を言っているんだね?どこからどう見ても綺麗な水だろう!もしかして冗談かね?ハッハッハッ!流石に下手すぎるな!もう少し練習すべきだね!」
私はそれ以上追求しなかった。
「3つ目ですが、彼ら全員に家族が、そして子どもがいるというものです。」
「そして彼らのどちらかの親も一度失踪した形跡があるというものだろう?」
「ええ…貧困層ゆえ当時はよくある事として処理されたようですけど…そしてその事件を担当したのがあなたでしたね。」
「うむ、当時は5人、そしてさらにその親も…誰も気には留めなかったがね。まあ君には彼らの子供のことをしっかり記録しておくことをオススメするよ。」
実際、彼の忠告は正しいであろう。偶然といえどあまりにも出来過ぎであるから。
「問題はどこに消えたか…「私は知っているよ。」え?」
「私は知っていると言ったんだ。[地名につき伏す]湖を称える山中の村。彼らはそこにいる。」
私は混乱していた。いや今でも混乱している。
「知っているかね?そこには伝説がある!海の底へと繋がる湖!復活の日を待つという土着の神!そして!顔を組み替える神秘の泥!彼らは泥が乾かぬように、湖の水をいつも飲んでいる!」明らかに異常であったが、おそらく彼はそれが正しいと確信している様子だった。
「そして!そしてだよ!この村には一つの伝承がある!土地還りの伝承だよ!この村の血を継ぐものは、どこにいたとしてもいずれ村へと戻り来る!そう!生まれ、還り、生まれた場所で子を作り、そしてまた行き着く…まるで鮭の遡上のようではないかね!」加藤は震えた手で水筒を掴もうとする。
「あぁ湖が…湖が私を呼んでいる…湧きい出る水が、手招きしている…」
私は気分が悪くなり慌ててその場を飛び出した。その時、テーブルの揺れで彼は水筒を取り落としたようだったが、私は意にもかけずに足を進めた。
彼が狂っていたのか、あるいは私が狂っていたのかもしれない。だが今となってそれを証明する術はない。3日後、彼は消えたからだ。大量の泥と魚じみた顔だったという目撃証言を残して。
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