親知らずを抜いて気づいたこと

私の好きな作家さんは大変な痔を患っているらしい。
その人がある時に言っていた。

「健康でいましょう、というのはなにも、命に関わる病に気をつけましょう、ということだけではない。私のように体の1%にも満たないわずかな部分が不健康なだけでこんなにも日常が侵食されるのだから、健康でいるということは本当に小さい小さいことから全てが大事なのだ!繋がっているのだ!(めっちゃ意訳)」と。

へえ〜、そっかあ。まあ、たしかにな〜。
かつての私はそのくらいの心持ちでその話を聞いた。
でも、今は違う。もっとちゃんと大声で言える。

た・し・か・に!!!!そのとおりやなあ!!!

6月末と8月頭の2回に分けて右下・左下の2本の親知らずを抜いた。
生まれてこのかた大きい虫歯をしたことがない。
となるともちろん永久歯になってから歯を抜いたことがない。
学生時代に校舎裏に呼び出されて殴り合いの喧嘩などもしたことがないので歯が折れたり欠けたりしたこともない。
とにかく歯に関して大した痛みを味わったことのない甘ちゃんな私にとっては“親知らずを抜く“ということは未知ばかりのとてつもない一大イベントであった。

私の親知らずは2本とも斜めに生えており抜くには歯茎の切開が必要との話だった。
そうはいっても歯医者さんいわく「神経にもさわっていないので、そんなに大した処置ではない」とのことだったので、安心して抜歯の日を迎えた。

事前に親知らずを抜いたことのある人々に聞き取り調査をし、その時に聞いていたとおり歯を抜く時にはメリメリ…やパキッ…というなんとも嫌な音がした。
ヒエェ…!?とは思ったけど麻酔がしっかり効いているので感覚はない。意外と全然大丈夫では???などと思っているうちに抜歯は終わった。

さっさとお会計を済ませて鎮痛剤などをもらい軽快に家に帰る。
腫れた方がオモロイよなあ、なんて息巻いていたほっぺも全く腫れておらず、なーんや!楽勝かよ!という気持ちである。
気になる所をあえて探して言うなら、歯茎の傷口が縫われているので口がかなり開けにくいことくらい。
麻酔が切れる前に鎮痛剤を飲めばいいというアドバイスもしっかりきいていたので対策バッチリ。痛みもない。
ほんまにチョロ!私の勝利!と思っていた。
まだ、この時は…。

夜。
親知らずを抜いたといってももちろん体はモリモリ健康なのでとてもお腹が空いていた。
かといって口はうまく開かない。
食べられるものも限られる。
とりあえず一旦サラダを食べてみることにした。
最近お気に入りの母お手製の生ハムとプラータチーズのサラダ。
わずかに開く歯の間からそいつをちょっとだけ入れて噛んでみる。
もぐもぐ、もぐも……!?

「い、!!!」

ゲリラ豪雨のように突然降り注いだ痛み。
わけがわからずとりあえずお箸を置く。ソッ。

もうこれ以上食べることができない…と、すぐに直感でわかった。

「ごちそウッ…さまでした…ウッ…ウッ」

顔面蒼白で食卓を去り海外ドラマの影がある登場人物のやり方で鎮痛剤を飲む。(洗面台の鏡の裏から薬瓶だすやつ)(妄想)(実際はふつうに地味に飲んだ)
ていうかいつの間にかほっぺもかなり腫れてる…。

その時やっとわかった。こりゃヤベエかもぞ…?と。

以降はもう、お粥の日々となった。
お粥、たまにうどん、そしてお粥。鎮痛剤。鎮痛剤。
ちょっとでも固さのあるものは食べられない。
力を入れると激痛が走るのだ。
ちなみにうどんは小さく小さく切り刻んで食べる。
右手にお箸、左手にキッチンバサミ。
ズルズルと吸い込むなどもってのほかである。
痛さで死んでしまう。

私は自分の性格で気に入っているところがいくつかあり、そのなかに“毎日ご機嫌ちゃん”というのがあるのだが(メンタルの波が少なく基本的に愉快という意味)、歯を抜いた1箇所が痛いというそれだけで、その“毎日ご機嫌ちゃん”が崩された。
いや、ちょっとちがう。
歯を抜いたそのたった1箇所が痛いということから派生して、大好きなご飯が全然食べられなかったり、食べるのにやけに時間がかかったり、水を飲む時こぼしてしまったり、鎮痛剤で胃が荒れて痛くなったり、喋ることや笑うことすら痛くてうまくできなかったり、その全てに腹が立ってきてしまった。イーー!となったのだ。妖怪“ひたすら不機嫌ちゃん”の誕生である。
非常に情けない、ダサい話だなあ。

たった一欠片の不健康な部分の出現により日常が侵食されるこの感じ…。
これがまさに冒頭で痔持ちの作家さんが言っていたことなのだ…。

眠れない夜などに人の痛みや苦しさについて考えるときがある。
けど、どれだけ想像したってそれでは足りない、全然埋められない部分がやはりあることを今回はすごく実感した。
人間はたぶん自分が経験した痛みしか具体的に想像できないのだ。
だから余計にこれからは、想像よりさらに2歩も3歩も大きく深く、本当に人に優しくいよう…。そう思った。

さて、ここまで書いている現在は2本目の親知らずを抜いてから7日目。
経過は良好と思われる。
これだけを乗り切ってあとはもうこの先の人生でなるたけ歯を抜くことなどないようにしたい。
これまでどおり毎日歯磨きするし、フロスもする。
なんなら筋トレもしたい。小さい健康を守りたくてしょうがない。

私が親知らずを抜いて1番の発見だと思っているのは、
サラダって固い食べ物なんや…ってこと。
今後、歯になにかある予定のある人はぜひ気をつけてほしい。サラダはかてぇんだ。

とにかく私はあと数日、イラつきながらもこの不便な生活を楽しもうと思う。




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