トパーズ~虹と共に~〔6〕
≪6≫
【1】
なんかあれから凄く調子が狂う……。ジェイがおかしなコトになっている……。と言うか……。
『サーヤ、おはよう』
と言いながら私の頬にキスをする。
『きゃぁっ!』
そう、あの日からかなり変態……いやいや、積極的? になってしまってるのだ……。確かに、そのおかげ(?)であの日の出来事もうまく流されてしまったような気はするんだけど……。
『もうっっ!』
と叩いて抵抗しようとするが背も体格も違いすぎる為に簡単に絡め捕られてしまい、背中から抱き締められ私のつむじにまたキスをする。
『ジェイ、は……離してっ! レノン! 見てないで止めてよ! 響ちゃんも、涼パパも!』
涼パパは
『いつものことでしょ? 慣れなさい』
って言うし、響ちゃんは
『私もレノンにしてもらおーっと♪』
ってレノンに抱きつくし、レノンは
『微笑ましいね〜♪』
ってまったくとりあってくれないし……。
『あんた達、早く食べなさいよ』
と言う涼パパの一言でようやく離してくれた。で、座ろうとしたら椅子なんかも引いてくれちゃったりして……。
『レ……レノン化しちゃったの? 紳士みないなことして……』
『サーヤ、俺はヨーロッパ育ちだよ? 忘れた? 俺にとっては普通のコトだけど?』
『紗弥加、レノン化って響はジェイには勿体ないけど、外ではジェイは私にでもしてくれるわよ? レノンがいる時はレノンがしてくれるけどー♪
ねーっっ』
ってレノンを見つめてる。
『響、お前、一言余計だ! レノン、早く別れろ、このストーカー女と』
って響ちゃんを指差しながら言った。こういうシーンはいつも通りなんだけど……。
『じゃ、みんな、行ってきまぁす』
『サーヤ、送ってやろうか?』
と言うジェイの声を気づかない振りをして足早にバス停まで猛ダッシュした。
『ジェイ、お前、露骨すぎるんだよ。そりゃ、本気になったお前の行動には紗弥加もびっくりするだろ……』
とコーヒーを飲みながら笑うレノン。
『しょうがないだろ……。一度、堰を切った思いは止まらないんだから……』
少しふてくされていうジェイ。
『振られてやんの〜♪』
そんなジェイを冷やかす響ちゃん。
『女とは縁を切ったんでしょうねー!』
と怒る涼パパに
『それは俺が保証する。おかげでいろんな女に俺までコイツの恨み言を聞かされてるから……』
『ジェイ! 私のレノンに迷惑かけないでよ!』
『何年か前は俺がその役目をしてやったんだよな〜?
レノン?
響、俺は感謝こそされても、恨み言を言われる筋合いわない! わかったか、レノン病!』
『うっ……』
という会話が私がいない朝のダイニングで繰り広げられてたらしい……。
はぁぁぁ〜っ
教室に入って自分の席に着いて机に倒れ込んだ……。
『朝からなぁにおっきなため息ついてんのよ、紗弥加』
顔を上げると智香が私の前に座ってカバンを机の横に掛けながら私を見てた。
『あっ、おはよー、智香……』
それだけ言ってまた机に顔を伏せた。そんな私の肩をポンポンと叩いて
『紗弥加さぁ、最近、やたら疲れてない?』
私は顔を少し上げて恨めしそうに智香を見て
『理由は知ってるくせに……』
『ふふーん。細やかなる私のひがみからくる嫌がらせよっ』
『もー! 意地悪っ!』
とまた顔を机に埋めると
『本当に、いい加減慣れれば?』
その一言にまたどっと疲れが襲う……。
『智香まで涼パパと同じコト言わないでよ〜』
本当に……。慣れるなんて無理だよ……。
『私だったらもう喜んじゃって抱き締められながら死んだっていいのに』
って両手を胸の前でギュッと組んで目をハートにしてどこか遠くに行ってしまってた……。後ろはピンクに染まり、ハートが沢山飛んでいるのが見える……。
『智香……。そんなことしたら一瞬で付き合い終わっちゃうよ?』
ハッと我に戻り
『あっ、それはいかんっっ! お楽しみがいっぱい待ってるだろうに……。そんなことしたら死んでも死にきれん!』
智香……、まだ時代劇にハマってたのね……。
『なんか、智香と話してたらウジウジ悩むのが馬鹿らしくなってきた……』
『そうよー! なるようにしかならないんだから!』
『うん、そうだよね……』
『俺としてはもっと悩んで欲しいんだけど?』
智香とあーでもない、こーでもない……と話していたら背後からいきなり話しかけられた。
『あ、おはよ、俊介』
急な俊介の登場に心臓が跳ねた。智香の家で決心したように、俊介にはちゃんと気持ちを伝えた。俊介は少し悲しげに、でも笑顔で『わかった』と言ってくれた。そんな俊介はその後も今までと何も変わらない態度で接してくれる。逃げようにも同じクラスだし、前には智香、横は俊介という席の配置になっている為どうしようもできない……。
神様、これって何かの罰ですか?
それとも今までジェイの気持ちに気づかなかった鈍感な私への嫌がらせなの?
『紗弥加、いい加減慣れてくれない? 俺を見る度にそんな顔されたら俺がフッたみたいじゃん。フラれたの俺なのに……』
『…………ごめん。ねぇ、慣れるって言葉、禁句にしない?』
「慣れる」という言葉を聞くとどうしても涼パパの言葉が頭をよぎってドッと凹む……。智香と俊介が顔を見合わせてニヤッと不敵な笑みを見せた。
『…………?』
なんか嫌な予感がするのは気のせい……?
『『慣れる、慣れる、慣れる!』』
二人揃って「慣れる」を連発してくれた。
『もーっ! わかったってば。慣れればいいんでしょ?』
『そういうことー♪ ジェイとのコトは逐一この智香様に報告することを命ずる!』
と私を指差しふんぞりかえって言った。やっぱり、時代劇の見すぎだってば……。
『一応、ジェイが原因でフラれたわけだけど、同じ紗弥加を好きになったってコトで俺はジェイの見方をするよ。紗弥加には悪いけど……』
『そうなの? 普通はライバルにはフラれるコトを望むもんじゃないの?』
『だって俺の方が若い分この先巡ってくるチャンスも多いじゃん。だからオジサンに譲ってやるのさ。若者の義務だろ?』
『オジサンって……。確かに一回りも違うけど……。ジェイがココに居なくてよかったね。たぶん「オジサン」って聞いたら怒り狂うよ?』
『あっ、言うなよ? 言うなら応援するってトコだけにしといて』
うん、とも嫌とも言わず笑って誤魔化した。これ以上ジェイの見方ばっかり増えちゃうって困る……。なんか不公平な気がしてきた……。考えれば考えるほどそんな気がしてきた私の横で俊介が
『でも、あの体育祭で負けたのは悔しすぎる……』
ってブツブツ言ってた。
『よく考えたら一回りも歳違うのに……』
まだ続いてた、俊介の独り言……。
『練習量が足りないのかな……。メニュー増やそうかな……』
…………、俊介、ジェイに負けたのそんなに悔しかったんだね……。なんだかそんな俊介が面白く思えた。
授業が終わって智香と下駄箱に靴を入れて歩き出したら、ふとグラウンドが目についた。私たちの下駄箱から校門までの石畳の道を通る途中にグラウンドへと続く道がある。近々隣町の高校との練習試合があるらしく、サッカー部は燃えに燃えていた。何故かうちの高校とそこの高校はやたらと火花を散らす仲らしく、只の練習試合と言ってもドコの運動部もやたらと気合いが入る。よくよく考えると奇妙な学校精神だと思う……。
体育祭でうちの事務所が参加し始めるとかなり悔しかったらしく、違う何処かの事務所と契約までして対抗する始末……。
そこ、気合い入れるトコなの?
