Goodbye,Thosedays 第1話「オランダにて」その①
ある日、この世界に能力者が誕生した。
それを皮切りに世界中で色々な能力者が現れた。
最初は、世界は能力者の誕生を大きく祝福した。
その対応で能力者達は、これからヒーローとして人々に持て囃されるのだろうと信じた。
しかし、“普通の人々”は彼らを兵器として扱った。能力者はもう人として見られることはなかったのである。
これは、そんな世界で逞しく生きる、一人の能力者の物語である。
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1
時間は正午過ぎ、天気は土砂降りとも小ぶりとも言えない量の雨が降り続いていた。その場所には多くの瓦礫で土地を埋めており、原型を保っている建物があってもその殆ど放棄されておた。このままではその建物はゆっくりと風化をし、いずれは形を保っていられなくなるだろう。そんな建物が多数の街路樹と瓦礫とともに並んでいた。放棄された町の中で、唯一管理されているものが列車であった―。
古い高速列車は整備されたレールに従いながら目的地に向かって突き進んでいた。車内は閑散としており、どの座席にぽつりぽつりと何人かがまばらに座っているのみであり、二人の乗客で埋まっているツーシートはどこにも無かった。各々は好き勝手に利用しており、単純に荷物を置くもの、4つのシートを1人で独占して利用するもの、ゴミを隣の座席にそのまま置き、汚していくものもいた。この路線の列車の利用客のほとんどが中高年や老人であったが、その中に1人、まったく客層に見合わない少女がいた。彼女は美しい緑で彩られ、そしてまっすぐな瞳を持っており、ブロンドの髪を邪魔にならない程度のミディアムに、その頭には赤いバンダナをかぶっていた。彼女の容姿、その年齢からでは一目みてまさか軍人として属していると気付くことは出来ないだろう。
WFU― 世界軍事連合に属する能力者部隊の訓練生であるリアは列車の中で憂鬱そうに雨に濡れた窓越しの風景を肘をついて眺めていた。彼女はとある任務を遂行するためにオランダへと向かっているが、それを受け入れることが出来ておらず、憂鬱な気分で車内を過ごしていた。彼女がどうしてもこの任務に消極的なのは理由があった。
時を遡り3日前、英国ロンドンにあるWFU本部の応接間にて、リアは座り心地の悪いパイプ椅子に腰をかけながら、二人の話が終わるのを辛抱強く待っていた。1人は北アフリカのとある国の大使であり、前回の作戦を要請した国の代理人であった。もう片方は聡明そうな顔立ちしており、軍人として違和感のないような出で立ちである。しかし、彼の腰の左にはその身なりに全く合わないような剣を携えており、彼が能力者の1人であることを証明するようであった。彼の名はアルフレッド・クリストファー少佐である。リアは退屈そうにしていると、大使は話の途中で申し訳無さそうに再び深く頭を下げた。
「…作戦の漏えいは我が政府内部から漏れたようで、深い責任を感じています。本当に申し訳ありません。しかし、能力者部隊が居なければ、派兵した部隊は間違いなく壊滅してましたので、本当に感謝しています。貴方の説得もとても素晴らしかったと聞いております。」
「いえ、ただ…。交渉があまりうまく行かず、能力者を出すのが遅すぎて部隊はかなりの死者を出していしまいましたし、その能力によって民間人にも被害が出てしまいましたから…。まぁ、合格点とは行かないでしょうね。」
「それでは、わたくしはこれで。今回の件、本当にありがとうございました。」
大使とクリストフはややぎこちない握手を交わして、大使はゆっくりとこの応接間から出ていった。WFU、正式名称はWorld Forces Union(世界軍事連合)で通称WFUと呼ばれる。6年前に勃発した世界大戦の反省から作られた国際協力連合、通称ICAの軍事部分を担っている組織である。世界120カ国以上の国の軍がWFUに統合されており、この作戦もWFU加入国の要請によるものであった。
