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パンの中には(2)

「ただいま。」

一人暮らしの家の中には灯りはない。
返事のない挨拶が、薄暗い室内に広がった。帰宅した自宅が誰の存在も感じない。その切なさは、いまだに慣れない。

部屋の明かりを灯し、いつもの場所に座る。帰宅するといつも自身の内側から喪失感が漂い、大きな穴が開いたような気持ちになってしまう。教師になるという曖昧な目標を掲げながら教育大学に通ってはいるが、心から教師になりたいと思っているわけではない。教員免許を取るためだけに教育を学ぶ中途半端な私。必死に教師になりたくて努力している同級生を見るたび、自分に対する申し訳なさを感じてしまう。教育には興味はあるが、どこか自分に噓をついているような気がして仕方がない。この悩みを他人に打ち明けられず、今日も私は教員を目指すために頑張って学ぶ大学生を演じているのだ。

紙袋に手を伸ばす。パン屋で感じた温かさはもうなくなってしまった。もう「焼きたて」の時間は過ぎてしまったのだ。残念な気持ちを抱きながら、紙袋から一つのクリームパンを取り出す。

「?」

紙袋の中にパンのようなものが入っていることに気付いた。パンのような形、色をしているが、パンではない。そのよくわからない〝パンらしきもの〟は小さくモゾモゾと動き出した。

それは「小さな黄色いパンダ」だった。クリームパンよりも少し小さいほどのパンダ。薄い黄色で、ツヤツヤと輝いているように見える。私は驚きと共に、どうやってこの袋の中にパンダが入ってきたのか疑問に思った。本当に驚いている時には声は出ない。モゾモゾと動く小さな黄色いパンダと、時間が止まったように動けない私。

しばらくしてから、小さな黄色いパンダがこちらを向いて、小さな声で話しかけてきた。

「このパンの中には何が入っていると思う?」

この小さな黄色いパンダは、おじさんのような声で私に尋ねた。
なぜしゃべるのか、そもそも小さな黄色いパンダなんて存在するわけがないと思ったが、今は不思議と当たり前のように感じ、おかしいとは思わなかった。私は彼の質問に答えることにした。

「クリームパンだから、中にはクリームが入っているんじゃないの?」

「しかし、君は中を見てないじゃないか。なぜそう言えるんだい?」

「だって、お店の人がクリームパンだって言って売っていたのよ。中にはクリームが入っているに決まっているじゃない。クリームが入っていなかったら、それはクリームパンとは言えないでしょう?」

「では、中を確かめてみるといいよ。」

小さな黄色いパンダがそう言うので、私は彼の隣にあるもう一つのクリームパンの中を確かめた。

中には何も入っていなかった。

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