って思ってしまうくらい……。
前に涼パパに聞いたら
『なんか、創立者同士が昔っからのライバルみたいよ。それがどっちも校風として成り立っちゃったみたい。面白い学校よね〜。交流を深める為の体育祭参加のお願いをしに行った時に校長先生が長々と語ってくれたわ。私立ならでは……よね』
と教えてくれた。智香と暫く眺めていたら俊介が私達に気がついて駆け寄ってきた。
『今、帰りか?』
『そうだよ。みんな気合い入ってるよね〜』
って智香がグラウンドを見渡しながら言った。
『試合、いつだっけ?』
と二人して聞くと
『今週の日曜日。暇だったら二人とも見に来いよ』
と誘われた。どうしようか……と智香と相談してお互い日曜日は何も予定が入ってなかったから見に行く約束をして俊介と別れた。
『紗弥加、涼パパ、お弁当作ってくれないかなぁ〜♪』
『そんなに長くかかる? 試合って……。 只の練習試合だよ?』
『ん? 単純に涼パパのお弁当が食べたいだけだよ♪』
って笑いながら私に言った。
『わかった。じゃぁ、頼んでみるね』
『やったぁ♪ 楽しみが増えた〜♪』
楽しみ? 増えた? と不思議に思いながらもあまり深く考えず、涼パパにお弁当をお願いしたらあっさり了解してくれた。後から智香にしてやられた……と後悔するなんて思いもしなかった……。
『紗弥加ー。場所はどっちー? 後から持ってくから』
『隣町の学校! じゃぁ、行ってくるね〜』
今朝は珍しくみんな出払ってて、涼パパしかいなかった。正直言うと、ホッとしたんだけど……。きっとジェイはムキになって付いてくるって言うだろうし、響ちゃんは面白がって絶対にジェイをあおるに決まってる。レノンは……物静かに微笑みながらも面白そうだしっと言ってジェイを連れてきそうだし……。どっちにしても、誰が居たとしてもジェイが来るに決まってる。一応、響ちゃんには俊介にはお断りさせてもらったって言ったけど、
『内緒にしとこ〜♪その方が面白いしぃ♪』
ってわざとジェイには言ってないみたい。レノンは絶対に聞いてるとは思うけど……。そんなコトを考えながら、私は智香と待ち合わせ場所まで急いだ。本当に只の練習試合なのかと思えるほどのギャラリーの数……。特に相手側……。どんだけライバル心燃やしてんのよ……と思えて逆に笑えてくる。俊介に聞いてみると俊介が入学してからの3年間、サッカーだけはうちの高校が勝ち続けているらしい。他の運動部は負けたり、勝ったりらしいんだけど……。だから、この1年、練習試合でもこのくらいのギャラリーは当たり前らしい……。
試合が始まって丁度ハーフタイムの時に涼パパがお弁当を持って現れた。
『お待たせ、お待たせ』
ある意味、智香がお弁当って言ってくれて正解だった。ハーフタイムが丁度お昼を過ぎた頃だった為に、お腹が好き始めてたから。試合に出てる選手達には申し訳ないけど……。ちょっとこんな時間帯にしなくてもいいんじゃないの? と正直思うんだけど……。
『お待たせ、お待たせ。お腹減ったでしょ?』
『きゃぁ♪ 涼パパ♪ 待ってましたぁ。
久しぶりの涼パパの手料理だぁっ♪』
と智香は大喜びではしゃいだ。
『…………? ねぇ、涼パパ……』
『何?紗弥加』
『お弁当は?』
そう、お待たせって言ったわりに、涼パパが手に持っているのはクーラーBOXのみ。飲み物しか入っていないBOXだけ。智香と涼パパは二人顔を合わせ、そして私を見てニヤッと笑った……。
も……もしや……。と思った瞬間、
『キャァァァァッ!』
とそこら中から黄色い歓声が……。ギャラリーの視線が一方向を向いている……。恐る恐るその視線の集まる方向へ目をやると……。
や……やっぱり……。
黄色い歓声に極上の営業スマイルを振り撒く約3名……。優雅に、太陽の光を自分達だけのスポットライトの様に浴びながらこっちに歩いてくる人影が3つ……。
私はキッと二人を睨み付け
『二人して図ったな!』
と怒鳴ったら智香も涼パパも拍手しながら
『せいかぁ〜い♪』
あの時、智香が言った
『楽しみが増えた』
というセリフの意味がわかった。なんで気がつかなかったんだろう……。スルスルっと私の肩に手を回して斜め下から私の顔を覗きこみ、意地悪な笑顔で
『紗弥加〜、ひどいんじゃなぁい? こんな楽しそうなコトを私に黙ってるなんて〜?』
だって、響ちゃんに言ったらジェイをあおるじゃない……。
私の頭を優しく撫でながら
『紗弥加、お兄さんに隠し事はいけないなぁ♪ 俺に知られたら何か困るコトでもあるのかな?』
この状況になるのが困るんじゃないのよ、レノン!
後ろから抱きつかれ、耳元で
『内緒で俊介の応援に行ったなんて後から知ったら俺、泣いちゃうよ? サーヤは俺を焼きもちで殺す気?』
焼きもちやいたくらいで人間死なないってば、ジェイ……。というか、抱きつかないでよ……。こんな公衆の面前で……。
『こうなるに決まってるからみんなに言わなかったのっっ!』
とジェイの腕を振り払ってみんなを睨んだのに、そんな私を無視してお弁当を広げ始める……。
『紗弥加、早く食べようよ〜♪ 涼パパの手料理はやっぱり美味しいね〜♪』
と食べ始める智香。
『観念して早く食べなさい、紗弥加』
と独り興奮する私に涼パパがあっさり言ってくれる。
『細かいことは気にしないのよ、紗弥加。応援は大勢でする方が楽しいんだからっ』
と響ちゃんは楽しそうに頬張りながら私に言い、
『俊介が出てるしな。紗弥加と俊介は見知らぬ仲じゃないんだし、せっかくだからみんなで応援すればいいだろ? なっ、ジェイ』
とレノンはジェイの肩をポンポンと叩いた。
ブーッッ!
