【醸造記録】3rd Batch WPA(Wife’s Pacific Ale、仮)
先週の土曜日、スピットブリッジでのカヤック体験帰りのバスを降車したとき、妻が呟いた。
「ビール屋さん行かないの?」
なんと!妻が自ら!?——
確かに、つい先日「こんどは私もビール造ってみようかな〜」と呟いてはいた。しかし、そんなに本気でもないだろうと流していたのだが……
——降車したバス停から「Dave's」は歩いて5分。妻がその気になっている好機を逃す手はない!妻を巻き込むことで、ビール造りにかかる時間とお金への理解を大幅アップする作戦の発動である。
オールグレインをやる前に課された「宿題」
妻と2人でDave'sのドアをくぐる。
「Hi mate, how can I help you today?」
デイヴがいつものオージー節で出迎えてくれる。
妻がホームブルーイングに挑戦するということは、人手が2人に増えるということ。つまり、少々手がかかるオールグレインのフルマッシングにもチャレンジできちゃうかも知れない。とりあえず、拙い英語でその想いをデイヴにぶつけることにする。
「ええと、前回は、エクストラクト・ブルーイングでIPAを造って、結構上手にできたんだよね。だから、今回はオールグレインビールに挑戦したいと思ってるんだけど、道具とか、何が足りないかなと思って……」
前回、キットビール造りからエクストラクト・ブルーイングに昇格したとき、デイヴはソッコーで道具と材料を見繕ってくれたから、今回もその提案を期待していた。
だがしかし。
デイブは静かに頷くと、おもむろにこう言うのだった。
「OK、オマエに宿題をやろう」
え?宿題?
呼び寄せられるままにカウンターの前に立つと、デイヴは付箋にあるURLを書きつけて僕に手渡した。
「これはオールグレインのブルーイングに必要なことが全て書いてある。わかりやすい英語でな。これを読んで、道具でも、材料でも、必要なことを書き留めてきな。そしたらその時は俺がなんでも手伝うから」
デイヴに手渡されたのは、「How to Brew」と言う、どストレートな名称のホームブルーイングサイトだった。
「お、おう」
確かにそれは僕にとって必要な“宿題”なのは間違いないが、このままだと妻を巻き込むことができない。仕方ない、作戦変更である。
パシフィック・エールに挑戦
「それはそれとして、妻もブルーイングをやってみたいって言うんで、何かエクストラクト・ブルーイングの材料が欲しいんだよね」
僕が伝えると、デイヴは、僕に対して過去2回そうだったように、目を輝かせて妻に聞いた。
「オーライ、どんなビールがいいんだ?」
いきなり振られた妻が、どうしたらいいのか、という目で僕を見る。
僕自身はNEIPAを造ってみたいが、エクストラクト・ブルーイングでそれを造れるとは思えなかったし、妻が自分で選んだビールを造らないとハマれない気もしたので、ここは妻に答えてもらわねばならない。
「何が造りたい?」
結局デイヴと全く同じことを日本語で繰り返しただけのマヌケな質問に呆れたのか、妻はデイヴに向かってなんとか答えを絞り出した。
「ええと、パシフィック・エールかな」
ああ、確かに妻は4パインズのパシフィック・エールが美味しいと言っていたからな。妻が作るから「WPA(Wife's Pacific Ale、仮)」とでもしておこうか。
「オーライ」
デイヴは答えを聞くと同時に、あっという間に棚から2缶のモルトエクストラクトと1袋の酵母、2袋のホップを取り出し、テキパキと袋に詰めた。
「これは4パインズと言うより、ストーン&ウッドに近いテイストになるな。ギャラクシーホップを使うから。ファーメンターにお湯とエクストラクトを入れて混ぜた後、水で23リットルにすればいい。ホップは1袋を煮出して最初に入れて、もう一袋は仕込んでから3日後にドライなままファーメンターに入れな。あとはハズバンドが教えてくれる」
デイヴは、54ドルのセットを50ドルにオマケしてくれた。23リットル分のビールが50ドル(約3,500〜4,000円)なのだから、ホームブルーイングはやめられない。
妻は、スペシャルモルトをボイルする、僕が前回やったスタイルのブルーイングがやりたかったらしく少し残念そうだった。
が、まあ、初めて体験するものとしてはこれで良かったのかもしれない。僕にとっても、説明書を見ることなく手順を覚えているかどうか、「復習」するにはもってこいだ。
砕け散る比重計…
と、言うわけで、今回は妻がメインのブルワーなので、僕は指導者であり助手に徹することにする。
まずは醸造の基本、全てを洗ってサニタイズするところから。妻は昨年、TOKYO ALE WORKSで僕と一緒に醸造体験をしているから、ボブさんの「ビール造りは9割掃除」という格言も覚えており、この辺りの理解は早い。ほぼキットビールと同じ工程で洗うものも少ないから、1時間もあれば仕込みは終わるだろう。
——と、思っていたとき、それは起きた。
そうだ、比重計も洗っておかなきゃ、と棚から取り出そうとした僕は、比重計を床にモロに落として粉々にしてしまったのである。
「背が高いからって横着して台に登らないで取ろうとするからでしょ!」
妻に怒鳴られる僕……
「師匠・俺、弟子・妻」と言う図式はあっという間に崩れ去り、そこにはいつも通りの力関係があるのであった。
気を取り直し、仕込みに入る。
ファーメンターをスターサンで満遍なくサニタイズする。今回は初回のようにサニタイザーを希釈し忘れるなどという失敗もない。
ファーメンターを振り回す妻の動きが完全におさるさんである。
そしてモルト缶を温め、ホップを煮込み、ファーメンターに詰めていく。
まったく
簡
単
だ!
