見出し画像

Goodbye,Thosedays 第2話「異国との狭間で」その①

第三次世界大戦でどのような兵器が使われるかは分かりませんが、第四次世界大戦はこん棒と石で戦われるでしょう。
――アルバート・アインシュタイン

1


 五月雨が絶え間なく降り続いた正午、クリストフは自身の執務室にて雨音をBGMにしながら、オランダでの任務についての報告書を書き上げていた。そしてようやく作業がひと段落し、デスクに置かれた室温と差がないほどに冷めきった紅茶を飲もうとした時、扉から2回のノックが聞こえてきた。
 
「失礼します!」
 
 大声で元気ではつらつとした女性の声が部屋に響いた。そしてすぐ扉が開いて、閉めた後すぐに敬礼をクリストフに向けた。彼女は茶髪の巻き毛と丸眼鏡の容姿が彼女の軍服に合うと言い難いチャーミングな印象と合致しているようであった。
 彼女はシルフィ・ハーゲット。能力者部隊に所属する隊員の一人である。彼女がクリストフの方へ歩みを進めようとしたとき、部屋の若干の段差に気づかず、そのまま足を掬われて思いっきり転んでしまった。彼女は痛みから苦悶の表情を浮かべるが、クリストフの方を見て照れながら「アハハ…。」と笑って誤魔化した。

「…相変わらず鈍臭いな、軍曹は。本当に軍人かい?」
「基礎訓練でも体育の成績は悪い方でしたから…。」
 
 彼女が立ち上がるのを確認して、クリストフは気になっていることを彼女に聞いた。
「ところで…、リア達はもうイギリスを出発したか?」
「予定通りであれば、この時間に出発じゃないかと…。」

 クリストフは腰を上げ、後ろに向いて窓の外を眺めるが、大雨によって遠くまで見渡すことが出来なかった。

「シルフィ。私はあの子達が日本に行ってくれて良かったと思う。彼女達には出来るだけ戦いとは無縁な生活を送って欲しいからだ。」
「…そうでしょうか?ワタシは日本と聞いて、なんだかがしましたけど…。」
「胸騒ぎ?」

 シルフィの方を見て、思わず笑みが溢れる。
「フッ、君の予感はよく当たるからな…。」
 クリストフが再び窓を眺めたとき、直後に雷の閃光と轟音が鳴り響き、ざあざあと降る雨はより一層激しさを増すばかりであった。
 

2


 空港の待ち時間をくたびれたリアは気だるそうに予約していた窓側の座席に座り、こころも隣の席に座り込む。リアとは対照的にこころは飛行機に乗るのに心躍るような気持ちであり、この日を非常に楽しみにしていたようだった。リアは今のうち、念の為にこころに一つ質問をした。

「そういえば、こころは能力者のタトゥー、刻印はどこにあるんだ?」
 
 能力者には必ずどこの方向から見ても同じ形に見える不思議な刻印、タトゥーが体の何処かに存在しており、それで見た目で判別することが可能であった。

「わたしは左肩にあるよ。このあたり。」と左肩の外側の部分を指し示した。
「一応、分かってると思うが…、それは隠しておけよ。能力者だとバレたら何されるか分かったもんじゃないからな。」
「わ、分かった…。」
 
 こころはどうやらその刻印の危険性を認知していなかったようで、リアは言っておいて良かったとホッとした。

「わたし、実は飛行機に乗るの子供の時以来久々で楽しみにしてたんだ~。」
「ふーん、私は飛行機乗るの嫌いでさ。堕ちるイメージしかないし。」
(どういうイメージ…?)
 
