見出し画像

『夢華-MUKA-』

※この物語はフィクションであり
 登場する人物は警戒ちゃん以外架空のものです

「結衣、今日も好きなパフェを選んでいいぞ」

 お父さんと遊びに行く時は、いつも小さな喫茶店にお母さんには内緒で連れてきてくれる。内緒って言うのは、お母さんが甘い食べ物をあまり食べさせてくれないからだ。

「今日はフルーツのやつが食べたい!」
「フルーツだな。すみません!これとコーヒーを」

 パフェがくる間、お父さんは私の事を聞いてくる。普段出張が多いのでなかなか家に帰ってこれず、ふたりで出かける時はいつも質問攻めにしてくる。『学校はどうだ?』『友達はたくさんできたか?』とか『好き嫌いしてないか?』と本来家族で交わすはずのありきたりの質問。

「学校は楽しいよ。友達もたくさんできたし」
「そっか、良かったな。もう9歳か大きくなったな」
「お母さんはどうだ?ちゃんとご飯作ってくれるか?」
「お母さんは私が帰ってくるとお仕事行ってくるって。
 だからいつもスーパーの惣菜とかをチンして食べてる」
「いつもゴメンな。一緒にいてやれなくて」
「私、もう9歳だよ?大丈夫、大丈夫」

 何気ない会話の後、店員さんがパフェを持ってきてくれた。

「お待たせしました」

 フルーツパフェの上にはサクランボがのっていて、小さい頃の私は少し背伸びして大人な感じがしていた。目を丸くして片手にスプーンを持ちながら四方八方から見て目をキラキラさせる私をお父さんは見ながらコーヒーを一口含み、ゆっくり窓の外を見つめていた。

「結衣、少しここで待っていてくれないか?お父さん用事を思い出した」
「うん、いいよ。パフェ食べて待ってるね」

 慌てた様子で店員さんに一言言って喫茶店を出ていくと道の反対側に停車している一台の車に向かって駆け出した。
 次の瞬間、ドン!と大きな音がし強烈なブレーキの音。外へと向かうお父さんを目で追っていた店員さんの顔は青ざめ膝から崩れ落ちていた。
「誰か!救急車!事故だ!人が跳ねられた」
 私はわけもわからずキョロキョロするばかり。隣に座っていたお客さんの一人が私にそっと肩を抱き寄せてくれ、遠くから聞こえる救急車のサイレンと『大丈夫よ、大丈夫』と言う声に何が起きているのかを察する。
「お父……さん?」

 救急車の到着後、私は店のドアを開け走り出した。何があったのか状況がまだ理解できず、遠くを眺めるうちに見知った顔を見つける。放心状態のお母さんと担任の先生。『なぜここに?』と思いながらも小さかった私は理解できなかった。大きく広がった血溜まりに目を移し、赤く回る回転灯とお父さんを乗せて去り行く救急車のサイレンの音だけで頭がいっぱいになり、そこで意識を失う。

 お父さんが亡くなった後、住んでいた町から遠く離れ、お母さんの実家の近くに住むことになる。引っ越しの荷物はそんなに無かったのだけど、唯一お母さんに頼んだのはお父さんが大切にしていた本をダンボール箱1箱だけ私がもらった事。『全部捨てる』って言われたけどお父さんとの思い出として、それだけは私の物として持ってくることができた。
 都会や住宅地といった表現はここにはない。見渡すばかりの田んぼと、ところどころにある大きな家。少し離れたところにある平屋建ての貸家群。今私はそこに住んでいる。

 お母さんといえば2年後に担任の先生だった人と再婚し弟を産んだ。知らない町、知らない父親に慣れるために必死だった。お母さんは弟の面倒ばかりみて私はいつもひとり。新しい父親ともうまく関係を築けないまま数年を迎える。

 中学生になりそれなりに友達もできたけど、小学校の時に転校してからの友達しかいない。どちらかと言うと顔見知りといった方が良いか。家にいても一人になる事が多くなり、お父さんが好きだった本をよく読むようになった。お小遣いもないので学校の図書室をよく利用し、そこで知り合った仲間が友達だったのかもしれない。
 進級し2年生になるとクラス替えもあり知らないクラスメイトも増えた。派手なグループや地味なグループに分かれるのも必然だ。もちろん私は地味なグループ。