『だから、いちいち吹くなよ、お前は』
『本当よ。かかったらどうすんのよ、馬鹿っっ!』
『う……うるさい、黙れレノン病! …………、俊介じゃなかったらもっと応援してやるのに。骨でも折って欠場すりゃいいんだ、俊介の奴……』
とブツブツ言っていた。
ハーフタイムの終わりを告げる笛が鳴り、後半戦が始まった。試合が始まった。
涼パパは『あの子、かわいいわね〜、あっちの子、スカウトしてみる?』なんてすっかり乙女(?)と仕事の顔を見せていた。レノンは実はサッカー大好きだったみたいで、釘付けになっていた。そんなレノンにサッカーのコトを教えてもらいながらレノンの横顔を『惚れ惚れしちゃう♪』と見つめる響ちゃん。そんな響ちゃんに『馬鹿だろ、お前』と突っ込んだり、俊介に『コケてしまえっ』と呟いたりしながらも、ジェイもサッカーが大好きらしく、最終的には真剣に見ていた。そんな真剣な面持ちでサッカーを見るジェイを『素敵ぃ』と目をハートにして、いっぱいハートマークを散りばめる智香。何しに来たんだろ……なんて始めは気が重かったけど、響ちゃんの言う通り大勢で応援するのは楽しかった。ジェイ達が現れたことでわざと呼んだと思ったみたいで、より一層闘争心むき出しで試合に挑む相手チーム。
接戦の末、ロスタイムも終わり、PK戦にまでもつれ込んだ。なかなかどちらも点が入らず、みんなで手に汗を握りながら無言で見つめた。緊張高まる中、決定点を入れたのは俊介だった。
『ヤッター!』
みんな大喜びで、声援を贈ろうと一斉に周りが立ち上がろうとした為に私はバランスを崩してしまった。そんな私の腰を軽く片腕で支え
『大丈夫か? ケガしなかったか、サーヤ』
と優しく私を見るジェイになんだか恥ずかしくなってしまい、俯いて頷くことしかできなかった。ずっと試合に集中してた癖になんで私がバランスをくずしたのがわかったの……。ジェイは軽くポンポンと私の頭を撫でてまたグラウンドに視線を戻した。
試合が終わり、俊介に激励を送りに向かう。すっかり感動したジェイは俊介を抱き締めて
『俊介、お前、凄いぞ。さすがは俺のライバルだな』
と大喜びだった。
『? 俺…………、すでにライバルから消えてますけど……』
『………………、は?』
ガバッと俊介の肩を持って驚いて私たちを見渡した。
『あ〜あぁ、俊介ダメじゃなぁい、バラしちゃぁ』
『ひ……響、おま……。紗弥加、俊介のコト……』
『俺、結構前にフラれてますよ?』
『はああぁぁぁぁ!?』
俊介は『俺の分まで頑張ってくださいよ』とジェイの肩を叩いて観戦のお礼を言って爽やかにチームメイトの元に戻っていった。
『俊介のコトでアタフタするお前をもう少し見てたかったのになぁ♪』
『レ……、お前! …………………。まぁ、いい』
そう言って私の頬にキスをして耳元で囁いた。
『サーヤ、好きだよ』
≪6≫
【2】
学校も冬休みに入り、部活もしていない私は少しばかり暇をもて余していた。智香は毎年冬休みは親戚がやっているケーキ屋さんに駆り出されるので智香とも遊べない……。本来なら今頃は受験戦争真っ只中な時期だから悠長に過ごすなんてもっての他なんだけど、私も智香もそのまま今の学校からエスカレーターで短大に進むことにしたのでのんびり出来ている……と言う訳で。
涼パパは年末年始には仕事はしたくないっ! らしく、フルエンジンで仕事をしている。我が家の居候3人もそれは同じらしく、みんな出たり入ったり……と忙しい。
『あれ?紗弥加、暇なの?』
『あっ、レノン。それは嫌みなの? あれ? 仕事は?』
ハハハハと爽やかに笑いながら近づき、
『今日はおしまい。今からジェイと響の現場に行くんだけど、暇なら一緒に行く?』
『うーん……、行く』
ジェイが居ることに少し躊躇はしたけど、中学に上がった頃からほとんど撮影を覗きに行くコトも無かったし、少しワクワクしながらお誘いを受けることにした。レノンは助手席のドアを開けてくれて
『はい、乗って』
と紳士っプリを発揮してくれる。
『ありがと。やっぱりレノンは紳士だよねー』
とお礼を言って乗り込むと、運転席に乗り、エンジンをかけながら私を見て
『ジェイもしてくれるだろ?』
と不敵な笑みで私を見るものだから、私の血液が顔を忙しく巡っているのがわかるくらいに頬も耳も熱かった。
『真っ赤だよ、紗弥加』
『レ……レノンがそんなコトを言うからだよ……』
と両手で顔を覆った。
海が太陽の光を浴びてキラキラ輝いている。冬独特の高い空。真っ青な綺麗な空にほんの少し雲があるだけ。こういうのは撮影日和って言うのかな?
『見に行くのは内緒にしてあるからね。さぁ、行こうか』
と私の背中に軽く手をやり、エスコートしてくれるレノン。いろんな人達がいろんな役目に徹していて、一つの芸術作品を作り上げるために動いている。
『あっ、響ちゃんだ!』
近くまで行こうと駆け出す姿勢になった所で私の腕を掴んでレノンが私を制止した。
『俺達が居るのがわかると変に気が散るだろうから、ここから見よう。ここだと向こうからはあまり気づかれないから』
『そっか……、そうだよね』
一人で撮られたり、他の女性モデルさん達とポーズを撮ったりしている。私達と過ごして居る時の響ちゃんとは全く違う。時には無邪気に、時には無表情に、悲しげに、誇らしげに……。
『響ちゃん、綺麗だね』
『コロコロ表情が変わるだろ? ある意味、女優顔負けの演技力だね。どんなシーンもこなすんだよ』
と真っ直ぐ見つめながら響ちゃんのコトを話すレノンの横顔はとても穏やかで、綺麗だった。本当は響ちゃんに負けないくらいに好きなんじゃないだろうか。響ちゃんは私の方がいっぱい、いっぱい好きって言ってるけど、きっと……絶対響ちゃんに負けてないよ。と生意気にも二人が微笑ましく思えて、また視線を前に戻した。
一瞬、周りの風景が全部色褪せる様な感覚に襲われた。
スローモーションの様に、全ての動きがゆっくり見える。
あの時と同じ、そこにだけスポットライトが当たっている。
虹の向こうから見えた綺麗な影……。
私を救ってくれた、差し出された暖かな手。
いつでも私の傍に居て、どんな時も駆けつけてくれる。
ジェイが現れた瞬間、スタッフ達も動きが変わった気がした。私達と一緒に居る時の気を許した表情とはまったく違う。その表情一つ一つ、まったく雰囲気が変わる。メイクだけのせいじゃないのがよくわかる。目が離せない。そこだけ切り取られた絵の様だった。
『凄いだろ? あれが俺がどんなにもがいても抜けない理由だよ。俗に言うオーラが違うってやつだよ』
私は釘付けになってしまい、レノンの言ったことに返事もできなかった。
『撮影、終わったみたいだ。行こうか』
と背中に手を回されたコトでようやく我に還った。
『え……、あ……、うん』
『ジェイに見惚れたかい?』
意地悪な笑みを浮かべてレノンは私をからかった。
『もう!』
レノンの腕を叩いたがそんなことはお構い無しに、レノンは私を現場の方につれて行った。レノンは周りの人達に挨拶をしながら奥へ奥へと進んで行った。響ちゃんが私達を見つけたその瞬間、撮影ではまったく見せなかった表情で近寄ってきた。
『レノンも紗弥加も、いつから来てたの? 綺麗だった? 私』
少し照れながら。
『響ちゃん、とっても綺麗だった!』
少し興奮気味の私の横でレノンはさっき見たのと同じ綺麗な笑顔で
『綺麗だったよ』
と言うレノンの一言に響ちゃんは本当に嬉しそうに無邪気に喜んでた。
『紗弥加、ジェイ、凄かったでしょ?』
『え……う……うん。やっぱりトップモデルなんだなぁって思った。釘付けになっちゃって……』
とそこまで言ってからハッとして周りを見渡したけど、ジェイの姿が無いことにホッした。聞かれたらとんでもないことになりそうだったから……。
『でしょ? ソコだけは尊敬するわ。本人には口が避けても絶対言えないけどね。だから、紗弥加も内緒にしといてよ』
『私が言ったコトもねっ』
と二人で笑いあった。
『あっ、レノンも言っちゃダメよ!』
『みんなジェイを誉めたことは秘密だな。それにしてもあいつ、どこに行ったんだ?』
『んー、たぶん着替えに行ってるんじゃない? 私もこれ、返してくるからまた後でね〜♪』
レノンに投げキッスをして向こうに駆けていった。
『ボーッとしてても仕方ないし、ブラブラしてみる? そのうちジェイにも会えると思うよ?』
『べ……別に無理して会わなくても……』
ジェイの名前が出て、顔が真っ赤になってるのがわかる……。さっきのジェイを見たから少しおかしな感じになってるだけだよ……、たぶん。レノンといろいろ話ながらブラブラしているとロケバス(メイク車だったかな?)が何台か停まっていた。響ちゃんも、あの中のどれかに居るんだろうか?って言うことはジェイも?
『あの中のどれかにジェイもいるんじゃないかな?』
レ……、なんで考えてたことがバレたんだろう……。
『そ……そうなのかな?』
『まぁ、行ってみようよ』
レノンに促され、その方向へ足を進める。会いたいような、会いたくないような……なんとも表現しがたい思いを抱えながら……。何台か停まっている車の所まで行くとレノンが呼び止められた。どうやらモデル仲間の人みたいで、お邪魔するのも悪いし、一人で先に歩みを進めてみた。その瞬間、傍に停まっていたバスから飛び出してきた女の人にぶつかった。
『痛いじゃないっ! あなた、誰よ!見ないか……お……』
怒鳴ったかと思ったら私の顔をマジマジと見つめた。
『ごめんなさい……。あの……、何か……?』
『あなた、ジェイの事務所の亡くなった社長の娘よね?』
『…………そ、そうですけど……?』
『あなた………、ジェイに本当に愛されてるとでも?!』
『? あの……おっしゃる意味がよくわからないんですけど……』
『ジェイは突然女遊びをやめたわ。原因があなただってことは知ってるのよ?』
突然ぶつかって、怒鳴れ、今はなんかいわれの無いことで責められているような……。
『周りはあなたに本気なんだって噂してるけど、私は知ってるわ。ジェイが後にも先にも本気で惚れてたのはあなたの母親の方だったってコト。だから、あなたは実らなかったあなたの母親への思いを遂げるための身代わりでしかないんだから! 早く別れなさい!』
言いたいことだけ言って、その女の人は『邪魔よ!』と私を押し退けて走り去ってしまった。
何?