 こころは、困惑しながらも不安を払拭しようとする。

「だ、大丈夫だよ。飛行機ってそうそう堕ちないって。…堕ちないよね?」
「そうだといいけどな…、ん?」
 
 
 彼女の視線の先に居たのは、荷物を上の収納棚にしまっている黒い服を着た長身の男であった。その男は若干灰色がかった黒髪を上げており、その長身と姿勢は、真面目で聡明そう雰囲気を醸し出していた。リアは思わず彼に呼びかける。

「イーデン?イーデンか?」
 その男はリアの顔を見て、驚いた表情を見せる。
 「…リアだったか?おおっ、久しぶりだな!」
 数年ぶりの再会であり、リアとイーデンは喜びながら固い握手を交わし、こころに彼を紹介する。
 
「こころ、コイツはイーデンって言って、WFUの中で最も詰めが甘い男で思い込みが激しいポンコツだ。」
「酷い言われようだな…。まぁ、よろしく。」
「はじめまして。繁浪こころです。」
「ところで、なんでアンタがここにいるんだ?私達の護衛役でも務めると?」
「お前に護衛なんて必要ないだろ。お前一人で一個中隊(※1)は相手に出来るぐらい強いのに。日本でちょっとした任務を任されたんだよ。」
の能力者がちょっとした任務?どんな任務だよ。」
「上からの命令で口止めされてるんでね。」
「全然ちょっとした任務じゃねえじゃん。ま、日本って事は能力者の護衛関係なんだろうけど。」
 
 その間に、イーデンはリア達の後ろの座席に着席した。こころはこの話で疑問が湧き上がり、その話題に割り込む形で質問をする。
「ねぇ、リア。どうして日本なら能力者関係の任務だと思ったの?確か日本出身の能力者って少ないよね?」
 リアはイーデンの方に視線を向け、意図を受け取ったイーデンは仕方なく解説を始めた。
 
「日本はアメリカとWAU、ロシア、中国など多くの国と関係を未だに持っててかつ、治安が良い国として、能力者の避難地ヘイブンとして最適と思っている人が多いんだよ。だから色んな国から強力な能力者がこの国に避難してきて生活してるってわけだ。」
「…ただし、独居房レベルの不自由な生活は強いられるけどな。」
 
 リアはそう付け加えた。世界大戦を経験して、人々にとって能力者は危険な存在だという認識になっていることから、そういった不安を抱える民間人を安心させるため、または能力者が国や組織に誘拐されることを防ぐための措置であった。
 「俺達だって自由な生活が送れる訳じゃないから、能力者としての宿命だろうな。そして俺達が自由を得られるのは死ぬときだけってこと。」
はな…。」
 イーデンはこの状況に皮肉るが、リアの意味深な発言に二人は面を食らったものの、それ以上この話題が触れられる事は無かった。
 
 

3


「ねぇ、リア。飛行機が着くまで相当時間があることだし、あなたの話を聞きたいな。」
「自分の話ねぇ…。こころこそどうなんだよ?」
「わたしの話をしてもいいけど、ほとんど家に引きこもってたから、しても面白くないと思うよ…?でも、リアは色々な経験をしているみたいだから、嫌じゃなかったらわたし、あなたのこれまでのことを聞きたいの。」
 
 こころは他人の人生録クロニクルが大好きだった。失敗、教訓、成功、そして人生哲学…。多くの経験を地層のように積み重ねてきたその人生は、彼女にとって見れば最高の物語であった。そしていくら考えても、どう考えてもリアのこの年齢にしてこの性格、戦闘技術は色々な経験をしてきてきた上でのモノとしか思えなかった。つまりリアはまさしく彼女にとって格好の餌となったわけであった。
 リアに幾度とない質問攻めを浴びせかけてきて、当初リアは鬱陶しく思い軽くいなしていたが、眠気もない上に暇だったために、仕方なくこころに自分の話をし始めた。昔大国の大統領を救った話、世界を揺るがすテロ組織と戦った話や、一人で敵対組織を壊滅させた話といった話をややわざとらしい演出をおり混ぜながら、面白おかしく話をしていた。彼女の自伝にこころは目をキラキラと輝かしており、受け手が興味津津で楽しそうであった為に、リアも影響されて自然と話をすることに熱中するようになった。しかし、誘拐された王女を救うエピソードを話していたとき、イーデンにその熱意を急激に氷点下に落とすような一言を浴びせかけられた。
 