最後にイーストをピッチし(リハイドレーションなどはせず、顆粒のまま)て仕込みは完了。
かつて週間少年ジャンプの表2によく出稿されていた筋トレ器具「ブルワーカー」のキャッチコピーが思わず飛び出すぐらい、あっという間だった。
タンクを抱えて振り回すスタイルのエアレーションだけは、僕の方で担当した。
捨て忘れたサニタイザー
それにしても、今回はスターサン(サニタイザー)の泡が激しかったな。泡はすすぐ必要はないのだけれど。泡が——
泡っていうより、1リットルのサニタイザーをファーメンターに入れたままビール仕込んでた(;´Д`A
そりゃ泡がハゲしいわけだ……
僕は、妻に対して「このサニタイザーは泡がつくけど、そう言うものだから。そのままでいいから」ということばかりを強調して、肝心のサニタイザーの液体そのものはサニタイズが済んだら捨てる、と言うことはすっかり伝え忘れていたのだ……
「これこのままでいいの?って聞いたじゃん」
明らかに不機嫌になる妻。
またしても、師弟関係が、いつもの力関係にリセットされる。
「発酵しなかったら50ドル無駄になるじゃん」
プレッシャーをかけられ、僕は気が気でなかった。
初めてのブルーイングでは、希釈すべきサニタイザーを希釈せず、そのままサニタイズに使ってしまった。そのせいだろうか、発酵は非常に低空飛行で、最終的にはなんとかビールになったものの、泡持ちは悪く、非常にライトなものに仕上がった経緯がある。
希釈されていないサニタイザー数十mlと、1:1000で希釈されたサニタイザー1リットル、どちらが刺激が少ないかと言えば、間違いなく後者のはずだ。だからきっと大丈夫。
そう信じて発酵の開始を待つ。
無事に発酵開始
今回デイヴが選んでくれたイーストは、いつものFermentisのシリーズではなく、ホームブルーイング用の原料を販売するMANGROVE JACKS(今回使用するホップと同じブランド)のU.S. ウェストコーストイーストだ。発酵適温は18℃〜23℃とある。
もう冬も終わりとはいえ、まだまだ朝晩は冷えるから、油断すると液温が18度以下に下がる危険性もあるから、念の為にファーメンターに毛布を着せこむ。床が冷たいので、タオルも敷いて万全の体制を作る。
はたして、仕込みから6時間後、エアーロックがポコッと音を立て始めた。
よかった。ひとまず発酵は始まった。
が、まだ弱々しい。前回は結構すぐに発酵が盛んになった記憶があるのだが……
そんな心配を吹き飛ばすように、仕込みから24時間で、発酵は最盛期を迎えた。
からの、ブローオフ
と、思ったら、こんなのはまだ序の口だった。
2日目の朝になると、発酵はさらにハゲしさを増し、初のブローオフ(ファーメンターの中身が吹き出す現象)を体験することになった。
こんなに酵母が元気なのは、やはりタンクを振りまくるエアレーションが効いているからなのだろうか?
毛布で温度管理したのも奏功したのかもしれない(いまだに液温は発酵適温上限の23℃だ)。
ただし、ファーメンターに着せていた毛布にビールがかかり、またしても妻に怒られたのは言うまでもない。
発酵が激しくなると、深く長い、“ロングブレス”のようなガスの吐き方をするようになる。
これを書いている今も、間も無く仕込みから3日目を迎えようとしているが、深く、長い呼吸を続けている。その間隔は徐々に長くなってきており(30秒〜1分間に1回吐き出すぐらい)、明日には主発酵が終わりそうな気配である。
明日はドライホッピングだ。
比重計が手元にないので、初期比重も比重の変化も計りようがないが、ボトリングの直前になったら、デイヴの所に買いに行こうと考えている。
さて、発酵は良好なものの、はたしてスターサン1リットル入りのビールのお味は如何に……!?
これで美味しかったら「WSPA(Star San Pacific Ale)」に改名するしかないだろう。