別れろって……まだ付き合ってもないし……。
ママを好き……?
身代わり……?
なんだか足元が揺れる……。半歩、足元で靴が地面を削る音が聞こえる。
トンッ……。
背中が何かにぶつかった。誰かの指が私の両腕を背後から掴んだ。
『紗弥加、今の話は忘れるんだ』
振り返るとそこには心配そうに私を見つめるレノンが立っていた。
『うん。……………そうだよね』
『女のヒガミだよ。今まで一人に絞らなかった奴だから、サーヤが羨ましいだけだよ』
そう優しく言って、レノンとまた歩き出した。そう……そうだよね。ジェイにだって、別に他に好きな人ぐらいいたよね。好きな人の一人や二人……10人、20人……もっとかも……。べ……別に私がそんなに気にするコトじゃないもん。彼女でもないんだから……。
『きゃぁ! 痴漢!! エッチ!』
いろんなことが頭をグルグル駆け巡っている時に後ろから突然抱き締められて大声をあげてしまった。
『痴漢なんて酷いね、サーヤ。エッチなコトでもして欲しかった?』
視線を後ろにやると笑いながら私の頭越しにレノンと挨拶を交わしてるジェイがいた。
『ジ……ジェイ! び……びっくりするじゃない! 突然現れないでよ……』
『突然はサーヤの方だろ? どうせ来るなら屋内の時に来ればいいのに。こんなに冷たい頬しちゃって……』
後ろから抱き締めたまま、自分の頬を私の頬にピッタリと寄せてくるから、心臓がこれでもかというぐらいに駆け足になる。響ちゃんも私達を見つけ、レノンと一緒になって真っ赤になってジェイの腕の中でもがく私をからかっていた。帰り道、ジェイの車に乗せられそうになったけど、響ちゃんに拝みまくってレノンの方に乗せてもらった。ジェイと響ちゃんは二人して私を恨めしく見つめたけれど、ソコは気づかない振りをしてレノンの車で帰った。有り難いことに私はあの日、あの場所で聞いたことを思い出さずに過ごせていた。年末年始で家の中がバタバタしていたのもあるし、年が明けたら明けたでやっぱり仕事始めということでみんなバタバタしていたから。
あれからみんなの撮影現場に行くこともなかったし……。撮影の見学に行ったってコトは智香に言ったけど、智香にも響ちゃんにもその話もしなかった。
智香は
『絶対に手伝いになんか行かないっ! ケーキ屋なんかつぶれてしまえー!』
と興奮気味に泣き叫んでいた。そんなこと言いながらもやっぱり手伝いに行くくせに……。
家に帰ると事務所の方から話し声が聞こえた。声の主はジェイと涼パパの様だった。
『ただい……………』
涼パパは事務所に置いてあるパパ達との写真を見ながらジェイと懐かしそうに話をしていた。なんとなくパパ達のコトを聞きたくってそっと耳に神経を集中させた。
『早いものね……。一樹達が亡くなってこの事務所を移してからもう12年になるのね』
『そうだな……。13回忌はばあちゃんと一緒にするんだろ?』
『そうしようと思ってる。七回忌もそうしたし……』
…………パパとママとおばぁちゃまが居なくなってそんなに経つんだね……。
『紗弥加、遥子に似てきたわね』
『…………そう……だな』
―――『ジェイが後にも先にも本気で惚れてたのはあなたの母親の方だっ
ってコト』―――
『…………ジェイ、今だから言うけど、遥子のコト、知ってたわ』
『………ああ』
―――『だから、あなたは実らなかったあなたの母親への思いを遂げるため
の身代わりでしかないんだから!』―――
あの日聞いたことは嘘じゃなかったの?
―――『紗弥加、今の話は忘れるんだ』―――
レノンは知ってたってこと? 私は………だれ?
ガタンッ
頭がクラクラしてふらついてしまった。
『あら、お帰り、紗弥加。紗弥加が遥子に似てきたわねって話をしてたところなのよ?』
涼パパは明るく、懐かしそうに私に言った。ジェイが私を見て優しく微笑んで
『そうだな。ヨーコさんに似て綺麗になった』
と私に手を伸ばしてきた。
バシッッ!
『サーヤ……!?』
差し出した手を叩かれて、ジェイは何が起こったのかわからないという表情だった。
『私は私よっ! ママじゃない!』
そう叫んでその場を走り去った。背中でジェイが私の名前を呼ぶ声が聞こえる……。振り向かない!ジェイの顔なんか見たくない!
ドンッッ
玄関に向かう途中で仕事から帰ってきたレノンと響ちゃんにぶつかった。
『紗弥加、どうしたの? なんか様子が変よ?』
私を心配そうに見つめる響ちゃんを見ずに私はレノンを見て
『レノンの嘘つき!』
それだけを言い残して走った。レノンの嘘つき! ただのヒガミだって言ったじゃない!ジェイは私を通してママを見てるだけじゃない! 私じゃないじゃない!ジェイの馬鹿!
どれだけ走ったんだろう……。家の前の道が一本道なせいで、私の足は文明の力に勝てる筈もなく、大通りに出る手前であっさり捕まってしまった……。
≪6≫
【3】
『紗弥加、何かもの凄く思い詰めた感じの顔をしてたわよ?珍しくレノンに「嘘つき!」って怒鳴っちゃって……。レノンも少し考えて「ちょっと、すまない」ってエンジンかけて追いかけていっちゃったし……。なんかあったの?』
『昔の写真見ながら紗弥加が遥子に似てきたねって言ってただけよ……。ねぇ、ジェイ?』
『あぁ……。どうしたんだろ……サーヤ』
本当に……。どうしたんだ?何かまずいことでもしたのか? 俺……。
『あんた、またなんかしでかしたんじゃないの?』
『ばっ……お前、俺を何だと思ってる!』
以前ならまだしも今や真面目にサーヤ一直線。女どもともすっぱり手を切った。ご飯も飲みにも行ってはいない。怪しまれるような行動は本当にしていなかった。
『そうよねぇ、ジェイにはめ・ず・ら・し・く! 真面目に過ごしてるもんね〜』
とからかい口調で響は俺に向かって言った。
『お前、珍しくは余計だ! 本当に何があったんだろ……』
♪♪♪♪〜
そうみんなで心配していたところに俺の携帯が鳴った。画面を見ると「レノン」と表示してある。慌てて携帯に出て俺は衝撃に襲われた……。
サーヤが……。
知ってしまった……。
知っていた……と言う方が正解か?
俺の中で何かが崩れ落ちる気がした……。
足元から……。
これは罰なのか……。
俺への罰なのか?