「さて、待たせてしまったな。リア。」
クリストフがそう言うと、リアはさっきまで大使が座っていた高級感のあるソファを勢いよく座り、まず不服を漏らした。
「まったく…。私の活躍に見合わない扱いだ。」
「まあそう言うな、リアのために話をなるべく早く終わらせたんだから…。今回の活躍ぶりは見事なものだったそうじゃないか。まぁ、正直無茶なことをしたなとは思ったが…、結果的にボスを捕縛し組織を壊滅させるベストな結果になったからよしとしよう。」
「私はベストな選択肢しかとらないよ。」
リアは背もたれに寄り掛かりながら欠伸をした。
「しかし今回の1件はひどい話だ。情報漏洩があっただけじゃなく、弱小の反政府組織という話だったのに、それも完全な嘘で大規模な麻薬組織だったわけだし。WFUの上層部の奴らは…全く。」
「実績作りがしたいんだろう。」
彼女は全く興味がないようで、退屈そうな表情を浮かべ適当に話を合わせていたために、クリストフはやむなく例の話を切り出した。
「まぁその話は置いといて…、次の任務についての話だが」
話を替えた途端に彼女の態度が一変し、底に落ちかけていた機嫌が急浮上してきた。
「ようやく本題か!んで次は何をすればいい?」
クリストフはデスクの隅に置いてあった山積みの資料の上にあった紙をリアの近くに置いた。彼女は資料を取り、ソファを寝転びながら確認し始めた。
「次の任務は、麻薬組織の取り締まりってやつだな。小さい組織だが、最近ヨーロッパ圏で麻薬の流通量が急増しているのは彼らが原因であるとWFU本部は睨んでいるようだ。ただし、どういったルートで流しているのかも知りたいから生きたまま全員を捕縛せよ、とのことだ。幸いにして大した武装も無いようだしこの前のような命がけの任務とはならない…みたいだな。」
彼女の機嫌は再び低高度の位置に戻っていった。ホッチキスで止められた資料を素早くめくり上げ読み終えたあとに舌打ちをついた。
「ちぇ。警察の真似事かよ。ま、碌な武器も持っていないのに組織運営出来てるところは気になるけど…。」
彼女の考察を遮るかのようにクリストフはにこやかな表情で話す。
「実はこの任務、二の次でな、君に渡す本当の任務はこれだ。」
そう言い、山積みの資料の中から写真を引き抜き、リアに前に置きそれを見せた。
「彼女のことを知っているか?」
「いや」
その写真の少女はリアと同世代のようで、見たところアジア系、おそらく日本人のようであった。ハーフアップのヘアスタイルである程度整った顔立ちをしている。柔和な表情を浮かべており、ふんわりとした雰囲気を写真越しでも伝わってきた。この写真を見たとき、今回の任務と本来の目的という発言を照らし合わせ無理矢理話を結びつけて考察し、クリストフが話を続けようかというときに強引に聞いた。
「もしかして、コイツの救出任務か?その麻薬組織に捕らわれてるとか・・・」
「いやいや、そんなゲームみたいな任務が滅多に来ないよ。彼女は最近入ったばかりの能力者部隊の訓練生でな。彼女もこの任務に参加するんだよ。」
「それってもしかして…」
「そう、新入りの面倒を見てほしいんだ。」
彼女の写真からしてまったく前線で役に立ちそうな雰囲気ではなかったため、おそらく後方支援としての役割が主となるのは容易に想像できた。前線での戦闘を好むリアにとってはこの任務は非常に不快であった。
「今まではおかしいほどに君に危険な任務ばかり回ってきてたからな。だから今回は…」
「ふざけんな!こんなしょうもない任務を私に押し付けやがって。しかもコイツのお守りなんて…!」
「しょうもないとはなんだしょうもないとは。リアも一応訓練生なんだぞ。大体君はまだ子どもじゃないか、お守りなんて言うなよ…。」
リアはかなり苛立っており、ただ、リアの性格を分かっているクリストフは彼女の宥め方、そして諦めさせる方法を知っていた。
「上官命令だ。それなら諦めが付くだろう?」