「その話は信じないほうがいいぞ。コイツは適当な話をする天才なんだよ。」
 
 リアはその発言を受け、やれやれといった感じでお手上げのポーズをした。
「…バレたか。全くお前がいると話が盛り上がらないな…。」
「えぇ~!」
 
 こころは驚いた。実は今までの話が嘘であった事を考えると無理もなかった。しかし、そのすぐこころは微笑んだ。

「でもわたしは…、信じるよ。ホントにあったような口ぶりだったから。」
「なんだそりゃ。」
 
 リアは呆れ首を振ったが、こころは真剣な眼差しで見つめていた。
 
「…変なやつ」
 二人のそのやり取りにイーデンは笑っていた。
 
 

4


 リアとこころは話に熱中していたためにもうすでに離陸してから数時間が経過していることにようやく気が付いた。しかしまだ航路は半分すら到達しておらず、分かってはいたもののその距離の長さにリアは少しうんざりし始めていた。イーデンは前の座席に居る恐らく日本人であろうこころに、日本についてを尋ねた。
「日本に一度も行ったことないんだけど、こころはどんなところか知ってる?」
「わたし…、実は日本にそこまで住んでなくて…。あまり分からないんですよね。」

 若干イーデンは驚くものの、リアを見て納得をしているようであった。
「あー、そうなのか。でもリアは日本のこと結構知ってるよな。ヨーカイやら…あと、ツチノコの話とか。」
「どこから聞いたんだよそれ。ヨーカイとかツチノコとかはともかく、まぁ、日本の事は少しは知ってるよ。昔がいたからな。基本的には食いもんの事だけど。」
?」
 
 こころがその話を聞こうとした直後、急に航空機のコックピットの方から大きな悲鳴が上がった。

 「…何だ?」
 
 イーデンの表情が一変して警戒を強める。一瞬の静寂のあとに、遠くから「死にたくなかったら、俺達に従え!」という男の声がうっすらと聞こえてきたため、リア達は状況を理解した。乗客もその声に気づいて騒々しくなり始める。
 
「ほー。まさかのハイジャックね。…これだから飛行機には乗りたくなかったんだよ。」
「お前は何の目的でのハイジャックだと思う?思想か?金か?もしくはテロか?」
だったりしてな」
「なるほど…。」

 こころは二人の会話について行けず、ただ二人を見ているだけでオロオロしていた。
リアは状況を把握するためにコックピット付近をこっそりと覗き込む。ハイジャック犯は計3人であり、一人はコックピットを占拠しているようで、もう二人はコックピット出入口を見張っているようであった。出入り口にいる二人の内、片方は何かしらスイッチのようなものを持っており、もう片方は拳銃らしきものを持っているようであった。リアはその情報を二人に提供する。すると、イーデンは急に突拍子もないことを言い出した。

「リア、賭けをしないか?この飛行機が堕ちるか、堕ちないかで。俺は墜落しないに50ドル。お前は?」
「それはアンタが得しすぎるだろ。死んだら金は貰えねえってのに。あ、でも保険で結構な額が下りるか。」
「悪いけど、生憎俺は保険会社に既知は居ないんで、1円も掛けてないんだ。だから、勝つためにこうするのさ。」
 イーデンはそう言い席を立つ。リアもそれに付いていこうとするが、イーデンは制止したために、舌打ちをしながら仕方なく戻る。

「これから何が始まるの?」と、こころは不安そうにリアに聞くと、
「大丈夫だ。あいつが好きな賭けギャンブルだよ。」

(ギャンブルってそんな大丈夫と言えるものなのかな…?)

 ハイジャック犯達を刺激しないようにするためなのか、機内は静寂に包まれた。しかし、イーデンの靴音だけがその静寂に抗うように鳴り響いていた。

続きはこちら↓

注釈

※1 1個中隊…軍隊の部隊編成の単位で、小隊の上、大隊の下に位置する。一般的には歩兵なら約200名程度の規模である。
 

いいなと思ったら応援しよう!