『そうか……。サーヤを頼む………』
それだけ言って携帯を涼さんに手渡し、ふらつく足をなんとか動かしながら車に乗り込んだ……。
苦しかった……。
ミスターが好きだからヨーコさんを好きになってしまったこと……。
辛かった……。
ミスターとサーヤと一緒に過ごす幸せそうな微笑みを見るのが……。
耐えられなかった……。
その中で俺のコトを家族の様に大事にしてくれることが……。
逃げたかった……。
『ミスター、ヨーコさん、義務教育と言われる期間も終わった。モデルとしてもある程度成長できた。だから、このまま甘えてちゃダメだと思うんだ。だから、俺、独り暮らしする』
ミスターもヨーコさんも止めてくれた。正直、そのことは本当に嬉しかった。でも、逃げることにしたんだ、俺……。何回か話し合って、どうにか思い止まらせようとしてくれたけど、頑として聞かない俺に「近くに住む」という条件付きで納得してくれた。引っ越しも終わり、俺は自分だけの部屋に移る。本当は俺が移るのは明日でもいいんだけど、『早く自分の城に行きたいし』ともっともらしい理由を付けて今日中に移ることにした。ばあちゃんは『寂しくなるわ』と言って、最後だからあとは3人で過ごすといいわ……とサーヤと一緒に寝てくれて、3人で昔話に花を咲かせながら過ごしていた。
『今日で一緒に居れるのも最後か……。独り暮らしは楽じゃないぞ。辛くなったらいつでも帰っておいで』
俺の頭を撫でながらミスターが優しく俺を見つめながらそう言った。
『うん。今まで本当にありがとう。お世話になりました』
ペコッとミスターに頭を下げた。
『まぁ、一生の別れでもないし。仕事ではほぼ毎日顔も合わせるしな』
そう言いながらも少し目が潤んでいるように見えた。
『本当に行くのね。ヨーロッパでジェイがナンパしてくれたのが昨日のことみたいなのに……』
俺の頬に手をやりながら懐かしそうに俺を見てヨーコさんはそう言った。
『それは言わない約束だろ? いい加減忘れてよ、俺の汚点……。もう一回ナンパする?』
『じゃぁ、もう一度フラれる?』
『ひで〜!』
冗談を言って賑やかに振る舞うしかなかった。本当はその手を、その頬を触れてみたかった……。
『この家を出たからって、今まで以上に女遊びばっかりしてちゃダメよ! そんなことばっかりしてると本当に大事な人が出来ても逃げられるわよ?』
そんなの、捕まえる前に手の届かない人だよ……。
『そんなわけないじゃん。俺の魅力にみんなメロメロなのに♪ じゃっ、俺、行くから! また来る』
俺は元気にそう言って3年間過ごしたこの家、ミスター、ヨーコさん、サーヤ、ばあちゃんに別れを告げて行くことにした。
『ジェイ!待って!』
玄関のドアを開けた瞬間、背後からミスターが俺を呼び止めた。
『何? 俺、なんか忘れもんした?』
『夜ももう遅い。ドライブがてら送ってあげるよ。男同士ってのも味気ないかも知れないけど、たまにはいいだろ?』
お言葉に甘えて送ってもらうことにしてミスターの車に乗った。
『ジェイ、本当に少し遠回りして、海でも見に行かないか? 実はこれ持ってきたんだ』
そう言って子供っぽく舌を出し、取り出したのはミスターの好きな銘柄のワインだった。
『ダメじゃん、酒気帯び運転する気? っていうか、それ以前に俺、未成年だし……』
『だから、少し遠回りするんだよ。まっ、独り暮らしを始めるってことで引っ越し祝いだ』
潮の香りが海に近づいたと教えてくれる。さすがに夜もすっかり更けて人影もない。見えるのは海と俺達を見下ろす星と三日月だけ。波際ギリギリに腰を下ろしてミスターがワインを開けた。ミスターはちゃっかりワイングラスも持ってきてて、俺にも注いでくれる。
カチン
『カンパーイ!』
とワイングラスの重なる音が海に飲まれていった。
『ジェイが成人したらこんな隠れてじゃなくて、本当に飲みに行こうな』
俺の頭をクシャクシャと撫でながら嬉しそうにミスターはそう言ってくれた。
『うん。いいところに連れて行ってよ?』
『ジェイ、本当にありがとうな。初対面の怪しい俺の誘いに付いてきてくれて。しかも、事務所の名前も売ってくれて』
『な……なんだよ、急に……。照れるだろ』
真っ赤になりながら俺の頭に乗せられたミスターの手を振り払った。
『最初はなんだ、このガキ? って言うのが本音だったけどな』
『……………ひで〜。でもそうだよな、ヨーコさんのコト、ナンパしてんだもんな、俺……』
頭を掻きながら俯いて俺は恥ずかしさを隠せなかった。
『本当にさ。俺の大事な嫁さんを……だぞ? でも、一緒に食事をして思ったんだ。ジェイ、お前は何かを探し求めてもがいてるんじゃないかって……』
『…………』
『こんな言い方をしてごめんよ? ジェイは産まれた時から両親を知らない。だから、愛する、愛されるってコトに飢えてるんじゃないかって思ったんだ』
言葉にならなかった。俺の耳に聞こえるのはミスターの声と、言葉の間間を埋める波の音だけ。
『実はさ、遥子と結婚をしようと決めた時、遥子の両親に反対されたんだ。職も決まってないような若造にはやれん! ってさ。
昔っからなんかモデルって好きでさ、自分はなりたいってのはなかったけど、モデル事務所がしたくって。
で、駆け落ちするように遥子と結婚して涼と遥子と一緒に立ち上げたんだ。遥子に血の繋がりを捨てさせてしまったこと、今でも胸に残っててさ、だから、本当は許して欲しかったんだ。遥子にそんな決断をさせてしまったこと。
だから、ジェイに何かをしてやりたいっていうのは嘘じゃない。でも、それは、本当はただの言い訳で、自己満足でもあったんだと思う。ごめんよ、俺の自己満足の為に連れてきてしまって……』
『そんなことないよ。俺、本当に連れてきてくれて本当に……』
俺は初めて聞かされたミスターの思いと優しさに胸が詰まってしまって言葉が続かなかった。
空の黒が薄くなって行く。
星が消えていく。
うっすらと海の向こうから白くなっていくのが見える。
『さぁ、酔いも覚めたことだし、今度は本当に送ろう』
立ち上がって、ズボンに付いた砂を払いながら、ミスターは優しく微笑んで俺の頭にまた手を乗せた。
『ジェイ、お前を見ていると遥子に抱く想いは母親への愛に近いんじゃないか? と思うんだ。どちらにせよ、すまないが遥子はお前にはやれない。そうじゃなく、本当に心から愛せる人を探して探して見つけるんだよ?
俺も、遥子もそれを望んでるんだよ。いろんな女性と遊んで探すのもいいさ。そして、大切ものを見つけられた時、周りの女性が色褪せて見えるから。そんな願いも込めてるんだよ?』
と俺の首もとにぶら下がる二人からのプレゼントであるネックレスを指差した。
≪6≫
【4】
必死で走ってきたのに、私の少し先に斜めに道路を遮るように止まる一台の車。そんな車の運転席から降りてきたのはレノンだった。レノンがゆっくりと私に近づいてくる。
『紗弥加!』
逃げたいのに……。後ろには家がある。目の前にはレノン。逃げたかったのに、文明の力に乗って追いかけてきたレノンにあっさりと捕まってしまった私。
『とりあえず、乗って』
そう言って助手席のドアを開けて、私の背中に手を置いて優しく助手席に誘導されてしまった……。こんな時でも紳士的に接してくれるレノン。酷いこと言ったのに……。私を乗せた車は家へと向かうことはなく、違うどこかへ向かっていた。助手席の窓に頭を預け、窓から流れる景色を眺める。
私もレノンもずっと無言のまま……。どこに向かっているのかわかったのは潮の香りが近づいたから。
海に向かってるの?正直、どこでもよかった。とにかく家でなければ。
海に着いたけど車から降りる気配はない。
『本当は外に出たいところなんだけど、さすがに寒いからここで海でも眺めながら話そう?』
『……………』
話すと言っても何を? ジェイが好きなのはママで、私は身代わりだって話?