 GWが終わったあたりからいじめが始まった。最初はささいな悪戯からだった。筆箱からえんぴつが1本無くなっていたり、登校すると上履きがゴミ箱に入っていたり。それでも私は我慢して登校を続けた。いじめられているのを察してか図書室の友人も私を避けるようになったのもこの頃。
 帰宅後、お父さんが大切にしていた本を読むのが楽しみだった。学校の嫌なことを忘れさせてくれる。他の家族はリビングで楽しそうにTVを観ていても、私は自室でひとりお父さんの本を読む。

 その頃からか、私は毎晩同じような夢を見る。顔は良く見えないがいつも語りかけてくる女の子。
「アナタハ ヒトリ ジャナイ」
夢に出てくる女の子はそれだけを言って消えていく。声には張りがあり優しい物腰の声。表面的な言葉ではなく心に語りかけるとても暖かい言葉で。

 7月半ばにはいじめが日に日に酷くなってくる。物理的なものから精神的なものへ変化し孤立する時間も増えてくる。無視はもちろんのこと精神的にくる悪戯が始まる。悪口、陰口、『きもい』『死ね』などの罵声は日常的に行われた。夏休み前なので私はそれに耐え続けた。
 自分で汚したわけでもない靴を履き、私はひとり自宅へと帰宅する。目的はお父さんが残した本を読むため。その頃になると『もしお父さんが生きていたら』と想像するのが楽しみだった。本を通して『お父さんならこう言うだろう』みたいな事を本の主人公が私に語りかけてくるから。

 夏休みに入る2日前、私が教室でお父さんの本を読んでいるといじめグループのひとりがそばに近寄ってきた。手には花瓶。次の瞬間、頭から水をかけられお父さんの本と共に水浸しになる。悔しいのと切ないのと大切な本を濡らされた怒りが複雑な感情と共に湧き上がってくる。
「何んてことしてくれたの?」
怒りで震えた声ですごむ。
「汚い格好しているから洗っただけだよ」
その言葉で怒りが限界を迎える。
「そういうあんたのどこに綺麗なところがあるの?」
花瓶を奪い取り、足元に投げつけた。破片は四方に散らばりいじめていた子の表情は怯えた顔に変わる。
 騒ぎを聞きつけた先生たちがやってきて、ずぶ濡れになった私を保健室へと連れて行く。担任の先生は教室に残り当該生徒に詳しい話を聞くも『私が一方的にやった』事になっているようで悔しさもあったけど大切な本を汚された事のショックの方が大きく、それは私の大切にしていた世界を壊されたことを意味していた。

 事が大きくなったことで、学校にお母さんが呼ばれ一緒に先生たちに謝罪をすることになった。何一つ悪いことをしていないのに、お母さんは私の頭を押さえつけ先生たちに頭を下げさせた。下唇を噛み締めながら渋々頭を下げる。
 その後は授業に戻らず、濡れた制服を抱えながらお母さんと共に家に帰ることになる。お母さんは何も言わないが顔には恥をかいた事への怒りがにじみ出ていた。

 セミの声が鳴り響くお昼過ぎに帰宅する。お昼の準備もせずお母さんはリビングの椅子に腰を掛け、私に座るように言ってくる。私が制服を洗濯場に起きリビングへ戻るとお母さんは一方的に言葉を発した。
「あなた何をしたかわかってる?」
「私は……」
「言い訳は聞きたくない!」
「でも、悪いのはあいつらで!」
「世間様に顔向けできないじゃない!何でいつもあなたって子は!」

