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プロフィール ~息子と発達と文字を書く私~

こんにちは!

こちらのページを目にとめていただき、ありがとうございます。

私は、自閉症スペクトラムで中等度の知的障害を伴う息子と、定型発達の娘を育てています。
子育ての傍ら、在宅でライターの仕事もしています。

まずは、私がどんな人間で、どんな人生を歩んできたのか、自己紹介がてら書かせて頂きたいと思います。


息子の誕生と戸惑い育児

私は、ごくごく平凡な大学で経済を学び、大学卒業後、食品関係の会社で OL をしておりました。
結婚を機に退職し、その後息子を授かりました。

息子は、1歳くらいまでは発達に特に遅れのない育てやすい子でした。

ですが一歳半検診あたりから、徐々に普通の子との違いが目立ち、明らかな発達遅滞が見られるようになりました。

少しずつできることは増えているものの、成長しているのか退行しているのか不安になるような日々を送ります。


どん底ofどん底・・・悪いことは重なるものだ

そんな息子が 一歳の頃、私は1年で2回も救急車で運ばれるという事態に遭遇しました。

1回目は買い物途中に突然意識を失って倒れ、2回目は飲酒運転の車にはねられました。

更に、年齢を重ねるにつれ、どんどん自閉傾向が強くなっていく息子。
いつしゃべるようになるか?と期待し焦り、藁をもすがる思いであれこれやってみるも、何にもなりません。

満身創痍の体の上、本格的に息子の障害が疑われるようになり、メンタルはボロボロ。
精神疾患での受給者証を申請し、心療内科への通院と服薬がやめられない、まさに暗黒時代でした。

そんな中、息子がエスカレーターから転落し、今度は息子が救急車で運ばれます。
幸い大事には至りませんでしたが、母としての自分のダメさ加減に深い自己嫌悪に陥ります。

そして息子2歳の時、幼稚園に通わせたいと思いましたが、障害を理由に入園拒否されました。
これは、どうやら障害児にはあるあるの、悲しい現実のようです。

居場所がなく、あらゆるものを投げ出したくなった私は一大決心をし、見知らぬ土地へ引っ越しました。
(この件については、こちらの書籍で詳しく書いています)


弱点は強みへ、どん底からの這い上がり


引っ越し後、少したって娘が誕生します。

しかし、娘誕生の明るいニュースも束の間、息子に、自閉症だけでなく知的障害もあるというはっきりとした診断がおりたのでした。

しばらくは 落ち込んで泣いてばかりの日が続きました。
でも、引っ越し先の地域がめちゃくちゃ良い人ばかりの恵まれた環境だったため、いつのまにかケロッと立ち直りました。

あまりに色々なことがありましたが、なんだか吹っ切れてしまった私。

「息子に障害がある」
だからこ
そできることがあるのではないか?という考えに移行し始めます。


障害児ママ?だからどうした!!自分の人生を生きよう


息子をここまで育てるにあたり、私は情報不足で困ることが多々ありました。

周りに、同じような子を育てるママが全くいなかったため、聞く人も相談する人もいないし、何より孤独すぎて病みました。

そんな時、私にたくさんの知恵を授けて勇気づけてくれたのは、同じように障害のある子を育ててきた、先輩ママ達のブログやSNSでした。

今度は私も、同じように孤独と不安に押しつぶされそうなママの、手助けになるようなことをやりたい!

そんな思いで執筆活動をしています。

でも、私が最も力になりたいと思ったのは、障害のある子供本人ではなく、そのママです。

ママが元気じゃなければ子供が元気になれるわけがない。
ママに負担ばかりかけて、子供のために自分の人生を犠牲にして・・・って、なんか違うんじゃない?!
というか、私がそんなの嫌だし!!

だから、自己犠牲の精神はポイ!して、無理なく親子で幸せになれる道を模索したいと思いました。

ママが、自分の時間、自分の生き方、自分の居場所を大事にして生きていけるようになる手助けをしたい。

そして、同じ境遇のママたちの居場所をつくっていきたい。

そんな思いを届けるため、今日も書き続けようと思います。


おまけ:この話には別視点の投稿があります。べっこうあめムスコ

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