『話すのは嫌かい?』
ハンドルに上半身を任せ私の方を見ながら、心配そうに優しく微笑んでいる。
『…………、本当なの?』
やっとの思いで出た言葉にレノンは少しすまなさげに私を見つめて
『そうだね。でも、本当と言うより、本当だった……と言うのが正しいかな……』
そう言ってポツリ、ポツリとレノンは話をし始めた。
『確かに、ジェイは遥子さんのコト、好きだったよ。だけど一樹さんのコトも本当に好きだったんだ。そんな自分を偽るためなのか女遊びも激しかったけど……』
やっぱり嘘じゃなかったんだね……。
あの日あの場所で言われたコト……。
『そう……』
何も言葉が浮かんでこなかった……。頭の中ではあの日聞いた女の人の言葉と、さっきのジェイと涼パパとの会話がグルグル巡るだけ……。
『でも、やっぱり限界がきたんだ、ジェイの中で……。だから、離れる決心をしたんだよ。あの家から。あの空間から……』
言葉を何も発しない私を責めることも宥めることもせず、ただ海を見つめながら遠く悲しい目をしながら話を続けた。
ページをめくるように、ゆっくりと……。
『でもさ、所詮ガキだ。大人な一樹さんと遥子さんの目は誤魔化せなかった。たぶん、涼さんにも。あの家での最後の日、一樹さんに言われたらしいよ。遥子はやれないってね』
パパもママも気づいてたってこと?
パパは辛くなかったの?
嫌じゃなかったの?
ママと何かあるかもって疑ったりしなかったの?
『その後、一樹さんと遥子さんは亡くなってしまった。ジェイの遥子さんへの想いは昇華することなく、空に逝ってしまった。それからは……わかるよね?』
おばあちゃまが亡くなって、ジェイと涼パパが私を救ってくれた。
『じゃぁ……じゃぁ、私を引き取ったのはやっぱり……』
『……………。その想いがなかったとは言いきれないね。ショックかい?』
『だって……私は……ママじゃない……』
視界が潤む。私、泣いてる……。
『紗弥加、ショックなのはどうして? 愛されているのが紗弥加じゃないから? 遥子さんの身代わりかもしれないから?』
何故? ショックなのは……?
『………私はママじゃない……』
『そう、紗弥加は遥子さんじゃない。ジェイが紗弥加に遥子さんを重ねているなら、紗弥加が振ってやればいい。そうすれば、ジェイも諦めるんじゃないか? 紗弥加もこれ以上せまられて困ることもなくなるよ?』
『…………そ……そう……なのか……な』
そうだよね……。そうすれば、ジェイだってママを諦められる……。私がジェイの行動に困らされることはなくなる……。
『でも、もう一緒には居れなくなるね。いくらあいつでもそれは辛いだろうしね』
一緒には居れなくなる……?
もう駆けつけてはくれないの?
今までみたいに笑って過ごせないの?
『また女遊びが酷くなるね。あっ、でも紗弥加にはそんなこと関係ないか。
兄が誰と関係をもったって』
私じゃない誰かに優しく微笑むの?
どうしてこんなことに胸がざわめくの?
今までだって沢山そんなの見てきてる。
別に珍しいことしゃない。
昔みたいに沢山の綺麗な人達に囲まれるだけ……。
ジェイの傍にいて絵になる人達と寄り添うだけ。
『紗弥加、また泣きそうな顔をしているよ? 楽になれるんだよ? そんなに辛そうな顔をすることはないだろ?』
楽になれる?
ジェイが女の人達と笑ってるのを見て?
『紗弥加も素直になればいいんだよ?』
目の前が揺れて景色が滲む。私の頭に乗せられたレノンの手がとても温かく、優しかった。
素直に……?
他の誰かと寄り添うジェイは見たくない……?
離れてしまうなんて想像できない……したくない……。
『……わ……私は……』
どうしたいの?
ジェイが他の女の人達と笑ってるのを見たいの?
ジェイから解放されたいの?
『私は……。ジェイの隣で他の誰かが笑ってるのを見たくない……』
やっとの思いで言えたその瞬間、フワッと優しく、柔らかなレノンの腕が私を包んでくれた。
『よく言えました。偉いね、紗弥加』
何度も何度も私の頭を撫でながらレノンは私にそう言った。
『ごめんよ、紗弥加。試すように意地悪なことばかり言って。でも、ようやく見つかっただろ?』
言葉にならず、何度も何度もレノンの腕の中で頷いていた。いつも傍に居てくれるのが当たり前だと思っていた。何があっても私の傍に駆けつけてくれることが……。私を優しく見つめてくれることが……。だからママの身代わりかもしれない? と思った瞬間、溢れ出してしまったんだ。私の傍にいてくれるのはママを想っているからかもしれないと……。ママじゃなくて、私を見て欲しいと……。傍に居ることが当たり前になりすぎて気づかなかっただけなんだ。きっと、私はジェイのことが昔から好きだったんだ……。
『きっと、ジェイのやつ、焦ってると思うよ? 帰ろうか?』
『うん……』
自分の気持ちがはっきりしたことでなんだか気持ちがすっきりした。
ママを見ているのでもいい……。今からでもいい……。私を見てください。
と今なら言える気がした……。
『とりあえず、落ち着いた?』
レノンの腕の中で泣いていた私に優しく聞いてきた。
『…………うん。ごめんね……。ありがと』
よしよしと言わんばかりの笑みで私を見て
『じゃぁ、帰ろうか。とりあえず、みんな、心配してると思うから電話しとこう』
そう言って携帯を取り出し電話をかけた。
『俺。…………あぁ。大丈夫。今から帰るから。……………え?』
たぶん電話の相手は響ちゃんだろう。穏やかに話ながら軽く現状を伝えるレノンの声がワントーン下がった。
『そうか……。想像はつく。とりあえず、そっちに向かうよ。だから、帰るのは少し遅くなる』
電話を切ると、車を移動させ始めた。
『何かあったの?』
『あれからジェイが行方不明らしい。携帯置いていったから連絡の取りようがないらしい』
私のせい……? どこに行っちゃったの? もっと早く自分の気持ちに気がつけば、こんなことにならなくてすんだのかもしれないと思うとなんだかとても不安だった。
『心配?』
『…………うん』
ジェイのあの時の驚いた顔が頭をよぎる。差し出した手を私に拒否された時のジェイの顔。驚きを隠せない、それでいて綺麗すぎるあの顔が……。ジェイを思いつつ、窓の外に目をやると家に向かう道とは違うのがわかった。そういえば、響ちゃんとの電話でどこかへ向かうから少し遅くなると伝えていた。レノンは迷うことなく車を進めていく。
レノンはジェイがどこに居るのかわかるの?
