雨の日と月曜日は
今まで、敷かれたレールの上を歩いたり走ったりすることしか知らなかったわたしは、レールの外れ方がそもそもわからない。そもそもレールに外れ方なんてあるのだろうか?
受検するつもりだった昇任試験を体調が悪いと嘯いて欠席した。出願したときはがんばろう、という気持ちがまがりなりにもあったのだけれど、それからどんどんしんでいく感情を止めることなどできず、まあまあいやなことが決定打になり、むりになってしまった。ここでがんばらなくてもいいんじゃない?
結婚をし、家を買い、DINKsとして生きていこうと夫と話し、なんというか人生のチェックポイントをまずひととおり通過した感じがしていて、ここからは老後みたいな、サッカーでいうアディショナルタイム(わたしはロスタイムだと思っていたが近ごろはアディショナルタイムというのですね)みたいな、そういう気持ちになってしまっている。もちろん、もっとたくさんチェックポイントはあるのだろうけれど。
ひとを育てることや、ひとの成長を見守ることに興味を持つことができないのだと気づいた。わたしはやっぱり何歳になっても自分がいちばん、かわいいのだ。でも、それは実際問題だとは思っていない、自分至上主義でいてわるいことなんてないと信じたい。世間様ではそれは子どもだ、責任から逃れていると俗にいう。それがなんだ、といえるくらいにならなくちゃね。我慢したくないな、かろやかにいたい。
いまはワインの勉強をしているのがいちばん、たのしいなあです。仕事でも家庭でもない自分があるのはすごくすてきなことだと思います、心から。