「…了解です。クリストフ大尉。」
敬礼してスタスタと駆け足で部屋に出て、そして扉を強く閉じた。
「俺はもう少佐だ。はぁ…全く…。」
クリストフはリアの態度に呆れながら肘をつき、溜息を吐いた。
2
憂鬱な行脚は目的地であるアムステルダム駅にたどり着いたためにようやく終わりを迎えた。彼女は気だるげに少量の荷物をまとめ、この列車から出ていき、そして駅舎の雰囲気を調べていた。かつては多くの観光客や通勤するサラリーマンによって大盛況を誇っていたこのレンガ造りでよく手入れされた美しい駅も、今では殆ど管理されず、数人の旅客と多くのホームレスによって駅舎は占拠されてしまった。このような閑散とした駅でリアは確認するようにあたりを見回っていた。
彼女はそれに満足したあと、スマートフォンに入っている地図と資料を確認しながら集合場所にゆっくりと向かっていった。その地点に近づいたとき、その場所を見てリアは急に足を止めた。その集合場所となっていた駅前の黒いバンの片側には1人の男が立っていた。彼は褐色の肌を持ち、目が悪い人ならば彫刻作品と見紛うかもしれないほどの美青年であった。その顔にはリアは見覚えがあった。彼はリアが近づくまで気付いていなかったが、彼女の方を見て顔を確認した瞬間におお!、と驚いて彼女の方に駆け寄った。
「これはこれは活発なお転婆娘さん、久しぶり!この前はまたWFUを救ったらしいじゃないか。」
「相変わらず変な呼び方をするな、サティ…。」
サティはかつてリアの命を救った恩人であり、彼女にとって頭が上がらない人物の一人である。彼は彼女の無事な姿に心の底から喜んでいたふうであった。
「まっ、本当に元気そうで安心したよ。助けた相手がボロボロになってる、なんて事より嫌なものはないからね。」
サティと話をしていると、また新たに人が二人やってきた。片方は無表情でかつ物怖じしないような雰囲気であり、アスリートのように鍛えられた体をした高身長の男であった。もう片方は雰囲気からして不真面目そうであり、さらに現役の軍人とはとても思えないほどにでっぷりと太っていた。サティは太っている方に近づく。
「おお!アーヴィング!久しぶりだな!」
「ハッ!お前と会えて最悪な気分だよ全く!」
彼らは久々の再会に喜んでいたが、サティは彼の見た目を見て若干不安そうな表情を浮かべ始めた。
「あー、しかし…また太ったんじゃないか?そんな体型は警官だったら合格だが、軍人としてなら失格だぞ」
「今は多様性の時代だからな。」
そう言ってアーヴィングは腹を叩いて音を鳴らした。サティはわかったわかったと言い、他のメンバーが駅から来ないかを注視する。その一方でアーヴィングはリアのことをまじまじと見て、彼女のことを深く洞察した。そして不満そうな顔を浮かべ、サティに向かって質問をし始めた。
「参加メンバーについてあまり確認してなかったが…、あの子も今回の作戦に参加するのか。」
「そうだけど…なんだ、不満でもあるのか?」
「子供ってことは…、当然能力者なんだよな。俺は、比較的嫌いなんだよ、能力者」
「何と比較してるんだ。奥さんのことか?いつも彼女の愚痴言ってるし」
「うるせえよ!」
そんなやり取りをしていると、1人の少女と2人の男近づいてくる。リアは男の1人は誰か分からなかったものの、もう1人は今回のチームの隊長であることに気付いた。男のうちの片方は軍人ではなく、現地民のガイドだとリアは推察する。もう片方の男、今回の隊長は、褐色の肌を持ち、眼鏡を掛けている軍人に恥じぬ立派な体格をした男であった。聡明な印象があり、さらに柔和で思いやりのあるような雰囲気があった。少女の方を気にかけている様は、まるで軍人というより学校の先生のようであった。
そして少女はリアが写真で見た通りの容姿であったものの、表情は少し緊張しているかのような感じであった。しかしリアは彼女を何度見ても、軍人に向いているような人間には全く見えなかった。少女がリアを見つけて表情が明るくなるが、リアは彼女に気づくとすぐ別の方面を向いてしまい、少女は再び不安そうな面持ちになってしまった。この3人を確認したアーヴィングは喜ばしい表情になり、