『………………!?』
家へと帰る道ではないけれど、見覚えのある景色が目に飛び込んできた。駐車場へ向かうとそこにはジェイの車が停められてあった。
≪6≫
【5】
『また来ちゃったよ……』
ここに……ミスター達が眠るこの場所に……。何かあると必ず足がここへ向かう……。嬉しかった時も、悲しかった時も……。必ずミスターが好きだったワインとヨーコさんが好きだった百合の花を持って……。喜びは倍に……、悲しみは半減して、迷いは消えていく……。
あの日、逃げることを選んだのは俺……。
初めは……ただ、ただ、ヨーコさんに会いたくて通った道……。ミスターから奪えるなんて……、奪う気なんてこれっぽっちもなかった。ミスターと話してやっぱり敵わないと悟ったあの日……。
あの日を境に俺はただ、ただ、幸せそうに微笑むヨーコさんを見れればそれでいいと思える様になった。それでも、頭ではそう割りきっても胸の中はざわつきを止めなかった。
そして、俺の中で燻る種火を消火仕切れないままあの事故が起こった。消しきれなかった想いはどんなに拭っても拭いきることは出来ず、ばあちゃんの訃報の知らせが届く。
ポンッ。トクトクトク……。
『今だから正直に言うよ……。ごめんな、ミスター。
あの日、サーヤを引き取ろうと決心したのはやっぱりどこかにヨーコさんを見つけたかったんだ……。古典で習ったナントカ源氏みたいに……』
だから、歳を重ねるごとにヨーコさんに似てくるサーヤを見つめるのが嬉しかった……。だけど、満たされない想いは募って、沢山の女達とも付き合った……。そんなことをしたってヨーコさんの気持ちが俺に向くことなんてないのに……。
『…………、車だけど。………俺も……飲んでいい?』
一言断りを入れて、グラスに注がれたワインに口をつける。
でも、いつの頃からか……。サーヤの中にヨーコさんを探すことが無くなっていった……。サーヤがヨーコさんにどんどん似てくると周りは言うけど、俺には逆に……。逆にヨーコさんとは似てない様な感覚に襲われる。
そしたら、自分の気持ちが見えてきたんだ……。
俺はヨーコさんじゃなく、サーヤを愛してるんだって……。
ヨーコさんに抱く淡い恋心とは違う。誰にも渡したくはない……という想いと、告げてはいけない……、見守ると決めたんだという葛藤が俺の中に生まれた。
想いの歪みは少しずつ、少しずつ広がって、俺を蝕み始めた……。歪みが堰を壊して、感情が溢れたあの日、わかったんだ。
もう他の女はいらない……と。
サーヤ以外はいらない……と。
ザワザワと木々が揺れる音が暗闇を覆う。ネックレスを握りしめ、墓石に刻まれる『ITUKI & YOUKO』の文字を見つめる。
『バレちゃったんだ……。俺がヨーコさんを好きだったこと……』
墓石に刻まれる名前を見つめることができなくなり、俺は俯いてポツリと呟いた。
『これは……。罰なんだね……。邪な想いからサーヤを引き取って手元に置いたことへの……』
金の亡者共に渡せないと思ったのは本当……。どこにも、誰の手にもやりたくなかった、これ以上ヨーコさんが手の届かないところへいかないように……と思ったのも事実……。神様なんか信じてないけど、そんな俺を許しはしなかったんだな……やっぱり……。
―――『私は私よっ! ママじゃない!』―――
あの時のサーヤの悲痛な叫びが聞こえる……。追いかければよかった……。追いかけて、抱きしめて、『違うよ』と言えばよかった……。なのに、俺ときたら、何が起こったのか、サーヤが何を言いたかったのか考えることができなかった……。レノンからの電話で全てを悟った時、俺は頭の中が真っ白になった……。
何かが音をたてて崩れていくのがわかった。エンジンをかけたところまでは覚えてる……。でも、そこからはよく覚えていない……。
気がつけばワインと花束を持ちこの場所へと向かう道を、暗闇を連れて一歩一歩自分の足音を聞きながら歩いていた。
この一歩、一歩がサーヤへと続いているといいのに……と、そんな願いも込めながら。
ミスターとヨーコさんに懺悔を聞いてもらうために……。
『せっかく……せっかくミスターとヨーコさんが思いを込めてこのネックレスをくれたのに……。
ごめんな、ミスター。
邪な想いからだったの、知ってたんだよな……。だから、サーヤはやれないと……』
風は何も運んでくれない。
あの日、許してくれたと思ったのは……。サーヤを……サーヤへの想いを許してもらえたんだと思ったのは勘違いだったのか……。
サーヤは大丈夫なんだろうか?
レノンは大丈夫だ、心配するなと言っていたけど……。レノンは全てを知っている。あの日のミスターとの海での一件も……。それを知ったからと言ってサーヤの気持ちが俺に向かうわけはない……。身代わりにされたんだという事実を知らされるだけ……。
もう一緒にいない方がいいのかもしれない……。でも、俺は耐えられるだろうか……。
サーヤの笑顔を、声を……。
見つめていたい……。
サーヤが他の男の傍に寄り添い笑う姿を見つめることができるだろうか……。
できるわけはない。耐えられるはずはない……。
そんなサーヤを見なければならないのならいっそのこと……。
いっそのことフラればすっきりするんだろうか……。そうすれば、サーヤのことだ、俺をフッたという事実に俺を忘れずにいてくれるだろう……。
心を痛めるだろう……。
あぁ、そんなことはさせられないに決まっているのに……。
『ミスター、ヨーコさん。ごめんな……。ごめん……。どんなに、どんなに考えてもサーヤからは離れられないよ……』
あの日と同じように風が吹いたような気がした……。
『ミスター、ヨーコさん……』
墓石を見つめる俺の背後から声が聞こえた。
『やっぱり、ここだったか。他に行くとこないのか、お前は……』
振り返るとレノンが呆れ顔に、心配を足したような表情をしながら右手を腰にやり、偉そうに立っていた。
『レノン、おま……』
俺は目を疑った。レノンの後ろに見える人影。会いたくて、抱き締めたくて、ずっと笑っていて欲しかった……サーヤ?レノンが一歩横へズレるとその人影が月明かりに照らされ浮かび上がる。
サーヤだ。サーヤはレノンに背中を押され一歩歩み出る……。その歩みは止まることなくゆっくりと、ゆっくりと俺との距離を縮める……。俺は一瞬、後ろに後ずさったが、サーヤに触れたいと、近くに行きたいという思いに勝てなかった。
でも、そこから動くこともできなかった……。考えがまとまらないうちにサーヤが手を伸ばせば届くところにまで近づいていた。
『サーヤ……』
『ジェイ……』
二人同時にお互いの名前が出た。俺はそこから何も言えなくなってしまったが、サーヤはそのまま言葉を繋げた。
『ジェイ……。私はママじゃない……』
『あぁ……』
『私は身代わりは嫌……』
『あぁ……』
『私とママを重ねないで』
『あぁ……』
『私をちゃんと見て……』
『あぁ……。……………?』
それは……、私を見てって……。喜んでいい答えなのか!?
『サーヤ、そ……それは……?』
『ママじゃなく、私を見て!』
サーヤ、今にも泣きそうな顔をして……。
『お……俺は、触れてもいい……のか?』
無言でサーヤは頷いた。嬉しすぎて言葉にならなかった……。柄にもなく、どうしようもないくらいに緊張する……。やっとの思いでサーヤの頬に触れると、優しく俺の手の上に自分の手を重ねた。もう片方の手もサーヤの頬に触れて、ゆっくりと、そのまま両手の先を耳の下へと移動させる……。顎のラインが指先に触れる。頬に残された親指が震えながらサーヤの唇に触れる……。サーヤの綺麗な瞳が……、俺を見上げる瞳に映る俺が俺を見ている……。
『サーヤ……』
やっとの思いで俺の口から出た声は震えていた。
『ん……』
サーヤは俺の言葉に短く優しい声で答えて静かに、ゆっくりと、瞳を閉じた。スローモーションの様に俺の唇がサーヤに引き寄せられていく……。軽く唇が触れるだけのキス。
俺は初めてキスをする子供のように震えていた……。ゆっくりと目を開け、お互いの瞳がお互いを映し出す。サーヤの手がゆっくりと俺の頬に触れ優しく俺の瞳に触れた……。知らず知らずのうちに俺の瞳からは涙が流れ落ちていたんだ……。
『情けないな……俺。泣いたりして……』
『綺麗だね……。ジェイの瞳は』
それだけを言ってサーヤは俺の胸に頭を預けた……。そんなサーヤをギュッと抱き締めた……。
もう躊躇しなくてもいい……。サーヤに手を伸ばすことに躊躇いを感じなくてもいい……。
やっと触れられた……。俺の背中に置かれたサーヤの手のひらが全てを許してくれている様に暖かかった……。
ヨーコさんへの邪な想いも。邪な想いからサーヤを引き取ったことも。