 外は入道雲が育ち、晴天だった空を覆い始める。お母さんの小言はさらに続く。
「新しいお父さんとも、もっと仲良くなりなさい!」
「小学校の時の担任でしょ?私のお父さんはもうここにはいないの!」
「いいかげんにしなさい!お母さんだって大変なの!」
「何が大変なの?私知ってるんだから……」
「な、何を知っているっていうの!?」
「お父さんが亡くなった日、お母さんが浮気してた事」
「あんたって子は!」
 そういうとお母さんの顔色が変わる。今までに見たことない形相は言葉にならない醜い顔だった。その後に出た言葉は憎悪にも似た呪いの言葉だった。
「あなたなんか産まなければ良かった……」
その一言で私の保たれていた心が壊れた。下唇を血が出るぐらい噛み締め、玄関へと駆け出す。脱ぎたての靴を履き玄関扉を勢いよく開けて。宛もなくただその場を逃げ出したかった。息が続く限り全力で。セミの鳴き声が静かになり、遠くに雷鳴が聞こえてくる。稲が青々とした田園を走り続け、家と呼ばれていた場所から遠く離れた。

 しばらく走ると小高い丘がある神社の前に付く。水も飲みたかったし息を整える為に立ち寄った。そこは古びた感じの小さなお稲荷さんだ。稲の神様だけあって地元の人の管理が行き届いていて綺麗にされている。
 雷鳴も近くなり雨が強く降ってきた。社屋にある屋根を雨宿りに使い座り込んだ途端、意識を無くすように寝てしまった。日頃の疲れもあったし、今日一日の事で精神も身体も疲れ切ってしまっていたのだろう。心休まる場所が欲しかったのかもしれない。雷鳴は遠く、雨音だけが聞こえる。

 数時間経過した頃だろうか自然と目が覚め、薄っすらと霧がかかっている事に気がつく。雨はすっかりやんでいた。心傷なのかとても吐き気がするが、立ち上がり状況を確認するために辺りを見回し異変に気がつく。私が雨宿りしていたところとは明らかに違う場所だった。

 無人駅だろうか、単線の小さなホームで駅の看板らしきものはあるが読み取れない。ホームの先には階段があり、その先に見える鳥居まで続いている。出口もないので仕方なく人の気配を探すため鳥居まで歩く事にした。
 鳥居の先は長く続く階段でその先にも鳥居が見える。長い階段をゆっくり登っていくけど流石にこの段数はきつい。運動には多少自信はあったけど呼吸が激しくなり、太ももの張りも大きくなってきた。
 息も限界を迎えそうな時にやっとのおもいで登りきる。荒れた呼吸を整えながら両膝に手を置き、汗ばんだ額から汗が一粒石畳に落ちる。開けた場所についた私は辺りを気にするも、また階段と鳥居が覗いて見えることに悲観をする。

 呼吸が落ち着いた頃に次の鳥居に目をやると影からこちらを覗いている何かがいることに気がつく。ひょっこり顔を半分出しては引っ込めて様子を伺っているようだ。
「誰?」
と私の一言に驚いた感じでまた引っ込んでしまう。こっそり近寄っていくと、どこか見覚えのある獣耳を付けた女の子がそこにはいた。見つかってしまった事を恥ずかしそうにして女の子は振り返り目をキラキラさせながらこちらの顔を見ながら一言。
「我だよ」
 そういうと不安そうな顔から表情が変わり人懐っこそうな笑顔になった。私はこの女の子を知っている。毎晩苦しい時に夢の中に現れては私を励ましてくれた女の子。苦しさのあまり涙した夜もこの女の子だけは夢の中で私を抱きしめ胸を貸してくれた。あの夜もあの夜も幾晩も……。
 獣耳を付けた少女は私に言う。
「おかえり」
 私はその一言で心に溜まっていた何かから解放され、顔をくしゃくしゃにして笑いながら目に溢れ出した涙と共に自然と言葉にしていた。

「ただいま」


あとがき
『夢華』と言うタイトルは『華胥の国(理想郷)を夢みる』ことと『昼寝をすること』という意味をもっています。作中でもふたつの物事を含めて表現させてもらいました。また『社会に居場所のない人の帰れる場所に』というテーマを軸に警戒ちゃんとの出会いの場面を描いています。作中には警戒ちゃんに関するワードが隠されているのでそこも楽しんでいただけたら幸いです。
※『警戒電脳奉納大祭24夏』の企画に寄稿したものです

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?