どうか、僕の嘘を見抜いてよ。
車に乗り込み、勢いよくエンジンをかける。
聞き慣れたアップテンポのロックバンドの曲が、朝の静寂に似合わないほどの大音量で流れ出すのに便乗するように、蓋をして押し込めていた情動がだくだくと溢れだした。
歪んだ景色をごまかすように何度も目をこすりながら、何とか見つけた帰り道沿いのコンビニに吸い込まれるようにハンドルを切った。
エンジンを切り、イヤホンをつけて車の外に出て煙草に火をつける。無意識に出てしまいそうなため息をごまかすように、いつもよりもゆっくりと、ふぅぅっと息を吐きだした。
「やってらんねぇよ」
言葉には出さないけれども、独り言でさえ言わないけれども、きっと今の気持ちを率直に一言で表すと最もしっくりくるであろう言葉が心の中で響きだすのを必死でかき消すように、何かを体の中から絞り出すように、きっと、いや絶対的に害毒であろう煙を、何度も何度も吸い込んでは繰り返し吐き出した。
何も悪いものは何でもない。君でも。ほかの誰でも。出来事でも。
強いて言えば、悪いのはすべて僕だ。
その他の何者でもなく、紛れもなく、嘘まみれの道化師として生きてきた、僕自身だ。
別にそうやって生きていきたかったわけではない。
僕が、昔の愚かすぎた僕が、傷つくことなく傷つけられることなく生きていこうと思った時にその方法しか思い浮かばなかった、そしてそれを繰り返すごとに、どんどんとただ普通に、そのままで生きることが分からなくなってしまう、というくだらない経過の蓄積がもたらした結果である。
だから、すべて僕の目の前で起こる出来事の要因は、間違いなくそんな自分の積み重ねた習慣に身をゆだねるという自堕落な選択をしている今の自分の責任である。
おもしろくないことでも笑って、言いたいことは心のうちに秘めたまま思ってないことを言って、泣きたい時にも涙をこらえて、とにかく笑っていれば大概の現場は乗り切れた。
変に嫌われることもない上に、愛想がいいだの、愛嬌があるだの、そんな褒め言葉まで付随されて返ってくるから、もはや儲けもの。
ずっとそれでいいと思ってきた。それでいいと思っていたし、それが大人になることだと思っていたし、そうするべきだと思ってきたから、別にその習慣を変えるつもりなんてなかったし、正直疑問を持つこともなかった。
嘘は、僕の隣にいつもいた。いや、僕の中に、と言った方が正しいだろう。
気づけば、それは一体化した。手段として使っていたはずのそれは、いつの間にか僕の一部になった。手段ではなく、僕自身となった。
そうなると、もう本音も建前も存在しなくなる。
嘘だとしても、それは嘘であり、本当である。
その違いはほぼ大差ない。分からない。バレることもない。そして、自分自身すらもその違いが分からなくなった。
つまり、僕は道化師でいるうちに、自らすらも騙せるようになり、だましているのかどうかすら見分けることができなくなってしまったということだ。
僕はいつの間にか、道化師を演じていたつもりが、道化師そのものになっていた。
僕は信じたい。きっと誰よりも。
僕に向けられた言葉を、その好意を、大切な人を。
そう強く望みながら、僕にはそれができない。
誰よりも信じているのだけれど、同時に誰よりも疑っている。
なぜなら、僕自身が嘘かどうかも分からないほど、嘘まみれだから。
僕自身が僕自身を疑わざるを得ないから。
信じているようで、信じていない。いや、信じれていない。
そして、それを誰よりも確かに知っているのは僕自身で、そのことだけはどうしてだろうか、嘘じゃないと、真実だと、分かっているからこそ、僕はいつもその狭間で、どっちつかずで、中途半端で、それがもうどうしようもなく、たまらなく悔しく強い憤りを覚えている。
僕は、僕のこの道化師を一種の強みとして、必要なものとして捉えている。
そうでいながら、僕はそんな化けの皮が剥がれることを誰よりも、いつも恐れ、怯えている。
しかし、それと同時に、強く望んでいる。
誰かが僕の嘘を見抜いてくれることを。
こんな陳腐な嘘に騙されないでいてくれる人がいることを。
僕の嘘の奥にいる僕自身に気づいてくれる人がいることを。
「ねぇ、どうか、誰か、僕の嘘を見抜いてよ」
こんな率直な嘘偽りのないまっすぐな想いはやっぱり言葉にすることもなく、独り言ですら言う事もなく、ただ僕の心の中で反響し続けるだけだ。
何かでかき消したって消えないくらい、しかしはっきりとは聞き取れないほどの小さな音で、そっとこだまが蔓延しているだけだ。
まぁ実際には今こんなことを考えていることすら、哀しみに浸る演技をする女優のような道化師なのかもしれない、なんて思う頃には、無意識に僕は車を走らせ、帰路についていた。
そんな1つの可能性に対して、僕は全否定できるような理屈なんて持ち合わせていないから、その選択肢を消失することはもちろんできないのだけれども、そうだと知りつつ、分かった上でで、それでも僕が間違いなくこれは本音だと言える言葉は、嘘まみれの道化師である僕が唯一これだけは真実だと言える言葉は、結局のところ、いずれにせよ、どうしたところで、きっとこれしかないのだろう。
「どうか、僕の嘘を見抜いてよ。」