自分を偽るための行動も……。風が俺達を包み込んだような錯覚に襲われた。
ザァッと木々の揺れる音と同時に風が流れていった。チラチラと空から雪が舞い始めた。
『冷え込む前に俺は先に帰るぞ』
レノンは俺に「よかったな」と口パクで伝え踵を返して歩いて行った。
『風邪ひくと大変だから帰ろう』
車に乗り込み、この空間を包み込む雪がフロントガラスから見ると、雪の結晶が見え、なんとも言えないくらいに綺麗だった。
『結晶が降るなんて素敵だね』
ヨーコさん、貴方への想いはサーヤへと続く道だったんだね……。
ミスター、こんな日はやっぱりあなたとワインを飲みたかったな……。
≪6≫
【6】
ジェイは震えていた……。唇が、私を包み込む両手が震えていた。目を開けてジェイを見上げるとその綺麗な瞳からは涙が頬へと道を作っていた。
とても綺麗だった。男の人の涙がこんなにも綺麗なものだったのかと思った。
フロントガラスから見える雪の結晶もとても綺麗だった。こんなに綺麗だと感じるのはやっぱりジェイと想いが通じたからなのかもしれない……。
心が暖かい。パパとママもこんな想いをしていたのかな……。想いが繋がったのがパパ達が眠る前でよかった。なんだかパパとママも微笑んでいるような気がしたから……。
家では涼パパが心配しすぎて大騒ぎになっていた……。
響ちゃんがレノンと一緒だからと何度も言っても全く耳に入っていなかったらしく、私がひどい精神状態で出て行ったと言うことだけが頭をよぎっていたらしい……。
『警察に電話しなきゃ。紗弥加はどこに行っちゃったの?』
と何度も警察に電話しようとする涼パパを響ちゃんが必死で止めていたらしい……。必死でとめる響ちゃんを想像するとなんだか可笑しかった……。
レノンが先に一人で帰ってきたことで、今度は響ちゃんも大騒ぎし始めて、私達が帰るまでの少しの間レノンが二人を止めるのが大変だったみたい……。
そんなことになってるとは全く想像していなかった私達は普通に玄関のドアを開けた。
『ただいまー』
ドアを開けて家に上がると響ちゃんが物凄い勢いでやって来た。
『あんた、何やってんのよー!』
響ちゃんの怒鳴り声と同時に凄い勢いでジェイの頬が音をたてていた。
いつもならここでジェイと響ちゃんのじゃれあいと言うか、言い合いが始まるのにジェイは何も言わなかった。
頬をひっぱたかれた後、それでも足りないと言わんばかりにジェイの胸を叩き続ける響ちゃんの肩をそっと抱いてされるがままに叩かれていた。
響ちゃんが泣いているのがわかっていたから……。
怒りながらも、本当に心配してくれていたのがわかっていたから……。
『響ちゃん。ごめんね……。涼パパも……。心配かけてごめんなさい』
『本当よ。あのまま帰ってこなかったら、あの世で一樹と遥子に顔向けできなくなるところだったじゃないの!』
と涙を浮かべながら私を抱きしめてくれた。
『でも、よかったわ。帰ってきたことも、ジェイとのことも……』
何度も何度も私を抱きしめて、涼パパは『よかった』と繰り返していた。
なんだかようやくいつもの笑い声の絶えないこの家が戻ってきたような気がする。涼パパの煎れてくれたコーヒーを飲みながら、レノンの隣で幸せそうに微笑んでる響ちゃん。
みんなで団欒……というこの状況はいつもと変わらないのだけれど……。床に座りソファーを背もたれにして座っているジェイの傍に私は座っている。
これもいつもと変わらないんだけど……。
それでも違うのはやっぱりこの雰囲気というか、この状態で……。
片膝を立てた状態で胡座をかいて座っているそのジェイの長い足の空間に私は座らされている……。そしてちゃっかりとしっかりと私の腰に片手を置いているというわけで……。
『ジ……ジェイ?』
『ん?どうした?』
『どうした?……じゃなくって、私は普通に座りたいんだけど……』
『ん? クッション使う?』
観点が違うんだってば……。そういう問題ではないんだってば……。私が黙ったままでいると
『俺の胸にもたれてもいいよ?』
だから、違うんだってばっっ!
『ジェイ、あんたの前に座りたくないって言うことよ。本当、あんたってば馬鹿ね』
『黙れ、響。それに、そのお願いは却下だよ? サーヤ』
とわたしの顔を覗き込んでゾクッとするほど妖艶な笑みを浮かべて私に抱きついた。
『だって、こうやってすぐに抱き締められないからね〜♪』
『ちょっ………………!』
顔から火がでるくらいに……と言うより、焦げてしまいそうなくらいに顔も耳も熱くなったのがわかった。
『紗弥加、真っ赤よ?』
『観念した方がいいよ? 紗弥加』
『一樹も遥子も喜んでるかしら♪』
『もうっっ! みんなしてっ!』
何度みんなに訴えても無駄な努力に終わってしまった……。
『ジェイ、あんたももう打ち止めね』
響ちゃんが意地悪そうにジェイをみながら笑った。
『どういう意味だよ、響』
『だって〜、1人に絞ったら今までみたいに女が群がることもなくなるじゃない』
『それはないな。俺がモテないわけないだろ?』
『ジェイ、それってどういう意味なの?』
少しだけ顔をジェイの方へ振り向いて聞いたらジェイはまた意地悪そうに妖艶な笑みを浮かべた。そして私を優しく包み込み首筋にそっと口づけをした。
『ちょっ………!』
『妬いてるの? 嬉しいね〜♪ でも、サーヤの想像してるのとはちょっと違うなぁ。サーヤ一筋になった俺はますます男の色気が増すから、今まで以上に俺に密かに思いを寄せる女が増えるってことだよ』
そう言ってまた私の頬にキスをした。
『心配しなくても、サーヤ以外の女はいらないよ♪』
って。
『おぉっ、言うね〜♪ 紗弥加、茹でダコみたいになってるよ?』
『レノン!』
『紗弥加ってばかわいい〜♪』
『響ちゃん!』
『写真撮っとけばよかったわ。一樹達のお墓に飾れたのに』
『涼パパも!』
『じゃぁ、もう一回キスしよう。今度は頬じゃなくて唇に』
『しない!』
本当にこのままで私の心臓はもつんだろうか……。いつか響ちゃんみたいに自分からジェイに触れられるようになるんだろうか……。
自分からキス……。
想像するだけで顔から湯気が出そうなのに……。でも、私達を見て涼パパも、レノンも、響ちゃんもとっても優しい笑顔になる。そんなみんなを見ていると、いつか……、ゆっくりと歩いていければいいと思う。ジェイには悪いけど……。
『あっ!』
『…………! ど………、どうした?サーヤ』
キスする気満々で私に顔を近づけてきていたジェイが突然大声を出した私にビックリした。
『智香に報告しなきゃ! 心配かけてたし……』
『あぁ、それなら大丈夫よ♪』
『へ?』
響ちゃんの言葉に間抜けな声が出てしまった。そんな時、タイミングよく私の携帯がメールの着信を告げる音を鳴らせた。
『聞いたわよ。ちょっと、ちょっと、羨ましすぎじゃないのさぁ。
罰として私にもイケメン用意しなさいよ
まっ、それは置いといて、おめでと』
と書かれてあった。
『ちゃんと私が智香に連絡しといてあげたわよ』
と舌を出し、響ちゃんはピースした。本当にみんな……。私は幸せだと思う。パパとママとおばぁちゃまがいなくなって寂しかったけど、みんなと居れて幸せだと思った。それにしても智香ってばいつの間に響ちゃんと番号の交換してたの?
『響、お前もしたのか? だからか、俺がした時はもう知ってたし』
『えっ?レノンも?』
♪♪♪♪〜
『あっ、俺にも智香からお祝いメールだ』
『あら、私にも来たわ』
『ジェイも? 涼パパまで?』
恐るべし智香! みんなといつの間に!? 智香ってば……抜け目がない。
『紗弥加は幸せね。本当に……。一時はジェイのせいで一樹と遥子に顔向けできないって心底思ったけど……』
『俺!?』
パシッ!!
涼パパはジェイの頭を叩いて
『当たり前じゃない! やっと枕を高くして眠れるわよ』
『まっ、日頃の行いが悪いからだな』
『レノン……、お前……』
『だから言ったじゃない。レノンを見習えって〜♪』
『だまれ、ストーカー響……。お前だけはいつか殺してやる……』
いつもの光景に私はホッとした。あのままだったらきっとこの光景はもう二度となかっただろうから……。しみじみとそう感じているといきなり響ちゃんがレノンにもたれ掛かった。
『あぁあ〜、すっかりジェイと紗弥加にもってかれちゃったなぁ』
『? 響ちゃん、どういう意味!?』
響ちゃんの突然の言葉に何のことだろうと聞き返した。そうすると響ちゃんはもの凄く綺麗な笑顔で話してくれた。
『えぇぇぇぇぇぇっっ!!』
私とジェイはびっくりして大声で叫んでしまった。涼パパは私達が帰って来る前に聞かされていたらしく、にこやかに聞いていた。