「ようやく揃ったか。チームαのメンバーが。」といった。
隊長が集合地に着くと全員彼に敬礼をし、彼もそれに返した。
「ご苦労。少々遅れて申し訳なかった。俺はこのチームの隊長を務めるヤディコールマンだ。作戦の内容は時間の都合上、車内で話す。」
コールマンの隣にいる男は、資料には載っていなかったためサティとアーヴィングは不思議そうに彼を見る。それに気付いたコールマンは、
「あぁ、彼が誰なのか気になってるのか。彼の名はファルケン。ガイド兼運転手だな。」
「オランダに巣食う害虫どもをあなたたちで掃除してくれるみたいですね。期待してますよ。」
とメンバー全員と握手をし、そのままバンに乗り込んだ。
「とりあえず全員の自己紹介をしてもらおうか。まぁ資料には乗せてはいたが…。」
ゴホンと言い、サティがその先陣を切った。
「俺はニコラ・サティ。階級は曹長だ。軍歴は12年ほどかな。別に大した実績は持ってないがお手柔らかに頼むよ」
「よく言うよ」とアーヴィングはサティの謙遜を皮肉って、そのまま紹介へ続いた。
「俺はユルゲン・アーヴィング。階級は軍曹。今はWFUの兵士だが、以前はドイツ軍に所属していた。」
アーヴィングはこれ以上の説明をしようとしていたが、すぐにもう1人の兵士が自己紹介を始めたため、アーヴィングは不服そうにして口を閉ざした。
「オレはマッティ・フロイゼン。階級は軍曹。歴は16年。以上。」
「ベテランばっかりだな」
3
そしてフロイゼンの隣にいた少女に順番が回ってくる。全員の視線が彼女の方に向かっており、彼女は慌てるものの1度深呼吸を挟んで、勇気をふるい、ゆっくりと口を開いた。
「し、繁浪こころです…。能力者で特殊訓練生です。一応日本出身で、今回が初任務なので、皆さんどうかよろしくお願いします。」
彼女の声は緊張のせいか徐々に声が小さくなっていった。アーヴィングは気になった問い出す。
「一応って?」
「父の勤務先の影響で今はイギリスに住んでます…」
「なるほど。だから英語が堪能なのか。」
本来であれば次はリアの番なのだが、彼女は別のことを考えているのか気づいていないようであった。サティが彼女に番を教える前に、限界に達したアーヴィングが口を開く。
「次はお嬢ちゃん。おなまえは?」
リアはようやく気づく。アーヴィングのバカにするような態度にはリアは特に気にすることは無かった。
「私の名前はリア。」
場が一瞬沈黙した。あまりにも簡潔すぎる自己紹介に面を喰らってしまったのである。アーヴィングはすぐにこの沈黙を割いた。
「それだけかよ。せめてフルネームをだな…」
「リ・ア。ファーストネームが『リ』でラストネームが『ア』。」
「んなわけねえだろ!」
彼女の適当な自己紹介に辟易しながらも、一行は車に乗り始める。
車は特色もない全く改造されていない普通のバンであった。頼りない車と思ったこころは不安に感じたが、他のメンバーは特に気にすることもなかった。一番最初に隊長が乗り込み、続いてフロイゼン、サティが後部座席に乗って、アーヴィングと二人の訓練生だけが残った。
「お嬢さん達。チャイルドシートはこちら」
アーヴィングはそういう冗談を言いながらわざと紳士的なふうで車の後部座席のドアを開き、リア達が乗るように促した。こころは苦笑いを浮かべながら車の中に入って行ったが、リアはこの発言が不快であったので、車に乗る際にアーヴィングに向けて口撃を加えた。
「デブは助手席へ。」
アーヴィングはその発言に憤慨するが、コールマン隊長に促されたため仕方なく助手席に乗った。
作戦前からこの不協和音にメンバーは不安を抱えながらも、目的地に向けての旅が始まった。
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