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不妊症#14 にわか雨の上司と、決着の夏
蝉がミンミンと鳴きわめく某日。
5回目の人工授精となった。今回、日取りは自分的にかなりうまく行った。あわよくば精神がじわじわ育っていたが、無視するように、うまく行かなかった記憶をnoteに書き上げては更新した。2週間はあっという間に過ぎた。
結局は、判定前日の昼から、おりものの色が変わり、夜には血が着き始め、もうダメなことがわかってしまった。
翌朝。病院は休診で、今回は自宅で判定。
検査して5分後。30分後。
夕方帰宅して夫とダブルチェックしても、光にかざしてみても、穴が開くほど見つめても、
どうあがいても真っ白にしか見えなかった。
人工授精 AIH 最終5回目、Reset。
医師に指示されていた通り、体外受精に向け数日間内服を継続した。妊婦は飲めない、プレマリンとルトラール。
突然の打ち合わせと、涙
時は戻って、判定前日、陰性を悟った直後。
部署の今後の体制変更の打ち合わせに呼び出された。年単位で一向に進まない体制作りを、さらに数ヶ月引き延ばすという。
はいそうですか、しか言えることはないのだが、腹が立ったのは、引き延ばす理由がわたしの「産休の時期がわからない」から。
「なんでやねん(意訳)」
遺憾の意を伝えると、首謀者の女上司は、なんでじゃわからん、あなたのことをはっきり説明してくれないと、と迫ってくる。
女上司には、わたしが治療中で、難航していて、来月には体外受精を検討していてと、雑談混じりに話していた。仕事の穴を埋められるよう、焦ってチーム再編していることも相談していたのに。まるで何も理解されていない。
そのうえ、公の場で説明を求めてくるのか。
せめて突然じゃなくて明日以降の、予定の打ち合わせにしてくれたら、きちんと妊娠検査薬で陰性を確認して、情報も要望もまとめるのに。今は、わたしが一番わたしのことを知りたいよ。
普通の妊婦は安定期まで黙っていても許されるのに、不妊症患者は、言いたくないことまで細かに説明を要求されるのだな。
仕方ないので、予測の採卵の日取りとか、不確定な情報を話した。
そしたら、延期を止めると言われた。できるんかい。
思い返せば、「言いたくない」と拒否しても良かったとも思うが、この時は何だかもう色々考えられる心持ちがなかった。
打ち合わせが終わった瞬間から、スイッチが何か壊れてしまい、気を抜くと泣けてしまって困った。
トイレで泣いていたら、先輩に見つかって一緒に泣いてくれて。帰りまで堪えて、家でまた泣いて。何とか寝て。
翌朝、妊娠判定して、通勤中まだ涙が出る目に驚き、当番の仕事中は忘れられたけど、終えたらまた泣きそうで、お昼ご飯を食べながらちょびっと泣いて、事務仕事中にまた出てきそうで。
使い物にならなかったので、有休を取って早退させてもらった。
覚悟はできていたはずなのに、なぜこんなに泣けるのか?悲しいやら悔しいやら、先般の一件もごちゃ混ぜになって、気持ちを分解しようにもよくわからなかった。
その夜も、頭の中に文字がどんどん浮かんで消えなくて眠れなかった。スマホのメモ帳に無茶苦茶に吐き出したら、やっと眠りに落ちていた。
二日間泣き通したことで、自分への慰めにはなったのだろうか。その次の日からは、涙もどこかに消えて、やっと普通に戻ることができた。
真っ赤な空を見た
後日、病院で治療計画書を立て見通しが立ったので、改めて女上司にも報告した。そしたら、昔は体外受精はお金持ちの治療だったとか、ストレス溜めないようにね、だとか心配された。
散々傷つけておいて、付け焼き刃の的外れのアドバイスでお茶濁されても、うんざりするだけ。
黙って見ててくれたら、もうそれでいいのに。
見栄でころころと話を変える人だと、後になりわかったので、申し訳ないが、これ以上近づかないことに決めた。
今は、他人に振り回される時間も、余裕もない。
教訓だ。体外受精は、まだまだ社会的にはマイナーな方法なんだ。出産経験があるから、同じ女性だからと、安直に協力を期待してはいけない。
言いたくないことは、断って良い。
二つの嵐が過ぎた帰り道。
真っ直ぐに伸びた電線の向こうに、赤く焼けた夏雲が見えた。久しぶりに、前方の、その先の景色を見て、歩けていた。